7-11 ビジネス

 朝食を食べ終えた2人は今琢磨の運転する車で病院へと向かっていた。

琢磨が突然ポツリと言った。


「朱莉さん・・・・さっきはごめん。」


「え?さっき?何の事ですか?」


朱莉は突然琢磨が謝罪して来たので、琢磨を振り返った。


「いや・・・レストランで突然朱莉さんの名前を呼び捨てしたり、彼女だって言ったり・・。」


「ああ、あの事ですか?謝らなくていいですよ。私は気にしていませんので。確かに・・少し驚きはしましたが・・・あの女性達の手前、ああいう言い方をしたのですよね?」


「うん。まあ・・・そうなんだけどね。」


琢磨は歯切れが悪そうに言う。


「だけど、やっぱり九条さんは女性にモテるんですね。」


「え?や、やっぱりって?」


何故か九条は狼狽えるように朱莉をチラリと見た。


「はい。九条さんは素敵な男の人ですからね。当然女性達から人気がありましたね。思った通りでした。」


朱莉は楽しそうに言う。


「朱莉さん・・・。」


琢磨は思わず赤面しそうになった。まさか朱莉が自分の事をそんな風に見てくれているとは思ってもいなかったからだ。だけど・・・そこでまた琢磨の胸に暗い影が落ちる。


(朱莉さん・・・それでも朱莉さんの好きな男は・・・翔なんだろう・・?)


琢磨は窓の外を眺めている朱莉を横目でチラリと見た。朱莉の目に映すのは翔ではなく、自分だったらどんなにか良かったのに。自分だったら・・・朱莉をあんな悲しい目に遭わせないのに・・。

だけど、琢磨は自分の気持ちを朱莉に告げる事は決して出来ない。

それが琢磨にはとても辛かった―。



「お早う、朱莉さん・・・。その・・・昨日は本当にすまなかった。」


ここは病院に併設されたカフェである。明日香は今検査を受けていると言う事で、3人でカフェにやって来たのだった。


「翔!謝るなら・・・最初からあんな酷い言い方をするなっ!」


琢磨は翔を激しく非難した。


「九条さん・・・。」


そんな琢磨を朱莉は見た。


「ああ・・・お前の言う通りだよ。ごめん・・・本当に。明日香の事になると、俺はどうしても感情的になって・・。」


再び、翔は朱莉に頭を下げた。だが、翔はその行為すら朱莉を傷付けているとは気が付いてもいない。


(翔先輩・・・それだけ・・明日香さんの事が好きって事ですよね・・・?明日香さんの事になると感情的になるくらい・・・。)


朱莉は悲し気に翔を見つめるのだった。そんな朱莉の様子に気付いたのか、琢磨がイライラした様子で言った。


「翔、こんな午前中から朱莉さんを呼びだすと言う事は何か要件があったんだろう?言ってみろ。」


「あ、ああ。実は朱莉さんに俺が東京に戻る前にお願いしたい事がいくつかあるんだ。」


翔は手を組みながら身を乗り出した。


「お願い・・・ですか?」


「ああ、そうだ。朱莉さんはこれからマンションで暮すかと思うが・・・誰とも必要以上に仲良くならないで貰いたい。明日香の事があるから・・。」


「!」


朱莉がピクリと反応した。


「おいっ!翔!お前まだそんな事を・・・!」


琢磨が声を荒げかけた時・・・。


「分かりました。」


朱莉は返事をした。


「あ・・・朱莉さん・・?本当にそれでいいのか・・・?」


琢磨は信じられないと言った目で朱莉を見た。


「はい。・・・当然ですよね。明日香さんが産んだ子供は・・私が産んだ事にする訳ですから・・。」


「ありがとう、朱莉さん。話が早くて助かるよ。それと・・・念の為にこれからは服装も気を遣って貰えないかな?明日香のお腹の大きさと見比べて・・・大差ないように何か工夫をして貰えるとより一層助かるんだが・・・。」


