人間側 とあるあくどい冒険者と泉斧
「あん? なんだ、テメエもまた来たのか」
「ヘッ。そりゃ来るだろ、こんな濡れ手で粟みてえなヤベえ場所。…んだテメエ、今日はオンボロ宝箱二つもかよ。ヘボの癖に持って帰れんのか?」
「あ゛あ?ぶっ殺すぞ? てかテメエは何を…斧? んだぁ?冒険者止めて木こりでもする気かよ。日和ヤロウが」
「ハッ!よく見ろマヌケ。これは『バトルアックス』だ。ちょこちょこ使ってたが飽きてなぁ。もっと良いの貰うって腹だ」
前に並んでいた腐れ縁の冒険者仲間とそう言葉を交わし、俺も列に加わる。…結構長くなってんな…。
まあ、構わねえ。なにせちょいと待つだけで濡れ手で粟どころか、濡れ斧が黄金宝石ついた斧に変わるんだからよぉ!
ここは『清泉ダンジョン』とかいうダンジョンだ。だが、別に凶悪な魔物とかが棲みついているわけじゃねえ。
…いや、もっと面白いモンが棲みついている。『女神』だ。
『金の斧、銀の斧』ってお伽噺知ってるか? そう、あれだ。ガキのためのホラ話。泉に斧を落とせば女神が良い物と交換してくれるっつー胡散臭えヤツ。
…俺もちょいと前までそう思ってた。だがよ、本当にその女神が居たってんだから驚きだぜ。
しかもハナシの通り、落とした物を数倍レアな物に変えて出してきやがると来た。ヘヘッ、錬金術だってこうはいかねえだろうさ。
勿論、お伽噺の馬鹿木こりのようにすぐに欲出したら全部没収されちまう。だがよ、ちょいと正直者になって落とした物を選べばあら不思議ってな。
落とした物を返してくれるだけじゃなく、そのレアな物までくれるってんだ。頭イカレてんだろ。ヘッヘッ…!笑いが止まらねえなぁ。
女神ってとことん馬鹿だぜ。ちょっとした嘘すら見抜けねえなんて、そこいらのガキよか駄目なヤツだ。…あぁ!あれが今話題の『駄女神』ってか!! こりゃ傑作だぜ!
泉へと続く一本道。長蛇の列が進むのを待ちながら、俺は持参してきた酒をあおる。
チッ…最近来る奴が多くてムカつくぜ。俺のような冒険者の他にも、村人だったりガキだったり魔物だったり色々居やがる。
こんな場所頼らず、自分の足で稼げっての。正直、前の連中を蹴り飛ばしたいぐらいだ。
だが前にそれをやったら、女神のヤツ、流石に顔を出さなくなりやがった。泉の中にションベンでもして帰りたかったが、二度と出てこなくなるのは勘弁だし、堪えてやった。感謝して欲しいぜ。
…あー、クソッ。ちょいと不安になってきた。泉に来る奴が多いと、女神が疲れて営業終了とか抜かす時があんだ。ったく、役目ぐらいまともに果たせよクソアマが…。
てか、この酒クソ不味いな。安物買うんじゃなかったぜ。どうせ貰った一本は売り飛ばして金にするんだから。
―いや、これも次いでに投げ込めば、一級品のウイスキーとかになって返ってくるかもな…。ウヘヘ…飲むの我慢してみっか…。
酒を耐えると、一気に手持ち無沙汰になっちまった。暇だぜ…。しゃーねえ、帰っていく奴らでも見て気分誤魔化すか。
あれは…どっかの農民だな。ボロボロになった鍬の他に、頑丈そうなのを二本持ってやがる。
ハッ、それでホクホク顔たぁ惨めなもんだ。金製のとか貰えば、あんなもの幾本でも帰るだろうによ。
おぉ…!ありゃあエルフだ!良い顔してやがるぜ…! 交換したのは…弓か。年季が入った物以外に、新品の魔道弓と強弓を持ってやがる。装飾がほぼ無い実用的なモンだ。
長生きすると、欲ってもの無くなるんだろうよ。可哀そうに、ああはなりたくないぜ。
お。あれは同業者だ。ボロな鎧の他に、黄金の鎧と魔法が使いやすくなる高級マジックアーマーを手にしてやがる。あの目の色、上手くせしめられてご機嫌って感じか。
だがボロ鎧が邪魔くさそうだな。きっと捨ててくんだろう。ここにはそう言う場所が設けられてるからな。…当然女神には無断だがよ!
