4-9 声を掛けた理由
翌朝-
出社した翔はもう先に仕事を始めていた琢磨に声を掛けた。
「おはよう、琢磨。」
「ああ、おはよう翔。お?今日も朱莉さんが編んだマフラーしてきたんだな?」
琢磨は顔を上げると、翔の首もとを見て目を細めた。
「ああ。朱莉さんが・・せっかく編んでくれたマフラーだからな。」
「そうか・・・別に明日香ちゃんはそのマフラーをしても何も言わないんだろう?」
琢磨は何所か面白そうに尋ねた。
「そうだな。黙って見ているよ。」
「ククク・・・そりゃ何も文句言えるはずないよなあ?だって翔には自分がそのマフラーを編んだと説明しているんだからな。」
肩を震わせながら笑う琢磨を見て翔は言った。
「まあ・・・そう言ってくれるなよ、琢磨。多分明日香は・・俺がこのマフラーを使っている姿を見るのは辛いはずなのに我慢しているんだから・・・。」
翔の言葉に琢磨は肩をすくめた。
「全く・・・またそうやってすぐお前は明日香ちゃんの肩を持つんだからな。俺には理解できないよ。そりゃ明日香ちゃんは美人かもしれないが・・性格が強すぎる。」
「明日香が・・・ああなったのは仕方が無いよ・・。自分の立場を必死で守る為に・・虚勢を張らざるを得なかったんだから。お前だって知ってるだろう?元の明日香はあんな性格じゃなかったことを・・・。」
「・・・・。」
琢磨は翔の話を黙って聞いていたが、やがて言った。
「翔、今日の仕事のスケジュールを説明するぞ・・・。」
その後、翔と琢磨は仕事モードに切り替えた―。
午前11時―
朱莉はマロンを連れてドッグランへとやって来ていた。昨日知り合ったばかりの京極と約束をしていたからである。
「朱莉さんっ!こっちです!」
ドッグランへ着くと、もうすでに京極は到着しており、飼い犬をドッグランで遊ばせていた。
「こんにちは。遅くなってすみません。まさかもういらしているとは思わなくて・・・。」
朱莉は遅れてしまったことを京極に詫びた。
「ハハハ・・・別にいいんですよ。何せ僕よりもショコラの方が早く遊びに来たがっていたので・・・。」
京極は自分の飼い犬を抱き上げると言った。
「ショコラ?」
朱莉が首を傾げると、京極は笑みを浮かべた。
「ああ。すみません。この犬の名前ですよ。」
京極は犬の頭を撫でながら言った。
ショコラは今にも尻尾がちぎれてしまうのではないかと思われるくらい激しく尻尾を振って喜んでいる。
「すごい偶然だと思いませんか?朱莉さんの犬の名前がマロンで僕の犬の名前がショコラなんて。美味しそうなスイーツの名前なんですからね。」
京極は嬉しそうに朱莉に笑いかけた。
「そうですね。でも確かにショコラちゃんて感じがします。チョコレート色の毛並みはこの子にぴったりの名前ですよね。」
朱莉も京極の話に頷きながら笑みを浮かべた。
すると腕の中にいたマロンが下に降りたいのか、身をよじっている。
「ああ、ごめんね。マロン。遊びたかったのね。」
朱莉がマロンを床の上に下すと、途端にマロンは嬉しそうに走り出した。するとそれを見たのかショコラも京極の腕から逃れようと激しく暴れた。
「ああ。ごめんごめん。」
京極がショコラを下すとショコラは嬉しそうにマロンの後を追って走り出した。
「ハハハ・・・本当に仲が良さそうですね。マロンと。」
「・・・そうですね・・・。」
折角ショコラちゃんと仲良くなれたって言うのに・・・。
また朱莉の心に暗い影がよぎり・・・思わず朱莉は俯いた。
「・・・。」
そんな朱莉を京極は黙って横目で見ていたが、やがて言った。
「朱莉さん。もしよければ向こうのベンチに座って話をしませんか?」
「はい・・・。そうですね。」
京極に促され、2人はベンチに座った。
「「・・・。」」
少しの間、2人の間に沈黙が流れたが、先に口火を切ったのは京極の方だった。
「朱莉さん、犬を飼うのは慣れているんですか?」
「いいえ、つい最近・・飼い始めたばかりなんです。」
するとその言葉に驚いたのか京極が目を見開いて朱莉を見た。
「ええ?そうだったんですか?てっきり・・・朱莉さんは犬を飼うのが慣れている方だと思っていましたよ。」
「?何故・・そう思ったのですか?」
「それはマロンを見てみれば分かりますよ。とても手入れが行き届いている・・・。愛情が無ければあそこまで綺麗に毛並みを整える事なんて出来ませんよ。・・とても大事にされてるんですね、マロンは。」
大事に・・・本当にそうなのだろうか?本当に大事なら、どんなに明日香に攻め立てられても、身体を張ってでもマロンを守り抜くのが真の愛情なのではないだろうか?
