2-16 絶縁宣言

 明日香の記憶が戻ったと言う知らせはその日のうちに朱莉の元へ知らされた。

それは朱莉が蓮のおむつを交換して、ミルクを飲ませて寝かせ付けた後の事だった。

突然翔から電話が入って来たのである。


「え?こんな時間に翔先輩から電話なんて・・・。」


時計を見ると23時を過ぎていた。今までこれ程遅い時間に電話がかかってきた事が無かった朱莉は戸惑った。


(ひょっとして何かあったのかな・・・?)


朱莉はスマホをタップすると電話に出た。


「はい、もしもし。」


『やあ、朱莉さん。こんばんは。』


心なしか翔の声が明るく聞こえたので朱莉は尋ねた。


「こんばんは、翔さん。何か良いことでもあったのですか?声が明るく聞こえますけど?」


『そうかい?やはり分かってしまったかな・・・。実はね、明日香の記憶が戻ったんだよ。それで今日連れ帰ってきて、今眠ったところだから朱莉さんにも知らせておかないといけないと思ってね。』


「そうだったんですね。明日香さんの記憶が戻って本当に良かったです。」


朱莉は心から言った。すると次に翔の口から出てきた言葉にショックを受けた。


『うん、それでね・・・朱莉さん。明日香が戻って来たから、もうそちらに行くことは出来なくなったんだ。明日香はその・・・小さい子供、特に赤ん坊が苦手でね・・きっと俺が蓮の様子を見に行くことを嫌がると思うんだ。それで悪いけどこれからは朱莉さんがお母さんの面会に行くときはベビーシッターをお願いしてもいいかな?その料金は別途上乗せして振り込むことにするから。悪いけどよろしく頼むよ。』


「そう・・・なんですか?それではこれから蓮君に会いには来られない・・と言う事なのでしょうか・・?」


『う~ん・・・そういう事になるかもしれないね。あ、でもお祝い事にはプレゼントを贈らせてもらうから、その点は任せてくれ。』


「は、はい。分かりました・・・。」


『それじゃ、朱莉さん。引き続き蓮の事頼むよ。君だけが頼りなんだ。』


「はい。分かりました。」


『それじゃ、お休み。』


「はい。おやすみなさい・・・。」


そして翔からの電話は切れた。朱莉はスマホを握りしめたままため息をついた。


(君だけが頼りなんだ。)


翔の声が頭の中でこだまする。


「翔さん・・・でも、私も・・・翔さんだけが頼りだったんですよ・・?」


ポツリと朱莉は寂しそうに言った。そしてPCを立ち上げて、朱莉はネット検索を始めた。ベビーシッターを探す為の・・・・。




 その次に翔は琢磨に電話をかけた。4コール目の呼び出し音で琢磨が電話に出た。


「もしもし。」


『ああ・・翔。昨夜は泊めて貰って悪かったな。それで何の用だ?』


「ああ、実は明日香の事なんだ。」


『明日香ちゃんか・・・。そう言えば今日面会に行って来たんだろう?明日香ちゃんの様子はどうだった?』


「それが聞いてくれよ!明日香・・・記憶が戻ったんだよ!」


『本当か?どうりで・・・お前の声が何だか明るいと思ったよ。それは良かったな。でも何故急に記憶が戻ったんだ?』


「うん・・・それが俺も謎なんだよ。ただ、きっかけは・・・そうだ、今の秘書の名前を出してから様子がおかしくなって、病院に運び込まれ次に目を覚ました時には明日香の記憶が戻っていたんだ。」


『へえ・・・奇妙な話だな・・・。それで、これから蓮の事はどうするんだ?週に一度は朱莉さんがお母さんの面会に行くときはお前が育児をする事になってるんだろう?明日香ちゃんと2人で育児をするのか?』


