顧客リスト№43 『氷の女王の氷城ダンジョン』
魔物側 社長秘書アストの日誌
身体の芯まで凍えるような冷気が、常に張り詰めている。対策魔法を幾重にもかけていなければ、今頃本当に身体の芯が凍っていただろう。
…よかった、念には念を入れて多重掛けしておいて。社長は大丈夫かもしれないけども、私はモフモフ防寒着だけじゃ死んでたかもしれない。
視界の先全てには純白の雪が深く降り積もり、一部は雪煙となり巻きあがっている。周囲には、切り立った崖が幾つも目につく。
少しでも道を違えれば、奈落へ真っ逆さま。そう、ここは危険極まりない雪山―。
…いや、確かに雪山なのだけど…。少し違う。その崖も、この雪の下の地面も、全てが『氷』なのだ。
雄々しき氷山…または氷河とも言うべきこの場には、とあるダンジョンが存在するのだ。私達はそこから依頼を受け、訪問しようとしているのである。
―と、説明している間に、雪も風も…止んだ。はたと足を止め、辺りを見回してみると…。
「おぉー…!」
思わず、感嘆の声を白い息と共に漏らしてしまった。私達の頭上にあった厚い雲は消え去っており、明るい光が降り注いでくる。
眼下に広がるは、白を越え美しき水色となった氷の丘や崖。そこに光が注ぎ、岩肌ならぬ氷肌が煌めく様子はとても眩しく美しい。
また、遠くの方に視線を移すと、そちらには未だ黒き雲。しかしその隙間からは、赤くすら見える輝きがレースカーテンのように形を成し、山々を照らしている。
あらゆるものが止まりそうな、氷の世界。その様子に思わず全身がゾクッとなる。…寒いせいかもしれないけど…。 と―。
ガタッ ガタガタッ!
? 手にしている社長入りの箱が震えてる…? 次には、くぐもった社長の声。
「ちょっと! アスト押さえてない!? 開かないんだけど!!」
「…え? そんなことするわけ…。 …あっ!」
蓋が思いっきり…カッチンコッチンに! つららまで出来てるし!
しまった…。箱自体はノーマークだった…!対策魔法かけ忘れた…!
「凍ってるんですよ! あ…開かない…!」
まさかのアクシデント。慌てて力を籠め、社長を助けようと試みる。…けど…! こ、これ…!力入れても…ビクともしない…!
ならば…火を当てて溶かすしか…! そう想い、火の魔法を唱えようとした時だった。
「ちょっとアスト。私をどっかに置いて」
「え? は、はい」
社長からの妙な指令。とりあえず近くに降ろして…と。
ガタッ ガタッ ガタタッ!
「むっ…! 結構固いわね…! こんのぉ…!」
ガタッ! ピキッ…
「せーの…! どーりゃあっ!!」
バキャアッ!
おー。力技でこじ開けてきた。流石社長。って…
ズルッ
「へ…? ひゃあああぁぁぁぁ!!」
あぁっ!! 勢いつけ過ぎたせいで! 雪の上を滑り落ちていっちゃった!!
と、止めなきゃ!
「スキーした気分ね! あー楽しかった!」
「いやいや…あとちょっとで崖から飛び出す勢いだったじゃないですか…」
「ブレーキぐらいかけられるからだいじょーぶ!」
何とか社長を確保し、元の位置へ。と、社長は自身の蓋の氷をペキペキ折り取りながら呟いた。
「でも、まさか蓋が凍り付くなんてねぇ。この寒さ、ミミック殺しよ!」
「殺し…ですか?」
「そうよ。
「あー確かに…。そこのオプションも合わせて提案した方が良さげですね」
とか話しながら、先へ進む。とはいっても、目的地は目前。暫く歩くと…。
「あ! あれね!『氷城ダンジョン』! おぉ…!これは凄いわね…!」
「綺麗…!」
突然現れたのは、巨大なるお城。しかも…全てが氷で出来ている、とんでもない宮殿である。
透明に、あるいは白に、あるいは水色に。更に光を受け、紫や緑にも輝いても見える、冷たき城。
氷の巨大花、いや氷の巨大結晶の上に佇んでいるそれは、幾本もの尖塔と、荘厳なる居城からなっている。
尖塔は巨大な氷塊から生えて…いや削り出されたかのような形。その造りや装飾は、一流の職人達が手掛けたかのように緻密。複数の氷の柱と氷の屋根、そして空を突く細い氷筍で構成されたそれは、水晶細工みたい。
そして居城。氷の煉瓦が組み合わさって作られたそれは、まさに重厚。だというのに、滑らかな美しさが一切損なわれていない。そしてやはり、全体を包むかのように繊細な装飾が。
至る所に見えるバルコニー、そして沢山の窓もまた、氷製。硝子よりも透き通っているといっても過言ではないだろう。
加えて中から発せられている灯りが、城全体を仄かにキラキラと輝かせている。空から落ちてくる日光と、その灯りが合わさり、幻想的な雰囲気を存分に醸し出している。
さっき見て驚嘆した景色を、優に超えてくる麗姿。正直、ずっと眺めていたい気分である。
…でも、そうは言ってられないのが残念。中に入らなければ。…あと、ずっと見ていたら多分凍え死ぬし…。
戸を叩き、中へと。小さな氷の妖精達がお出迎えしてくれた。依頼主の眷属達らしい。
「わぁ…!!」
「中も凄いわね…!」
一歩足を踏み入れた瞬間、三度目の唸りを放ってしまう。これまた、素晴らしい…!
