1-11 一種即発
(誰なんだ・・・?あの男は・・・?航君と呼んでいたけど・・まさか朱莉さんが沖縄で同居していた男なのか?)
気付けば琢磨は歯を食いしばり、両手を強く握りしめていた。そして一度自分を落ち着かせる為に深呼吸すると、2人に近寄って声を掛けた。
「朱莉さん。その人は・・・誰だい?」
すると、その時航は初めて朱莉から離れて顔を上げ、琢磨の顔を見ると表情を変えた。
「あ・・・あんたは・・九条・・・琢磨・・・。」
(何?この男は・・俺の事を知っているのか?)
そこで琢磨は尋ねた。
「君は・・・何故俺の事を知っているんだい?」
すると航は言った。
「そんなのは当たり前だろう?自分がどれだけ有名人か分かっていないのか?元鳴海グループの副社長の秘書。そして今は、<ラージウェアハウス>の若き社長だからな。」
「そうか・・・。それで君は?」
琢磨はイラついた様子で航を見た。航は先ほどからピタリと朱莉に張り付いて離れない。それがどうにも気に入らなかった。
「あの、九条さん。彼は・・・。」
朱莉は琢磨のいつもとは違う様子に気付き、口を開きかけた所を航が制した。
「いいよ、朱莉。俺から自己紹介するから。」
その言葉を聞き、琢磨は眉が上がった。
(朱莉・・・?朱莉さんの事を呼び捨てにしているのか?!どう見ても朱莉さんよりは年下に見えるこの男は・・・。)
「俺は安西航。仕事で沖縄へ行った時に朱莉と知り合って1週間程あのマンションで同居させて貰っていたんだ。貴方ですよね?朱莉の為にあのマンションを選んでくれたのは・・。2LDKだったからお陰で助かりましたよ。」
何処か挑発的に言う航。
(くそ・・・っ!この男が朱莉を鳴海翔に紹介しなければ・・朱莉はこんな目に遭う事は無かったのに・・・!それにしても悔しいが、顔は確かにいいな・・・。)
琢磨は何故航がこれ程自分を睨み付けているのか見当がつかなかった。
(ひょっとして・・・この男は朱莉さんの事が好きだから俺を目の敵にしてるのか?)
一方、困ってしまったのは朱莉の方だ。まさか今迄音信不通だった航が突然自分の住んでいる億ションに現れるとは夢にも思っていなかったからだ。
航とは話がしたいと思っていたので朱莉は提案した。
「あの・・。取りあえず中へ入りませんか?食事を用意するので。」
すると航は嬉しそうに言った。
「本当か?朱莉?」
「うん、そうだよ。航君も食べて行って?」
「サンキュー朱莉。いや〜嬉しいな・・・また朱莉の手料理を食べる事が出来るなんて夢みたいだ。」
そしてチラリと琢磨を見る。
(この男は自分と朱莉さんの仲を・・・わざと俺に見せつけようとしているのか?だが・・その手には乗るか。)
「それじゃ朱莉さん。車を駐車場に入れて来るから先に行っていていいよ。そこの少年と一緒にね。」
琢磨は笑みを浮かべると言った。
「あ、九条さん。荷物出してください。運びますから。」
朱莉が声を掛けると航が前に出てきた。
「荷物ぐらい、俺が運びますよ。それに俺は少年じゃない、ちゃんと成人していますよ。」
「ああ、これは失礼。あまりに若く見えたから・・・まだ高校生くらいかと思ってしまったんだ。」
大人げないと思いつつ、どうにも朱莉に馴れ馴れしい態度を取る航が気に入らず、余計な一言を言ってしまった。
「何だって?」
航が怒りを抑えた声で言うのを朱莉が止めた。
「わ、航君・・。」
「あ・・ごめん。朱莉・・・久しぶりに会えたのに・・・。つい・・。」
航が申し訳なさそうに朱莉に謝るのを見て琢磨は確信した。
(間違いない。この男は朱莉さんが好きなんだ。だが・・・分かっているのか?朱莉さんがどんな立場の人間なのか・・。)
すると航が言った。
「朱莉、俺は九条さんと少し外で話がしたいから先に部屋に行っててくれよ。」
「え・・?航君・・・?」
