2-6 食卓での会話
リビングでソファに座り、翔が蓮にミルクを与えている姿を見ながら朱莉は尋ねた。
「翔さん。夜御飯はどうされましたか?」
「ああ。朱莉さんの話を聞いた後、近場の店に食事に行こうかと思っていたんだ。」
蓮から目を離さず返事をした翔に朱莉が言った。
「あの・・・もし宜しければ食事していきませんか?実は私もこれから食事で・・きのこの炊き込みご飯を作ったのですけど・・・。」
すると翔は顔を上げて言った。
「え・・?いいのかい?朱莉さん。」
てっきり断って来るのでは無いかと思っていた朱莉はその言葉を聞いて嬉しくなった。
「はい、すぐ準備するので待っていて下さい。」
朱莉は笑顔で翔に言うと、嬉しそうにキッチンに向かって食事の準備を始めた。
「・・・。」
そんな朱莉を翔は蓮を抱きながら見つめた。
(どうしたんだ・・?朱莉さん・・やけに嬉しそうに見えたけど・・・俺が食事をしていっても迷惑じゃないんだろうか?・・・今まで散々朱莉さんを嫌な目に遭わせてきてしまったのに・・・。)
その時・・・突然翔のスマホが着信を知らせてきた。相手は琢磨からだった。
「もしもし・・・。」
蓮を胸に抱いたまま電話に出ると、突然琢磨の怒鳴るような大声が受話器から聞こえてきた。
『翔っ!さっきの話の続きだが・・・。』
すると受話器越しから聞こえてくる琢磨の怒鳴り声に驚いたのか、蓮が泣き声を上げ始めた。
「ホギャアアア・・・・ッ!」
「ああ、ごめん。蓮・・・驚かせてしまったよな?」
『な?何・・・?赤ん坊の泣き声・・?蓮・・・・?蓮って・・・翔、お前の子供かっ?!お前今一体どこにいるんだよっ?!』
「俺か?今俺は朱莉さんの処に来ているんだ。蓮にお土産を持って会いに来たんだ。ついでに食事を御馳走してくれると言ってくれたから、今リビングで待っているところだが?」
『・・・おい、ふざけるなよっ!翔っ!』
ますます琢磨の怒りの声が受話器から聞こえてきた。すると蓮はさらに怯えて泣き声が大きくなる。
「ああ・・・ごめんよ・・・蓮・・・。おい、琢磨・・・蓮が怖がるから・・頼むから大きな声を出さないでくれよ・・・。」
すると流石に琢磨もまずいと思ったのか、声のトーンを落とすと言った。
『翔・・・お前・・・俺に明日香ちゃんを押し付けておいて、お前は今更朱莉さんとの距離を縮めようとして・・・一体どういうつもりなんだよ?』
琢磨は蓮をあやしながら言った。
「おい、俺は別に明日香をお前に押し付けたつもりは全くないぞ?それどころか、明日香は全く俺に連絡すらよこさなくなったんだ・・・。俺が好きな明日香は・・今は俺に見向きもしなくなってしまったんだ。その辛さがお前には分かるか?それに第一、別に俺は朱莉さんとの距離を縮めようとは少しも思っていないぞ?俺は朱莉さんに会いに来たわけじゃなくて、ただ蓮に会いに来ているだけ・・・。」
そこまで言いかけて、ふと翔は人影に気が付いた。そこには青ざめた朱莉が立っていたからだ。
「あ・・・朱莉さん・・・。」
翔は震える声で朱莉の名を呼んだ。
『何だって?!今の話朱莉さんに聞かれたのか?!』
受話器越しからは琢磨の焦り越えが聞こえてくる。
しかし、翔はそれに返事をせずに受話器を切ると朱莉を見上げた。
「あ、あの・・・食事の準備が出来たので・・・それで翔さんを呼びに・・・。」
朱莉の顔には明らかに傷ついた表情が浮かび、声が震えていた。
「朱莉さん。今の話は・・・。」
翔が言いかけると朱莉は言った。
「ええ。大丈夫です、ちゃんと分かっていますから。翔さんが蓮君に会いに来ていると言う事は。その件で・・・ご相談したいことがあるのですが・・・。」
「相談?蓮の事でか?」
「はい、蓮君の事でです。」
