6-11 忙しい男

「全く急に呼び出すから結局こんな部屋しか泊まれなかった・・・・。くそっ!後で領収書を貰って翔の奴に請求してやる。」


琢磨はホテルのリビングに置かれている豪華なソファにドサリと座ると部屋の中を見渡した。バーカウンターのあるリビング。そして広すぎる主寝室の部屋には豪華なダブルベッドが2台、さらにこの部屋の奥には扉があり、セミダブルのベッドが1台置かれた寝室がある。客室内には広くてきれいなバスルームが完備されている最高級のホテルである。

結局散々ホテルを探して、見つかった部屋が今現在琢磨が宿泊しているホテルのスイートルームのみだったのである。

しかも男一人で宿泊と言う事でホテルのスタッフからか奇妙な目で見られている・・・気がしてならなかった。


「まあ・・・宿泊出来たんだから別にいいか。とりあえず、シャワーでも浴びてこよう。」


琢磨はバスルームに入ると目を細めた。


「ふ~ん。ジェットバス付か・・・。丁度いいな、今日は少し疲れたし・・・・。」


バスルームにお湯を張ると、客室に備え付けのPCを広げて画面を立ち上げた。


「あの病院の住所は・・・ここか。とりあえず不動産屋を何件かあたってみるか・・・。」


呟きながら不動産屋の検索画面を出すと、琢磨はバスルームの様子を見に行った。

お湯は丁度良い頃合で浴槽に溜まっている。


「よし、風呂に入るか。」


部屋に戻り、着がえを取って来ると琢磨は風呂に入る為に服を脱いだ―。




入浴後、バーカウンターに置いてあったウィスキーを飲みながら琢磨は新しく住む朱莉のマンションを探していた。

すると朱莉からメッセージが入って来た。


『荷造り、大体終わりました。明日は京極さんと約束をしているので沖縄行きは明後日でも大丈夫でしょうか?』


「そうか・・明日は京極と約束していた日だったっけ・・・。」


琢磨はその時思った。

もし・・・もし明日沖縄に来てくれと言ったら・・・朱莉さんは京極との約束を反故にして沖縄に来てくれるのだろうかと・・・。

そこまで考えて琢磨は首を振った。


「一体俺は何を考えているんだ?大体朱莉さんが泊まれるホテルだって見つかっていないのに・・・。」


そこまで言いかけて、琢磨は自分が今いる部屋を見渡した。


「そう言えば・・・この部屋なら主寝室と寝室があるから泊まれないことも無いか・・・。」


幸い?この部屋はゴールデンウィーク中は全て泊まることになっている。

だが、琢磨は首を振った。


「馬鹿だな。そんな事出来るはずが無いだろう。それよりも明日以降で朱莉さんが宿泊できるホテルを探したほうが良さそうだ・・・・。」


琢磨は呟くと、今度は朱莉が滞在できるホテルを探し始めた―。



 朱莉がメッセージを送って30分後―。

丁度お風呂からあがってきた時、琢磨から返信が返って来た。


『朱莉さんは明後日に沖縄に来てくれればいいよ。丁度2日後からなら泊まれるホテルを見つけたから、そこに宿泊予約を入れておいたよ。飛行機はこちらで手配しておくし、ネイビーも<貨物室>になってしまうけど飛行機に乗せる事は出来るから。また飛行機のチケットを手配したら連絡を入れるよ。』


「良かった・・・。ネイビーも連れて行けるんだ・・・・。」


 朱莉はメッセージを読み終えると、簡単にお礼の返信をいれた。そして目を閉じてベッドに横たわった。

明後日から明日香が子供を無事出産するまでの間・・・朱莉は沖縄に住むことになるのだ。

母には何て説明しよう。突然何か月も沖縄に行く事になると聞かされればさぞかし驚くに違いない。朱莉にはうまい言い訳が考え付かなかった。そして・・・これから何年もの間母に嘘をつき続けなければならない事に胸を痛めていた。

