顧客リスト№37 『カウガールの酪農ダンジョン』

魔物側 社長秘書アストの日誌

突き抜けるほどの青い空、そこに僅かに浮かぶ白い雲。良い天気である。


見上げていた視界を下げると、緑の平原が一面に広がっている。と、そこには空にある雲のように、点在している何かが。


雲のように白く、そして墨を塗ったかのように黒い模様を大きな胴体につけた…動物。モオオオ~というどこか間延びした鳴き声も聞こえてくる。


そう、彼女達は牛。つまり、ここは牧場。いや、正しくは『酪農ダンジョン』である。







ダンジョンと言えども、説明した通りの牧場風景。区切り柵があるぐらいで、特に侵入を阻む物も無し。


ギルドが指定する危険度は、最低ランク。ほぼ安全。一般の人も出入り可能となっている。


ぶっちゃけると、ただの牧場と言っちゃってもいい。最も、育てられている牛の中には、水牛とか魔獣の牛とかもいるが…。ぱっと見、どの子も大人しい。


それもこれも、ここの主達の育て方が良いからであろう。どんな方達かと言うと…。






「お~~~い! こっち~! こっち~!」


道の先で、ぽいんぽいんとジャンプしながら手を振る人影が。牛と同じような角を持ち、牛と同じような尻尾を持った獣人族が一種、『カウガール』。


そしてそこにいる方…カウボーイハットを被り、牛柄シャツとチョッキ、ショートデニムを着ていて、これまた牛のような黒白模様の髪をした彼女が今回の依頼主、『ミルキィ』さんである。






「ごめんねぇ~。うちらって足が遅いから~。お迎え遅くなっちゃってぇ~」


「いえいえ、お気になさらないでください」


のんびりした口調で謝ってくるミルキィさんに。私はそう返す。仕方のないことではあるのだ。


彼女達、カウガールと呼ばれる牛の特徴を持つ女性種族は、総じて足が遅い。その理由は幾つか考えられるけど…。



「……でかっ」


思わず、私は小さく言葉を漏らしてしまう。ミルキィさんの身体の一部に目が吸い寄せられてしまったからである。


…それは、お胸。巨乳、いや爆乳…それをも通り越したかのように大きいのだ。顔の大きさと同じ…いやそれ以上ありそう。それが、少し動くたびにたゆんたゆんぽいんぽいんと揺れている。


さっきも、ジャンプしている際ブルンブルン上下に揺れてたし。



別に、ミルキィさんが特別というわけではない。彼女達カウガールの特徴の一つに、胸が大きいということがあるのだ。


多分、それが重くて足が遅いんじゃ…。いや、のんびりした性格が多いという種族的特徴もあるけど…。




ふと、ゆっくりと自分の胸を見てみる。…私のは別に小さくはないけど…あそこまで圧巻のサイズを見ると、なんとなく負けた気分になってしまう。大きい分、重くて辛いというのは頭でわかってるのに…。


「良いなぁ…」


と、社長の呟き声が。チラリと様子を窺ってみると、自身の胸をぺたぺた触りながらミルキィさんの胸をガン見していた。


まあ社長、少女そのものの身体だから、お胸もぺったん…ゴホン、アレだから…。


いくら力入れればある程度膨らませるとはいえ…やっぱりあるに越したことは無いのだろう。時折私のでさえ羨ましそうに揉んでくることあるし。







「もおおぅ~。じゃあ、おうちに行きましょ~。美味しいミルク、ご馳走するからね~。ママの味だよぉ~」


私達の視線には一切気づかない様子で、ミルキィさんはゆらんゆらんとゆっくり道を戻っていく。私達もその後を追うことに。



…おっと、ミルキィさんのお胸の話ばかりで、ここの説明を仕切れてなかった。改めて―。



ここは先程説明した通り、ダンジョンである。なおその作成理由は『カウガールや来訪客の事故対策のため』らしい。


どういうことかと言うと、ここには人魔問わず、街の子達が乳しぼり体験しに来たり、他の酪農家が参考にしに来たり、業者が取引しに来ることもあるからである。



あ、そうそう。先程牛たちを『彼女達』と呼んだ通り、ここは乳牛専門の牧場。まあダンジョン名でわかった方も多いだろうが。


故に、カウガール達は美味しい牛乳やチーズ、ヨーグルトやバターを作ってもいる。それを目当てにやって来る人は多いのだ。


まあ牛の特徴を持つ種族だけあって、牛たちの馴らし方や育て方、乳の絞り方や乳製品の作り方には抜きんでているというわけである。



因みに男性種族のほうを『カウボーイ』と言うのだが…人間の職にもその名があるから混乱しそうである。











「ぷはぁっ! 美味しーい!もう一杯!」


「ふふぅ~、良い飲みっぷりぃ~! お代わりいくらでもあるよぉ~」


ミルキィさん達が住む家へとお邪魔し、早速牛乳を一杯。社長は腰に手を当て、一気飲み。お風呂上り並みの勢いである。


私も一口飲んだら、止まらなくなってしまって飲み干してしまった。これはすっごく美味しい…!


