8-10 衝撃
朱莉は億ションの自分の部屋で呆然とソファに座り込んでいた。本当は荷物を取りに来たのに、それすら手につかなかった。
(あの声は・・・間違いなく翔先輩だった・・・。それにあの後ろ姿は何時も見覚えがある・・・。)
考えてみれば朱莉はいつも翔の背中ばかりを見つめていた。だからこそ・・・確信があったのだ。あの背中は翔で間違いないと・・・・。
それに女性の後姿も昨日見かけた姫宮で間違いは無いだろう。昨日の出来事だから脳裏にはっきりと焼き付いている。
「翔先輩・・・本当に・・姫宮さんと・・・一晩一緒だったんだですか・・?」
朱莉はポツリと呟き、目に涙が浮かんできた。嫌だ、信じたくない。翔が明日香以外の女性と・・・。そんなはずは絶対無い。朱莉はそう信じたかった。
でも、何故だろう?元々翔が朱莉の事を振り向いてくれる事はあり得ない話なのに・・・それは明日香の事で十分すぎる位分かっている。仮に翔の相手が明日香から姫宮に移ったとしても、どのみち朱莉には翔と結ばれる未来が来る事は無いのだ。それなのに何故、今こんなにショックを受けているのだろう?
「私・・・相手が明日香さんだったから・・・諦めがついていたんだ・・。」
その時、朱莉は初めて自分の気持ちに気が付いた。明日香と翔は昔から強い絆で結ばれている。そこに自分が割り込めるのは不可能だと分かり切っていた。そこへ突然現れた女性が明日香の前に立ち塞がったから・・・これ程までにショックを受けてしまったのだ・・・・。
(私でさえ、こんなにショックを受けているんだから・・・明日香さんが目にしていたら・・どれ程の衝撃を受けていただろう・・・。)
そう考えると、あの2人が億ションから出て来る現場を見つけたのが朱莉で良かったのかもしれない。
だけど・・・。
「こんな事・・・・明日香さんに・・報告なんて・・出来ないよ・・・。だってもし本当に翔先輩が浮気していて、あの女性に本気になってしまっていたら・・?明日香さんは順調にいけばあと数か月で赤ちゃんが生まれるのに・・・。」
(嘘ですよね・・・?翔先輩・・・。どうか明日香さんを捨てないで下さい・・。)
朱莉は膝を抱えるように座り、膝の上に頭を乗せてすすり鳴いた―。
あれからどの位時間が経過しただろうか・・・。
突然朱莉のスマホが鳴った。そこでようやく我に返った朱莉はスマホを手に取り驚いた。
何と相手は翔からだったのである。
(え?!う、嘘っ?!な・・何故突然?)
慌てながらも朱莉は電話に出た。
「は、はい。もしもし。」
『朱莉さんかい?!』
「は、はい・・・。そうです。」
(どうしたんだろう・・・。何だか翔先輩・・・随分慌てているようだけど・・?)
『朱莉さん・・・!今何処にいるんだっ?!』
「ど、何処って・・・・へ、部屋・・ですけど・・・?」
咄嗟に朱莉は答えたが、内心冷や冷やしていた。まさか・・東京にいる事が・・バレてしまったのでは・・?
