2-8 意気投合する2人
翌朝の事。
小田急沿線にある「鶴巻温泉」―
何故か、ここに琢磨と航の姿があった。
今2人は車から降りて、のどかな風景の中コンビニで買った缶コーヒーを飲みながら話をしていた。
「全く・・・何で俺が男と・・・しかもよりにもよってお前と2人でドライブしなくちゃならないんだよ。朱莉とだったら喜んで来たのにな。」
恨みがましい目で琢磨を睨みながら航は言った。
「うるさい、俺だって同じだ。好き好んでわざわざお前を誘ったと思っているのか?」
琢磨も不機嫌そうに航に言う。
「それにしてもどうして俺までこんな所に連れて来るんだよ?お前が1人で明日香に会いに来れば良かったじゃないか。」
「そんな事を言ってもいいのか?明日香ちゃんの記憶が戻らなければ翔はそれこそ10年以上子供の面倒を見させることをしかねない様な男なんだぞ?お前だって朱莉さんを早く自由の身にしてやりたいんだろう?だからこそお前には協力して貰うからな?」
(大体・・・明日香ちゃんと2人きりだった場合、いつ告白されるか分かったものじゃないからな・・・。)
琢磨は内心の本音を隠して航に昨夜連絡を入れて、本日呼び出したのだった。
「全く・・・折角の休みだって言うのに・・・。」
まだブツブツ文句を言う航に琢磨は言った。
「だがお前、温泉が好きだと車の中で話していたじゃないか?お礼と言っては何だが、とっておきの温泉があるから帰りにそこへ連れて行ってやるよ。」
琢磨はニヤリと笑みを浮かべた。
「ついでにビールもつけてくれるんだろうな?」
「ああ、いいぜ。俺は今日は酒は飲まないつもりだったが・・・お前にご馳走してやるよ。」
実は琢磨は夕方朱莉に連絡を入れて、自宅へお邪魔させて貰おうと密かに考えていたのだ。
「よし、それじゃ・・・今から明日香ちゃんの所へ行くが・・お前は俺の年下の友人と言う事にしておくからな?それと・・・明日香ちゃんがおかしな言動を取っても気にするなよ?何せ記憶が10年分後退しているんだから。」
「その話、本当だったんだな・・・。電話で聞いた時はちょっと信じられなかったが・・。だけど、俺がいたって何の役にも立たないぞ?大体俺を見て不審に思うんじゃないのか?」
「いいや、きっと大丈夫さ。」
妙に自信ありげに言う琢磨。
(何せお前は童顔で高校生くらいにしか見えない。多分明日香は気を許すはずだ・・。)
しかし、航には今の考えは決して口には出せないのだが。
「よし、それじゃ・・・明日香の元へ行くか。」
そして2人は車に乗り込むと、朱莉の入院している温泉付き療養所へと向かった―。
その療養所は自然にあふれた美しい景色が広がる中に立っていた。建物も立派な造りで、施設には小さな滝が流れる見事な庭園がある。
療養所へ到着し、広々としたホールのソファに座って琢磨と航が待っていると明日香が嬉しそうな声を上げて駆け寄って来た。
「琢磨〜っ!来てくれたのね?嬉しいわっ!」
その姿を見た航はギョッとした。
(え・・?う、嘘だろう・・・?あれが明日香だって言うのか・・?!)
