9-6 新しい同居人
翌朝―
朱莉は昨日約束した通り、安西親子の宿泊するホテルに迎えにやって来ていた。
駐車場で待っていると安西と航がこちらへ向かってやってきた。
「おはようございます、安西さん。航君。」
朱莉は笑顔で2人を出迎えた。
「朱莉さん、おはようございます。本当にこんな朝早くから申し訳ございません。」
「おはよう。」
航も朱莉に挨拶する。その時、航は大きなキャリーケースを手にしていたが、この時の朱莉はそれを特に気にも留める事は無かった。
「それでは空港へ向かいましょうか?どうぞお乗りください。」
そして朱莉は2人を乗せて那覇空港へ出発した—。
「いや〜本当に助かりましたよ。朱莉さん。」
空港に着くと安西は何度も何度も朱莉に頭を下げて来た。
「そんな、顔を上げて下さい。私から言い出した事なのですから」
朱莉は困り顔で言うと、アナウンスが流れた。それは羽田行きの便が到着した知らせである。
「ほら、父さん。もう行けよ。」
航が安西に声を掛けたので、彼は言った。
「ああ、そうだな。こんな所でいつまでも朱莉さんをお引止めする訳にもいかないし・・それじゃ、航。今日から3週間・・・しっかり頼んだぞ。」
「言われなくても分かってるよ。これでもプロのつもりだからな。」
航は返事をする。
「朱莉さん。それではこれで失礼しますね。」
「はい、どうぞお元気で。」
朱莉は笑顔で安西に別れの挨拶をすると、彼は背を向けて歩き去って行った。
そして航と2人きりになった朱莉は尋ねた。
「ねえ・・・航君。ところで・・・この大きな荷物は一体何?」
「はあ?見れば分かるだろう?沖縄に滞在するまでの俺の着替えとかが入ってるんだよ。」
すっかり航は年上の朱莉に対してぞんざいな口を利くようになっている。
「え?着替え・・?さっきのビジネスホテルにずっと泊まるんじゃなかったの?」
「あのなあ・・・・こちらは限られた予算で動いているんだ。そんな無駄な事出来るはずは無いだろう?ネットカフェに泊るんだよ。こんなに暑く無ければキャンプ場でテント張って寝泊まりするんだけどな・・・。」
航は遠くを見るような眼つきで言う。
「え・・ええっ?!そ、そうだったの・・・・?ひょっとして・・いつもそうやって遠方での調査はネットカフェに泊まっていたの?」
朱莉はあまりの話に驚いた。
「いや、こんな事は初めてだ。何せ場所が沖縄だもんな。それじゃ・・・俺はもう行くよ。これからネットカフェを探さないといけないから。じゃあな。」
そう言ってくるりと航は朱莉に背を向けた所・・・。
「待ってっ!」
朱莉は声を掛けた。
「ここ・・に朱莉さんは住んでるのか?」
航は半ば呆れたように朱莉が今住んでいる沖縄のマンションの前に立っていた。
「うん、そうだよ。それじゃ、ついて来て。」
朱莉がマンションの中に入って行くのを、航はキャリーケースを引っ張りながら付いて行く。そしてマンションの中にコンシェルジュがいるのを見て、さらにギョッとした顔を見せた。
エレベーターホールに着くと、航が身をかがめて朱莉の耳元で小声で言う。
「なあ・・・本当にいいのかよ。俺が朱莉さんのマンションに沖縄滞在中住まわせてもらっても・・。」
「うん、部屋は2LDKで一部屋余っているから・・航君はその部屋を使って?」
言いながら朱莉は自分の住む5階のボタンを押す。
「いや・・・それにしたって・・・これは・・・。」
尚もブツブツ航は言うが、そこへ朱莉が声を掛けて来た。
「航君、エレベーターが来たから乗ろう?」
航が乗り込むと朱莉は言った。
「それにしても・・・まさかネットカフェで寝泊まりするなんて知らなかったよ。お父さんはその事を知ってるの?」
「いや・・・知らない。実は沖縄の宿泊所を手配しようとしたんだけど・・・何処も一杯で予約が取れなかったんだよ。だけど親に心配かけさせたくなかったから・・。」
それを聞いて朱莉はクスリと笑った。
「航君て・・・お父さん思いのいい子なんだね。」
その言葉に航は顔を真っ赤に染めると言った。
