5-2 名古屋出張時の会話

 午後1時―


あの後、 琢磨と翔は新幹線に乗り、名古屋にある支社に出張に来ていた。

昼休憩を取る為にオフィスの外に出てカレー専門店のキッチンカーに並んでいた琢磨のスマホに着信を知らせる音楽が鳴った。

着信相手は朱莉からだった。


(何だろう・・・?でも丁度昨夜のバレンタインのお礼も言いたかったし、食事が済んだらメッセージを送ってみよう。)


丁度その時、琢磨の番が回って来た。


「いらっしゃいませ。何に致しますか?」


店主がにこやかに声を掛けてきた。そして琢磨はメニュー表を見ると言った。


「それじゃ・・・。」




「おい、翔。昼飯買って来たぞ。」


琢磨が2人分の食事を持って翔と秘書の琢磨専用のオフィスルームに戻って来た。


「ああ、悪かったな、琢磨。今コーヒーを淹れるよ。」


翔は最近各オフィスに導入したばかりのコーヒーマシンの前に立つと言った。


「琢磨、お前は何にするんだ?」


「う~ん・・・そうだな。アメリカンにしてくれ。」


「へえ、珍しいな、いつもならもっと濃い味を好んでいるのに。」


翔は琢磨を振り返ると言った。


「ああ、今日はカレーにしたからな。」


「へえ~道理でスパイシーな香りがすると思った。いいじゃないか。」


「ああ、たまたまビルの外にキッチンカーが来ていたんだ。」


「それじゃ俺もアメリカンにするか。」


翔は2人分のコーヒーを淹れるとテーブルに運んできた。


「シーフードカレーとチキンカレーを買って来たが・・・お前はどっちがいい?」


琢磨は2種類のカレーを翔に見せると言った。


「それじゃ、シーフードカレーにするかな。」


「分かった。それじゃ俺はチキンだな。」


翔にシーフードカレーを渡すと、琢磨はコーヒーを飲んだ。


「うん。やっぱりコーヒーマシンを導入して正解だったよ。」


「ああ。社員達にも好評らしいから・・・。」


言いながら翔はカレーを一口食べると言った。


「・・・美味いな。」


「ああ。こっちも美味いぜ?」


美味しそうにカレーを食べている琢磨の姿を見ながら翔は尋ねた。


「琢磨・・・実は・・朱莉さんの事なんだが・・・。」


先ほど朱莉からメッセージが届いていた事を思い出した琢磨は言った。


「そう言えば、さっき朱莉さんからメッセージが入っていたな。食事が済んだら返信しようと思っていたんだ。丁度昨夜の礼も言いたかったし。」


「昨夜の礼・・?」


翔は首を傾げた。


「ああ、実は昨夜朱莉さんからメッセージを貰ったんだ。俺にもバレンタインプレゼントを用意してくれたらしくて・・・今日は泊まりで名古屋出張だっただろう?だから昨夜のうちに朱莉さんの所へ受け取りに行って来たのさ。・・帰りに何かお土産でも買って買えるかな?」


言いながらカレーを食べる姿を見た翔は琢磨に声を掛けた。


「琢磨・・・お前・・朱莉さんの事・・・どう思う?」


「どうって・・?う~ん・・・。お前と離婚後は幸せになって貰いたいって思ってるよ。」


翔の方をチラリと見ると意味深な笑みを浮かべて琢磨は言う。


「う・・・っ!」


痛い所を突かれた翔はそれ以上の事は言えなかった。そして次に思った事は明日香の事だった。


(明日香・・・今夜は自宅に一人ぼっちにさせてしまう事になるが・・・大丈夫だろうか・・)


「どうした、翔?ボーッとして・・・。」


いつの間にかカレーを食べ終わっていた琢磨は翔に声を掛けてきた。


「い、いや・・・。今夜明日香はあの広い部屋に一人ぼっちですごさなければならないから、大丈夫か心配で・・・って・・・な、何だ?琢磨。その目つきは・・?」


いつの間にか琢磨は翔を睨み付けて話を聞いていた。


「お前なあ・・・・それを言うなら朱莉さんはどうなんだよ?お前と去年の5月に契約婚を結んで、今はもう2月だ。どれだけあの広い部屋で1日中1人で過ごしてきたのか分かってるのか?それを、俺達は・・・最高で後5年間は朱莉さんにその生活を強いる訳なんだぞ?明日香ちゃんの事ばかりじゃなく、たまには朱莉さんにもその気遣いをみせたらどうなんだ?時には様子を見に行ってあげたりとか・・・って今更お前に何を言っても仕方が無いか。」