派手なメイクに派手なファッション・・・まるで女子高生のようないでたちで現れた明日香を見て、航は若干引き気味になってしまった。
「やあ、明日香ちゃん。元気だったか?仕事が忙しくて中々連絡するのが遅くなって悪かったな?」
まるで小さな子供をあやすかのように明日香の頭に手を添えて撫でる琢磨の姿を見て航は思った。
(ゲッ!何だよ・・・九条のあの顔は・・。あんな顔で微笑まれたら大抵の女は・・・。)
思いながらチラリと明日香の様子を伺うと、航の予想通り明日香は顔を真っ赤にしてぽ〜っとした表情で琢磨を見つめている。
(あ〜あ・・・やっぱりな・・・。全く九条は無自覚でああいう事をしているんだから質が悪いぜ。)
実は車の中で航は今の明日香の現状を琢磨から聞いていたのである。
10年前、明日香は琢磨に恋をしていたと言う事を・・・。
最初は何てあり得ない話なのだと航は思いながら聞いていたが、明日香と琢磨の様子を見ながら思った。
(九条の奴・・・何考えてるんだ?あんな風に親切にしていたら、ますます明日香に勘違いさせてしまうって事が分かっていないのか?ああいう甘さがあるから今迄あいつ等にいいように利用されて来たんじゃないのか・・・?おひとよしにもほどがある。それにしてもいい加減にして欲しいぜ・・。)
「ゴホンッ!」
そこでわざと航は咳ばらいをすると、明日香は初めて航の存在に気付いたようで、こちらを見た。
「あら?誰かしら?この少年は・・・?」
怪訝そうに明日香は航を見た。
「だ、誰が・・・っ!」
航がそこまで言いかけた時、琢磨が言った。
「ああ、彼は俺の年の離れた親友なんだ。鶴巻温泉まで行くって言ったら、ドライブに一緒に連れて行ってくれってせがまれたから連れて来たんだよ。露天風呂に入りたいんだってさ。可愛いものだろう?」
琢磨が笑いながら言うのを見て、航は思わず切れそうになったが、必死で自分の心の中に言い聞かせた。
(落ち着け・・!これは朱莉の為なんだ・・!そして温泉とビールの為だ・・っ!)
「あら、そうだったのね?それじゃ私も2人に付いて行こうかしら?」
明日香はとんでもない事を言い出してきた。
「え?明日香ちゃん・・・外出していいのかい?」
琢磨は言いつつ、心の中で思った。
(冗談じゃ無いっ!さっさと解放させてくれよ・・・!)
そしてチラリと航を見ると、機嫌の悪さを隠そうともせず、ソファに座って航はスマホをいじっていた。
そんな航をみて明日香は尋ねた。
「ねえ。そう言えば貴方の名前は何て言うの?」
「俺か?俺の名前は安西航だ。」
するとそれを聞いた明日香の顔が一瞬曇った。
「え・・?安西・・?安西・・・何処かで聞いたような・・・。」
明日香は頭を押さえた。
「え・・・?あんた・・・何か思い出したのかよ?!」
航は明日香の様子を見て、淡い期待を抱いた。
元々鳴海翔の秘書の件で、連絡を入れて来たのは明日香の方である。ひょとするとこの事がきっかで明日香の記憶が戻るのでは・・・?!
「う~ん・・。駄目だわ。一瞬何か思い出せた気がするけど・・気のせいだったのかもね?」
「そうか、あんたは一応自分が記憶喪失だって事は自覚があるのか?」
航の質問に明日香は答えた。
「ええ。一応ね。だって翔と琢磨があまりにもしつこく言うし、カレンダーを見れば納得するしかないでしょう・・・。それに・・・。」
「それに・・何だい?」
それまで黙って明日香と航のやり取りを見ていた琢磨が尋ねた。
「今のこのスマホを見れば納得するしか無いじゃないの?こんなすごい機種・・・見た事無かったもの!」
明日香は自分のスマホを取り出し、航に尋ねた。
「ねえ、航。今スマホでゲームしていたでしょ?何のゲームしてたのよ?」
「ああ、これは『ゾンビウォール』ってゲームでゾンビに襲われた町を生き残った人間達で強化して、ゾンビと戦うシュミレーションゲームさ。」
「あ!航もそのゲームをやっていたのね?!私も今そのゲームにはまってるのよっ!面白いわよね!」
明日香が自分のスマホを取り出すとゲーム画面を航に見せた。
「へえ〜あんたもやってたのか?凄い偶然だな?どれ?拠点のレベルはどれくらいなんだよ・・・。」
いつの間にか航と明日香はすっかりゲームの事で意気投合している。
「な・・何なんだ・・・?この状況は・・?」
スマホゲーム等やった事が無い琢磨は2人の盛り上がりようをただ茫然と見つめていた。
「俺・・・このまま帰ってもいいんじゃないだろうか・・?」
溜息をつきながら思わず呟くのだった―。
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