あん…?あれは…ゴブリンだな。何持ってんだ…?生肉…? それと、サシが入った高級そうな肉と、一際デカい肉の塊だな。
ハンッ!やっぱりあいつらは魔物だ。目先の食い物の事しか考えねえ。…そうだ。砂でもかけてやろうか!
暇つぶしに良い事を考え、靴を動かそうとする。と、その瞬間だった。
「「「た、助けてくれぇえええええっっ!!!」」」
道の先から上がる絶叫。次には、ドタドタドタと走り逃げてくる同業者達の姿が。な…なんだなんだ…?
「「「もうこんな場所、来ねえよぉお!!」」」
全員がその言葉と涙を零しながら、ダンジョン入口へと。…意味わかんねえぞ…。
だが、この先は泉で行き止まりだし…変な獣も出たって話は聞かねえ。…ますます意味不明だ。
……あ゛っ! んなこと考えてたらゴブリン達どっかに行きやがった!道避けて森の中通っていきやがったな…!チッ、せっかくの気晴らしがよッ…!
その後も並んで待ってみるが、結構な頻度で逃げ帰る奴がいやがる。しかも、軒並み同業者ばかりじゃねえか。
…やっぱり、変な魔物でも出たってか? の割には普通にスキップ混じりに帰る奴らもいるが…。
―まあいい、考えたとこで頭痛くなる。そん時に任せればいい。出たとこ勝負は得意分野だ。
どんな魔物が現れようと、このバトルアックスで一刀両断してやるってなぁ!!
「…んあ?やっと見えてきたぜ…」
長い列も進み、ようやく俺の番が近づく。―と、その前にあの腐れ縁の冒険者仲間が先だがよ。
あの馬鹿確か、まーたカジノでボロ負けしてデカい借金こさえたってな。フッ、だがここに来れば実質無限に金が増やせる。
ほんと、ここの女神って良~いヒモ女だぜ。ちょいと金が欲しくなったら、ボロ道具拾ってくれば良いんだ。あとは訳も聞かずに遊ばせてくれる。
しかも…超がつくほどの美人でもあっからな。出来ることなら手籠めにしたいもんだぜ…!ウヘヘ…!
「やーっと俺の番だぜ…!あーっ重かった!」
と、前にいる腐れ縁ヤロウがドスンと空宝箱を地面に降ろす。この阿保、ずっと抱えてやがった…。
「ヒッヒッヒ…カジノの借金返したら…酒と女買って…! 足りなくなったらまた来れば…!」
…ああいうのを、『捕らぬ狸の皮算用』って言うんだろうな。まあ、ほぼ捕ったようなもんか。
「そぅらよ!」
無造作に宝箱二つを蹴り入れる腐れ縁ヤロウ。バシャンバシャンと音を立て、泉の中へと落ちていく。
と、数秒後…。
カッ!
泉が光り、中から女神が出てくる。その両脇には、重なった宝箱二つずつ。計四つ。そして女神は、ゆっくり口を開いた。
「…貴方が落としたのは、こちらの『回復薬が満載の宝箱二つ』デスか? それとも、こちらの『野菜がたっぷり詰まった宝箱二つ』デスか?」
「「は…??」」
宝箱を落とした腐れ縁ヤロウはおろか、俺まで困惑しちまう。…なんで、そんな中身…。―あぁ…!
