人間側 ある冒険者パーティーのスケート
カッ…カッ…カッ…!
巨大な氷塊の側面にクライミング用のアイスアックスを打ち込み、靴の専用棘を突き刺し、登っていく。ここまでくれば、もう着いたも同然…!
しかし…やっぱりこの場所に来るには、時間がかかる…! 途中ビバークも挟んだというのに、もう日が暮れてきている。
勿論、高級装備及び上質アイテム類で身を固めてきたから、凍死することはない。けど…寒い…!
耐寒魔法重ねがけ、そして最高級のホットドリンクも飲んでるっていうのに…! ほんと、『氷城ダンジョン』は魔境だよ…!
冥界って寒いって聞くけど…。こんな場所のことを言うんじゃないのかな…。
「ほっ…と! ぃよーし…!妖精たちいないな…! ロープロープ…」
氷塊の上にある尖塔の隙間から中に入り、一息。手にしていたアックスを置き、背負っていたバッグをズシリと下ろす。
中からロープを出し、下へと垂らす。これで良し。 ふぅ…少し休憩しよう…。カイロ開けちゃえ。
あぁ。説明しそびれていた。僕達は三人組の冒険者パーティー。
今回は、とある深い氷山氷河の奥へ来ているんだ。道は危険だったし、狂暴な魔物も出たけど…ここにはその甲斐がある。
『氷城ダンジョン』―。名の通り、氷で出来た城のダンジョン。なのに、王様の居城のように綺麗な見た目をした場所なんだ。今も日の光を浴びて、赤やオレンジに輝いている。
そして、僕はその横に聳える尖塔の一つ…巨大氷塊の上に建てられたそれの中にいる。もう暫くしたら、ロープを伝ってメンバー達もここに来る。
…う~ん、ホットココアが美味しい。無理やり温め直しながらじゃなきゃ、速攻でアイスココアになってしまうのが悲しいけど。
あ、失礼。なんで来たかの理由を話してなかったね。
ここには、最高レベルの氷素材が大量にあるんだ。上手く加工すれば、氷の魔剣と呼ばれるものすらできてしまうほどの。確か…抜けば玉散る(本当の)氷の刃、とか売り文句で売ってるとこがあった。
実際、最強クラスの武器防具が作れる素材らしい。だから、命がけで取りに来る価値はあるんだ。
あと、何故か高級アイスもある。…そう。アイスクリームとかの、食べるアレ。ここのダンジョンの主の趣味?らしいんだけど…。それも結構高く売れるから、標的の一つだ。
前にそのアイスを持って帰って、一つだけ売らずに食べてみたんだけど…。それが絶品だった…!
なんて言えばいいのだろう、『アイスの芸術品』…いや、『幸せだけで、できている』…。とにかく、素晴らしいアイスだったんだ。
お。そんなことを話している間に、仲間が昇ってきた。さて、準備しよう。
「ダンジョン攻略に必要のない装備類はここで放棄。出来る限り身軽にいこう」
いつもやっているように、メンバー達にそう促す。武器も最低限。鎧は…全部装備解除。ぉお…っ、さむぅ……もう痛い、これぇ…!
か、帰り道に必要な物だけ残し…ほ、他のアイテムは予備バッグの中に詰めて…ろ、ロープにぶら下げ下に…! ダメだ、カイロ…!
…ふぃ~、ちょっとだけマシになった…。 あぁそう。高級装備類も、全部捨てていく気だ。
一応外に吊るしておいているから、素材ゲット後に回収もできるけど…。最悪、捨てていく。身軽さが最優先なんだ。
この装備とか中古でもえっらい高いんだけども、惜しまずに。なにせここの氷素材さえ持ち帰ることができたならば、お釣りどころか暫く遊んで暮らせるから。
さて、最終装備確認。僕達が身に着けているのは…身体に張り付いて抵抗を軽減するタイツ状の高性能耐寒装備、氷柱対策の特製ヘルメット、氷の段差等の視認性を上げる特殊ゴーグル。
そして…あとはこれだ。この、棘付きの靴。これにはある特殊な仕掛けがある。 ここを…こうすると…!
シャキンッとスケート靴に早変わり! このダンジョン攻略用の専用靴なんだ。ワンタッチで切り替えられるし、対氷魔法や転倒防止魔法とか色々かけてある超優れもの!