 さらに問題は母だけではない。

明日一緒に映画を観に行く約束をしている京極・・・。彼は勘が鋭い男だ。

もし朱莉が明後日から沖縄で暫く暮らす事になったと報告すれば・・・どう思うだろう。


「困ったな・・・。本当なら京極さんには沖縄へ行く事は黙っていたいけど・・・。」


朱莉は目を開けて、天井を見上げながら呟いた。だが、京極とは仮免まで進むことが出来た場合、路上運転の練習の同乗者になって貰う約束をしてある。

生真面目な朱莉はその約束を京極に黙って反古する事は出来なかった。


「どうしよう・・・。九条さんに相談してみようかな・・・。ウウウン、駄目だわ。だって九条さんはすごく忙しい人だし、今だって私の為にホテルを探してくれて飛行機の手配までしてくれるって言うのに・・・。」


やはり・・京極への説明は自分で考えて話すしか無いだろう。


「嘘を・・・つくのは苦手だし、辛いな・・・。」


朱莉は再び目をつぶると・・・そのまま眠ってしまった—。




翌朝―


琢磨は朝から沖縄の不動産業者を訪れていた。応対しているのは30代位の女性である。


「え、ええ・・・それでお客様のお探しの物件はこの病院の近くが良いとの事ですね?」


先程からこの女性は琢磨の顔をチラチラと頬を染めながら物件探しをしている。


「ええ。それに交通の便が良いモノレール駅の付近を希望しています。それにセキュリティ対策もしっかりしている賃貸マンションです。出来るだけ早急に決めたいんですが・・・よい物件はありますか?」


「そうですね・・・あ、あの・・お客様お1人で住まわれるのでしょうか・・?」


「ええ、そうですね。出来れば・・明日にでも住みたい位です。」


琢磨の言葉に女性社員は驚いた。


「え・・ええ?あ・・明日から・・ですか?」


「無理でしょうか?」


じっと琢磨が女性社員を見つめると、ますます頬を赤く染めていく。


(な・・何て素敵な男性なのかしら・・・ラッキーだったわ・・・こんな素敵なお客様の担当になれるなんて・・・。)


しかし、当の琢磨は相手の女性社員からそのように思われていることなど知る由も無い。


「それで・・どうでしょう?何か良い物件は見つかりましたか?」


「え、ええとそうですね・・・何件か見つかりましたが・・家賃が・・少々お高めで・・・・。」


「どんな物件なんですか?」


琢磨がPCを覗こうと顔を近づけてきたので、女性社員はますます顔を赤らめた。


「お・お・お客様・・・い、一体何を・・・?」


しどろもどろになりながら女性従業員が真っ赤な顔で琢磨を見つめる。


「え・・?何を・・・って、物件を見せて貰おうと思ったのですが・・?」


「あ、そ・そうだったんですね。ええと・・こちらの物件になります。」


女性社員が見せてきたマンションはタワーマンションで家賃は35万円となっている。


(ふ~ん・・・新築だし、コンシェルジュもいる。2LDKで広さ的にも丁度良いかもな・・・。しかも南向きか・・・。電化製品も必要な家具も全部揃ってこの値段は手頃な価格かもな・・・。地下には駐車場もついているし・・・。)


琢磨はざっとマンションの情報を目に通すと言った。


「ではこちらのマンションを賃貸させて下さい。私は代理人なのでここを押さえておいて下さい。明後日実際に住む女性を連れて参りますから。」


「え・・ええっ?!じょ・・女性が借りるのですかっ?!」


女性従業員が驚いた様に琢磨を見る。


「は・・はい、そうですが・・・?」


(何故だ?何故・・・そんなに驚いた顔で俺を見るんだ?)


琢磨には全く訳が分からなかったが・・・この女性従業員の一目惚れの恋が一瞬で終わったのは言うまでも無かった。



不動産屋を出ると琢磨は腕時計を見た。時刻は午前11時となっていた。


(この時間なら朱莉さんにメッセージを送っても大丈夫だろう。)


琢磨は近くのカフェに入るとアイスコーヒを注文した。そしてスマホを取り出すと朱莉にメッセージを打ち込んだ。


『朱莉さんが新しく済むマンションを決めてきたよ。新築で家具、家電付きだから何も心配する事は無いからね。次は飛行機のチケットを取ったらまた連絡する。』


それだけ簡単に打ち込むとメッセージを送信し、窓の外を眺めた。


外は素晴らしい青空で観光に訪れている若者の姿が多く見られた。そんな彼等を見つめながら琢磨はポツリと言った。


「全く・・・・沖縄に折角やって来たって言うのに・・・俺は一体何をやっているんだ?」


そして琢磨は深いため息をついた―。





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