顧客リスト№30 『魔王軍の初心者向けダンジョン』

魔物側 社長秘書アストの日誌

「―と、ここが最後のエリアです。んー、まあなんというか…簡単で迷いにくいダンジョンですね」


「ま、ここはこれが一番良いわよ。あくまで『初心者向け』だもの。冒険者にとっても、魔物にとっても」



私と社長は、そんな会話をしながらダンジョン内部の視察を終える。かなり広いわりに、ダンジョン慣れしている人には欠伸が出るぐらい簡素な道構成であった。


だが、それは致し方なし。なにせここが対象としているのは、ダンジョン慣れしていない人達なのだから。


そう、ここは本当にギルド登録名称が『初心者向けダンジョン』なのである。





天井や壁、床を形作っているのは綺麗に成型された石レンガや砂レンガ、または長方形に切り出された岩。きっちり並べられたそれは、THE・ダンジョン。


一応地下へと潜っていく仕組みなのだが、どの階層にも松明を始めとした灯りが煌々とついており、昼間並みに明るかった。


何も考えずに歩けば、ちょっとした観光地の遺跡にも思えてしまう。スキップできちゃうぐらい。それほどまでに、『ダンジョンのおどろおどろしさ』というのは存在し得なかった。



勿論ダンジョンだから、魔物はいる。ゴブリンに魔獣、オークにスライム、スケルトン…他沢山。


種類こそ豊富だが、そのどれもが下位魔物達。しかも、あどけなさや初々しさすら残る。例えるならば…ゲームとかで言う、levelひと桁台のような弱そう感。


それでいて、各所に置かれている宝箱にはしっかりとお宝が入っている。あまり高価ではないが、まあまあ悪くないものが。



明るい内装、弱めの魔物達、なのにしっかりあるお宝。だからここは冒険者ギルド認定の、初心者冒険者用のダンジョンとされているのだ。


そのためちょっと身を潜めていると、皮装備や棍棒、銅の剣などの弱い装備に身を包んだ、魔物達に負けず劣らず初々しい冒険者達が拝めたりする。 


…それを見るたび毎度思うのだけど、お鍋の蓋は盾にはならないと思う…。






そんなダンジョンだから、泣きながら私達の会社に派遣を頼んで来たのかって? ううん、そういうことではない。


というか、このダンジョンの難易度設定はこれで正しいのである。


どういうことか。それは、ここのダンジョン主の方々に会えばわかる。





「…よいしょっ」


ワープ魔法で到着したのは、ダンジョン…の裏にある、冒険者達が知らない隠れた空間。そこで待っていた男性が、私達へ丁寧に一礼をしてくれた。


「お疲れ様です。ミミン社長、アストさん。ささやかながらご休憩の用意をさせましたので、こちらへどうぞ」


マント付きの軽装鎧を身に着けた彼には、角や尾が。羽こそ仕舞っている様子だけど、私と同じ悪魔族である。


彼の名は『カチョ』さん。ここのダンジョンを任されている方である。



任されている? 誰に? その答えはカチョさんの鎧の模様が示している。


ワンポイントのように描かれたるは、大きな角を湛え、鋭い牙を剥き出しにした化物の貌のようなシルエットマーク。それは、『魔王軍』を示す紋章。


そう、ここは魔王軍が運営するダンジョンの一つなのである。






魔王軍―。強大なる力を持つ魔王様の指揮下にある、様々な魔物によって構成された軍隊。彼らは日夜、邪魔な人間達を滅ぼすため、その凶悪なる牙を磨き続けている…


…とか報じる人間達のゴシップ新聞もあるけども、別にそんなんではない。ただの国防軍である。



よく誤解されるのだが、『魔王』=『悪い存在』ではない。魔王とは即ち、魔界の王。言い換えれば、国王と同義。全ての魔王が悪い人だと思わないで欲しい。 


…まあ最近は、人間達の間でも『魔王』=『悪い存在』というイメージは消えかけている様子。寧ろ、『魔王』=『おっちょこちょいで愛すべき存在』になっている節が…。なんか小説や漫画だと最近そんな傾向が顕著な気がする。



え?当代の魔王様の姿? うーん、わからない…。 だって、必ずカーテン越しにしか姿を現さないから…。 影や声色的に強そうな感じはわかるんだけど…。ただ、先代はすっごい怖い顔をしていたのは覚えている。





まあそれは置いといて…。何故魔王軍が初心者向けダンジョンを経営しているか、その理由は意外と簡単。『兵である魔物の修練のため』なのだ。


社長がさっき、『魔物にとっても初心者向け』ということを言っていたのを覚えているだろうか。あれは即ち、そういうこと。ここにいる魔物達は、全員が魔王軍の新兵…初心者たちなのである。