「おいマヌケ。お前、どっからあの空箱持ってきた?」
呆然としている腐れ縁ヤロウの肩をぐいっと引き、そう耳打ちする。すると、そいつは苦々し気に応えた。
「…街に来てた商隊から、かっぱらって来たんだよ…。チクショウ…!」
「ヘッ!だと思ったぜ。大方あの箱、回復薬と野菜が詰められて運ばれてたってことだな」
「うっせえよ…! んなこと見たらわかるわッ!!」
大量の宝石を期待して、頑張って運んでみたらこの有様。売り払ったところで借金のかたにもならねえな、ありゃあ…!
プ…プククク…!ざまあねえぜ! 見ろあいつの顔!てっきり遊びほうけられると思ったら、碌に金にならないモン渡されるとわかって絶望してやがる!
フッフッ…ゲホッ…やべえ、腹痛え…! 実家から金の仕送りが来ると思ってルンルン気分だったのに、箱開けたら野菜しか入ってなかった独り暮らしヤロウかよ!!
「どちらデスか?」
急かす女神。腐れ縁ヤロウはギリリと歯ぎしりして顔も歪めながら、悔しそうに呟いた。
「…何も入ってない、空箱だよ…クソったれが…!」
「正直な貴方には、落とした箱に加え、この回復薬と野菜入り宝箱をあげちゃいマース!」
ドサドサと目の前に落とされる宝箱。合計…六個…! おーおー…、後ろからでも腐れ縁ヤロウの握り拳がプルプル震えてるのわかる…!!欲張るからだぜ、バーカ!!
そんな奴を余所に、泉へと消えていく女神。ふと、消える瞬間…笑顔で妙なことを口にした。
「大切にしてくだサイね? でないと…痛い目、見マスよ?」
―!? な…今、明らかに女神がしちゃいけないような笑みだった気が…!笑ってた気分が、一瞬でゾっと冷めるほどの…!
いや寧ろその冷徹さ、女神っぽくはあるがよ…! なんか…嫌な予感がするぜ…!
冒険者としての勘がビンビン反応し、思わず一歩後ろに下がる。と、それと同時だった。
「…あのヘボ女神がァ! これを見越して借金負うほど遊んでたっつーのに!」
ブチギレた腐れ縁ヤロウ。まあ自業自得だが。すると、そいつは思いっきり足を引き―。
「もっと良いもんくれよ!クソが!」
ガンッ!
宝箱の一つを蹴りつけた。 ―その瞬間!
カパパパパパパッッッッ!!!!
「「はぁっ…?」」
また、腐れ縁ヤロウも俺もあんぐりと。だってよ…一斉に、六個の宝箱が開いたんだぜ…!触れてないのに…!
空っぽのも、回復薬や野菜がいっぱい詰まっているのもだ。そして中から出てきたのは…。
「シャアアアアッ!」
という恐ろしい咆哮と、鋭利な牙と真っ赤な舌。
ギュルリと伸びてきた、幾本ものおぞましい触手。
赤や青、緑や黄色の毒々しいほどの色づきの、蛇や蜂や蛙…!
――ッッ!?!?!? こいつら…!
「ミミックじゃねえか!!!!」
色んな種、勢ぞろい…! なんでこんな場所に…! いやてか、あの泉から出てきた、女神製の箱だろあれ!? なんで…!?
「ぎゃあっばばば…!」
ハッと気づくと、腐れ縁ヤロウは噛みつかれ縛られ麻痺させられ、六個の
「ばあああああぁっ……!!」
…断末魔だな、ありゃあ…。間違いなく、復活魔法陣送りだろ…。
…………え。次…俺の番か??
目の前で知り合いがミミックに食われたっつーのに、同じことをやれと…?いやそりゃ、あの強欲クソヤロウと比べて、俺は斧一本だけどよ…。
てか、ミミックって…。あいつ、クソ強いんだよなぁ…。下手すりゃ一撃貰っただけで即死だしよぉ…。
一応さっきのミミック六箱は、俺の方に全く興味を示さず姿を消したし…戻ってくる様子もこちらを狙っている様子もねえが…。
いや…だがよ…もし復活魔法陣送りになったら、全ロストだぜ…?一応普段の装備着て来ているから…。
あ゛ー!クソッ! 考えんのは苦手なんだよ。えぇい!酒瓶結び付けて…そぅら!!!