翔は申し訳なさそうに言う。


「ば・・・馬鹿言うな・・・翔・・・。」


琢磨は怒りに声を震わせた。朱莉は俯いて、ぎゅっとスカートを握りしめていたが・・顔を上げた。


「はい・・分かりました。何とか・・・やってみますね・・。」


「翔っ!俺は・・・俺はそんなの認めないからなっ?!朱莉さんに・・・妊婦の真似をさせるなんてっ!」


「写真がっ!」


すると翔が叫んだ。


「「え・・?」」


朱莉と琢磨が同時に声を揃えた。


「写真が・・・いるんだよ。いざという時の為に・・・。」


翔が苦し気に言う。


「そうか、お前は自分と明日香ちゃんの身の保全の為に朱莉さんの妊婦姿の写真が欲しいと言うんだな?」


琢磨は冷たい声で言う。


「・・・ああ。それだけじゃない・・・。世間の目もあるだろう?これは・・朱莉さんの為でもあるんだ・・。」


翔の言葉に朱莉が反応した。


「私の・・・・私の為ですか?」


「朱莉さんっ!こいつの言葉に耳を貸す必要なんか無いぞっ?!朱莉さんの為とか言って・・・本当は自分達の事しか考えていないくせにっ!」


琢磨は怒鳴るが、翔は言った。


「少し黙っていてくれっ!これは・・・俺と明日香、そして朱莉さんの問題なんだ!」


翔が吐き捨てるように言った。


「な・・何だって・・?」


(こ・・こいつ・・・自分で何言ってるのか分かってるのか・・?!)


琢磨はこぶしを握り締めながら信じられない思いで翔を見た。


「そう、これは・・・朱莉さんに取ってのビジネスだ。」


「ビジネス・・・。」


朱莉は小さく呟いた。


「ああ、世間を騙す為には・・・完璧にしないといけない。手を抜いたら駄目なんだ。いいかい、考えても見るんだ。いきなり今の体型で・・・子供を産みましたと言って誰が信じる?世間の目を欺くには・・・偽装が必要なんだよ。」


「偽装・・・ですか?」


朱莉は一瞬悲し気な顔をするが・・・目を伏せると言った。


「分かりました・・・。仰るとおりに・・致します。」


「朱莉さんっ!」


琢磨は朱莉の肩に手を置くと言った。


「何故だっ?!何故・・・そこまでこいつの言う事を聞くんだっ?!」


「け・・契約妻・・・だからです・・・。」


朱莉は声を震わせながら言う。


すると翔が言った。


「琢磨、お前がいると話しが進まない。席を外してくれ。」


「断るっ!!」


しかし朱莉は言った。


「私なら・・・大丈夫ですから。九条さん・・・お話が済んだら連絡をします。」


(だって・・・九条さんは翔先輩の秘書なのに・・・これ以上私の事で迷惑かけられないっ!)


「あ・・・・朱莉さん・・・。わ・・・分かった!朱莉さんの為に・・・席を外すが・・・後で詳しく話を聞かせてもらうからな、翔!」


そして琢磨は乱暴に席を立つとその場を後にした。


(ごめんなさい・・・九条さん。)


朱莉は心の中で謝罪した。


「やっと・・・静かに話が出来るね。」


翔は笑みを浮かべると言った。


「は、はい・・。」


「それじゃ、先ほどの話の続きだけど・・・。」


その後、翔から幾つかの支持が出された。家政婦が見つかるまでは週に3回は明日香の病院へ行き、洗濯物を交換する事。明日香の買い物をする事、検査がある日は付き添う事・・等を翔に説明を受けた。


「詳しいことは・・・そうだな。メッセージで送るから・・PCは持ってきてるよね?」


「はい、持ってきています。」


「それじゃ、資料として・・ファイルに添付して送るから・・絶対誰にも見られないように細心の注意を払ってくれるね?」


「はい、重要書類ですから・・・分かりました。」


朱莉は自分の感情を殺して、返事をした。


翔が腕時計を見た。


「そろそろ・・明日香の検査が終わる時間だ。悪かったね・・忙しいのに呼び出して。それじゃ、朱莉さん。明日香の事を頼むね。君だけが・・・頼りなんだ。」


(私だけが・・・頼り・・・。)


朱莉は心の中でその言葉を繰り返した。


「はい、分かりました。明日香さんの為に・・・。務めを果たします。」


そして朱莉は悲し気に微笑んだ―。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る