2-3 朱莉と翔の告白
「ねえ。琢磨は帰ったの?」
病室のベッドで横になりながら明日香は翔ん尋ねた。
「ああ、そうなんだ。・・・明日香はまだ信じられないかもしれないが・・俺達はもう17歳の高校生じゃないんだよ・・。」
翔は明日香のベッドのわきに椅子を持って来ると座った。
「ええ。そのようね・・・。日本に帰ってきて、ようやくその実感が持てるようになったけど・・・でも私には10年分の記憶が無いんだもの。・・・無理よ。今の状況を受け入れるなんて・・・。」
明日香は目に涙を浮かべながら言った。
「明日香・・・。」
「琢磨が言ってたわ。私と翔は・・・恋人同士だったって・・・。その話は本当なの?」
「琢磨が・・・そう言ったのか?」
「ええ、そうよ。」
翔は歯ぎしりした。
(くそっ・・・!琢磨の奴・・・あれ程口止めしておいたのに・・・・っ!)
「明日香・・・俺は・・・。」
翔が明日香に手を伸ばした時、明日香はその手を振り払った。
「・・・。」
「す、すまなかった・・・勝手に触れようとして・・。」
「翔・・・貴方は・・・私にとって、大切な家族であることに変わりないけど・・・私達は・・義理の兄と妹なんだから・・世間の誤解を招くような真似はしないで。」
そして明日香は背を向けた。
「分かったよ・・・。明日香・・・。」
(だが・・・明日香。俺達は・・もう手遅れなんだよ・・・。お前は今は忘れているかもしれない画、俺達は・・・一線を越えてしまった仲なんだから・・っ!)
「もう・・付き添いはいいから帰ってくれる?1人にさせて。」
明日香は背を向けたまま言った。
「ああ・・・分かった。帰るよ。」
翔は力なく立ち上がると、言った。
「またな。明日香。」
そして病室を出て行った―。
夜9時―
朱莉はお風呂から上がって、部屋着に着替えると蓮の授乳とおむつを交換して寝かせつけた時―。
ピンポーン・・・。
突然、玄関のインターホンが鳴った。
「え?だ、誰かしら・・・?」
朱莉は突然の出来事に心臓が止まりそうになった。今迄一度も何の前触れもなくインターホンが鳴った事は無かったので無理も無い。
おそるおそる玄関のモニターを確認し、さらに朱莉は驚いた。
何とそこに立っていたのは翔だったのである。
「翔さんっ?!」
朱莉が慌ててドアを開けると、そこには赤い顔をした翔が立っていた。
「やあ、こんばんは。朱莉さん・・・。」
翔はいつもとは全く様子が違っていた。いつも整えていた髪は乱れ、身体からはアルコール臭がする。
「しょ、翔さん、一体どうしたんですか?!」
朱莉は驚いて声を掛けると、翔は虚ろな瞳で朱莉を見つめて言った。
「朱莉さん・・・蓮に・・・会わせてくれないか・・・?」
「え、ええ・・・。それは構いませんけど・・・。取りあえず上がって下さい。」
「ありがとう・・・。」
翔は足取りもおぼつかない様子で、ふらふらと玄関へ入るとぼんやりとした顔で朱莉に尋ねた。
「ところで・・・蓮は・・どこの部屋に・・・いるんだい?」
「あの・・・蓮君は今はリビングで寝てますけど・・・。少し失礼します。」
朱莉は除菌ティッシュを持って来ると、ササッと翔の手を拭いた。
「何?」
それに気づいた翔が朱莉を見た。
「い、いえ・・・。蓮君に触れるなら・・まだ生まれて間もないので消毒を・・すみません。余計な真似をして。」
「ああ・・・そうか、消毒か。うん、そうだよね?ありがとう。気を使ってくれて・・・。」
そして翔は千鳥足でリビングへ向かうとそこにはベビーベッドに寝かされた蓮がいた。翔はその寝姿をじっと見つめながら言った。
「我が子ながら・・・こんな風に生まれてから・・・じっくり見るのは・・今日が初めてだよ・・・・。ハハ・・小さくて・・本当に可愛いな・・・・。」
朱莉はその言葉に耳を疑った。
「え?翔さん・・・初めてって・・・本当ですか?」」
すると朱莉に背を向けたまま翔は答えた。
「ああ・・・そうだよ・・・。明日香はね・・・酷い難産で・・・出産するまでにかなり時間がかかったんだ・・・。そのためかな?過呼吸を起こして・・意識を失って、次に目を覚ました時には・・・10年分の記憶が・・無くなっていて・・。とてもゆっくり蓮を・・見ている余裕は無かったんだよ・・。」