まず、当然のように全面が氷造り。透明な床は私達の姿を鏡のように写し、壁や扉は氷細工。
天井には、氷のシャンデリア。中心の光を乱反射、増幅し、煌々と輝いている。
至るところにある氷像は、様々な形。魔獣、ドラゴン、ゴーレム…などなど。
しかも、その毛の一本、鱗の一枚、ヒビの一つすら再現されているのだからえげつない。
中には私のような魔族やエルフ、果ては冒険者の氷像まで。滑らかな関節、着ている服の波たちやヨレまで氷で再現されている。
…中に本物が入っているんじゃないかって思ってしまう完成度である。いや、基本かなり透明だから入ってるわけないってわかるんだけど…。
……あっ。前言撤回。入ってるのがある…。冒険者のやつだ…。侵入した見せしめにされてるみたい…。
他にも見どころが沢山。ついつい、キョロキョロと目を移しながら歩いてしまう。
…それが悪かった。失念していたのだ。床が、つるっつるの氷だということに。
滑る床、そしてぼーっとした足の動き。つまりは、ほぼ必然にー。
ツルッ!
「ひゃっ…!?」
すっ転んでぇええ…!!
「おっと危ない! アスト、大丈夫?」
瞬間的に社長が触手を床に伸ばし、私を支えて止めてくれる。た、助かった…。
「すみません…。ちょっと余所見していて…」
「まあ無理もないわね、こんな綺麗な場所なんだし」
体勢を立て直しながら謝ると、社長はそう返してくれた。気をつけて歩かなきゃ…
「あっちょ! アスト足元!」
「え」
ガッッ!
「きゃぁっ!!」
と、透明だから…! 段差がうまく見えなかった…! 今度は正面にズッコケ…!
「…あ、あれ…?」
ない…? ギリギリで…身体が止まって…。あっ…氷の妖精達が支えてくれている…。
ほっと安堵し、立ち上がる…。あれ?手の感触がおかしい。…社長の箱の感触が…ない…?
「…! 投げちゃった…!?」
つんのめった瞬間、放り投げてしまったらしい…! 私としたことが…やってしまった…!
慌てて顔をあげ、社長を探そうとした―、その時。正面から、涼やかな声が聞こえてきた。
「わらわの城へようこそ―、と言いたいとこだが…。大丈夫かの?」
ハッとそちらを見ると、そこには…オーロラのように鮮やかな色の氷のドレスに身を包み、蒼い氷冠をつけた、麗しき女王陛下…!
間違いない…。彼女がここの主にして、依頼主の…『ニヴルヘイン』様…!
…って。 社長が抱っこされている…! どうやらキャッチしてくださった様子…。
「わらわのガングレト達ならば、そなたぐらい運ぶことができるが…良いのか?」
「は、はい! 浮いて移動すればもう大丈夫です!」
これ以上迷惑はかけられないため、私はほんの少し浮きながら進むことに。ちょっと大変だけど、これなら滑って転ぶことも、足を引っかけて転ぶこともないから…。
…コホン。ところで、氷の妖精達はそんな名前らしい。今も私の周りを、心配そうに飛んでくれている。
因みに、社長の元にも何体かついているのだけど…。
「ひゃっほーー!」
氷の廊下に、響き渡る弾んだ声。社長のものである。そして―。
シャアアアアアッ!
という凄い勢いで、社長の宝箱と、そこに乗っかった妖精達が滑っていく。
…社長、廊下をスケート(といっていいかわからないが…)をしているのだ。時折優雅に回転を決めている。楽しそう。
「ふふっ、良いのう。わらわの城であんなに自由に動ける魔物は久しい。遊びに来るイエティたちぐらいなものよ」
大抵はそなたのように、転んでしまうからの。 そうニヴルヘイン様はクスクスと笑う。いやほんと…お恥ずかしいところを…。
「美味し~い! このアイス、絶品ですね! 魔力も栄養も、ふんだんに入っているのを感じます!」
「そうであろう? わらわは氷菓子には一家言あっての。好きなだけ食べるがよい!」
ひとしきり滑りまくった社長と共に、ニヴルヘイン様の私室に。そこで私達は色んな種類のアイスを頂くことに。
…社長はともかく、私は寒いから食べるのはちょっと…。と思っていたのだが…、一つ口にしたらそんな思いはどこかへと。本当に美味しい…!