朱莉が戸惑っていると琢磨も言った。
「ああ、そうしてくれないかな?朱莉さん。俺も・・彼と話がしたいんでね。」
「は、はい・・・。分かりました・・。」
朱莉は言うと、1人エレベーターホールへ向かった。朱莉の心中はもはやおだやかではいられない。
(どうしよう・・・航君と会えたのは嬉しいけど・・・九条さんと一緒の時に鉢合わせするなんて。2人だけにして・・大丈夫だったのかな・・・。)
朱莉は溜息をつくとエレベーターのボタンを押した。
一方、航と琢磨は互いにエントランスで睨み合っていた。朱莉の姿がいなくなると最初に口を開いたのは琢磨の方だった。
「名前は聞かされていなかったけど・・・君なんだろう?興信所の調査員で、仕事の為に沖縄に来て朱莉さんと知り合って、同居していたって言うのは。」
「ああ、そうさ。朱莉・・・俺の事話していたんだな?あんたに。」
航はニヤリと笑いながら言った。
「どうやら・・・お前は相当口が悪いみたいだな?だったらこちらも遠慮するのはもうやめるか。」
「へえ?あんたは・・・京極とはタイプが違うんだな?」
「何?京極の事を・・知ってるのか?」
「その反応からすると・・・あんたも京極の事を良くは思っていないようだな?」
琢磨は航の口ぶりから警戒心をあらわにすると言った。
「お前・・・一体どこまで知ってるんだ?興信所の調査員だって言ってたな?ひょっとして朱莉さんと知り合ったのも・・・俺達絡みの件でか?」
「へえ?その口ぶりだと心当たりがありそうだな?だが、俺がそんな事話すと思うのか?仮にも俺は調査員だからな?」
航は挑発をやめない。そもそも朱莉と翔の偽装結婚のきっかけを作った琢磨が憎くて堪らなかった。
(九条の奴が・・・朱莉をあんな奴に紹介さえしなければ・・・。)
そう思うと琢磨に対する怒りがどうにも抑えられない。
琢磨も初めの内は何故自分が航から敵意のこもった目で睨まれるのか見当がつかなかったが、調査員と言う事を考えれば、今迄の経緯を全て知ってるかもしれないと言う事に気が付いた。
(ここで話をするのはまずいな・・・。)
「おい、どうした?急に黙って。」
航は怪訝そうな顔を見せた。
「取りあえず・・・ここで話をするのは色々とまずい。」
「あ、ああ。言われてみれば・・・そうだな。」
航も辺りを見渡しながら、京極に言われた言葉を思い出した。
「あまり遅くなると朱莉さんが心配する。取りあえず話は・・・後にしよう。もし時間があるなら朱莉さんの手料理を食べた後・・・場所を変えて話をしないか?」
琢磨は航に提案した。
「ああ。それでいいぜ。あんたには・・・言いたい事が山ほどあるからな?」
航の言葉に不敵な笑みを浮かべながら琢磨は言った
「ふ~ん。どんな話が聞けるか・・それは楽しみだな。」
そして2人の男は顔を見渡すと言った。
「「取りあえず荷物を降ろすか。」」
「航君と九条さん・・・遅いな・・・。」
料理を作りながら朱莉はソワソワしていた。
「どうしよう・・・喧嘩とかしていたら・・・。迎えに行ってみようかな・・・。」
お玉を握りしめながら不安な気持ちでいると、突然インターホンが鳴った。
「はい!」
朱莉がモニターに応じると、そこには髪を濡らした九条の姿があった。
『朱莉さん。ドアを開けて貰ってもいいかな?』
「はい、お待ちください!」
朱莉がドアナンバーを入力すると入口の自動ドアが開いた。
『ありがとう、すぐに行くから待っていてくれるかい?』
琢磨が笑顔で言ったので朱莉は返事をした。
「はい。お待ちしています。」
そしてインターホンを切ると朱莉はため息をついた。
「何だか・・・胃が痛くなりそう・・・。」
そして再び溜息をついた―。
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