魔物同士で演習はできるが、対人間だとそうはいかない。ということで編み出されたのがこの仕組み。宝物で冒険者をおびき寄せることで、自然と実戦訓練を行えるようになっている。


言ってしまえば、魔物と人間の初心者同士で切磋琢磨できる訓練所ということなのか。ほんと、なんとも変わったダンジョン。






ところで、私は先程『魔王軍は様々な魔物によって構成されている』と述べた。そしてここはダンジョン、ダンジョンといえば宝箱…もといミミック。


勘のいい方はもうお気づきだろう。そう、魔王軍にもミミックはいるのだ。



じゃあ何故私達が呼ばれたのか。もはや出番はないのでは?  いやいや、ミミックに特化した我が社だから出来ることがある。それは―。


「じゃ、少し休憩させていただきましたら、本題であるミミック達へのカウンセリング及び戦闘指南へと移らさせていただきますね!」


…社長に言われてしまった。 まあそういう依頼である。






「実は…我が軍のミミック達が上手く戦わないのです。冒険者達を倒すことはおろか、倒されることすらなく、ただポツンと隠れているだけで…」


休憩の席で、カチョさんは事情を話してくれる。その件で上と悶着が起きていたのか、彼の顔はどこか疲弊した中間管理職的な…。別会社の秘書の身ですが、心中お察しします…。



「いくら叱っても効果が無くて…お願いします、是非色々とご教示を!」


机に頭を擦りつけんばかりなカチョさん。と、社長は食べようとしていたクッキーを一旦置き、口元に手を当てた。


「うーん…。 とりあえずどの子かを連れてきて貰っても宜しいですか?」






「お待たせしました。 この子で宜しいでしょうか?」


兵の1人に持ってこられたのは宝箱。勿論ミミック。社長の頼みでその子は机の上に置かれ、社長自身も机の上に。ぱっと見は宝箱同士が対面しているかのよう。



と、相手の宝箱が僅かにパカリと開く。中に見えたのは幾本もの触手。どうやら触手型のミミックらしい。社長は身を乗り出し、ゆっくりと、しかし臆することなく手を伸ばした。


「大丈夫だよー。怖くないからねー」


そのまま社長の手は、触手型ミミックの中にぬぽっと。すると―。


「ふふっ…! くすぐったい…!」


どうやら手を舐められているらしく、社長はケラケラ笑う。それを見たカチョさんは目を丸くした。


「おぉ…! 私達がどうやっても蓋すら開けてくれなかったのに…!」




あー…なるほどなるほど…。その言葉で私もわかった。なんでミミックが働かなくなったかを。


ただ、シンプルな理由だけにどう伝えるべきかを悩んでいると、社長が先に動いてくれた。


「はーい、良い子良い子。クッキーあげる!  カチョさん、原因は叱り過ぎですね。すっかり怯えちゃってましたよ」




「うっ…。…確かに、戦果が乏しい事や変な場所に陣取っていたことを強く叱ったことが…あります…」


苦々しい表情を浮かべるカチョさん。そんな彼に、社長は一つ言い添えた。


「元来ミミックというのは臆病者や恥ずかしがり屋ばかりなんです。何分、箱に潜み隠れたがる種族ですから。我が社の子達のように慣れていると問題ないんですが、経験が浅い子とかだと、ちょっと叱りすぎちゃうと場所替えすらしなくなっちゃうんですよ」


ですのであまり叱り過ぎず、時折お菓子でもあげてくださいね。そう伝え微笑む社長の横で、ミミックは貰ったクッキーを嬉しそうにもぐもぐしていた。








「はーい!みんなー! ミミンお姉さんの戦闘講座、はーじまーるよー!」


ということで、今度は戦闘指南のコーナー。社長の声に合わせるように、ダンジョン中から集まったミミック達が蓋をギィコンギィコン開き閉じして音を鳴らす。恐らく拍手代わり。


「まずは相手を捕らえるコツから行きましょう! 冒険者役をやってくれるのは…私の秘書、アスト!」


うん、こういう時には私がその役目を引き受けるのが常。悪魔族は人間とほぼ同じ姿ではあるし。勿論打ち合わせもしていたんだけど…。だけど…!


「なんで私、ビキニアーマー着なきゃいけないんですかぁ!?」





時折女冒険者が着ている、手足及び『恥ずかしいトコ』だけを隠したアレ。私はそれを何故か着させられていた。しかも真っ赤の。


当然、背中もお腹も太ももすらも大きく曝け出す形に。うぅぅ……会社でならまだしも、こんなとこでこんな格好…。同族であるカチョさん達の視線が…恥ずかしい…。



「良いじゃない、見た目も変えたほうがそれっぽいし! ふふっ、似合ってる似合ってる。アストはやっぱり美人ね!」


社長はやけにご満悦。でも納得いかない…!


