3-8 貴女の味方です

「今朝副社長からお話は聞きました。お宮参りの件で朱莉さんにきつく当たってしまったと、反省しておられましたよ?」


朱莉はそれを聞いて姫宮の顔を見つめた。


「え・・・?本当ですか?」


「ええ。本当です。話の続きは車の中で致します。」



エントランスを出ると、既に正面にはリムジンが停車している。


「え・・・?ま、まさかこれは・・・リムジンですかっ?!」


朱莉は生れて初めて見るリムジンを見て驚いた。


「朱莉様、乗るのは初めてですか?」


「乗るどころか・・・見るのも初めてです。」


「そうですか、蓮君を乗せてお話をするにはこのリムジンが良いかと思い、私が手配致しました。朱莉様。どうぞ乗って下さい。チャイルドシートは既に設置してありますから。」

 

姫宮はドアを開けながら言う。


「あ・・ありがとうございます。」


朱莉は蓮をベビーカーから降ろし、抱きかかえてリムジンに乗り込むと蓮をチャイルドシートに乗せた。


「レンちゃん。お利口にしていてね。」


朱莉は眠っている蓮の頭を撫でると、隣に座った。姫宮も朱莉の隣に座ると運転手に言った。


「それでは車を出して下さい。」


「はい、分かりました。」


運転手は言うと、車を走らせた。


「朱莉様、それで先程のお話の続きですけれども副社長は朱莉様に謝罪したいと仰られていました。」


「謝罪・・・ですか。」


朱莉はポツリと呟いた。姫宮はてっきり朱莉が喜ぶと思っていたのか、意外な反応に首を傾げた。


「朱莉様・・・どうされましたか?」


「い、いえ・・・。何でもありません。」


朱莉の浮かない顔を見て姫宮は言った。


「朱莉様・・・以前にも同じような事があったのですか・・?」


「は、はい・・・。確かに何度か・・・。」


「そうですか・・それでは副社長に対して不信感を抱かれても無理は無いですね。」


「ひ、姫宮さんっ?!」


朱莉は姫宮の反応に驚いた。仮にも姫宮は翔の秘書である。その秘書が雇い主である翔の事をそんな風に言うとは思わなかったからだ。

すると朱莉の思っている事に気が付いたのか、姫宮が言った。


「朱莉様、私は確かに副社長の秘書ではありますが・・・同じ女性として朱莉様の味方ですから、ご安心下さい。」


「姫宮さん・・・。」


朱莉は呆然と姫宮の話を聞いていた。ここには運転手もいるのにそんな話をしても大丈夫なのだろうかと朱莉は姫宮の事が逆に心配になってしまった。


(でも・・・姫宮さんの好意をありがたく受け取っておかなちゃ・・・。)


「あ、ありがとうございます・・・。」


朱莉は頬を赤らめて姫宮に礼を言った。


「いいえ、困ったことがあれば、いつでもご相談下さいね?それで・・朱莉様は殆ど会長の事をご存知ないと思われますので簡単にお話しておきますね。」


「姫宮さんは会長の事をよくご存じなのですか?」


「ええ、勿論です。私は副社長の秘書をするまでは鳴海会長に秘書をしておりましたから。」


朱莉はその話を聞いて驚いた。


「え?そうだったんですか?」


「はい、そうです。会長はたったの一代でこの鳴海グループ総合商社を築き上げた方です。少々・・強引な手段を取られる方ではありますが・・・少なくとも副社長よりは話の分かる方ですから、余り気を張らなくても大丈夫ですよ?」


姫宮はニコニコしながら言うが・・・。

朱莉は心の中で思った。


(な、何だろう・・?姫宮さん・・さっきから翔先輩の事をあまり良く言ってない気がするんだけど・・・いいのかな?私の前でこんな事話しても・・・。)


朱莉は自分の事ではないにしろ、姫宮の事が心配になってしまった。そしてそんな朱莉の心配をよそに、姫宮は会長と翔の違いを鳴海家に到着するまで延々と語り続けるのだった—。



 鳴海家は港区南麻布の高級住宅街の中にあった。

いったいどれほどの敷地面積を誇るのだろうか、家の敷地は真っ白の高い塀に囲われ、さらに高い樹木がはえている為、家の外観を外側から見る事は不可能になっており、ライトで塀の外周うが照らされている。その様子はまるで要塞のようにも見えた。