この装備を用意したのには理由がある。このダンジョンには氷の妖精達が沢山棲んでいるのだけど…そいつら、かなり強い。正面から戦うと、かなり苦戦してしまう。
ただでさえ足元がツルツルの氷ばかりなダンジョン。そんなの相手だといくら僕達の腕が良くても、多勢に無勢。あっという間に復活魔法陣送り。
だけど…弱点もある。あの妖精達、そこまで飛ぶのが速くないんだ。そりゃ、普通に走るぐらいじゃ追いつかれるけども。
このダンジョンの特性を活かせば…氷の上を滑走すれば、とんでもないスピードで移動できる。面倒な戦いは避けられて、警戒が行き渡らない内に素材回収もできるんだ。
それに、どうせここの主である『氷の女王』に出くわしたら、逃げの一手しかない。勝てる相手じゃないから。その点からも、速度&回避重視の装備が望ましい。
ただ、氷の女王…この時間は部屋に引きこもって何かしているらしい。よっぽど暴れない限り出てこない。何しているんだろう。雪だるまでもつくっているのかな。
ともあれ侵入が大きくバレない内に、氷の上を滑るようにスイーッと攻略してみせる!
「…? !?」
「――! !!」
遊んでいる氷の妖精達が、僕達を見つけるたびに焦った表情を浮かべる。攻撃態勢に入ろうとする子もいるけど、もう遅い。
その準備が整うまでの間に、僕達はシャアアッと横をすり抜け、あっという間に遠くに逃げているんだから。
今回もスケート靴は好調。 三人縦に並んで、チームパシュートのように軽快に滑っていく。もう誰も、僕達を止められない!
…え? 自分達でも止められないんじゃないかって? いやいや。そこらへんの対策はしてある。
靴の魔法でブレーキは安全に掛けられるし、階段とかはワンタッチでスケート刃を仕舞えば対氷用の棘付き靴に元通り。
いいね、これは良い。この調子ならば、自己最速ベスト記録狙えるかも…! …ダンジョン攻略のね。
…と、思ったのだけど…。流石に対策されてた。氷素材は城の奥の方にあるものが良質なのだけど、僕達の動きをある程度予測され、道を阻まれていた。
しかたない。氷の女王が出てくる様子は無いし…少し遠回りで攪乱とかして、奥へと進もう。
…お! その前に…良い場所を見つけた…!
メンバーに停止を促し、とある部屋へと侵入する。そこの中にあったのは…沢山の…冷凍庫。
とはいっても、正しくは氷で出来た箱って言った方が良いのだろうか。中を開けると…。よしよし…!色んな種類のアイスがギッシリ…!
これがさっき説明した、氷の女王製のアイス。この城の中には、至る所にこういったアイス置き場がある。彼女達寒いところに棲んでいるのに、こんな冷たい物を食べるらしい。
…流石に僕達は、この極寒の中でアイスは食べたくないけど…。幾つか拝借していこう。最悪これ売って足しに出来るし、美味しいから。正直、これだけでも来た価値はあるんだ。
ひょいひょいとアイスをバッグにつかみ取りしていく。と、メンバーの1人が首を捻った。
「けど、なんで冷凍庫?の中に入ってるんだろうな。どうせ氷造りな城なんだし、そこらへんに置いといても良いだろうに」
「んー。あ、俺聞いたことがあるぞ。寒い地方に住む奴らって、外に食材を出しとくとガッチガチに凍るから、温めるために使うって。 …ん? それ冷蔵庫だったかな?」
なんて言いあってる。でも…まあ、アイスを外に出しっぱって気が引ける感じは僕にもわかる。そういうことなのかも。
そんなことを駄弁っている間に、バッグもある程度いっぱいに。氷の妖精達は…近づいて来ている様子すらない。僕達を見失っている様子だ。
この隙に、奥に行ける道が無いか探しに出てみよう。なに、もし見つかっても大丈夫。このアイスを幾つかばら撒けば、氷の妖精達はそれを拾いに行ってしまうんだ。
主の作ったアイスだからか、それとも好物なのかはわからないけど…。高速で逃げる時には良いデコイになるから有難い。
そんな事を思いながら、三人揃って入口へと…。 おや…?
「鍵がかかった冷凍庫…?」
入って来る時は気が付かなかったけど、部屋の入り口付近に鍵付き…氷の錠前付きの冷凍庫がある。他のには特についてないけど…なんで?
「…もしかして、超レアなアイスが入ってるんじゃないか!?」
メンバーの1人が、ポンと手を打つ。それは…ありうるかも…! それこそ、氷の女王のみが食べられる、至高のアイスとか…!
