5-10 相談出来るたった1人の相手

 翌日の事―

琢磨と翔は本日は都内にある取引先を訪れており、昼休憩の為にイタリアンレストランへとやって来ていた。


「うん。ここのイタリアンは中々旨いな。今度明日香を連れて来てみよう。」


翔はボロネーゼのパスタを口に入れると満足そうに言う。


「ああ・・・。」


返事をする琢磨は何故か上の空だ。


「昨日は明日香の体調が良かったから久しぶりに二人で水族館へ行って来たんだ。やっぱり水族館は良いな。・・・何と言うか癒される気がする。」


「そうだな・・・。」


琢磨は溜息をつきながら、ポルチーニパスタを口に運んで無言で食べている。


「・・・どうにも調子が狂うな・・・?仕事上でミスは無かったが・・一体どうしたんだ?琢磨、何だか元気が無いように見えるぞ?」


翔は琢磨の顔をじっと見つめた。


「いや・・・別に俺は至って普通だ。」


「嘘つけ。今だって上の空で食事をしているのは分かってるんだぞ?一体何があったんだ?いつものお前らしくも無い・・・。何か悩みでもあるなら俺に相談してみろよ?考えてみれば最近はずっとお前が俺の相談に乗っていてくれたからな。」


食事を終えた翔はフォークを置くと琢磨に言った。


「・・・別に何も悩みなんかないさ。」


器用にパスタをフォークに巻き付けながら琢磨は言った。


「そうか・・。それで、さっきの水族館の話なんだが・・・明日香もすっかり熱帯魚が気に入ったらしく、帰宅してからネットで熱帯魚の事を色々調べていたんだ。朱莉さんに触発されたのかな?あの明日香がペットを考えているなんて・・・。」


翔の口から朱莉の名前が出て来くると、そこで琢磨は初めてピクリと反応した。


「朱莉さん・・?朱莉さんがどうしたって言うんだ・・・?」


「お前・・やっぱり俺の話、上の空で聞いていたな?だから明日香がペットに熱帯魚を探し始めているんだ。それで朱莉さんの影響を受けたんじゃないか?って話を・・・。ん?そう言えば朱莉さんは何か次のペットを考えいているのかな?」


翔の話を琢磨は黙って聞いていたが、やがて言った。


「・・・珍しいよな。お前が・・・自分から朱莉さんの話をするなんて。ひょっとして・・お前も・・・。」


そこで琢磨は口を閉ざした。


え・・?今、俺は何を言おうとしていたんだ・・・・?


「ん?何だよ、お前もって・・?」


一方の翔は琢磨が突然口を閉ざしてしまったので不思議そうに琢磨を見た。


「いや、何でも無い。」


琢磨は最後の食事を終えると、コーヒーをグイッと飲み込んで言った。


「今日は午後3時から役員会議があるだろう?早めに社に戻ろう。」


そこには普段と変わらない琢磨の姿があった。


「あ、ああ。分かった。それじゃ行くか。」


琢磨に促され、翔は席を立った。

こうして2人は店を後にし、足早に会社へと戻って行った―。




「お母さん、ほら見て。新しく飼ったペットのウサギよ。」


朱莉は今母の面会に来ていた。


「まあ・・・本当にまるでぬいぐるみのように可愛らしい姿をしているわね。名前は何て言うのかしら?」


母は眼を細めながら、スマホの写真を眺めると朱莉に尋ねた。


「フフフ・・・この子、色が紺色でしょう?だからネイビーって名前にしたの。」


朱莉は笑みを浮かべると、ウサギの事について色々説明を始めた。

その姿は朱莉が結婚してから最も幸せそうに見えた。

そんな娘の姿を見つめながら朱莉の母は思った。


(良かった・・・・一度面会に来なかったあの翌日はとても元気が無かったから・・・心配していたけど・・最近の朱莉を見ていると少しずつ元気になってきたみたいで・・・。)