濃厚で、甘さすら感じる。だというのにしつこさは皆無。それに、魔力も含まれているらしく、飲む度に力が漲ってくる。


ミルキィさん曰く、ここの牛乳はいくら飲んでもお腹を壊すことはなく、かなり日持ちもするらしい。なにそれ凄い。





「うへへぇ…満腹満腹…♪」


ミルキィさん達が次から次へと出してくる乳製品の数々を平らげた社長は、膨らんだお腹を抱えながら恍惚の表情。 …ん?


「すぅ…すぅ…」


えっ!ちょっ! 寝息立て始めた…!? 食べてすぐに寝たら牛になる…じゃない、お仕事中なのに寝ちゃ駄目ですって!




「ふぇっ…ハッ! 私としたことが…やっちゃった…!」


私に叩き起こされ、頬を抓り起き上がる社長。しかし珍しい、社長が依頼主の前で居眠りなんて…。


「あれぇ~、寝ちゃってもいいのにぃ~。うちの食べ物を沢山食べてくれたから、眠くなって当然だしねぇ~」


と、ミルキィさんは笑う。まるで社長が眠ってしまうのを承知の上のような発言である。どういうことか聞いてみると…。


「うちのミルクは、リラックス効果が高くてねぇ~。寝る前にホットミルクとか飲むと、ぐっすり眠れちゃうんだぁ~。眠れなくなったら、うちの牛乳に相談してねぇ~」


ということらしい。確かにあれだけ飲み食いすれば、その効果も出て当然かもしれない。




―と、ミルキィさんは「あとねぇ~」と続けた。


「うちで作ってる特製ミルクがあるんだけど~。それを飲むとぉ、かかっているバフデバフを全部解除する効果があるんだぁ~」


「え、そんなのが?」


「そ~。結構お高いんだけどねぇ~、冒険者が良く買ってくよぉ~。毒とか、麻痺とかの解除用にって~」


もしかして、群体型の子達の麻痺毒すらも解除したりするのだろうか。ちょっと後で検証してみる必要がありそう…。


…まあでも、即効性の全身強制麻痺の毒だ。パーティーメンバーに無理やり牛乳を流し込まれない限り、飲めないだろう。


多分そんなことをしている間に残りメンバー全員麻痺させられるだろうし、気にしなくていいか。




そんな事を考えてると、ミルキィさんは思い出したかのように話を続けた。


「あとねぇ~、変わった人も買ってくよぉ~」


「変わった人?」


「え~とね~、なんか、全身が四角い人ぉ~。『採掘速度低下』とかぁ、『うぃざあ』効果を打ち消すためにってぇ~」


「…? なんですかそれ?」


「わかんなぁい~」



…なんだろう、勝手な想像だけど…、その人達、モノづくりクラフトが得意そう…。












「それで、私達へのご依頼とは?」


閑話休題。本筋へと入る社長。と、ミルキィさんは机の上に置いたご自身の胸を枕代わりに、ぺちゃんと顔を埋めた。…そんなこと出来るんだ…。


「それがねぇ~…大変なのぉ~…。最近、悪い人達が襲ってくるのぉ~」


心底疲れたと言わんばかりに、声を漏らすミルキィさん。詳しく窺ってみると…。



「牛を怒らせたり~、サイロの中に変なの入れたり~、ミルクとかを盗もうとしたり~、うちらを倒そうとしてきたり~…。邪魔ばっかりぃ~…」


とのこと。同業他社の嫌がらせだろうか。足が遅い彼女達は追うのも大変、私達に依頼が来たのもうなずける。


「なるほど、ならば我が社におまかせあれ! 強くて、牧歌的な雰囲気が好きな子達を選りすぐって派遣させて頂きますね! 手の空いた時は皆さんのお手伝いも出来る子を!」


胸でなく、膨れたお腹をポンと叩く社長。ミルキィさんは目を輝かせた。


「ほんとぉ~!! もぉお~嬉しい~!」


それと同時に、エルフのような横長な耳がパタパタと動く。…そうそう、ひとつ気になっていたのだけど…。




「あのー、不躾な質問かもしれないんですけど…。耳についているそれは、名札ですか?」


そう質問してみる。彼女だけじゃなく、ここにいるカウガール達の耳には、黄色の札らしきものが。お洒落っちゃお洒落な形だが、名前書いてあるのが不可解で…。


「あ~これね~。そ~名札ぁ~。業者さんと取引する時とか、名前聞かれることが多いから~」


「なんでそこに?」


「お洒落も兼ねてるんだけど~、胸につけるとね~…」


するとミルキィさん、そこで言葉を切り耳標…じゃない、名札をパチンと取り外す。イヤリング形式らしい。


そのままそれを、自らの胸に軽く止める。そして立ち上がり、軽く身体を動かし始めた。と―。


バツンッ!