「な・・何だよっ!そのいい子って言うのは・・・。俺は22歳だぞ?子ども扱いするなよ。」
「はい、ごめんさない。」
朱莉は素直に謝った。
やがてエレベーターは5階で止まり、ドアが開いた。
「ほ・・・本当にこんなすごい部屋に住んでたのか・・・っ!」
航は部屋に入るなり、驚きの声を上げた。
「う、うん・・・。そうなんだけど・・。ね、だから言ったでしょう?部屋は広いし、一部屋余ってるから・・3週間の間、ここに住めばって言ったの分かった?」
朱莉は航の背後から声を掛けた。
「だけど・・・本当に・・いいのかよ。」
突如航が真剣な顔で朱莉を見る。
「え・・?何がいいって?」
「だって・・・仮にも俺は男で・・・あんたは女だ。他人同士の男女が1つ屋根の下に住むなんて・・世間的に見たらおかしいだろう?」
「う~ん・・・確かに・・でも私は誰も知り合いがいないから、何か聞かれる事も無いんだけどな・・・。」
「い、いや・・・俺が言ってるのはそういう意味じゃなくて・・・。」
「あ、それじゃもしコンシェルジュの人に何か聞かれたら・・・私の年下のいとこって事にすればいいんじゃない?」
朱莉はポンと手を叩くと言った。
「へ・・・?いとこ・・・?だ、だから俺が言いたいのは・・・。」
そこまで言いかけた時、航の足元に何かが飛びついてきた。
「うわああああっ?!」
突然の出来事に航が驚いて下を見ると、足元にはネイビーがいた。
「へ・・?う、うさぎ・・・?」
「ネイビー。おいで。」
朱莉はネイビーを抱き上げると航に言った。
「このこはネイビーって言う私の大切なペットなの。これからよろしくね。航君。」
「あ・・・ああ・・・よ、よろしく・・・。」
航は呆然としながら言った。そして心の中で思う。
もう、どうにでもなれ―と。
「それじゃ、俺はこれから調査に向わないといけないから。」
航はカメラやら小型PCなどを取り出し、リュックに詰めると言った。
「大変だね・・・・到着して早々に仕事なんて・・・・。」
朱莉はその様子を見ながら声をかける。
「仕方ないさ。こっちはギリギリの日程で動いているんだ。休んでる暇なんてないさ。」
そんな様子の航を見ながら朱莉は思った。
(何だか、大変そうだな・・・。そうだ)
「航君・・・車で送ろうか?」
「は・・・はあっ?!な、何言ってるんだよっ!そんな事無理に決まってるだろう?!」
航は大声で反論した。
「え?無理なの?」
「当り前だっ!個人保護法に乗っ取って、俺達は仕事してるんだ。関係無い人間を現場に連れて行けるはずが無いだろう?」
「そっか・・・言われてみれば・・・そうだったね。ごめね、航君。」
朱莉は素直に謝った。
「べ、別に謝る事じゃないだろう?」
(全く・・・朱莉って女がこんな天然な性格をしているとは思わなかったぜ。・・だからあの気の強い明日香って女も・・・絆されたのか・・?)
航は朱莉の顔をじっと見ながら思った。
「どうしたの?航君。何か・・・私の顔についてる?」
その時になって航は自分が朱莉の顔をじっと見つめていた事に気が付き、顔を真っ赤にすると言った。
「い、いやっ!な・何でも無いっ!それじゃ出掛けて来る。」
玄関で靴を履く航に背後から朱莉は尋ねた。
「何時頃になりそう?夜ご飯は何が食べたい?」
その言葉にまたまた航は顔が赤くなる。
(な・・・何なんだよ・・・一体・・・!)
「あ、あのなあ・・・!一体どういうつもりだよ!それじゃまるで・・・。」
「お母さんみたい・・だったかな?」
朱莉の言葉に航は絶句した。信じられなかった。自分が全く男として認識されていないという事に航はこの時初めて気付くのだった。
「か、帰りは・・・19時を過ぎるかも・・。しょ、食事は・・・任せるよ。別に好き嫌い無いし・・・。」
航は俯きながら答える。
「そう?分かったわ。それじゃ、航君。気を付けて行って来てね。」
「・・・行ってきます。」
そして玄関を出た航の顔は・・・真っ赤に染まっていた—。
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