人間側 ある新米勇者の冒険

「グエッ…」


「ほいさっさ! 一丁あーがり! ちょろいちょろい!」


私はピッと剣を払い、軽くスキップしながらダンジョンの奥へと進む。


この銅の剣の威力は上々! これなら一人のまま『初心者向けダンジョン』をクリアできそう!



…でも、なんで王様、これくれなかったんだろう…。くれたの旅人の服と、棍棒だったし…。なに?野盗でもやれってことだったの? 


極めつけは資金としてくれたのが50Gゴールドって。子供のお小遣いよりも少ないし。 


…まあ一応、後から大臣さんが追いかけてきてくれて、相応のお金と銅の剣くれたけどさ。どうせなら兵士の人が持ってる鋼の剣が欲しかったけど。



…王様もう結構な年だし、ボケてるのかな。私、一応『勇者』だよね…?





元々私はただの村娘だった。だけどついこの間、王様の使いがやってきて王宮に呼ばれ、あれよあれよという間に『勇者』に認定されちゃった。


なんか、占い師が私を見定めたとか、一般人には見えない輝くオーラが出てるとか、私の攻撃には魔物への特攻効果が自然付与されているとかなんとか言ってたけど、ぶっちゃけよくわかんない!


まあでも…剣なんて生まれてから一度も握ったことのないのに、動かし方が手に取るようにわかるんだよね。 そういうことなのかも。




そんな私に王様から課された任は、『魔王を打倒する』こと。なんでも、魔界の奥地に棲むという魔物の王『魔王』は、邪知暴虐の存在らしい。 知らないけど。


ただ、出立する前にその魔王の映像を見せてもらった。カーテン越しだったけど、影は大きく、声も肌をビリビリ揺らすほどに恐ろしかった。


…ちなみに言ってた内容は、どこどこに新しいダンジョンを作るみたいなことだった。それが悪い事なのかは…うーん、どうなんだろ? 



ともあれ、王様からお仕事を貰ったということは誉れあること。家にもお金を補助してくれるみたいだし、断る必要はないかなって。


結局引き受け、こうして冒険者として活動を始めたというわけ。





だけど、流石に戦闘の経験もないままで魔界の奥地までいけるはずもない。ということでギルドのお姉さんからここを紹介された。


魔王軍が運営する『初心者向けダンジョン』というとこらしい。魔物も弱く、お宝もあると聞き勇んでやってきた。勇者だけに。


因みに、普通の冒険者はダンジョンで死ぬと教会とかの復活魔法陣で復活するらしいけど、私は特別に王宮で蘇る設定らしい。


どんな感じに復活するんだろ、ちょっと気になる。





本当はダンジョン攻略ってしっかりパーティーを組んで挑むべきなんだろうけど、人を雇うほどのお金はない。というかご飯とかお洋服とかに使っちゃった。だって王都に出てくるなんて初めてだったんだもん…。


ということで、腕試しも兼ねて1人で挑戦してみることにしたのである。



最初こそちょっと心臓バクバクだったけど、蓋を開けて見ればかなり楽勝。どの魔物も動きが緩慢で、武器を振るのも慣れていない感がすごかった。


そんな相手に、勇者こと私は無双状態。 そんな戦闘風景を見学してきた冒険者達からの羨望の眼差しが気持ちいい。


ついさっきなんて、「どうしてそんな強いんですか!?」って聞かれた。でも、「勇者だから」としか答えようなかった…。自分でもよくわかんないんだから。


そういや、冒険者を題材にした小説の中によく無双系の作品はあるけど、その主人公達もその質問にそんな答えを言ってた。なんかその気持ちわかっちゃった。






そうそう、ギルドのお姉さんとお話していた時に聞いたんだけど…。ここには『ミミック』という魔物もいるらしい。


なんでも宝箱に変装して、不意打ちを仕掛けてくる様子。本当に宝箱みたいだったり、本物の宝箱を使っていたりと、ぱっと見での判別は不可能に近いんだけど、ここのダンジョンのは比較的わかりやすいんだって。


例えば…あれとか。





ポツン…


冒険者の通りが多い、通路のど真ん中。部屋でもないそこにちょこんと落ちてるのは一つの宝箱。明らかに怪しいでしょ。


ほとんどの冒険者は興味を惹かれこそするものの、大きく距離をとって逃げていく。そりゃそうだよね。


それでも不動の宝箱に(まあ宝箱は普通勝手に動かないけど)安心し、中には開けようとする冒険者もいる。ほら、今もパーティーの一つが…。


パカッ パクッ!

「ふぎゃっ!」


「ああっ! 待てー!」


あー、やっぱりミミックだった。蓋を開けた冒険者を見事に咥え、ダッシュで逃げていく宝箱。それを慌てて追いかけるパーティーの仲間達。そのままどっか行っちゃった。


若干ほのぼの感があるのは、ここが初心者向けダンジョンだからなのかな。




ダンジョンの道を進めば進むほど、魔物は次々と出てくる。だけど、やっぱりそこまで強くない。


そう思うと、さっきのミミックとか結構やり手かも…。全く動かず耐えて耐えて、冒険者が隙を見せた瞬間に一気に食らいつくって。そこら辺にいるゴブリンやスライムよりも腕が良さそう。



そういえば…受付のお姉さん言ってた。最近、ここのミミックがやけに強くなっているらしい。ちょっと注意しとこっと。







「とりゃっ!」


またも容易く魔物達を蹴散らし、とある部屋へと入る。そこには―


「あっ! 宝箱!」



部屋の中心に置かれたのは綺麗に輝く宝箱。やった!と駆け寄ろうとした私は、慌ててピタリと足を止めた。


待った待った…! あの感じ、さっき、道の真ん中にいたミミックに似ている…!わざわざ部屋の真ん中で鎮座しているんだもの…!



