1-12 翔からの誘い
「それで、昨夜の食事会はどうだったんだ?」
翌朝、翔のオフィスにやって来た琢磨が早速質問してきた。
「どうだったも何も・・・。」
翔はデスクの上で両手を組んで顎を乗せると深いため息をついた。
「・・・明日香がいたから・・・ろくに話も出来なかったよ。明日香が一方的に俺にばかり話しかけて・・・まるで彼女の存在を無視していたんだからな。・・本当に悪い事をしてしまった。」
「・・・・。」
そんな翔の顔を琢磨はポカンと口を開けたまま見つめている。
「・・何だよ、琢磨。言いたいことがあるなら・・・言えよ。」
「いや・・・。お前・・・今頃自覚したのかと思ってさ・・・。」
「まるで俺が最低な男みたいな言い方するなよ、琢磨。」
「え?お前・・・最低じゃないか。自分の幸せのために一人の女性の・・若くて今一番大事な時の女性の数年間を奪うんだから・・。それならせめて条件の処に『浮気可』とでも付け加えてやればどうだ?」
琢磨の言葉に翔はカチンとなった。
「お前なあ!そんな事して・・・もし仮に世間に偽装結婚だなんてバレたらどうするんだ?!スキャンダルっていうのは・・・会社の存亡を大きく揺るがす事になりかねないんだからな?!」
「ああ、そうだよな。何せお前は色々な経済情報誌から引っ張りだこだしな。それで・・・いつ世間には自分が結婚した事を公表するつもりなんだ?」
「ああ・・・。3日後に祖父が一時的に日本に帰国して来るんだ。祖父から正式な結婚の許しを得たら・・・公表するつもりだ。」
翔はスマホを操作し、スケジュール画面を見ながら言う。
「羽田空港に・・・ニューヨークから15:00着予定だ。」
「当然迎えに行くんだろう?」
「ああ。多分・・車に乗り込んだらすぐに結婚の事で話が出そうだな。父の話では・・・相当祖父は激怒していたらしいから。」
そして二度目のため息をつく。
「まあ、せいぜい頑張って会長に認めさせるんだな。・・・最もかなり難しいとは思うが・・・。後は朱莉さん次第だ。彼女がうまくやってくれれば・・・。」
「ああ、だからまずは・・外見を何とかしてもらおうと思う。あれでは地味過ぎて祖父の心証を悪くしてしまう可能性がある。祖父は・・・外見が華やかな女性の方が社会の目を引くと思っているからな。それで昨日美容院を彼女の名前で予約したんだよ。・・もう今頃は美容院に行ってる頃じゃないかな?外見だけでも変化が出れば・・。」
「翔、お前・・・本気でそんな事言ってるのか?大体・・・彼女自身がイメチェンしたいと言ってるわけじゃないのに、勝手に美容院なんか予約しやがって・・・。」
他にもまだ言いたいことは山ほどあったが、ここで琢磨は一旦言葉を切った。
「とにかくだ、会長が帰国するまで3日しかない。もう一度彼女と話し合う時間を設けないと駄目だ。明日香ちゃん抜きでなっ!」
琢磨は翔に指さすと言った。
「翔、今夜の予定はどうなっている?」
「今夜か?ああ・・・いや・・・特には無いな。取引先との会食の予定も無いし・・・。」
「よし、なら朱莉さんにメールを入れろ。今夜一緒に食事に行こうって。」
「は、はあっ?!お前・・いきなり何言ってるんだよ!そんな事したら明日香が・・・。」
「うるさい、お前の話なんか俺は聞く気はないからな?明日香ちゃんには俺がメールを送っておく。今夜は俺がどうしても翔と酒を飲みたいから、夕食は一人でとってくれと連絡しておくからな?お前・・・どうしてもこの偽装結婚を成功させたいんだろう?だったらもっと朱莉さんとの時間を作ってお互いの事を知り合い、会長の前に堂々とした姿を見せつけてやらないと・・・失敗するぞ?大体・・2人の馴れ初めとかはどうするんだ?もう考えてあるのか?」
