人間側 ある牧場主と荒くれの蛮行

緑のだだっ広い草原に、黒白の点々が幾つも佇んでいる。牛だ。


ゆっくりと草を食み、今を謳歌しているその様子は、まるでここの魔物共に飼われていることを心底有難がっていやがるみてえだ。


チッ…魔物風情に尾っぽ振りやがって…乳出す畜生風情が…!






俺はとある牧場の経営主をしている。だが、売り上げが全く伸びねえ。牛どもをこき使ってやって、多く乳絞ってるってのにだ。


それもこれも、ここの奴らのせいだ。『カウガール』…牛の特徴を持った、獣人魔物のメス共だ…!


あいつらが経営するここの『酪農ダンジョン』ってのは、どこで聞いても評判上々の牧場。悪い噂を一つも聞かねえ。冒険者ギルドでさえ一目置いてやがる。


ケッ…気に入らねえ…! おっぱいが牛みたいにでっけえだけの魔物が、なんで俺の牧場よりも人気なんだ。心底ムカつくぜ…!



だから、嫌がらせをしてやってるんだ。心の苛つきを晴らせるだけじゃねえ、カウガール共の評判を落とせれば、自然と俺の牧場の売り上げも上がるはずだからな。


まさに一石二鳥。一石二牛ってか。へっへっへ…!快感だぜぇ…!



「おい…やってこい…!」


こみ上げる笑いを抑えながら、俺の背後についてきた連中に合図する。こいつらは俺が雇った荒くれ共だ。


この『酪農ダンジョン』の至る所を、こいつらに荒らし回って貰うってわけだ。ヘッ…!俺が手を汚すなんて、牛共の糞を始末する時だけで良いからな。そん時でさえ嫌で嫌で仕方ねえってのに…!



「あん? おらっ!何ボーッと突っ立てるんだ! テメエらには高い金払ってるんだ、さっさと暴れて来いや!」


牛を追い立てる時のように、雇った連中のケツを蹴る。ったく、やっと行きやがった…。


さて、後は待ってるだけだ。あのメス魔物共がモオオオッって悲鳴をあげる様子、ここで堪能してやるよ!








~~~~~~~~雇われ荒くれ、一組目~~~~~~~~~~~~~~~



「全くよぉ、あのおっさんも物好きだよなぁ。何度目だ、これ?」


「あー…忘れたなぁ。でも確か…10回は越えてた気がするぜ」


頭を捻り、そう答える仲間。それを聞いたオレは頷いた。


「間違いなくそんぐらいはいってるな。…そんな金あるなら牧場の方に使えばいいのによ」


「違いねえ。やけに高いからな、報酬。それがありゃあ色々できるだろうに」


2人で笑いながら、ダンジョンの中にある建物へと近づく。一般の客で盛況のようで、カウガール達が忙しそうに動いている。


それを横目に、バレないように裏手へ。牛舎の中へと侵入した。





「うーし、気づかれてねえな」


「ブハッ!お前『うーし』って!駄洒落かよ!」



そう駄弁りながら、内部へと進む。そこにいたのは、沢山の繋がれた牛たち。そして、大量に積まれた牛乳入りのデカい缶。


ここは乳絞り場。オレ達の仕事は、この牛乳缶を蹴っ飛ばして地面に吸わせること。まあ要は無駄にするってことだ。


勿体ねえ気はするが、金貰った以上やらなきゃな。どうせカウガールを怪我させに行った連中が、次いでに完成品を奪ってくるだろうし。



さて、誰か来ない内に全部ひっくり返しちまおう。そう思い、缶の一つに触れた…瞬間だった。


カポンッ! カンッ!


「ばうっ…!?」


な、なんだ…!? 缶の金属蓋が、急に吹き飛んできやがった…! 顔面にヒットしちまったじゃねえか…!


いてて…まあいい、蓋開ける手間が減っ…た…。え…?


「し、触手…?」




牛乳が詰まってるはずの缶から、ぬうっと出てきたのは触手。この見た目って…!


「ミミッ…!? ぐえっ…!!」


茫然としていたのが悪かった。一瞬で触手はオレの首を締めあげてくる…! お、おい…助け…!


「ごふっ……」


あっ…!仲間も既に、他の缶から伸びた触手に縊られてる…だと…。一匹じゃなかった…のか…。


てか…なんでこんな場所に…ミミックが…ガクッ…。