「そうか、それなら話してくれ。俺に出来る事なら何でもするから。」
翔はその場を取り繕う為に笑顔で朱莉に言った。
「はい、でもその前に・・・蓮君も眠ったようですし、ベビーベッドに寝かせて・・まずは食事をしながらお話ししませんか?」
朱莉は辛い気持ちを押し殺しながら笑顔で翔に言った。
「あ、ああ。そうだね・・・それじゃ御馳走になろうかな?」
「それじゃ蓮君をまずは預かりますね。」
朱莉は翔から蓮を受け取ると、肩に抱き上げ、いつものように背中を撫でてゲップをさせると、ベビーベッドに運び、そっと寝かせた。
「それでは翔さん、食事にしませんか?」
朱莉はリビングにいた翔に声を掛けた。
「あ、ああ。ありがとう・・・。」
ダイニングにはもうすでに食事の用意がされていた。きのこがたっぷり入った炊き込みご飯に豆腐とワカメの味噌汁、蓮根と人参のきんぴらに蒸し鶏のサラダが並べられていた。
翔はテーブルに座ると、朱莉も向かい側に座ると言った。
「大したメニューではありませんけど・・どうぞ召し上がって下さい。」
「いや。そんな事は無いよ。どれもとてもおいしそうだね。・・・朱莉さんは料理が好きなのかい?」
「そうですね・・・。嫌いではないです。でも一度は本格的に料理を習ってみたいとは思っていました。いずれは蓮君も私の料理を食べる事になりますし・・・。」
朱莉は翔に語ったが、内心はすでに後数年で蓮と別れなければならない事に心を痛めていた。
「そうか。それじゃ料理を習いに行けばいいと思うよ。朱莉さんが料理を習いたいと言うなら・・好きにしてもらって構わないから。それじゃ頂こうかな?」
翔は箸を持つと言った。
「はい、どうぞ。」
「頂きます。」
翔は早速、きのこの炊き込みご飯を食べてみた。きのこのうまみと醤油の香ばしい味がとても美味しかった。
「うん・・・美味しいよ。」
「ありがとうございます。」
朱莉は恥ずかしそうに頬を染めると言った。
「それで?朱莉さん、話って言うのは何だい?」
「はい・・・。実は・・母のお見舞いの事についてなんです。」
「お見舞い?」
「はい。もう1週間母の面会には行っていないんです。あの・・・実は私は・・母には蓮君の事内緒にしているんです。」
「え?」
「本当にすみませんっ!」
朱莉は頭を下げた。
「蓮君とは・・・・数年でお別れになります。母には・・心配かけさせたくないんです。だから・・・。」
朱莉はそう言うと俯いた。
確かに朱莉の言う通りなのかもしれない。朱莉と翔は蓮が3歳になったら離婚をして蓮とはもう会う事も無くなる。それならいっそ、朱莉は母に余計な心配をかけさせない為にも蓮の存在を隠したくなるのも無理は無いだろうと翔は思った。
「そうだね・・・確かに朱莉さんの言う通りだ。その辺りは朱莉さんの考えを尊重するよ。それで・・・面会の事についてだったよね?」
「はい、それで・・・申し訳ありませんが翔さんにその間蓮君を見て頂きたいのですが・・1時間程で結構ですので。」
「ああ、それ位なら全然構わないよ。いや・・・本当なら俺が蓮の面倒を見なければならないのに・・上から目線的な言い方をしてしまったな。・・すまなかったね。」
「いえ。とんでもありません。それでは明日早速お願い出来ますか?あの、面会時間は午後3時からなのですが・・・。」
「いいよ。午後3時だね。大丈夫だよ。」
「それでは食事の後、おむつ替えの事と、ミルクの説明をさせて下さい。」
「ああ、分かった。よろしく頼むよ。」
そして、その後2人は食事を続け・・・・食事後、翔は朱莉からおむつ交換の方法とミルクの作り方のレクチャーを受けるのだった―。
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