5-17 日曜日の過ごし方 ②

 朱莉が悲し気な顔で明日香と翔の後姿を見送る様子を京極は黙って見つめていたが・・・やがて口を開いた。


「朱莉さん。僕は・・・また余計な事を話してしまったのでしょうか・・・?」


京極の顔は悲し気で・・その声は辛そうだった。


「い、いえ・・・そんな事はありません。母の嘘をつくのは・・・正直辛かったので返って本当の事をあの方達に知って貰えて・・良かったかもしれません。京極さん・・・マロンをいつも可愛がって頂き、ありがとうございます。それじゃ、私用事がありますので失礼します。」


そして朱莉が立ち去ろうとした時、京極が声を掛けた。


「朱莉さんっ!」


朱莉が振り向くとそこには何処か切羽詰まった表情の京極が立っていた。


「もし、出掛けるのであれば・・・ご一緒出来ませんか?それとも・・どなたかと待ち合わせですか?」


何故京極がそんな切迫した目で自分を見つめて来るのか、朱莉には少しも理解出来なかった。だが・・・これ以上京極と関わっては明日香と翔、そして自分の関係が京極にバレてしまう・・・。

だから・・・朱莉は嘘をついた。


「は・・・はい。すみません。人と・・・・待ち合わせがあるんです。本当に・・すみません。」


「それは・・・この間貴女と一緒にいた男性ですか?貴女の夫の秘書だと言う・・・。」


「え?まさか・・・九条さんの事を言っているのですか?」


「九条・・・そうですか。あの男性は九条と言う方なんですね・・・。」


京極は目を伏せながらポツリと言った。


(どうしてだろう・・京極さんは九条さんの話になると・・・何だか様子がおかしくなるような気がする・・。)


「あ、あの・・・京極さん。私と九条さんは別に・・・。」


「すみません。朱莉さん・・・。しつこく質問をしてしまって。出かける処をお引き留めして・・・すみませんでした。」


そしてクルリと踵を返すと京極はマロンとショコラの元へと向かって歩いていく。


「京極さん・・・。」


朱莉はそんな彼の後姿を複雑な思いで見つめるのだった―。




 琢磨は今、車で1人江の島へと来ていた。

別に何をするでもなく、1人で海を眺めていると、数人の女性たちから声を掛けられてきた。琢磨はそれら一切全てをうるさそうに追い払うとため息をついた。

以前までは江の島は好きな場所だった。江の島の町の雰囲気・・・潮風は普段大都会に住んでいる琢磨にとっては気分転換になる場所だったのだが、今は・・・。


「全く・・・俺は1人でこんなところまで来て・・・一体何をやっているんだ?」


1人シートを敷いて海を眺め、ノンアルコールビールを飲みながら思わず頭を抱えていると、不意に琢磨のスマホが鳴った。


ひょっとすると・・・朱莉さん?


密かに期待に胸躍らせてスマホを見るも着信相手は翔からだった。


琢磨は時計を見た。

時刻は午後2時半になる処だった。この時間なら・・・もう朱莉の母は病院へ戻っている時間だ。


「・・・ったく・・一体何だっていうんだよ。俺に・・・昨夜の朱莉さん達の様子でも伝えようってつもりなのか?」


イライラしながら琢磨はスマホをタップし・・・暫く翔からのメッセージを読んでいたが、徐々に琢磨の顔色が変わっていく。


「くそっ!」


琢磨は立ち上がると、残りのノンアルコールビールを飲み干し、手早く空き缶とシートを畳むと駐車場へ向かって小走りに駆けだした―。



午後5時―


朱莉はお見舞い用の花束を抱えてため息をついていた。本当なら・・・もっと早くにお見舞いに来るべきだったのかもしれないが・・・母に翔との関係を問い詰められるのが怖くて・・・青ざめていた昨日の母の姿を見るのが辛くて・・・ついこんな時間までぐずぐずしてしまっていたのだった。