~~~~~~~~雇われ荒くれ、二組目~~~~~~~~~~~~~~~



「なんであの雇い主の野郎、こんな嫌がらせに精を出すんかなぁ? 牧場の仕事とかはどうしてんやろ?」


わては、目的のサイロへと向かいながらそう呟く。すると、相方が答えてくれた。


「そんがな、聞く限りやと完全にほっぽり出してるみたいやで。この間依頼を受けに尋ねた際、働いてる奴が零してたわ。安給料でこき使われてるのに、酷いってな」


あーあー…。そりゃ完全に頭おかしなってるなぁ…。そもそもまともな奴やとは思ってなかったけども…。



と、相方は更に言葉を続けた。


「そうそう、そん時に牛乳一本買ってみたんけどな。いやー…クッソ不味かったで…。売れんわ、あんなの」


肩を竦め、首を振る相方。あいつ、牧場主辞めた方がいいんちゃうかな?





ともあれ、サイロ前に到着。相変わらずでっかい。昇るの一苦労や。


さて。わてらの仕事は、このサイロの中にある牛たちの飯…サイレージとか言ったけ? に、ゴミを混ぜること。それで台無しにするって算段やな。


どれ…ぱっと見周囲にカウガール達はおらんし。さっと登って、持ってきたゴミとか砂とか投げ入れたろ。




「うっせ…うっし…よっこいせっ…!」

「ふいー。ついたついた」


外付けの梯子を登り、とりあえず一番上まで。さて、扉は開くか…お、錠前かかってるやん。


前も壊してやったから、修理追いついてないんやろな。壊しやすくて助かる…


「お。ちょいちょい。あっちに小さい蓋あるで」


と、相方が横を指さす。確かにそこには一回り小さな入口が。鍵も無しっぽい。


こりゃあ渡りに船。カウガール達も不用心やな、そう笑いながらパカリとそこを開き、中を覗いてみると…。




「は…?」

「えぇ…?」


…揃って、呆けた声上げちまった…。いや、そりゃそうやろ…!なんやアレ…!?


サイロの中には、たっぷり詰まった牧草。そこまでは普通。なんやけど、その上を…何かがドスンドスン跳ねまわってるやと…!?


確かにサイレージ?って潰して作るとかなんとか聞くけど…あれは…どう見ても…!


「「宝箱…!?」」



またも、声を揃えちまう。暗くて見にくいけども、確かに跳ねてるのは宝箱…。しかも、白黒の牛柄…。


「昨日飲んだ酒、残ってんのかな…」

「いやお前、昨日酒飲んでへんやろ…」


目を擦ってみても、やっぱり宝箱は跳ね回っとる。と、とりあえず…仕事を果たそ…。


思考を止め、持ってきたゴミ袋の封を解こうとした…そん時やった。




ボムンッ! 


ひぇっ…!? サイロの中の宝箱達が大きく飛び跳ねてきた…!? 中の牧草を、トランポリン代わりに…やと…!?


わてらの方に真っ直ぐに、矢のような勢いで迫ってくる宝箱達。瞬間、蓋がパカリと開き…中の鋭く白い牙と、真っ赤な舌が…!


「「あれ…ミミックやん!!」」


気づいた時にはもう遅い。わてらの顔面にガブリと噛みついてきて…!


「「ぎゃああああああっ!!」」


痛えええ! しまった…体勢を崩しちまって…!