「私は・・・それほど立派な飼い主ではありませんよ・・。」
朱莉は俯き、今にも消え入りそうな声で言った。
「・・・。」
京極は少しの間、沈黙してたがやがて口を開いた。
「僕は・・・最初ここに引っ越してきた当時・・・本当はここに住む人達とは誰とも交流を持つまいと思っていたんですよ。」
どこか遠いところを見るように京極は言った。
「僕は・・・シングルマザーの母の元で・・・貧しい環境で育ってきたんです。僕の親戚は金持ちが多かったけれども・・・周囲の反対を押し切って結婚した母の事を良く思っていなかった。早くに亡くなった父は・・・貧しい画家だったのでね・・。お金が無くて苦しい生活だったけど・・・誰も援助はしてくれなかった。皆お金持ちだったのに。」
「・・・。」
京極は一体何を言いたいのだろう?朱莉は黙って話を聞いていた。
「だから、僕は必至で勉強を頑張って・・・いつかお金持ちになって彼らを見返してやろうと思っていた。そして僕が成功すると・・・それまで見向きもしなかった親戚たちが僕の元に集まるようになったんですよ。結局・・・金持ちは金持ちとしか付き合いたくないって事なんですよね。」
そこで一度京極は言葉を切ると再び続けた。
「だから・・・ここに越してきた時も・・誰とも交流を持つのはやめようと思っていたんです。実際ここに住む人達は皆お高く留まった人間たちばかりだったから・・・。でもそんな時、朱莉さん。貴女を見かけたんです。」
京極はじっと朱莉を見つめた。
「私を・・・?」
「ええ、貴女はここで働くフロントのスタッフ達に丁寧に頭を下げ・・・いつもお世話になっていますと声を掛けてました。」
「・・・・。」
確かに言われてみればそうだったかもしれない。でも、それは当然の事だと思っていた。
「だから、貴女のような人なら同じ住民として交流をしてもいいかなと自分の中で勝手に思って・・・そして昨日、ここでショコラを遊ばせていたら・・偶然朱莉さんがマロンを遊ばせている姿を見かけて・・・それで・・貴女がマロンを見て泣いている姿を見たんです。」
「あ・・・。」
やっぱり京極に泣いている姿を見られてしまったんだ―。なんてみっともない・・。
朱莉は思わず赤面して下を向いてしまった。
そんな朱莉を京極は黙って見ていたが、やがて躊躇いがちに声を掛けてきた。
「あの・・・出会ったばかりの相手に・・言いにくいかもしれませんが・・・何か悩みがあるなら・・・話だけでも聞きますよ?ひょっとすると朱莉さん・・・マロンの事で何か悩みを抱えているのではないですか?」
「え・・・?」
朱莉が思わず顔を上げて京極を見ると、彼はまっすぐな視線で朱莉の事をじっと見つめていた。
どうしよう?京極にマロンの事を相談してみようか・・?
ひょっとすると・・・力になってもらえるかも・・?
朱莉は京極の顔をじっと見つめると言った―。
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