しかし…凄い数! 味も色も形も違うアイス類が次々と運ばれてくるのだ。シャーベットや、アイスクリーム系、バニラやフルーツフレーバー系、コーンがついているものや、最中みたいなもの、赤と緑の三角形な変わったアイスまである。
中には容れ物や名前にもこだわっているようなものも。これとかお洒落。えーと、『レディ・なんとか』と、『ハーゲン・なんとか』…。
ちょっと氷で名前の一部が見えなくなっているから、正式名称がよくわからないけど…。
「それで、ニヴルヘイン様。この度はどのようなご依頼なのでしょう?」
並んだアイスを一通り制覇した社長。リピートを始めながら商談に。自身も楽し気にもぐついていたニヴルヘイン様もこくりと飲み込み頷いた。
「うむ。冒険者対策だ。わらわの城にはこのアイス類を始め、良い氷素材を使っておる。それを狙ってはるばる来る輩が結構多くてな」
…いや、アイスを狙う冒険者は…。…この質ならば、いないとは言い切れないかも…。一応『鑑識眼』を発動して…。
…うわぁ。結構な高値ついてる…。貴族御用達のおやつになってる…。
思わず、ちょっと苦笑い。そんな間にもニヴルヘイン様は更に話を続ける。
「特に城の奥にある氷はそのまま武器や防具に使えるようでの。特に剣は『魔剣』と呼べるほどの性能らしい。…確かなんて言っていたかの…。『アイスソード』だったか?」
あぁ…それならば知っている。強力な炎の魔物ですら恐れる氷の魔剣。それを持っている人に譲ってくれと頼む者や、『殺してでも奪い取る』といった蛮行に及ぶ者が現れるほどだとか。
と、ニヴルヘイン様はそこで溜息。ふぅっと吐かれた息が、ダイヤモンドダストのようにキラキラと散っていく。綺麗…。
「特に最近はの…。さっきの社長のように廊下を勢いよく滑ってくる輩が増えてな。わらわならば簡単に対処できるが、ガングレト達は追いつけないほど速いのだ」
主の言葉に呼応するようにしょぼくれる氷の妖精達。とても悲しそう…。
とはいえ、場所が場所だから少しオプションはいるだろうけど…。氷素材の質的に、代金には全く問題ないだろう。食事もこのアイスなら充分そう。派遣に問題なしと見た。
「わっかりましたー! ミミック派遣させていただきます!」
社長も二つ返事な勢い。…と、何故かちょっと声を潜めた。
「…それで、代金の方にアイスを含めて頂けませんか…?」
あ。食欲に負けた。一方のニヴルヘイン様は上機嫌に。
「ほう! わらわの氷菓子をそこまで気に入ってくれたとは! 勿論、幾らでもやろう!」
「「やった!」」
…ハッ! 私まで声を上げて喜んでしまった…!
商談を終え、氷の城を堪能させてもらうことに。社長は常に私の手から離れ、妖精達と滑って遊んでいた。
そんな間に私は、ニヴルヘイン様に誘われ氷像のモデル役もさせていただいた。やっぱりあの氷像の数々を作っていたのは彼女だったらしい。
…けど、氷像を作ってる時のニヴルヘイン様の目、ちょっと怖かった。凍て刺す瞳という表現がぴったりな。
それに、モフモフ防寒着姿はお気に召さなかったご様子で、『ありのままの姿を見せるのだ』と迫ってこられて…。
流石にこれを脱ぐと凍えてしまうから、ちょっと迷っていたのだが…結局『少しも寒くないぞ』と半ば無理やり脱がされた。
けど…そこは氷の女王様。冷気すら自在に操れるらしい。本当に寒くなかったのだから驚きである。
そんなこんなで名残惜しいが帰社時間。 では、社長を抱えて…
「ちょーっと待ったアスト!」
と、抱え上げようとした社長からまさかのストップ。…やっぱり、さっき放り投げてしまったこと怒っているのだろうか…。
そう反省していると、社長は思わぬ提案をしてきた。
「私に乗りなさいな!」
「…ええっ? …ええっ!?」
思わず、二回驚いてしまった…! いや、乗るっていったって…。
「さっき妖精達と遊んだの、アストと一緒にもやってみたいのよ。 さ、こっちに乗って!」
ワクワク声で、蓋を最大までパカリと開く社長。…え、乗る場所って…その蓋…!?
「いや…でも…」
「四の五の言わず、乗った乗った!」
怖気ていると、社長の触手がぐるり。半ば無理やり蓋の中に…! ひゃっ…!お尻が…!はまっちゃって…!!
「はい!足は私を挟む形にして、私の触手は紐代わりに掴んで! 完成!『ミミックそり』!」
あっという間にセッティング終了…。 なんだこれ…! 箱に詰め込まれるより、なんか怖い…!
「じゃ、れりごー…じゃない。れっつごー!!」
わっ…! 動き出し…! いや速っ!? 怖っ!?
長い氷廊下を、螺旋の氷階段を、上へ下へ物凄いスピードで駆け抜けていく…! あっちょっ…!ジャンプ回転は…! きゃあああああっ!!?
「楽しー♪ うん、これ良いわね! 派遣する子達に覚えさせましょ!」
「ひ、必要あるんですかぁああ!?」
「勿論! これは良い攻撃手段よ~!」
そ、そうとは思えないけど…! ニヴルヘイン様…!笑ってないで助け…!
「高階層から落下!」
待っ…! それだけは…! ひゃぁぁああああああああ!!!!
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