高いサイロの上から地上へ…真っ逆さまやぁああ!!ああああぁ!!








~~~~~~~~雇われ荒くれ、三組目~~~~~~~~~~~~~~~


「…あれ、今何か悲鳴のようなの聞こえた気が…」


「んなモンに構ってる暇ないわ! 憎きカウガール共が近くにいるんだから…!」


手下の言葉を遮り、アタシは武器を構える。そう、もう目の前は食料保存庫。そこにはひっきりなしに出入りしているカウガールの憎い姿が…!



おのれ…!でっかい胸をこれみよがしにブルンブルン振り回して…!こっちは絶壁だってのに…!おのれおのれおのれぇ…!


あの胸さえあれば…彼氏に『胸が小さいから無理』って逃げられるこたぁなかったのに…!男ってそんなに巨乳が好きかぁ…!


くそぉ…あの胸さえあれば…!許せない…あのでかおっぱい…!もぎ取って自分のにくっつけたい…!



報酬とか、どうでもいい…!カウガール共に鬱憤を晴らせれるなら、タダでもやってやる…!


そして、そのおっぱいを育てたであろう牛乳を、ありったけ盗み出してやる…!しこたま飲んでやる…!


もうアタシは、いくら牛乳を飲んでも成長しない年齢だって!? 聞こえない聞こえない聞こえない!!!





「ふい~。重くて肩が凝っちゃうぅ~♪」


と、丁度一人のカウガールが歌いながら倉庫から出てくる。牛乳瓶が大量に入った籠を手に。


重い…だって!!? ならその重さの原因、二つのおっきいソレ、切り落としてやるよ!!




ナイフを手に、アタシは物陰から飛び出す。と、カウガールもこちらに気づいた。


「もお゛っ!?」


牛乳瓶入り籠を抱えたまま、逃げようとするカウガール。けど、足が心底遅い。歩いてるんじゃないかってレベル。


「おっと! 逃がさないわよぉ!」


あっという間に追い抜き、道を塞ぐ。手下と共にナイフを突きつけ、カウガールを壁際に追いやる。


「も…もおおお…」


身を縮こまるカウガール。こいつらは腕力がかなりあるんだけど、動きが鈍いから簡単に躱せる。それに、今は籠を持ってるから殴り掛かることすら出来ない様子さね。


「さて、まずはその牛乳を貰おうか」


クイクイとナイフを動かし、近くのテーブルに籠を置かせる。ふふふっ…あれだけの牛乳があれば、数ミリ…いや十数ミリは胸囲が伸びるはず…!



「早くバッグに詰めな」


手下にそう指示を出す。頷いたそいつがバッグを開き、牛乳瓶を詰めこもうとした…刹那―。


ポンッ!


急に、瓶の栓が外れる音が響き渡る。直後…。


「シャアア!」

ガブッ!


「痛っ…!あ…あ…あばばばばば…」


突然どしゃりと崩れ落ちる手下。手にしていた瓶も地に落ちるが…。


コツンッ


と割れることなく軽い音を立て、ピタリと直立。その中からは…!


「へ、蛇…!?」


まるで蛇使いの壺のように、狭い飲み口から顔を出してるのは蛇。まさかアレ、牛乳じゃなくてハブ酒の牛乳割りとかだったり…?美味いのかいそれ…?



いや…絶対違う…!そんなわけないに決まってる。 それに、あの蛇の色…赤と青の気味悪い色…!間違いない、『宝箱ヘビ』…!群体型ミミックの一種だ!


白く染めた瓶に、潜んでやがったのか…! おのれ…!手下を助けようとも、近づいたら噛まれるし…。



「もううっ!」


「―! 危なっ!」


少し余所見している間に、カウガールがイチかバチかの突進を仕掛けてきていた。ハッ!だけど、のろいのろい!


寧ろ、ナイフが届く距離に自ら来てくれたじゃないか。その憎たらしいデカ胸をそぎ落として、改めて牛乳を盗んでやる!


そう意気込み、ナイフを振り下ろした…その時…!


「立派なお胸への嫉妬、見苦しいわよ!」


にゅぽんっ!




はぁっ…!? カウガールの恐ろしいほどデカい胸の隙間から…触手が出てきた!!?


振り下ろしたナイフはそれにすぐさま絡めとられ、もぎ取られる。と―。


「よいしょ!」

すぽんっ!


カウガールの胸から顔を出したのは、上位ミミック…!! な、なんでそんなとこに…!?


「ギュウっと締めちゃえ」


「ぐ…ぐええ…!」


首に触手が巻かれ、アタシは悶えるしか…く、苦しい…。なんで…胸の中にミミックがぁ…?




と、上位ミミックはカウガールの胸の中に入ったまま問いかけてきた。


「アンタたちのボスって来てるの? 教えてくれたら胸が大きくなるミルク売ってくれるって」


「えっ! ほんと…!!」


まさかの提案に、苦しさを忘れ返す。すると、カウガールはコクリと頷いた。


「うん、あるよぉ~。お胸おっきくなる女性向け特製ミルク~。それで良ければ~」


「ちょ、頂戴! なんでも話すから!」



そんなのあるなら、報酬なんて要らないわ!流石カウガール様!お胸大明神!








