1-10 翔の隠し事
ロシア―
翔は明日いよいよ日本へ帰国する為に自分が滞在しているホテルに明日香を連れ帰り、荷造りの準備をしてた。
未だに自分が27歳の女性だと言う事を信用しない明日香は鏡の前に座り、イライラしながら自分の顔を眺めている。
「全く・・・どういう事なの?こんなに自分の顔が老けてしまったなんて・・・。」
それを聞いた翔は言った。
「何言ってるんだ?明日香。お前はちっとも老けていないよ、いつもの綺麗な明日香だよ。」
すると明日香が言った。
「ちょっと!何言ってるのよ、翔。自分迄老け込んで、とうとう頭もやられてしまったんじゃないの?今迄そんな事私に言った事無かったじゃない。大体おかしいわよ?私が病院で目を覚ました時から妙にベタベタしてくるし・・。気味が悪いわ。もしかして私に気があるの?言っておくけど仮にも血が繋がらなくたって、私と翔は兄と妹って立場なんだから私に対して変な気を絶対に起こさないでね?!」
明日香は自分の身体を抱きかかえるようにしながら翔を睨み付けた。
「あ、ああ。勿論だ、明日香。俺とお前は兄と妹なんだから・・・そんな事あるはず無いだろう?」
翔は苦笑しながら明日香に言う。
「ふ~ん・・・翔の言う事信用してもいいのね?」
「ああ、勿論さ。」
「だったら・・・この部屋は私1人で借りるんだから、翔は別の部屋を借りてきて頂戴っ!あ、でも姫宮さんは別にいて貰っても構わないけど?」
明日香は部屋で書類を眺めていた姫宮を見ると言った。
「はい、ありがとうございます。」
姫宮は明日香に丁寧に挨拶をした。
「それでは翔さん、別の部屋の宿泊手続きを取りにフロントへ御一緒させて頂きます。明日香さん。明日は日本へ帰国されるので今はお身体をお安め下さい。」
姫宮は一礼すると、翔に声を掛けた。
「それでは参りましょう。翔さん。」
「あ、ああ・・・。そうだな。それじゃ明日香、まだ本調子じゃないんだからゆっくり休んでるんだぞ?」
部屋を出る際に翔は朱莉に声を掛けた。
「大丈夫、分かってるわよ。・・・自分でも何だかおかしいと思ってるのよ。急に老け込んでしまったし・・・妙に身体がだるいし・・何だか自分の身体じゃないみたいよ。」
明日香は頭を押さえながら言った。
「ならベッドで横になっていた方がいいな。」
「そうね・・・。そうさせて貰うわ。」
明日香は返事をすると、ベッドへ移動して布団の中に潜り込んだ。
「・・・行きましょう。翔さん。」
明日香がベッドへ潜り込んだのを見届けると、姫宮は言った。
「あ、ああ。そうだな・・・。」
そして翔と姫宮は部屋を出た。そして歩きながら早速姫宮は翔に声を掛けて来た。
「・・一体・・・これはどういう事なのでしょうか?」
「やはり・・10年分の記憶がスッポリ抜け落ちた事が原因なんだろうが・・・。」
翔は片手で頭を押さえると溜息をついた。
「取りあえず、姫宮さんが日本ですぐに明日香が入院出来るように手配してくれたことは本当に感謝してるよ。忙しい所すまなかった。」
「いいえ、私は翔さんの秘書ですから。こんな事は当然です。ところで翔さん。お子さんのお顔は見に行かれないのですか?」
「見たいのは・・山々なんだが・・・もし会ってしまうと子供と離れがたくなってしまうかもしれないからな・・・。」
寂しそうに言う翔の横顔を見ながら姫宮は言った。
「それでもご自身のお子さんなのですから、会って行かれて下さい。どのみち同じホテルに泊まっているのですから。」
「ああ、分かったよ。」
姫宮に促され、翔は了承した。
「ところで・・蓮・・・というお名前でしたよね?とても素敵な名前だと思います。それでこちらのお名前は翔さんが考えたのですか?」
「いや。この名前は・・・明日香が自分で考えたんだよ。だけど・・まさかこんな事になるなんて・・・っ!」
翔は苦し気に頭を押さえた。
「翔さん、落ち着いて下さい。医者の話では出産と過呼吸のショックで一時的に記憶が抜け落ちただけかもしれないと言ってたでは無いですか?それに対処法としてむやみに記憶を呼び起こそうとする行為もしてはいけないと言われましたよね?」
