10-7 京極からの呼び出し
その日の夜―
食事も風呂も終えた航は明日から京極の事を調べる為の下準備をしていた所、突如スマホが鳴った。その相手は父からだった。
「げっ!と・・・父さんからだ・・・。」
航は髪をクシャリと書き上げ、露骨に嫌そうな顔をした。
「え?安西先生から?」
食器洗いをしていた朱莉が振り向いた。
「ああ・・今迄はメールばかりだったのに・・何だってこんな急に電話なんか掛けてきて・・・。何だか嫌な予感がするな・・・。」
「でも出た方がいいよ?急用かもしれないし。」
「ああ・・そうだな・・・。仕方ない・・。」
航が頷くのを見届けると朱莉は再び食器洗いを始めた。航はスマホをタップすると電話に出た。
「もしもし・・。」
『ああ、航か。今までの報告書は全て目を通した。ご苦労だったな。』
「ああ、別にこれ位は大したことじゃない。後、残りの証拠は・・。」
『その件ならもういいんだ。依頼主も納得してくれたから、航。お前明日東京に帰って来い。』
父親の突然の話に航は驚いた。
「はあっ?!何だよっ!急にそんな事言われても、まだこっちでやる事が残ってるんだよっ!」
『いや、もうこれで今回の仕事は終わりだ。』
「何だよ、それ・・・。折角沖縄まで来て、事が片付いたらすぐに戻れなんて・・。」
その言葉が朱莉の耳にも届いた。
(え・・?航君・・。ひょっとして・・東京に戻っちゃうの?)
朱莉は動揺した。リビングではまだ航と父との会話が続いている。
『まあ本来なら2日位は休みを与えてやりたいところだが・・・至急の依頼が入ったんだよ。どうしても手が足りないから航、お前に戻って来て欲しいんだ。お前に調査をして貰わなければならなくなったんだよ。』
「一体、今度はどんな調査なんだよ。どうせ浮気調査なんだろう?だったら・・。」
『いや、今回は浮気調査じゃない。』
「へえ・・・・珍しいな。それじゃ何の調査なんだ?」
『企業調査だ。ある企業からの依頼で・・今度新規に取引をする企業があるらしいのだが、そこが信用に値するかどうか調べて欲しいらしい。業績や経営状態、営業内容の把握・・・それらを調べて貰いたいそうだ。」
「ふ~ん・・・。成程・・・っておい!俺はまだ引き受けるとは・・・!」
『依頼相手はIT業界で注目を浴びている企業なんだ。『リベラルテクノロジーコーポレーション』という会社だ。航、お前この企業知ってるか?」
「な・・・なんだってっ?!『リベラルテクノロジーコーポレーション』だって?!」
航はその企業名を聞いて衝撃を受けた。
『何だ。航・・その反応だと既にこの企業の事を知っているようだな?いや、驚いたよ。突然2日前に依頼の電話が入って来たから・・・。」
父の言葉は未だに受話器越しから聞こえてきたが、航は最早それどころではなくなっていた。
(そんな馬鹿な・・・っ!『リベラルテクノロジーコーポレーション』って言ったら・・あいつの・・・京極の会社じゃないかっ!くそっ!やられた・・・!あの男・・・俺から朱莉を引き離すために・・俺を嵌めやがったな・・・っ!)