~~~~~~~~待ちぼうける荒くれの雇い主~~~~~~~~~~~~~~~



…遅い…!…まだか…! 


イライラを募らせながら、俺は何本目かわからない煙草に火をつける。



雇った荒くれ達が向かってから、だいぶ時間が経った。だというのに、あのカウガール共がいる建物からは悲鳴も騒めきも何一つ聞こえてこねえ。


寧ろ、買い物を終えてホクホク顔の連中が帰っていくだけ。高い金払ったってのに…何してやがんだ…!!



「すみませーん。ここ、禁煙なんですよー」


「ああ゛ん?」


突然、背後からそんな声が聞こえてくる。舌打ちしながら振り返ると、牛が一匹のっしのっし。首に大きめのカウベルをつけてる奴だ。


「煙は牛たちに毒ですし、吸殻を草原に捨てられでもしたら危険ですから、ね?」


また、声が聞こえてくる。だが辺りを見回しても、牛一匹以外誰もいない。


…牛が、喋ったってか?ハッそんなわけないだろ。もう一回深く吸い、頭の中でさっき聞こえた言葉を牛のように反芻する。



―そうか、煙草の火で草原を燃やしちまえばいいのか。そうすれば…クックック…!


そうと決まれば早速、この吸殻を…ぽいっと!






パシッ!


……ん? 投げた煙草が、空中でキャッチされた…? えー…と…触手ってやつか、これ…?


どっから伸びてる…? …カウベルの中から…? あ?どういうことだ…?



よくわからない状況に混乱しまくってると、牛の首についてたカウベルがプチリと外れる。そしてひっくり返って…。


「どう見ても今の、わざとですよねぇ…。喧嘩売ってるんですかぁ?」


中からひょっこりと女魔物が顔を出した。





あ…あぁ…そうか。さっきの声はこいつか…。カウベルの中に隠れるなんて器用な魔物だな…。喧嘩…?


「あ、あぁ…。そうだ! こんな牧場、全部燃えちまえば良いんだよ!」


「ふぅん…。牛ちゃん、やっちゃう?」


「モオッ!」


俺の答えを聞いたカウベル入りの奇妙な女魔物は、牛と何か合図しあう。と、直後…。



「お仕置きたーいむ!」


グルッ ガシッ!


「は…?うおっ!?」


女魔物が伸ばした触手は俺の身体をひっつかむ。そして、そのまま柵の中に引きずり込まれてしまった。




「痛てて…何しやが…る…ヒッ…!」


立ち上がった俺は、思わず足を竦ませる。何故なら…牛がこちらにむけ、突進準備を始めていたからだ。



俺だって牧場主だ。牛の力強さは知っている。あんな巨体に突進されたら…何メートル吹っ飛ばされるか…!即死してもおかしかない…!


ヤベえ…逃げねえと! 急いで柵へと向かおうとした、その時だった。


バサッ

「かもーん!」


牛との間に俺を挟む形で、カウベル入り女魔物は赤い布をひらりひらり。まるで闘牛士のよう…ってはああっ!?


「モ゛オ゛オオッ!!」

ドドドドドッ!


「ひいっ!?」


布目掛け、一直線に突進してくる牛。間一髪、俺は避ける…!


「おーれっ!」


一方のカウベル入り女魔物は、鮮やかな動きでするりと避ける。そしてまた、俺を間に挟み…


「へいへーい かもーん!」

「モ゛オ゛オッ!!」


「ひいいいっっ!!」


再度牛が突進をかましてくる…! 俺はひたすらに避け続けるが…数回目でとうとう補足され…!



「モ゛オッ!!」


「ひええええ!」


スッ転び、あわや轢かれー!


「よっと!」


瞬間、俺はグイッと横にどかされる。そしてカウベル入り女魔物は飛び出して…。


「はーい、どうどう。どなどーな」


元の位置…牛の首へとくっつき、興奮するそいつを宥めた。



「さて、これで懲りました?」


「あ…うう……」


…こ、腰が……。ダンジョンだから、このっ…最悪、復活魔法陣送りになるからって…このメス共…!


俺は怒りに歯を鳴らす。と、その時だった。





ズズズズズ…


な、なんだ…!? 何かが、こっちに走ってくる…! また牛か…!? 