朱莉のそんな姿を見て、母は安堵の溜息を心の中でつくのだった—。



夕方5時―


「それじゃ、お母さん。また来るね?」


面会時間が終わり、朱莉は母に声を掛けて席を立つと、不意に母が声を掛けてきた。


「あ、あのね・・・朱莉。実は今度の週末・・1日だけ外泊許可が取れたのよ。」


「え?本当なの?!お母さんっ!」


朱莉は顔をほころばせて母の顔を見た。


「え、ええ・・・。それで・・朱莉、貴女の住むお部屋に泊らせて貰っても・・・大丈夫かしら?」


「!」


母の言葉に朱莉は一瞬息が止まりそうになったが、何とか平常心を保ちながら言った。


「うん、勿論大丈夫に決まってるでしょう?」


朱莉はニコリと笑顔を見せると母に手を振って病室を後にした。




どうしよう・・・。


朱莉は暗い気持ちで町を歩いていた。

母が外泊する事が出来るまでに体調が回復したと言う事は朱莉に取って、とても喜ばしい事であった。

だが・・・それが朱莉の住む部屋を母が訪れるなると話は全くの別物になってくる。

母があの自宅を見たら、朱莉が1人であの部屋に住んでいると言う事がすぐにばれてしまう。

かと言って翔にその日だけでも朱莉の自宅に来てもらえないかと頼めるはずも無い。

・・・どうしよう?いっその事母に本当の事を話してしまおうか?

実は翔との結婚は書類上だけの事で、実際はただの契約婚だと言う事を・・・?


だけど・・・。


(駄目だ・・・本当の事なんかお母さんに話せるはずが無い。だって本当の事を知れば、きっと心配するに決まっているし、そのせいでまた具合が悪くなってしまうかもしれない・・・。折角体調が良くなってきたっていうのに・・・。そうだ、いっその事翔先輩は突然海外出張で不在だって嘘をついてみる・・?)


だが・・・あの部屋はどう見ても翔の存在感がまるで無い。一応食器類は翔の分として用意はしてあるし、クローゼットにも服は入っている。だけど・・・やはりどんなに取り繕ってみても・・・所詮女の1人暮らしのイメージが拭い去れないのは事実であった。


「どうしよう・・・。」


気付けば・・いつの間にか朱莉は自分が住む億ションへと辿り着いていた。

そして・・・改めてタワー億ションを見上げる。


「馬鹿だな・・・私・・。結局私自身も・・・ここに仮住まいさせて貰っている身分だって言うのに・・・。」


そして暗い気持ちでエレベーターに乗り込むと、今後の事を考えた。

どうしよう。

やはり母には何か言い訳を考えて、ここには連れて来ない方がいいかもしれない。

それなら・・・どうする?いっそ・・・何処か都心の高級ホテルを借りて、そこに母と二人で泊まった方が・・・母には入院して初めての外泊許可だから、そのお祝いと言う事で・・と言えば・・・納得してくれるかもしれない。


「あ・・・。」


そこで朱莉は1つ、重要な事を思い出した。


「そうだ・・・ネイビーがいたんだ・・・。ネイビーを残して1泊するなんて出来ないわ。何処かペットホテルを探さなくちゃ。」


エレベーターのドアが開くと、朱莉は足早に降りて、玄関の鍵を開けた―。




「・・・どうしよう・・・。まさかペットホテルがこんなに空きが無いなんて・・・。」


朱莉はPCを見つめながら溜息をついた。

母と二人で過ごす為の都心の高級ホテルはすぐに手配する事が出来た。

それなのに・・・ペット用ホテルだけがどうしても空きが見つからなかったのだ。


朱莉はチラリと時計を見た。

時刻は夜の9時を少し過ぎた頃だった。

もう朱莉には他に相談できる相手が1人しか見つからなかった。

これからはなるべく、迷惑を掛けないように生きていこうと朱莉は昨夜心に誓ったばかりなのに・・・。


(すみません・・・。九条さん・・・。)


朱莉は自分個人のスマホをギュッと握りしめると・・・メッセージを打ち込んだ―。




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