バッシャーンッ!
カッ!
「貴方が落としたのは、この『ウインドジュエルの風刃アックス&一級ウイスキー』デスか?それともこの『彫刻が刻み込まれたゴールドアックス&高級ワイン』デスか?」
出てきた女神の手には、その二振り(と二本)。と…とりあえず良い物にはなってるが…。
「どちらデスか?」
「……っ」
回答に困っちまう…。受け取って良い…のか…? クソッたれが…!さっきまでマヌケな駄女神だと思っていたのに、今や恐ろしい『女神サマ』に思えちまう…!
「正直に、お答えくだサイ?」
笑みを浮かべる女神。…ッ、あの笑みはどっちだ…!何も考えてねえ笑顔か、邪悪な含み笑いか…!
ナロォ…!良いだろうよ、立ち向かってやるぜ!
「普通の、鉄製のバトルアックスと酒瓶だ!」
「正直な貴方には、この二つも差し上げまショウ。受け取ってくだサーイ!」
すっと宙を飛び、俺の前に止まる合計三振りの斧と三本の酒。う…、ミミックが飛び出してくる…ことは…
「……! …………?」
ない…? そう拍子抜けする俺へ、泉に沈んでいく女神が声をかけた。
「落とした斧も、大切にしてくだサーイ。くれぐれも、ネ?」
口角を微かに上げ、トプンと消えていった…。お…終わり…で…良いんだよな…?
「ハッ!あのクソ女神! 脅かしやがって!」
貰った酒をガブガブ飲みつつ、泉から引き返す。あのアマ、無駄に怖がらせてきやがっただけだったぜ…!
斧を幾ら殴っても、ぶつけあっても、調べても、ミミックがいる様子なんて影も形もなかった。
酒も、こわごわ封を切ったが…中にミミックが漬かっていることはなく、美味い酒なだけだ。
…まあ、あの腐れ縁ヤロウは欲張りすぎたってことだな、うん。程ほどが肝心ってことだな、うん。
…しっかし…三本も斧があると…重いなこりゃ…。酔っぱらっちまったから猶更だぜ…。
…おぉそうじゃねえか! 捨てていきゃ良いんだ! どうせこの鉄製のはもう使わねえしよ。売っても良いが、こっちの金製アックスさえありゃ充分だろ。
そう決めた俺は、早速道を一本ズレる。この先にあるのは、要らねえ物の捨て場。さっきみたいに泉に落とし、その後用済みになった
いやー、楽だぜ。誰が考えたか知らねえけど、天才だな。どうせダンジョン。何捨てていっても、俺達に関係は…。
――!?
辿り着いた先にあった物に、俺は驚愕しちまう。そこには、古ぼけた剣や盾、鎧や宝箱、瓶とかが山積みになってるとこなんだが…
そこの手前に落ちているのは、明らかに誰かが女神から貰ったであろう金の鎧と、マジックアーマー…!
いやてかよ…! あれ、さっき俺が並んでいる最中に帰っていった同業者ヤロウの戦利品じゃねえか…!なんでこんなとこに…!?
捨てていったってか…!?んなわけねえだろ…!
っ…!よく見ると、そいつらが装備していたバッグっぽいのも落ちてるだと…!しかも、刃物で切り裂かれた痕まで…!
…なにか、潜んでいるのか…!? う…酔いが…醒めてきた…! さっさと捨ててズラかっちまえ…!
焦りながらも、持ってきた使い古しの斧と不味い酒を放り捨てる。それは軽い放物線を描いてガラクタの山に…。
パシッ!
…!?!? ガラクタの山の中から、触手が伸びてきて…俺が投げた斧をキャッチした…。唖然としてしまう俺の耳に、突然女魔物の声が。
「これ、まだ全然使えるじゃない。勿体ない…」
バゴッと音を立てガラクタの山から現れたのは、古ぼけた箱に入った…ヒッ…!上位ミミック!!