超怪しい…! ふと見ると、部屋の端っこにも、もう一つ宝箱が。そっちは寧ろ薄汚れている感じで、如何にも長年使われているといった見た目。


ははぁ…読めた! きっと、ミミックが宝箱の場所を奪って擬態してるんだな…! 


なら、受けて立つ!





意気込んだ私は剣を構え、綺麗な宝箱の前に座り込む。片手で剣先を箱へ突きつけ、もう片方の手で蓋に手をかける。


パカッと開いた瞬間、剣をサクッと刺しこんじゃえ! せーの…!



パカッ! ガンッ!


「あ、あれ…?」


予想外の手ごたえに、首を傾げる。何かに刺さったんじゃなく、固いのにぶつかった感じの…。


恐る恐る蓋をしっかり開けて見ると、剣先は箱の奥にぶつかっていた。しかも中身は空。ミミックはおろか、宝物すらない。



「なーんだ…」


拍子抜け…。きっと入れ忘れか、誰かが取った後なのかも。ちょっと怖がりすぎたかな。


あ、そうだ、一応あっちの古い箱も見てみよう。案外お宝入ってたり。






汚れた箱へ近づき、しゃがむのも面倒なので、剣先で蓋を開けようとする。蓋の隙間に軽く刺して、よっと…


「…へ? あれ…!? 開かない…!抜けない…!?」


なに…! なにこれ!? 蓋は一切動かないし、その隙間に挟まった剣も、がっちり押さえられている…!


まるで力いっぱい噛みつかれているような…! え…あ、もしかして…!



グイッ!

「きゃっ!」


突然箱が動き、大きく捻られる。挟まっていた剣もそれに引っ張られ、もぎ取られてしまった。


「もしかして…もしかして…!」


ごくりと息を呑む私に応えるように、宝箱は剣をペッと吐き捨てる。その際に中に見えたのは、鋭い牙と真っ赤で大きいベロ。やっぱり…!


「ミミックだぁっ!!」




マズい!武器盗られちゃった! 勇者だけど、武器無かったら何もできないもん…!新米だから、初心者だから…!! に、逃げなきゃ…! 



ベロッ グルッ ガシッ!


「きゃあっ!」


瞬間、ミミックのベロが伸び、私の足に絡みつく。そして、勢いよく引っ張られズデンと転ばされた。


「や、止めて…助けて…!」


そのままズルズルと床を引きずられてしまう。暴れても全く無駄。


まさか空箱を囮に、わざと古い箱に擬態して油断を誘うなんて…! なんか他の魔物と違って、ミミックだけやけに知的じゃない!?



ドスンッ

「うえっ!?」


そうこうしているうちに、私のお腹にミミックが飛び乗ってくる。振り落とそうとも、びくともしない。


ひっ…!目の前に…宝箱からたっくさん生えてる、肉なんて簡単に裂けそうな鋭い牙が…!嫌…嫌…!!


「シャアアアアアアア!!」


「きゃあああああああっっ!!」








「おお 勇者よ 死んでしまうとは なにごとだ!」


…う、うーん…。この声…王様!?  



ハッと目を覚ますと、私は王宮にいた。死んじゃったらしい。あっ、銅の剣が無い…!


「王様…。その言い方は少々…」


「う、うむ…。 そうだ勇者よ、前は碌に装備を渡さずに出立させてしまい悪かった。あの後大臣や娘達から絞られてな…」


大臣さんに窘められ、しょぼくれる王様。その詫びに、と言葉を続けた。


「鋼の剣と鎧、その他諸々の道具が入ったセットをやろう。持って参れ」


王様の指示に、兵の1人が何かを持ってくる。それを見た私は…


「ぴっ…!?」


悲鳴をあげ、身体を竦めてしまった…。 だって……! しかも、ちょっと古ぼけた…!


「どうしたのだ勇者よ。 受け取るがよい」


ヤ、ヤダ…! 宝箱怖い…!!!!! ミミック怖い!!!!!






――――――――――――――――――――――――――



場所は変わり、『初心者向けダンジョン』の裏側。そこに戻ってきたのは薄汚れを身に塗った宝箱ミミック。先程まで勇者が持っていた銅の剣を咥え、意気揚々と飛び跳ねながらどこかへ。


「お? わ!また仕留めてきたのね!」


ミミックが辿り着いた先にいたのは、初心者向けダンジョンにはいないはずの上位ミミック。勿論、ミミック派遣会社からきた子である。



そんな彼女の胸に、剣を咥えたミミックは飛び込み抱っこされる。上位ミミックはそれをよしよしと撫でてあげた。


「良い戦果ねー。 …ふんふん、教えた作戦が上手くいったのね。それはよかった!」


ゴロゴロと猫のように喉を鳴らすミミックにお菓子をあげ、上位ミミックは手を長く伸ばし壁際にある表を弄る。



『今月度の種族別戦果成績表』と書かれたそれには、ゴブリンやスライムの種族名と共に、どれだけ冒険者を仕留めたかが棒グラフ表記で示されている。


そしてその中の一つ、ミミックのグラフは、ほぼ0だった先月分と比べて何十倍にも伸びていた。

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