『もしもし、聞いているのか?航。取りあえずこれは命令だ。今から明日の飛行機のチケットを予約しろ。何時の便でも構わんから必ず明日東京に戻ってこい。』
それだけ言うと電話は切れた。
「・・・・。」
航は無言でスマホを見ると、ソファに寄りかかり、項垂れた。
(油断していた・・・。あいつは・・京極は朱莉を追ってオフィスまで作って沖縄へ追いかけてくるような男だ。自己紹介で俺が調査員だと名乗ったから・・・調べ上げたんだ・・・。)
航はこの時、相手をなめていたのだという事に初めて気づかされた。京極の方が自分よりも1枚上手だと言う事実は航を酷く打ちのめした。
「航君・・・。」
ふと名前を呼ばれて顔を上げると、そこには心配そうに航を見降ろす朱莉の姿があった。
「朱莉・・・。」
「航君・・・今の電話は・・・・?」
「すまない・・・朱莉。俺・・・東京に帰らなくちゃならなくなった。突然の仕事の依頼で・・・しかも、その依頼主が・・『リベラルテクノロジーコーポレーション』
なんだ!」
本当なら第三者に依頼主に事等は一切漏らしてはいけない。だが・・・今回ばかりは違う。どうしても朱莉に伝えなければと航は思ったのだ。
それを聞いた朱莉の顔色が変わった。
「え?!まさか・・・『リベラルテクノロジーコーポレーション』って・・・京極さんの会社の・・・っ?!」
「ああ、そうだっ!きっと・・・これは京極の差し金に違いないっ!恐らくアイツは俺が自分の事を調べようと思った事に感づいたのかもしれない。そして俺と言う邪魔な存在を排除するために・・・東京へ戻すように企てたんだ・・・っ!」
「航君・・・・。」
「朱莉、すまないっ!」
航はソファから降りると朱莉に突然土下座をしてきた。
「ま、待って。航君、そんな真似しないで。だって航君は何も悪い事していないじゃない。」
朱莉は慌てて航の側へ行くと肩に手を置いた。航は朱莉の顔を見つめると言った。
「いや、やはり俺のせいなんだ。俺が・・・京極の前で興信所の調査員だと身元を明かしたから・・・あいつは俺の事を調べたんだ。絶対そうに決まっている。」
「航君・・・・。」
その時、朱莉のスマホが鳴った。朱莉はテーブルの上に置いてたままのスマホに手を伸ばしたが・・着信相手を見て固まってしまった。
相手は・・・京極だったのだ。
「朱莉、俺にそのスマホ貸せっ!」
朱莉が頷くと、航は自ら朱莉のスマホをタップした。
「もしもし・・・。」
なるべく怒気を押さえて話すが、京極に対する怒りがどうしても抑えられない。
『ああ・・・航君でしたか。こんばんは。』
妙に落ち着いた声が受話器越しから聞こえて来た。
「京極さん・・・俺が朱莉の電話に出たのに・・・随分落ち着いていらっしゃいますね?」
『そうかな?もし、そう感じられるのであれば・・・航君、君に何か心当たりがあるからでは無いですか?』
「何・・・っ?!」
「わ、航君・・・。」
朱莉が航の剣幕に困惑している。
「京極さん、俺は明日東京へ帰らなくてはならなくなりましたよ。」
『そうですか。それはまた急ですね。飛行機のチケットは取れそうですか?』
「いいえ、あまりにも突然の話だったので・・・これから手配しなくてはならなくて・・・大変ですよ。もしかすると飛行機の席をとれないかもしれませんね。」
お互い、冷静な口調で話してはいるが、そこにはまるで火花が飛散っているように朱莉には感じた。
『それなら大丈夫。僕が羽田行のチケットを押さえてあるから。』
京極の言葉に航は衝撃を受けた。
「何だって・・・っ?!」
航は初めて、そこで怒りを露わにした。
『それで航君、君に飛行機のチケットを渡したいので・・・これから会えませんかね?』
「それは丁度良かった・・・。俺もあんたに会いたいと思っていたんでね。」
もう航は京極に対して丁寧な言葉遣いを取る事をやめた。
『航君・・・以前から言ってるけど・・・目上の人間にはもっと敬意を払って接するべきだと思わないかな?』
「敬意を払うべき相手には・・・それなりの態度を取りますよ。だが、あんたにはそんなつもりはこれっぽっちも無いんでね。」
航は不敵に笑った。
『君は九条琢磨とは違った面白さがあるようだね・・・。彼も中々興味深い男だったけど・・・僕としては君の方が俄然興味が湧いて来たよ。』
「そうかい、誉め言葉だと受け取っておくよ。それで?俺は何処へ行けばいい?」
『それじゃあ、沖縄県庁北口の国際通りに立っているシーサーの銅像の前で待ち合わせをしようか?今から30分もあれば来れるかな?ああ・・・朱莉さんに会いたいけれども、出来れば彼女は連れて来ないでもらえるといいかな?』
「ふん・・・それはお前の本性を朱莉に見られたくないからだろう?」
『君はなかなか血の気の多い人みたいだね・・・。言っておくけどその件に関してはご期待には添えられないと思うけどね。』
「まあいい・・・。よし、30分後だな。お前には言いたい事が山ほどあるんだよ。待ってろっ!」
航は乱暴に電話を切ると言った。
「朱莉、出掛けて来る。何時に帰れるか分からないから・・俺の事は気にせず、戸締りして先に寝てろ。」
航は靴を履きながら言った。
「航君・・・。」
朱莉は不安げに小刻みに震えている。
「朱莉、そんな不安そうな顔するな。あいつとちょっと話を付けて来るだけだから。」
航は朱莉を安心させる為に笑みを浮かべると言った。
「じゃあな。行って来る。」
そして扉は閉じられた―。
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