『朱莉さんっ!テレビを・・・テレビをつけてくれないかっ?』
突然の翔の言葉に朱莉は面食らってしまった。
「え・・・?テレビですか・・・?何チャンネルを付ければ・・・。」
『今すぐ11チャンネルを付けてくれっ!』
翔の声は今迄聞いた事が無いくらい、切羽詰まっている。
「は、はい。」
朱莉は言われた通り、テレビの電源を入れ、11チャンネルを付けた。
それは経済ニュース番組であった。
アナウンサーが画面で話している。
『さて、今回、日本最大手であるインターネット通販サイト<ラージウェアハウス>の新社長に任命されたのは、なんとまだ若干27歳の若い男性で、その美男子ぶりから大変若い女性達にも注目を浴びております・・・・。』
え・・・・?う、嘘・・・・。
後のアナウンサーの言葉は朱莉の耳には全く入っては来なかった。
何故なら、そこに映し出されていたのは・・・。
「く、九条・・・さん・・・。」
あの九条琢磨が爽やかな笑顔で、朱莉の部屋の大画面テレビに映し出されている。
そして画面の中の九条琢磨はインタビューに答えているのだろうか。ある言葉が朱莉の耳に飛び込んできた。
『我々の会社<ラージウェアハウス>は発足してまだ2年足らずの会社ではありますが・・・これからどんどん業績を上げていく事になるでしょう。それこそあの日本最大手の鳴海グループにも負けない程のブランド企業に・・・・。』
朱莉の握りしめたスマホからは翔の声が響いていた。
『もしもしっ!朱莉さん!君は・・・君は琢磨があの会社に入った事を聞かされていたのかっ?!朱莉さんっ!』
しかし、朱莉の耳には翔の言葉が耳には入ってこなかった。あまりのショックで頭の中が真っ白になっていたのだった。
ちょうどその頃、明日香はPCの画面を食い入る様に眺めていた。
見ていたのは琢磨が〈ラージウェアハウス〉の新社長に任命されたニュースであった。
「そ、そんな・・・琢磨。私達を裏切ったの・・・?いえ、違うわね・・・翔のせい・・なんでしょう?」
(翔・・・貴方一体何て事してくれたの?2人は親友同士なんじゃ無かったの・・・?)
そして明日香は目を閉じると、ベッドに横たわり、呟いた。
「朱莉さんは・・・この事を知っているのかしら・・・?」
広々とした億ションのある一室。そこは京極の個人オフィスを兼ねた書斎である。
この書斎には7台のPCが置かれ、京極はこれら全てを使いこなし、仕事を執り行っていた。
今、京極はコーヒーを飲みながら巨大スクリーンに映し出されている琢磨を見ていた。そして笑みを浮かべる。
「へぇ〜・・・。これは驚きだ・・・。九条琢磨・・・。やっばり君は面白い男だな・・・。」
そして京極は何処へともなく電話を掛けた・・・。
ここは鳴海グループの会長室。今、猛はPC電話で九条と話しをしていた。
「九条・・・君が翔にクビを言い渡された時には・・・正直驚いたよ。まさかあいつがそんな事をするとはね。」
『そうですか・・・。でも最近私と翔さんは色々対立がありましたからね。』
「私は・・・君を推していたんだよ。翔の手足となって君がどれ程力になってくれているのかは十分知っていたからね。だからこそ・・・君を私の秘書にと考えていたのだが・・・。」
『まさか。副社長にクビにされた人間が・・・会長の秘書をするわけにはいかないでしょう?』
「・・・何故、もっと早く私に話してくれなかった?」
重々しい口調で猛は言う。
『会長は・・・お忙しい方ですから・・・。私事で相談は出来ません。』
「そうか・・・しかし、残念だ。その会社には・・・自分から入社したのか?・・いや、優秀な君の事だ・・・。」
『そうですね。今だからお話ししますが、5カ月程前からヘッドハンティングの話は来ていました。ずっとお断りしていたんですが・・今回このような事になりましたからね。それで私の方から連絡を入れたわけですよ。でもまさかこんな異例の出世になるとは夢にも思っていませんでしたけどね。それに実際は代表取締役が2名という事ですから・・。私は現社長の補佐的な存在ですよ。秘書の延長だと考えています。』
「それにしても・・・ニュースで大騒ぎされていたぞ?何せ君は外見がいいからな。その辺の俳優よりいい顔をしているし・・・。」
『そうでしょうか・・・?単なる話題づくりの可能性もありますけどね?』
「まあいい・・・。またいずれ君とは話がしたい。場を設けたら・・・一緒に会食でもしよう。」
『はい。会長。』
そして二人は意味深に笑みを浮かべた―。
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