「馴れ初め・・・。そ、それは・・例えば仕事関係で知り合った・・は無理があるな。駅で一目ぼれっていうのもあり得ないし・・・。大体俺は電車に乗らないし・・そうだ、いっその事、琢磨・・・お前の紹介っていうのはどうだ?」
「翔・・お前なあ・・ふざけるな!いい加減にしろよ!お前・・俺に何か恨みでもあるのか?俺の紹介だって言ったら・・・こっちがクビにされてしまうだろうがっ!」
これにはさすがの琢磨も我慢の限界であった。
「わ、悪かった。琢磨・・・い、今のはほんの冗談だ。しかし馴れ初めか・・・流石にこまったな。」
「だから、今夜朱莉さんと2人で会って馴れ初めの話とか・・作り上げろ。もう時間が無いんだからな?」
「ああ・・・。分かったよ。」
そして翔は朱莉のアドレスを表示させ、メッセージを打った。
<朱莉さん、突然だけど今夜また一緒に食事に行かないか?明日香は来ないので大丈夫だ。それに普段着で来てくれて構わないから。>
そして送信した後に、メッセージを読み直してふと思った。
俺は何故、<明日香は来ないので大丈夫だ。>と書いたのだろうと・・・。
午後の3時過ぎ―
「ただいま・・・。」
誰も待つ人のいない部屋へ帰宅した朱莉は玄関を開けた。
朱莉は今まで美容院へ行っていたのである。
それにしても昨夜は驚いた。翔と別れて数時間後に突然メールが入って来たからだ。その内容は明日、行きつけの美容院に予約を入れるから、行ってきてもらいたいとの内容だった。メールにはその店のHPアドレスも添付されている。
『はい、明日は特に予定が無いので美容院に行くことが出来ます。』
簡単にメールを打って送信すると、朱莉は早速送ってくれたアドレスにアクセスしてみた。
どうやら将が予約を取ろうとしている美容院は芸能人ご用達の店で、カリスマ店員と呼ばれるスタッフが数名いることも記載されていた。
「こんなすごいお店・・・本当に予約取れるのかな・・?」
しかし、その心配は稀有だった。
今朝10時に突然翔からメッセージが届いたのである。
『おはよう、朱莉さん。美容院の予約が取れたから今日早速行ってきてくれるかな?予約時間は午後1時半だからよろしく。支払いはカード払いでやってくれ。』
そして朱莉はメッセージ通りに翔が指定した美容院へ行って帰宅してきたのであった。
家に入り、ショルダーバックからスマホを取り出すと、何やらチカチカと着信を知らせるライトが点滅している事に気が付いた。
「メッセージ・・・?誰からだろう?」
スマホをタップして朱莉は思わずあっと声を上げそうになった。
「な・・鳴海さん・・・もしかして美容院の件でメッセージを送って来たのかな?」
ドキドキしながらスマホをタップしてメッセージを表示させる。
<朱莉さん、突然だけど今夜また一緒に食事に行かないか?明日香は来ないので大丈夫だ。それに普段着で来てくれて構わないから。>
う、嘘・・・本当に?あの鳴海先輩と2人だけで食事に・・・?
朱莉はまるで天にも昇るような気持になってしまった。丁度美容院へ行ってきたばかりだし・・・ひょっとすると私がどんな風に変わったのか見てみたいのかな?
一瞬、朱莉はそう思ったが馬鹿な考えだと思い、首を振った。
鳴海が明日香一筋なのは百も承知。他の女性に・・・まして、自分のような人間に女性として興味を持ってくれないのは朱莉自身が十分に分かっている事だった。
だから・・・今夜鳴海に会っても・・・期待はしないでおこう。
だって翔は朱莉の気持ちに気が付いていないし、朱莉も翔が自分のいまだに忘れられなかった初恋の相手で・・・今も恋する気持ちがあると言う事を誰にも知られるわけにはいかないのだから。
そう、この結婚は鳴海も言っていた通り、ビジネスなのだ。
お互いの利益の為の偽装結婚なのだから・・・。
朱莉は改めて自分に言い聞かせるのだった―。
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