なら、是非貰っていきたい。そして売って…いや食べてみたい…!
そうと決まれば話が早い。丁度手を打ったメンバーが開錠スキルを持っていたため、すいっと箱に。そして氷の錠前に手をかけ…。
「…ん?」
「? どうした?」
突然小首を傾げた開錠メンバーにそう問いかける。するとそいつは、訝しむ声を出した。
「いや…この錠前、閉まってないぞ? というか、鍵じゃない…」
パカァッ!
刹那―、閉まっていたはずの冷凍庫の蓋が…勝手に…開いた…!? 中から…触手と…氷の妖精達…!
「なっ…! ぐぇっ…!?」
刹那の間に、開錠をしていたメンバーは触手に縛られ、氷の妖精達と共に冷凍庫に引きずり込まれ…って…えぇ…!?
呆然と口を開けてしまう僕。残ったメンバーも、混乱した口調でボソリ。
「『蠢く触手アイス!』…とかじゃないよな…?」
…いや、そんなアイス食べたくない…。 じゃない! 助けなければ…!
カパァッ!
「「わっ…!?」」
再度、蓋が開く。ビクッと怯む僕達の前に、何かがゴスッと飛び出て…。…っ!
「こ…凍らされてる…!!」
今さっき、冷凍庫に捕らえられたメンバーが、アイスに…氷漬けって意味の、アイスに…!! カッチンコッチンの、氷の中に…!!!
「―――!!」
マズい…! 妖精達と、触手がこっちに狙いを…! あ、アイスクリームデコイ!
よ、よし!気が逸れた…! 逃げろ――――!!
「…なんとか…撒けたかな…?」
城の内部…どこかわからない位置で、僕ともう一人のメンバーは白い息を吐く。
…ま、まあ…。このダンジョンには覚悟を決めてきている。誰かが途中ではぐれたり魔物にやられても、氷のように冷たく見捨てるっ…。そうじゃなきゃ、攻略難しいから。
今頃、復活魔法陣に戻っているはず。なら、なんとかアイスと氷素材を確保し凱旋しなきゃ。
…それにしても。さっきの触手はなんだったんだろう…。 氷の女王の新しい眷属…? …いや、それにはなんか違うし、どこかで見たことがある気が…。
僕が首を捻っていると、残ったメンバーが恐る恐る口を開いた。
「…なあ。さっきの…ミミックじゃないか…?」
…! いやまさか…いや……うん…確かに……。
箱に潜んで獲物を仕留めるスタイルは、まさしくミミックのそれ。しかも、既視感の正体もピッタリ。触手型のだ…!
だけど…。いくらミミックがどんなダンジョンにも潜んでいる魔物とはいえ…。こんな普通の魔物なら凍え死ぬダンジョンにいるかな…?
…ミミックが普通の魔物かと言われれば、判断に悩むけども…。 ――む!
気配を察知し、メンバーに停止と警戒の指示を送る。何か…この廊下の先にいる…。
武器を手に、恐る恐る様子を窺う。…が、目に入って来たのは衝撃的な…よくわからない絵面だった。
「――…。 ~~~!!」
「「「―! ―、~!」」」
楽しそうな、妖精達の声。そんな彼女達が複数がかりで手にしているのは…。カーリングの、ブラシ…?
それで、コシコシコシと廊下を擦っている…。掃除しているわけでは…なさそう。 …お…?へ…!?
そんなブラシの後から、スイイイッと滑って来たのはカーリングストーン…ではなく、宝箱…。な、なんで…?
…まあ確かに、ストーン代わりに使えなくはないだろうけど…。本当に…なんで…。
ぼーっと眺めていると、ブラシはどけられ、宝箱が僕達の前の通路をスイーッと通り過…
ピタッ
え。僕達の前で止まった…。そして―。
パカッ!
「シャウウッ!!」
ひぃっ!? 蓋が開いて、鋭い牙と真っ赤な…。あれ、緑の舌…。メロンアイスを食べたかのような…! いや、どっちにしろミミックだぁ!!!
やっぱり、このダンジョンにはミミックが潜んでいる…! って、言ってる場合じゃない!逃げろ!
「シャウウウウッ!!」
…!? いや普通のミミックより速くない!? そうか!僕達と同じように、氷の廊下を滑っているのか…!ミミックも利用してくるなんて…!