琢磨は深いため息をつきながら言った。


「・・・悪いが、俺は明日香の事で手一杯なんだ・・・。朱莉さんの事までは・・・だからそれなりに彼女には毎月お金を支払っている訳だし・・・・。そうだ、琢磨。お前が時々様子を見に行ってやれないか?例えば週に1度とか・・。」


その話を聞かされた琢磨の顔色が変わった。


「はあ?何言ってるんだ?それこそお門違いだろう?大体書類上とは言え、お前と朱莉さんは正式な夫婦なんだから・・そこへどうして俺が朱莉さんの所へ顔を出せる?年に数回とかならまだしも・・・。しょっちゅう顔を出して、仮にマスコミに知れたらどうするんだ?これが他の男なら話は別だが・・俺はお前の秘書なんだからな?あらぬ噂を立てられて面白おかしく騒がれたらたまったものじゃない。だから、翔。俺は朱莉さんに土産を買って来るから・・お前から朱莉さんに俺からの土産だと言って渡しておいてくれよ。」


それだけ言い残すと琢磨はダストボックスに食べ終えたトレーを捨てると上着を着た。


「琢磨、何処へ行くんだ?」


「まだ昼休憩が終わるまで30分あるだろう?駅の周辺の土産物屋に行って来る。」


そう言うと、琢磨は足早にオフィスを出て行った。その後姿を見送ると翔は深いため息をつくのだった—。




丁度その頃―。


朱莉は京極の部屋の前に立っていた。朱莉の手にはマロンのペットフードや食器、シャンプー剤などが入った帆布の袋がぶら下げられている。

緊張しながらも朱莉はインターホンを鳴らした。


ピンポーン・・・・・



程なくして玄関のドアが開けられ、京極が姿を現した。


「こんにちは。先程は・・・すみませんでした。明日、荷物を届けますと言っておきながら・・・肝心のマロンの餌を持ってきていなかったもので・・。」


朱莉は恥ずかしそうに俯いた。


「ハハハ・・別に餌位気にしないでいただいて良かったんですよ?うちのショコラと同じ餌で良ければ、そちらをマロンにあげたので。」


京極は笑みを浮かべながら言った。


「いえいえ・・・それではあまりに御迷惑ですから。そ、それで・・・マロンの様子はどうだったでしょうか・・?」


朱莉は京極をじっと見つめると尋ねた。


「ああ、あの後・・・・確かにマロンは朱莉さんを探して走り回っていましたが・・・うちの犬も一緒だったので、大人しくキャリーバックに入ってくれましたよ。先程まで遊びまわっていましたが・・・今は大人しく眠っています。・・なので中へ入って御覧になりますか?」


「・・・いいえ。やめておきます。だって・・・姿を見ると・・・連れ帰ってしまいたく・・なるから・・・。そ、それに・・・。」


「それに?」


京極は朱莉を見下ろして首を傾げた。そんな京極を朱莉は見上げて思った。

これ以上・・・京極とは関わらない方がいい。いつ、どこで明日香が見ているかわからないし、世間の目がある。

例え、朱莉が今どんな状況下で1人きりの生活をしていても、書類上朱莉はあの日本でもトップクラスの『鳴海グループ総合商社』の御曹司であり、やがては次期社長に選ばれる翔の妻なのだから、行動を慎まなければならない・・・そう契約書に記されているのだから、それを破る訳にはいかないのだ。

だから朱莉は言った。


「京極さんも社長さんで忙しいでしょうから・・。又明日残りの荷物を届けせて頂きます。それでは・・失礼します。」


それだけ告げると朱莉は頭を下げて、慌ただしく京極の前から去って行った。


「朱莉さん・・・。」


(朱莉さん・・。何だろう・・・?彼女には何か重大な秘密が隠されている様な気がする・・・。)


朱莉の立去る後姿を見ながら京極は思うのだった―。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る