入院病棟の前で何度かため息をついて、中へ入ろうと深呼吸した時―。


「朱莉さんっ!」


振り向くとそこには若干呼吸を乱した琢磨が立っていた。


「ど、どうしたんですか?九条さん・・・。」


すると琢磨はツカツカと朱莉の傍へ寄ると、驚く位の至近距離で立ち止まった。


「あ、あの・・・く、九条さん・・・。ち、近いです・・・。」


壁際近くまで追い詰められた朱莉は花束を抱え、俯きながら言った。


その時、琢磨はハッとなって慌てて距離を取ると言った。


「ご、ごめん・・・朱莉さん・・・。翔から・・・朱莉さんのお母さんが昨夜救急車で運ばれたって話を聞かされて・・・つい・・。」


琢磨は申し訳なさそうに朱莉に頭を下げた。

言いながら琢磨は自分で驚いていた。距離感が分からなくなるくらい・・我を失うなんて今までの人生で経験した事が無かったからだ。


「い、いえ。いいんです・・・。それだけ気にかけて頂いたって事ですよね・・・。すみません。翔さんの秘書と言うだけで・・・私にまでご親切にして頂いて・・・。」


「朱莉さん・・・。」


「あ、今母の面会に行くところなんです。だから・・・。」


どうぞお帰り下さい、朱莉はそう伝えるつもりだったのだが・・・。


「俺も面会・・させて貰えるかな?」


琢磨は視線を反らせながら紙バックを見せてきた。


「え・・?これは・・?」


朱莉は琢磨が見せてきた紙バックと琢磨の顔を見比べながら尋ねた。


「朱莉さんのお母さんは・・・入院されているから食べ物は駄目だろうと思って・・・江の島の雑貨店でマグカップを買ってみたんだ。気に入ってもらえるかは分からないけど・・・。」


少し照れた様子の琢磨を朱莉はじっと見つめた。


「九条さん・・・・。何だか以外ですね・・。」


「以外?」


琢磨は目を瞬かせながら首を傾げた。


「いえ・・・翔さんの・・副社長の秘書という立派な仕事をされている方だったので・・・・常に冷静沈着な方だと思っていたんです。・・日常生活でも・・。」


「・・・・。」


琢磨は黙って朱莉の話を聞いていた。


「マグカップ・・・有難うございます。母に・・・手渡しておきますね。」


朱莉の言葉に琢磨は尋ねた。


「朱莉さん。俺は・・・面会させて貰えないのかい?」


「すみません。母の体調があまり良くないので・・・家族しか面会出来ないんです。本当に折角ここまで来て頂いたのに・・・すみません。」


申し訳なさそうに頭を下げる朱莉に琢磨は思った。


それじゃ・・・朱莉さん。俺では無く・・・翔なら・・面会出来るって事なのか・・?


だが、琢磨はその言葉をぐっと飲み込むとわざと明るく言った。


「ハハハ・・・考えてみれば、朱莉さんのお母さんは昨夜救急車で運び込まれたばかりだったよな?ごめん・・・。先走った行動をして・・。」


琢磨は申し訳なさそうに朱莉に頭を下げた。


「いえ、こちらこそ・・・返ってすみませんでした。それでは・・。」


言いかけると琢磨が言葉を重ねてきた。


「病院のエントランスで待っているから・・・朱莉さん。一緒に帰ろう。車で来てるから・・自宅まで送るよ。」


「え?九条さん・・・。明日からまたお仕事ですよね?そんなご迷惑では・・・。」


「迷惑なんて!」


突然琢磨が声を大きくした。


「・・・迷惑なんて思ったことは無いから・・・。」


その時、琢磨は何かに気づいたのか、ポケットからスマホを取り出し、顔をしかめた。


「・・・どうしたんですか?」


「いや・・・すまない、朱莉さん。明日の仕事の件で・・・翔から呼び出された。ごめん。自宅まで送れなくなってしまったよ。」


申し訳なさそうに言う琢磨に朱莉は言った。


「いえ、お気持ちだけで大丈夫です。それでは・・・どうぞ行ってあげて下さい。私も母の処へ行くので。」


そして二人はその場で別れた―。



コンコン


「お母さん・・・?」


ドアを開けるが返事は無い。中へ入っていくと、朱莉の母は眠っていた。

するとそこへ看護師が入って来た。


「あ。朱莉さんですね。お母さま・・・先ほどまで起きていたんですけど・・まだ体調が良くないのか・・・薬の影響もあるんですけど、お休みになったばかりなんですよ。」


看護師が申し訳なさそうに朱莉に言う。


「い、いえ。早く来なかった私が悪いんです。お花と・・お土産だけ置いたら帰ります。」


「はい、ではお母さまの目が覚めたら・・朱莉さんがいらした事伝えておきますね?」


看護師はそれだけ告げると部屋を出て行った。



朱莉は花瓶に花を活け、琢磨からのお土産のマグカップをテーブルの上に置いた。


そしてメモ紙に琢磨からもらったマグカップである旨を書き、マグカップの下にメモを置いた。



「お母さん・・・。ごめんなさい・・・。」


朱莉は母の痩せた青白い頬にそっと触れながら目に涙を浮かべながら謝罪するのだった―。


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