6-12 朱莉の嘘と母の気遣い
翌朝10時―
朱莉は母の面会にやって来ていた。
「朱莉、珍しいわね。午前中に面会に来てくれるなんて・・・。」
母は朱莉を見ながら微笑んだ。
「うん。午後からちょっと出掛ける用事があるから・・・。」
「あら?朱莉が出掛けるなんて珍しいわね。あ、でも最近は教習所に通っていたものね。早く免許が取れるといいわね。」
「うん・・・頑張るね。」
それにしても・・・・母は思った。
今日の朱莉は何だか元気が無い。一体どうしたというのだろう?それに時々こちらをチラチラ見ている。まるで何か話したいようにも思える。
「ねえ、朱莉・・・。何か話したいことがあるんじゃないの?」
「う、うん・・・。あ、あのね・・・。実は・・・暫くお母さんの所へは面会に来られなくなって・・しまったの・・。」
朱莉はそれだけ告げると俯いてしまった。
「え・・・?何かあったの?あ、別にお見舞いを催促しているつもりじゃないのよ?ただ・・何か重大な事でもあったのかと思って・・。」
母は朱莉を覗き込むように話しかけた。
「実は・・・明日香さんが・・沖縄に行ったんだけど・・・具合が悪くなって、今入院してるの・・・。」
朱莉は必死で頭の中で言い訳を考えた。
「明日香さん・・・暫くは絶対安静で・・退院後も療養が必要らしくて・・暫く沖縄に滞在するんだって。そ、それで沖縄にペットを連れて行っていて・・その面倒を私が・・見る事になったの・・・。」
朱莉の母は黙ってその話を聞いていたが・・・。
(嘘ね・・・。朱莉は何か嘘をついている。ひょっとしてこの結婚に何か関係しているんじゃないの・・・?でも・・こんなに辛そうにしている朱莉にこれ以上追及する事なんて出来ないわ・・・。だって私がこうして入院治療が出来るのも・・全部朱莉のお陰なのだから・・。)
「そう・・・なら仕方ないわね。」
「え?お母さん?」
朱莉は顔を上げた。まさか・・・あんな見え透いた嘘を信用してくれるとは思っていもいなかった。
「朱莉・・・それで沖縄にはいつから行くの?」
「・・突然の話なんだけど・・明日からなの・・。」
「まあ、明日からなの?それじゃこんな所に来ていないですぐに家に帰って明日の準備をしておかないと。さ、早くお帰りなさい。」
突然母が急くように言った。
「え?お、お母さん?」
朱莉は突然の事に面食らったが、母は朱莉をじっと見つめた。
「朱莉・・・落ち着いたら全て・・・話してくれるわよね?」
「!」
朱莉はその言葉に肩が跳ねた。
(お母さんには・・・私が嘘をついている事バレてるんだ・・・。でも私の為を想って何も聞かないでくれているんだ・・。)
朱莉は目頭が熱くなってくるのを堪えると言った。
「う、うん・・・。それじゃ・・ごめんね。お母さん・・。私もう行くね・・。毎日電話するから。」
「ええ、そうね。後・・たまには手紙も欲しいわ。沖縄らしい素敵な絵ハガキで手紙を書いて貰えると嬉しいな。
母は笑みを浮かべると言った。
「うん。分かった。沢山手紙書くね。楽しみにしていて。」
朱莉は手を振ると病室を後にした。病室を出て朱莉は歩き出し・・・廊下の椅子に座り込むと顔を両手で押さえて静かに泣き崩れた。
ごめんなさい、お母さん・・・どうか私が沖縄に行っている間・・具合が悪くならないでね・・・。
朱莉は母を思い、少しだけ泣いた―。
琢磨はホテルで朱莉の分の飛行機の航空券チケットを予約していた。
ゴールデンウィークも半ばに迫ってきていたので、何とか片道分の飛行機のチケットを取る事が出来た。クレジット払いを済ませると琢磨は伸びをしながら、呟いた。
「片道分か・・・・。朱莉さんが次に東京に戻れるのは・・まだまだ先になるんだよな・・。」
琢磨は朱莉の母の事を考えていた。時々は朱莉の代わりに面会に行き、様子を伺って朱莉に報告をしたいと考えていた琢磨だったが・・・。