た、確かにこのガラクタの中には幾つも古宝箱があるから…ミミックにとっては絶好の潜伏場所…!
で…でも…なんでここに…!まるで捨てる奴を見張っているかのような…!!
「良い物貰ったら、元のはすぐ用済み? しかもこんな綺麗な森の中にポイ捨て? …とんだクソ野郎ねぇ?」
ガシャリと降りてきた上位ミミックの手は、何十本もの触手に。しかもその一本一本に、ボロボロな武器が握られて…!!
「捨てられた道具達の恨み、存分に味わいなさーいっ!」
直後、俺に向け怒涛の勢いで迫る武器群…!ひぃいいい…!!
む…無理に決まってるだろぉ!? いくら良い武器貰っても、数十本の同時攻撃を捌けるわけないい!
ギィンッ!
あぁッ! 貰った風刃アックスが、金製アックスが、俺が捨てたバトルアックスに簡単に弾かれた…!!ミミック強え…!
このままだと…死…死ぬぅ…! せっかく貰った武器を…ロストしちまう…!に…逃げ…!
「あと…飲みかけの酒ぐらい自分で処理しろっての!!」
へっ…!? 捨てた酒瓶が、眼前に…!
パリィイイインッッッッ!!
ごっはぁああああッッ!!!割れた瓶の欠片が顔面シュートぉおお…!ハッ…しかも、斧も…閃いて…!!
ヒッ…! ぎゃぁあああああああッッッッ!!!!
――――――――――――――――――――――――
あくどい冒険者が復活魔法陣送りになり、少し経った後。女神を訪ねる人の姿もいなくなった頃合い。
「今、誰も来そうにないですよ~」
すいいっと地面を移動しながら、泉へと戻ってきたのは1人の上位ミミック。何故か金の斧と金の鎧を装備している。
と、上位ミミックの報告を聞いた泉が光る。そして、女神ヘルメーヌが姿を現した。
「では、食事にいたしまショーウ!!」
彼女の言葉に反応し、周囲の草むらがガサリ、泉からパシャリ。ミミック達が次々と姿を現す。そんな彼女達に向け、女神は問う。
「何が食べたいデスか?」
ミミック一同、うーんと頭を悩ます。と、幾体かのミミックが森の中へと走り、二つ宝箱を取り出してきた。
「オー! さっきの冒険者に出してあげたお野菜デスか! わっかりマシタ!」
とぷんと泉に消える女神ヘルメーヌ。それに続き、ミミック達は野菜入り宝箱を放り込む。すると―。
カッ!
「あなた方が落としたのはこの『ふんだん野菜のラタトゥイユ&ボルシチ』デスか? それともこの『新鮮野菜のバーニャ・カウダ&ガスパチョ』デスか?」
光と共に現れた女神の両脇には、綺麗に盛り付けられた美味しそうな食事が何セットも。代表して、金装備の上位ミミックが答えた。
「いいえ女神ヘルメーヌ様、私達が落としたのは野菜が入った宝箱です!」
「ワオ! 正直者のあなた方には両方あげちゃいマース!」
ミミック達の前に並べられる食事達。いただきます!の掛け声と共に、皆食べ始めた。勿論返却された宝箱の中の野菜も、寄ってきた森の動物達と共にペロリ。
どうやら泉の女神様はそんなことも出来るらしい。…もはや、やらせであるとは突っ込んではいけないだろう。
「…アラ? 皆サーン、誰かくるので隠れてくだサーイ!」
ふと、女神ヘルメーヌは何かに気づき泉の中へ。その号令の元、ミミック達は食器を持ち鮮やかな動きで身を隠す。辺りは一瞬で静まった。
「…ここ…?」
少しして、誰かが泉の元へやってきた。恐る恐る進んできたのは、村人然とした男の子。
躊躇する素振りを見せたその子は、意を決し泉の傍へ。そして手にしていた小さな袋を水の中へと投げ込んだ。
カッ!