いや…牛の形してるけど…生きてるのじゃねえ…なんだ…あれ…?




勢いよく草原を走ってきたのは、金属?製の牛の像。馬車…じゃねえよな…。


その謎の牛?は、困惑してる俺の前でピタリと止まる。と、背中の部分がパカリと開き、カウベルに入ってる奴と同じ種族の女魔物が顔を出した。



「あれ?もうお仕置き済み? そいつがここを荒らしに来てた黒幕なんだってー」


「あ、そうだったの? うーん、まだ反省してないみたいだし、やっちゃお!」


牛の像とカウベル、それぞれに入ってる女魔物はそんな会話をする。嫌な予感…。ゆっくり後ずさるが…。


「「逃がさない!」」


「ひいいっ…!」


即座に触手に巻かれ、俺の身体は牛の像の中に。痛っ…くない…。牧草が敷いてあるのか…。



「さ、どうする?」

「まあ私に任せて、良い物持ってるから!」


と、カウベル入りの女魔物が俺の真横に降りてくる。そしてベルの中から取り出したのは…。


「じゃじゃーん。アンタがさっき捨てた吸殻でーす~!」



は…? 俺がぽかんと口を開ける中、女魔物はその僅かに火が灯ったそれを、敷かれている乾いた牧草へと近づけた…って、まさか…!!


「自分がやろうとした苦しみ、その身で存分に味わってもらいましょー」


ポトンと落とされる吸殻。じりじりと燃え始めた牧草…ひっ…!


…ハッ! 今、気づいた…。この牛型の像…聞いたことがある…!どっかの国に伝わる処刑道具…『ファラリスの…』!



「牛の中で、牛たちの苦痛をじーっくり噛みしめてくださいね?」


にっこり笑い、外へと出ていく女魔物達。パタンと蓋が閉じられ…!待っ…待って…!


た、助けて…! 嫌だ…焼かれたくねえ…!!! 焼かれたくない!!!


あ、熱い!! もうしません…もうしませんからぁ!!







―――――――――――――――――――――――――――――




「いやー。解放してあげたら泣きながら逃げていったねー、あの黒幕の人」


「『もう牧場主辞めるぅー』とか言いながらねー!」



酪農ダンジョンの本日の営業終了後、先程の牛の像から声が聞こえてくる。


湯気がホカホカ上がっているその中に入ってたのは、カウベルに入っていたのと、牛の像を持ってきた女魔物達…もとい上位ミミック達であった。しかし何故か2人共、裸である。



「しっかし、えっぐいこと考えたわね。これに火をつけるなんて」


「ふふーん。だって牧場に火を放とうとしてたんだもの。意趣返し!」


パシャリとお湯を弾き笑う、カウベルに入っていた上位ミミック。と、牛像を持ってきた方の上位ミミックが何か思い出したように手を打った。


「そういえば変なこと言ってたわね。これ、ファラリスのなんとかって処刑道具だって」


「ね!失礼しちゃう! これ私達のお風呂兼ベッド兼、お手伝い用の輸送車なのに!」



そう。彼女達が言うように、これは処刑道具でもなんでもない。箱工房謹製の、専用の像である。


風呂釜をセットすれば今みたいに風呂になるし、ミミックの特製を活かして牧草や牛乳缶を詰めれば輸送にも使える。


因みに先程入っていた乾いた牧草、あれはマットレス代わりであったのだ。燃やしても、補充すれば元通りである。






「それにしても…良いよねここ! 毎日牛乳風呂に入れるなんて!」


「ね!お肌つるっつる! そうそう、私毎食牛乳飲んでるからか、胸おっきくなった気がする!」


「えーほんと? どれどれー!」


牛型の風呂の中で、きゃっきゃと乳繰り合う上位ミミック2人。と、カウベルに入っていた方が、相手の胸を突きながらふと質問した。


「そだ。確かカウガールの胸の中に隠れてたんでしょ? どだった?」


「聞いちゃう~? …おっきくて、あったかくて、ほんのりミルクの香りがして、至福だったわよ」


「いいなー! 私、明日はそっちが良い!」



ケラケラと笑いあう上位ミミック達。牛舎のほうからは、モオオオ~と長閑な牛の鳴き声が響き、牧歌的な空気が辺りを包んでいた。


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