「多分・・・変に思われるだろうな・・。本来なら翔がお見舞いに行ってあげるべきなんだから・・・。よし、東京へ戻ったら翔が何と言おうと、時々は朱莉さんのお母さんの面会へ行かせてやるっ!」
そして琢磨はスマホを手に取ると、朱莉にメッセージを打ち込み、飛行機の便名、日付、予約番号そして「確認番号」を朱莉のスマホに転送した。バーコード転送したのでこれで朱莉はスムーズに飛行機に乗る事が出来るはずだ。
メッセージの送信が住むと琢磨は立ち上がった。
「すみません。レンタカーを手配をしたいのですが。」
琢磨はフロントに来ていた。明日は朱莉が沖縄へとやって来る。飛行場迄迎えに行き、出来れば琢磨が東京に戻るまでの間、朱莉を連れてついでに沖縄の観光が出来ればと考えていたからだ。
「はい、大丈夫です。車種はいかがいたしますか?」
男性フロントスタッフが尋ねて来た。琢磨は少しだけ考えと言った。
「ミニバンタイプでお願いします。勿論カーナビ付きで。」
「お色は何に致しますか?」
「色か・・なら白でお願いします。」
「はい、承知致しました。それでは車が届きましたらご連絡させて頂きます。」
琢磨は礼を伝えると、ホテルの中のレストランへと向かった。丁度昼時だった為にレストランはそれなりに混んでいた。
琢磨は開いている丸いテーブル席を見つけ、そこに座るとメニュー表を開いた。
(流石は一流ホテルだな・・・。ランチタイムだって言うのに結構な金額じゃないか・・・。)
琢磨はお金を持ってはいたが、あまり食事にお金をかけるのは好きでは無かった。
最悪、食べられればそれでいいと言う考えの持ち主であったので、会社でも殆ど1000円以下のランチばかりを食べていた。
そして最近のお気に入りは日替わりで会社の前にやって来るキッチンカーのランチなのであった。
琢磨は溜息をつくと、自分の中で一番無難そうなデミグラスソースのかかったオムライスを注文する事にした。
ウェイターを呼んで注文をし、琢磨はスマホで朱莉の通う教習所を暫く検索しているると、やがてメニューが運ばれて来た。
「うん、美味い。」
琢磨は運ばれて来たオムライスに舌鼓を打った。
(やはり値段が高いだけあって、美味しいな・・。だが、こんな贅沢は勿体ないな。俺は大衆食堂で十分だ。)
やがて琢磨は間食し、コーヒーを飲んでいると、隣のテーブル席から何やら視線を感じ、顔を上げた。
するとそこには2人の若い女性が座っており、じッと琢磨を見つめている。
(なんだ・・・・?あの2人・・・?)
琢磨はチラリと見ると、すぐに視線を落としてコーヒーを飲んでいると突然声を掛けられた。
「あの・・・すみません。」
声を掛けてきたのは先ほど琢磨をじっと見つめていたセミロングの茶髪の若い女性だ。
「え・・?何か用ですか?」
「あの・・・お1人で沖縄へいらしたんですか?」
女性は少し頬を染めて琢磨に話しかけて来る。
「え、ええ。そうですけど?」
首を傾げながら返事をすると、もう一人の女性が嬉しそうに琢磨の側へとやって来ると言った。
「あの、私達実は2人だけで沖縄旅行へ来ていたんです。それでこのホテルで食事をしていたら・・貴方を見かけて・・・お1人の様だったので声を掛けさせて貰いました。」
(何だ・・・逆ナンか・・・。面倒だな・・・。)
そこで琢磨はわざと笑顔になると言った。
「ええ、今は1人で来ているんですけど、明日になったら彼女がやって来るんですよ。」
すると途端に女性二人の顔が曇る。
琢磨はうんざりした。こっちは悪くないのに、一方的に声を掛けられ、断ると相手の女性はまるで自分を責めるように見るのだ。
(もうこれ以上この場所にはいない方がいいな。)
琢磨は立ち上がると、女性2人に頭を下げて、カウンターへと向かい支払いを済ませるとその場を後にした。
(朱莉さんがいてくれれば、あんな風に声を掛けられる事も無いのに・・・)
琢磨は朱莉の事を思い出しながら部屋へと足早に戻って行った―。
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