ベビーベッドに縋りつくように背を向けて語る翔は・・身体が震えていた。まるで泣いているように・・・。
「朱莉さん・・・。」
翔は背を向けたまま言う。
「はい。何でしょう?」
「蓮に・・・・触れてみてもいいかな・・・・?」
躊躇いがちに朱莉に尋ねて来る。だから朱莉は言った。
「翔さんと明日香さんのお子さんですよ?私に尋ねなくても・・・どうぞ触れて下さい。ただ・・・今は眠ってるので、出来ればそっと優しく触れてあげて下さい。」
「ああ・・・分かったよ・・・。」
翔は震える手でそっと蓮の頬に触れると言った。
「温かいな・・・・それに・・柔らかくて・・・甘い香りもする。」
「それはミルクの香りかもしれませんね。」
「・・・ありがとう、朱莉さん。」
翔はポツリと言った。
「こんなに・・・蓮に良くしてくれて・・・。」
翔は部屋を見渡しながら言った。リビングはベビーグッズで溢れかえっていた。
蓮の着ているベビー服も可愛らしく、着心地もよさそうな手触りで、部屋には静かなオルゴールの音楽が流れている。
「やっぱり・・・朱莉さんを選んで・・・正解だったかな・・・。琢磨の奴には散々・・・文句を言われたけど・・・。」
「翔さん・・・。」
「本当に・・・すまない事をしてると・・・・思ってる。だから・・・ばちが当たったんだろうな。」
朱莉は翔の言葉に首を傾げた。
「バチ・・・ですか?」
「ああ・・・そうだよ。」
翔は未だに蓮の頬に手を当てながら独り言のように呟いた。
「俺が・・・酷い男だから・・きっとバチが当たったんだ。」
そこで初めて翔は朱莉のほうを振り向くと言った。
「明日香はね・・・10年前は・・・俺では無く、琢磨の事が好きだったんだよ。」
「え・・?」
朱莉は耳を疑った。
「そ、それじゃ・・・明日香さんは・・・?」
朱莉は声を震わせて尋ねた。
「明日香は・・・今はもう琢磨に夢中になっている。俺達が恋人同士って事も忘れているし・・・ましてや子供を産んだ事なんて・・・信じるはずもないよ。」
そして寂しげに笑った。
「その話・・・ほ、本当なんですか・・・?それで九条さんは・・・?」
「琢磨だって・・・当然困ってるさ。だから散々なじられたよ。俺は明日香ちゃんの事は何とも思っていないし、この先もずっと好きになる事は無いって。勿論あいつは俺と違っていい奴だから・・そんな事明日香には直接言っていないけどな。」
そして翔は朱莉を見ると言った。
「悪いが・・・朱莉さん。ソファに座っても・・いいかな?少し飲みすぎてしまったようでね・・・。」
「はい、どうぞ。」
「ありがとう・・・。」
翔はふらふらとソファに向かうと座った。そして話の続きを始めた。
「子供の頃は・・・明日香はよく、将来は俺の花嫁さんになるって言ってたんだよ。それ程仲が良くて・・・でも、中学になると・・・周りからも色々言われるようになって明日香の心も変化していったんだろうな。いつしか・・琢磨の事を好きになっていたんだよ・・・・。だけど、琢磨は高2の終わりに他校の女子学生と交際を始めて・・・失恋して傷付いた明日香を慰めている内に・・いつしか俺と明日香は・・・。」
「そうだったんですか・・・。」
(それじゃ・・・私が入学した時は・・明日香さんと翔先輩が付き合い始めた頃だったんだ・・。)
「朱莉さん・・・悪いが・・水を貰えないか・・・?」
翔は頭を押さえながら朱莉に言った。
「はい、お待ち下さい。」
浄水器から水を汲んで翔の元へ行くと、翔はソファの上で眠ってしまっていた。
「翔先輩・・・。」
朱莉は呟くと、予備の布団を持ってきて翔にかけた。そして蓮を自分の寝室に置いてあるベビーベッドに寝かせると間接照明だけを残して部屋の電気を消して、ソファで眠っている翔にそっと言った。
「おやすみなさい、翔先輩。」
と―。
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