「ああ・・・だから俺は何も言わず・・・我慢しているんだ・・・。」
「翔さん・・・。取りあえず今は待つしかありません。時が・・・やがて解決へ導いてくれる事を信じるしか・・。」
やがて、2人は一つの部屋の前で足を止めた。この部屋に明日香の目を胡麻化す為に臨時で雇った蓮の母親役の日本人女子大生と、日本人ベビーシッター。そして生れて間もない蓮が宿泊している。
翔は深呼吸すると、部屋のドアをノックした。
すると、程なくしてドアが開かれ、ベビーシッターの女性が現れた。
「鳴海様、お待ちしておりました。」
「蓮の様子はどうだい?」
「良くお休みになられていますよ?どうぞ中へお入りください。」
促されて翔と姫宮は部屋の中へ入ると、そこには翔が雇った蓮の母親役の女子大生がいない。
「ん?例の女子大生は・・・何処へ行ったんだ?」
するとシッターの女性が言った。
「彼女は買い物へ行きましたよ。ロシア土産を持って東京へ戻ると言って、買い物に出かけられました。それにしても・・・随分派手な母親役を選びましたね?」
「仕方なかったのです。急な話でしたから。それより蓮君はどちらにいるのですか?」
姫宮はシッターの女性の言葉を気にもせず、尋ねた。
「ええ。こちらで良く眠っておられますよ。」
案内されたベビーベッドには生後9日目の新生児が眠っている。
「まああ・・・・何て可愛いのでしょう。」
姫宮は頬を染めて蓮を見つめている。
「あ、ああ・・・。確かに可愛いな・・・。」
翔は蓮を見ながら思った。
(目元と口元は・・・特に明日香に似ているな。)
「残念だったよ、起きていれば抱き上げる事が出来たんだけどな。帰国すると・・・もうそれもかなわなくなる。」
すると姫宮が言った。
「いえ、そんな事はありません。帰国した後は・・・朱莉さんの元へ会いに行けばいいのですから。」
「え・・?姫宮さん・・・?」
翔が怪訝そうな顔を見せると、姫宮は、一種焦った顔をすると言った。
「いえ、何でもありません。今の話は忘れてください。」
「あ、ああ・・・。それじゃ蓮の事をよろしく頼む。」
翔がシッターの女性に言うと、彼女は驚いた顔を見せた。
「え?もう行かれるのですか?」
「ああ。実はこれからもう一部屋予約しなくてはならなくなったんでね。」
翔はそれだけ言うと、姫宮を伴って部屋を後にした。
2人でフロントへ向かいながら姫宮は尋ねた。
「あの・・・疑問に感じた事があるのですが・・・。お聞きしてもよろしいでしょうか?」
「いいよ。」
「明日香さんと翔さんは・・・いつ頃から交際を・・始めたのですか?」
姫宮には先程の翔に対する明日香の態度に違和感を感じていた。
「ああ・・・実は、俺と明日香が恋人同士になったのは・・・高校3年・・俺と明日香が18歳になってから家族に内緒で・・・恋仲になったんだ。」
「え・・?それでは今の明日香さんは・・・?」
「ああ・・。本当に運命は残酷だと思ったよ。今の明日香の中の年齢は17歳。当然この頃、俺と明日香は交際していなかった。しかも・・・この当時明日香の好きだった相手は・・琢磨だったんだ。」
「え?!」
あまりの衝撃的な内容に姫宮は翔の顔を見つめた。
「そ、その事は・・・九条琢磨さんはご存知なのですか?」
「まさか。琢磨にはそんな事知る由も無いよ。」
翔は肩をすくめた。
「そ、それでは・・・今回九条さんに連絡を入れたのは・・・?」
姫宮は声を震わせて尋ねた。
「勿論、明日香の為さ。明日香は・・・今度こそ琢磨に会ったら告白するんだって
息まいていたよ。明日琢磨は迎えに来るけど、この事を知れば絶対に琢磨は空港には来ないだろう?琢磨には悪いが・・・これも明日香の為なんだ。だから姫宮さん。絶対にこの事は他言無用だよ。」
翔は姫宮をじっと見つめると言った。
その目は有無を言わさない物だった—。
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