「あ痛っ!?」


急に名札が弾け、私の顔面に。慌てて謝ってくるミルキィさんを止めながら、私は確信した。


「…こういうことなんですね?」


「そ~なの~。胸につけると、動いた際に結構はじけ飛んじゃって~。同じ感じで、シャツのボタンとかもブチィってぇ~」


…なんと羨ましい…もとい、難儀なお胸で…。











諸々の契約書取り交わしも完了し、私達はミルキィさんと共に外に出る。どこにミミックを配置してほしいかを聞き、正確な割り振りを決めるためである。



「牛のお世話は~基本的に全部私達がやるから~、ミミック達は普段遊んでいていいよぉ~。悪い人が良く狙ってくるのは~あっちらへ~ん。サイロは小さい扉があるから~そこから出入りしてね~」


「承知しました!」


魔法でメモを取りながら、ミルキィさんと共に牧場内を巡る。そういえばここ、全く糞臭くない。どうやら臭いが少なくなるようにご飯とか調節されているらしく、決められた場所にするように教育してある様子。


寝床の藁交換や牛の身体洗いも高頻度で行っているようで、ミルキィさん達が自慢げに話してくれた。牛たちも、素人目から見ても健康体でリラックスしていることがわかる。



うーん。こういうのもなんだけど…。その悪い人ってのが同業他社ならば、嫌がらせしたくなる気持ちもわかる。


だってそうしない限り、こんな凄い牧場に勝てるわけないだろうし…






そんなことを考えながら歩いている時だった。



「―! アスト、気をつけなさいな」


「へ?」


突然社長から警戒を促され、何事かと辺りを窺う。と…。



ドドドドドドド…!


少し離れたところから響いてくる地響き。これはまさか…!


弾かれたようにそちらを見ると、一匹の牛が猛然とこちらへ突進して来ている…! マズい…!!


「離れてなさい、アスト!」


私の腕から飛び降り、構える社長。と、それより前に、悠然とした動作で出てきたのは…。


「うちに任せて~。2人共、離れててねぇ~」


ミルキィさんであった。




私達が空へと回避したのを確認し、迫る牛の進行方向正面に立つミルキィさん。ぐいっと身体を曲げ、手を前に出す。まさかその体勢…!


ミルキィさんのやろうとしていることに気づき、私は思わず息を呑む。そして、その推測をなぞるように…!


「モオオオ゛!」

「ばっちこ~い!」


ドゴォッ!


牛とミルキィさんはぶつかり合った。




常人なら間違いなく、復活魔法陣送り。そんな牛の突進を食らったミルキィさんは、勢いに押され数メートル後ろに押し込まれる。だが、そこでぴたりと止まった。


「もおおお~。駄目だよ~、今はお客さんを案内しているんだから~。後で遊んであげるからね~」


牛の角を掴んでいた手を離し、顔を撫でてあげるミルキィさん。全くの無傷。服のボタン、一つはじけ飛んでるけど。



「ごめんねぇ~。こんなお転婆な子もいるんだ~」


「いえ、お気になさらないでください! というか、凄いお力ですね…!」


着地しながら、私はミルキィさんへ拍手を送る。なんという膂力、腕力…。彼女達がそんな力を持っていることは聞き及んでいたけど、1t近くはあるであろう牛を素手で止めるとは…。



もはや私達要らないんじゃ。私がそう思ったのを知ってか知らずか、ミルキィさんは首を横に振った。


「悪い人達も、この子みたいに突進してくれれば楽に倒せるけどぉ~。武器とか持ってて、素早く動かれちゃったらどうしようもないの~…」


がっくしと肩(と胸)を落とすミルキィさん。突進してきた牛は悪い事をしたと感じたのか、ミルキィさんに優しく顔を擦りつけている。




「牛の突進…使えそうね…。それにミルキィさん達の守護もしたほうが…それに…」


と、何かぼそぼそと考えている社長。数秒後、何か思いついたらしく、ミルキィさんへとこそこそと耳打ちをした。


「ミミック達をこうしまして…あとはミルキィさん達の元に…他にも…」


「もうもう…。わぁ~!うちらはOKだよぉ~OK牧場だよぉ~!」


「決まりですね!」



恐らく、ミミック達の配置場所が決まったのだろう。さて、『悪い人』はどんな目に遭わされることやら。

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