光と共に、女神ヘルメーヌが姿を現す。その姿は荘厳そのもの。思わず傅いてしまうほどの美貌を誇っていた。
「貴方が落としたのは、この『難病を治す霊薬』デスか? それともこの『傷を治癒させる秘薬』デスか?」
女神ヘルメーヌの両手には、男の子が投げ込んだ小さな袋と同じサイズの物が。すると男の子は一瞬目を輝かせたものの、すぐに唇を噛みしめ、首を横に振った。
「…いいえ、女神様…。 僕が落としたのは…『小麦粉』です…」
「なんという正直者なのデショウ! そんな貴方には、全部差し上げマース!」
男の子の告白に微笑み返し、拾い上げた小麦粉入り袋を合わせた三つを差し出す女神ヘルメーヌ。
それに手を伸ばす男の子だったが、何故か寸でのところで引っ込めてしまった。
「? どうしたんデスか? これは貴方の物デスよ?」
「……っ…。 …う…ぅ…。やっぱり…貰えないです…」
女神ヘルメーヌの言葉にそう呟き返し、突如跪いて首を垂れる男の子。次の瞬間、ボロボロと涙を流し始めた。
「ごめんなさい女神様…!僕、嘘つきで欲張りです…!小麦粉で、お薬貰おうだなんて…! でも、お母さんは病気になっちゃって、お父さんは薬代稼ぐために無茶して大怪我しちゃって…!!」
堰を切ったかのように泣きじゃくる男の子。そんな彼を、女神ヘルメーヌは優しく抱きしめた。
「いいえ、貴方は立派な正直者デスよ。だって、しっかり理由を話してくれたじゃないデスか。 お薬、使ってあげてくだサイね」
そう慰めながら、男の子の手に薬袋を握らせる女神ヘルメーヌ。男の子はぐしゃぐしゃになった顔を拭いながら上げ…。
「…ぇ。なに…これ…?」
―何故か、目を丸くする。それもそのはず。何故か女神の横に、蓋がぱっかり開き切った宝箱が置かれていたのだ。さっきまで無かったというのに。
困惑する男の子に向け、女神ヘルメーヌはウインク混じりに小麦粉袋宝箱へ入れるよう促す。怖がりながらも男の子が入れると…。
「貴方が落としたのは、この『金の斧』かしら? それともこの『金の鎧』かしら? それともこの『鉄の斧』? それともとも、『風刃アックス』『マジックアーマー』『回復薬沢山』…えーと他にも…」
次々と出てくるは、見慣れぬ武器防具道具。それらを掲げているのは触手。直後、ひょっこり顔を出したのは…上位ミミックであった。
「さあ、どれかしら!」
「え…あ…あの…小麦粉の…」
「なんて正直者なんでしょ! 御褒美に全部あげちゃいまーす! ―あ。お家どこらへん? ふんふん…なら別にダンジョン出ても良いか!」
男の子の言葉を食い気味に遮り、更に住所を無理やり聞き出した上位ミミック。唐突に男の子を掴みあげ、自身が入る宝箱にスポリと入れたではないか。
「正直者には送り届けのオプションも追加でーす! ヘルメーヌ様、行ってきまーす!」
「ハーイ!簡単デスが、安全加護をかけまシタ! 行ってらっしゃいデース!」
女神ヘルメーヌに手を振られ、すいいっとダンジョン入口へと走る上位ミミック。目的地は勿論、男の子の家。
「あ…あの……!?」
当たり前だが、完全に混乱している男の子。自身の横から顔を出す上位ミミックにそう問いかけるしかできなかった。
「いーのいーの!どうせ『あくどい木こり』…もとい冒険者から返して貰ったものだから! 貴方みたいな正直者の手に渡るのが一番なのよ!」
またもや食い気味にそう答える上位ミミック。と、彼女は小さく呟いた。
「ま、本当はこの斧とかは会社への代金代わりなんだけど…。社長やアストちゃんなら間違いなく同じ行動とるだろうし、大丈夫でしょ!」
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