「いや・・・朱莉さんにはもう伝えたが・・・今度からはベビーシッターを頼んでくれと話したよ。」


『何だって?』


琢磨の声色が変わった。


「だから、明日香がいるのに蓮の面倒を見に行く事は出来ないだろう?明日香は特に赤ん坊が苦手なんだから。」


『お前・・・まだそんな事を言っているのか?!』


電話越しからも琢磨の怒りが伝わって来るのが翔には分かった。


「何だ?それほど怒る事なのか?まあ最初の契約書とは少し変わったが、蓮が3歳になるまでは朱莉さんが子育てをするという契約は交わしているんだし・・何か問題でもあるのか?」


翔には何故琢磨がそこまで怒りをあらわにするのか理解出来なかった。


『お前・・・それでも蓮の父親かっ?!他人に子育をまかせっきりにするなんて・・・一体いつの時代を生きてるんだよっ!』


「おい、落ち着けよ。琢磨・・・それ程激怒する事なのか?」


すると、少しの沈黙の後・・・琢磨の声が聞こえてきた。


『お前は・・・本当に自分と明日香ちゃんの事しか考えていないんだな・・・。そんなんじゃ、今に・・皆お前から離れて行くかもしれないぞ?』


「琢磨・・・・。お前は・・・そう考えているのか?」


『さあな・・・だけど、最初に俺を切ったのはお前だ。』


「そうかもしれないが・・・でもこうしてまたお前は戻って来たじゃないか?」


『俺の心の内なんか・・・お前には分からないかもしれないが・・・俺はもうこれ以上お前とは関わりたくない。二度と・・・連絡してこないでくれ。』


「え?琢磨・・・?」


『もうお前には完全に愛想が尽きたよ。この電話を最後に、もうお前とは完全に縁を切らせてもらう。ただし・・・朱莉さんとは個人的にこれからも連絡を取るつもりだからな。おれはもう鳴海グループとは無関係なんだ。文句は言わせない。』


その声は・・・どこまでも冷淡だった。


「琢磨・・お前、本気で言ってるのか?考え直す気は・・。」


ピッ!


そこで電話は完全に切れてしまった。


「琢磨・・・・。」


翔はスマホを握りしめたまま、呆然としていた―。



一方、電話を切った琢磨は頭をガリガリと掻き毟って乱暴にソファにスマホを投げつけると座り込んだ。


「くそっ!イライラする・・・!」


琢磨は立ち上がり、キッチンに向かうとグラスを出して冷凍庫から氷を取り出すと、乱暴にグラスの中に投げ入れる。そして酒棚の扉を開け、中からウィスキーの瓶を取り出し、グラスの中に注いだ。マドラーでガシャガシャとかき混ぜ、一気に口の中にウィスキーを流し込む。


そして深いため息をつく。


「朱莉さん・・・また翔の奴に傷つけられたんだな・・・。可愛そうに・・・。俺が代わりに蓮の面倒を・・・・。ん?そうか・・!」


琢磨はソファに投げ捨てたスマホを取りに行くと、電話を掛けた。何回目かのコールの後、電話に出た相手は・・・。


『何だよ・・・琢磨。』


「航か?何だ・・お前、ひょっとするともう寝てたのか?」


『悪いかよっ!明日は5時起きで静岡まで行かなくちゃならないんだよ。』


「何だ?また浮気調査か?」


『あのなあ・・・・第三者にペラペラと顧客情報を話せると思っているのかよ?」


「ふむ・・・言われてみれば確かにそうだな?」


『全く・・・何だよそれ・・・で?人を起こすぐらいだから・・大事な用事なんだろう?くだらない話だったらただじゃ置かないからな?』


「当り前だ。明日の天気の話ならこんな時間に掛けたりしないさ。」


『明日の天気って・・・お前ふざけてるのかよ!』


「明日香の記憶が戻った。」


『何?!本当か?』


「ああ、本当だ。そしてついでに言えば俺は翔と縁を切った。」


『何だか・・・随分ジェットコースター的展開だな・・・。』


「まあ、色々あってな。」


『おい、まさか・・・それだけの要件でこんな真夜中に俺に電話を掛けてきたわけじゃないだろうな?』


「当り前だろう?航・・・お前、朱莉さんの自宅に行ってみたいと思わないか・・・?」


言いながら、琢磨は笑みを浮かべた―。






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