立派な門構えにはインターホンが付いており、姫宮は車から降りるとインターホンを押した。すると程なくして、シャッターが開く。

姫宮はドアを開けると言った。


「朱莉様、私は先に玄関の前で待っておりますので。」


「はい、分かりました。」


朱莉が返事をすると、すぐに姫宮は頭を下げてドアを閉めて玄関へと向かって歩いて行く。そして朱莉はその様子を見て息を飲んだ。門から家までの距離が100mはあろうかと思われる程の広さなのである。広い庭には大きな池迄ある。芝生に置かれたスポットライトに照らし出されて鳴海家はまるで家と言うよりは美術館のような造りをした豪邸であった。


「嘘・・・信じられない・・。」


 車の中から見た鳴海家は朱莉の想像をはるかに超えていた。それと同時にますます朱莉は例え偽装婚とはいえ、自分は何て分不相応な結婚をしてしまったのだと思った。

日本でも有数のトップ企業で、世界進出も果たしている鳴海グループ。そしていずれ翔はその後継者となる人物だ。


(こんなに立派な人なんだもの・・・幾ら偽装妻でも私みたいな平凡な人間を見ていればイライラしてしまうのも無理は無いかも・・・。)


そして朱莉は翔が自分につらく当たるのは、きっと自分に責任があるからだろうと勝手に決めつけてしまった。


「朱莉様、玄関前に着きました。」


その時、運転手に声を掛けられた朱莉は顔を上げた。するとすでに玄関前には姫宮と翔の姿があった。


(翔先輩・・・!)


朱莉はギュッと手を握ると深呼吸した。


(落ち着かなくちゃ。何事も無かったかの様に振舞わないと・・。だってこれから鳴海会長と会食なんだから・・・。)


チャイルドシートから蓮を抱き上げると、パチリと目を開けて泣き出した。


「フエエエエエエ・・・・ン!」


「あら、大変!レンちゃん。お腹でも空いた?それともオムツ?」


朱莉は蓮のオムツの匂いを嗅いでみた。


「レンちゃん。おむつだったのね?それじゃすぐに何処か場所を借りてさっぱりしましょうね。」


朱莉は蓮を抱き上げると車から降りた。するとすぐに翔が朱莉の側へやって来た。


「蓮、どうしたんだ?」


「はい、オムツが汚れて不快なんだと思います。何処かオムツを変える場所を貸して頂けませんか?」


「ああ、そう言う事なら案内するよ。」


「副社長、私は先に会長の元へ行っております。」


姫宮が翔に言った。


「ああ、そうだね。少し遅れると伝えておいてくれるかな?それじゃ、こっちだよ。朱莉さん。」


「はい。」


翔に促されて朱莉は返事をした。広い廊下の壁には所々に絵画が飾られている。

朱莉は絵の事はよく分からないが、ひょっとすると明日香はこういう絵に囲まれた暮らしをしていたのでイラストレーターになったのでは無いだろうかと思った。


「ここだよ、この部屋を使うといい。」


翔が開けた部屋は8畳ほどのベビーベッドが置かれた部屋であった。


(え・・・?こんな所にベビーベッドが・・・?)


朱莉は不思議に思ったが、まずは腕の中で鳴く蓮のオムツを交換するのが先だ。

蓮をベビーベッドの上に乗せ、持参して来たママバックからおむつ替えセットを出して交換していると、翔が朱莉が持って来たものを真剣に見て、メモを取っている。


(何してるんだろう・・?)


蓮のオムツ交換を終えると翔が声を掛けて来た。


「朱莉さん。この間は言い過ぎてしまった。・・・ごめん。」


「翔さん・・・。いえ、もう大丈夫ですから。」


(だって私と翔先輩は所詮ただの・・・雇用関係・・・。)


「そう言えば・・・先程は何をメモしていたんですか?」


「あ、ああ・・。いざという時の為に・・オムツ変えの時には何が必要なのかをメモしていたんだ。」


「いざという時の為?」


(それって・・・どういう意味なんだろう?)


すると翔が言った。


「例えば・・・朱莉さんが風邪を引いて寝込んでしまった時とかは蓮の世話が出来ないだろう?そう言う時の為に覚えておこうと思ってね。」


「そう言う事だったんですね。」


「それじゃ・・・そろそろ行こうか。祖父が待ってるから。」


翔の言葉に朱莉は緊張の面持ちで頷き、翔の後に続いて朱莉は付いて行った。


(どうか・・・ヘマをしませんように・・・。)


それだけを朱莉は祈るのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る