―!しまった、前からも妖精達が! うぅ…勿体ないけど…! ありったけのアイスクリームデコイ! いやフレアか!? でも冷たいし…。あぁもうどっちでもいいや!
それぇっ! …よし、ちょっと隙が出来た! 今のうちに…!こっちの道へ…!シメた、この長廊下、誰もいない…!
逃走経路を確保し、俄かに安堵の息を吐く僕達。―と、その時だった。
「待て待てー! アイスポイ捨て犯たち!!」
シャアアアアアッ!!
…!誰の声…!? 僕達以外に、物凄い勢いで滑走してくる音…!?背後から!?
なっ!? あれは…上位ミミック!? は、速い!桁違いに速い!速すぎる!!
「どーんっ!」
「ボブスレッ!?」
あぁっ!! 残っていたメンバーが、上位ミミックの激突受けて、変な悲鳴上げて吹っ飛んでいった!助けられないよ、あんなの!
残りは僕一人…! くっ…もう氷素材も、アイスも諦めるしかない…! 逃げ切らなきゃ…!
そう決意を固め、追いかけてくる上位ミミックの動きを把握するためにチラリと後ろを。すると―。
「
わっ…見事なジャンプ回転してる…!?
「まだまだー!
おぉっ…!凄い…!着地も完璧…!!
「さらにー…! スピン!スピン!」
なっ…!滑りながらスピンしている…! どうやってるのあれ!? どちらかというとスリップじゃないかな!?
「最後! 蓋を完全に開き切って…イナバウアー!」
な、なんだあれ…! 蓋を限界まで開いて…上位ミミックがブリッジするかのように背中を逸らして…!
「からの、勢いつけて触手攻撃!」
うわぁっ!? 触手飛んできた!! 避けられない…ぐええっ…!
も、もう…このダンジョンには…ミミックには…
――――――――――――――――――――――――――――
冒険者を倒し終わり、丁度日も暮れ切った頃合い。氷城のてっぺん部分に、幾体かのミミック達が集まっていた。
上位下位問わず、彼らは天を見上げる。そして、揃って歓声をあげていた。
「わぁ~~!! すっっごい綺麗…! オーロラって、無限に見ていられちゃう…!」
そう。彼女達の視線の先には、夜空を覆う虹のような極光のカーテン。揺蕩うかの如きそれに、見惚れていたのだ。
ふと、上位ミミックはくぅっと体を伸ばす。…そして、設置した炬燵にもそもそと身体を沈めた。
「このダンジョン…最っ高ぉー…! 景色綺麗だし、常に寒いからって暇なときは炬燵入り放題にしてもらえたし…! それに…!!」
にゅっと触手を伸ばし、彼女は机の上を探る。そこには、アイスがたくさん詰まった箱が。そこから1つ取り出し、勢いよくかぶりついた。
「んむんむ…!ふへへ! アイスをもぐもぐタイムし放題! 新作も美味しいです!ニヴルヘイン様ばんざーい!」
「ふっ。調子が良いのぅ。とはいえ、悪い気はせん。 それにそなた達の活躍で、冒険者達にアイス造りを邪魔されることがなかった。礼を言うぞ」
上位ミミックの誉めそやしにそう微笑んだのは…同じ炬燵に入っている氷の女王、ニヴルヘイン。ふと、彼女は少しもぞもぞと。
「しかし…これがコタツか…。そして、ここでアイスを食すことが、伝説の『コタツデアイス』か…。何故か抗いがたく、心地よいな…!」
「おぉ! 嵌ってくださいました? 良いですよね~炬燵!」
「うむ。新作アイスのアイデアも雪のように降り注いでくる。もっと滑らかさを増やして…」
ぶつぶつと呟き、自分の世界へと入るニヴルヘイン。上位ミミックは彼女に笑みを向けながら、下位ミミック達とアイスを食べ、色の変わった舌を笑い、妖精達と遊び、オーロラを堪能。
と、暫く経った後。はぅ…とニヴルヘインが欠伸をした。
「しかし、炬燵とはかくも夢見心地になれるものだな…。まるで体の芯から溶けるような気分だ…」
「そですねぇー。気持ち良くって…。…ん?」
ふと、上位ミミックはガバリと炬燵布団を捲る。そして驚愕の顔を浮かべた。
「ちょっ! ニヴルヘイン様! 足、本当に溶けてます!」
「なんと! わらわの身体が…こうも容易く…。恐るべし…コタツ…!」
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