「打ち合わせの時、こんなの着るって言ってなかったじゃないですか…!」


「さっきたまたま冒険者が落としていった物を見てたら発見したのよ」


飄々と流す社長。でも、数多ある鎧とかの中から何故これを…! あっ…!


「もしかして…! ハロウィンの時、結局ビキニアーマー着なかったのを…!?」


「何のことかしらぁねぇ? それより、そんな恥ずかしがって屈んでいると、よけい緩んで『零れる』わよ?」


「もう…! えーい!これでやってやりますよ!」


半ばヤケクソである。帰ったら覚えといてくださいよ…!







「―そして、冒険者が距離をとっている場合は攻撃するのを止めましょう。それは上級テクニックですから、先に基本をマスターしないと無謀な特攻となるだけです。 周囲の仲間が冒険者を引き付けている間に、背後を狙う程度に留めておいてくださいね」


幾つかの立ち回りを教える社長。私も指示に合わせ、武器を構えたり距離をとったり、社長の攻撃を弾き躱して実演してみせる。視線は気にしない気にしない…!




「ではお次は…肝心かなめの、蓋を開けられた時の不意打ちアタックの説明です。アストー」


手招きされ、私は社長の箱の前に片膝立ち。冒険者がよく宝箱を開ける時にとるポーズである。社長は箱に閉じこもった形で解説を続けた。


「気をつけるべきは、相手が何人いるか、そして標的がどこに武器を持っているかです。例えば剣を構えたままだと、飛び掛かってもこんな風に返り討ちですから」


模造剣を構えた私に向け、社長は飛び出してみる。当然、顔のど真ん中に剣がぐにっと押し付けられる形に。本身ならば、たちどころに復活魔法陣行きである。



「無理はせず、ベストな瞬間を狙ってくださいね。 相手は宝箱を見つけて気が緩んでます。多少タイミングを逃しても、大体『は?』みたいな顔になってますので、焦らずしっかり仕留めていきましょう!」


社長の言葉に、宝箱達は蓋を一斉にギィィと開ける。「はーい」のつもりなのだろうけど、シュールである。




「そして宝箱型と触手型の子たち、相手を中に引き込む際はこんな風に間髪入れず…!」


と、社長は一旦蓋を閉じる。直後―。


パカッ! シュルッ! グイッ!


時間にして一秒もない間に、蓋が開き、触手が巻き付き、私の身体は社長の箱の中に。しかも周りから見やすいように、上半身だけ食べられた形で。


見事な早業。常人ならば目で追えないほどの速度である。流石社長。



…でも、多分傍から見るとお尻丸出しな状況だから、早く戻らないと。 …あれ、なんか胸が…?


「…あ。 …ごめんアスト。貴方のブラ部分、外れて床に落ちちゃってるわ…。元々壊れかけだったのね…」


「え!?!? あ…!ひゃっ…! は、早く出して…! いやダメ! 早く舞台袖に連れてってください!!!」


「だ、大丈夫よ。引き込みがあまりにも高速過ぎて見られてないだろうから…」


「いいから早く戻ってください!!!!」









「本日は有難うございました。 おかげでミミック達も一気にやる気を取り戻してくれたようで…!」


ぺこぺこと頭を下げながら、報酬を手渡してくれるカチョさん。恥を忍んだ甲斐あって、魔王軍のミミック達は見るからに元気になってくれた。



ふと、私は悪い癖が出てしまう。気になったことをカチョさんに質問してみる。


「そういえば、何故我が社にご依頼を? 中級冒険者以上向けの魔王軍ダンジョンに、他のミミック達もいるはずでは?」


わざわざお金を払ってまで私達に頼まなくても、難易度が高いダンジョンには相応の腕を持つミミックはいるだろう。なのに何故、外部に…?



と、カチョさんは面目なさそうに額を掻いた。


「えぇ…それも既に色々試してみたのですが、上手くいかず…。手をこまねいている内に、ついこの間魔王様から直々に呼び出されまして…」


うわっ。まさかの展開。ごくりと息を呑む私へ、彼は話を続けてくれた。


「どうやら定期報告書をお読みになられたらしく、ミミック達の事を問われて…。無礼を承知でありのまま話しましたら、御社に依頼すれば確実だと…」



!! まさかまさかの大展開。魔王様から直々に、そんな信頼の厚いことを…! 何故…!?


唖然とする私だったが、社長は合点がいったと頷いた。


「あら、そうでしたか!  …もう、あの子ったら直接連絡してくれればいいのに…」



…ん? なんか今妙なセリフが聞こえたような…。 が、社長は何事もなかったようにポンと手を打った。


「なら、せっかくですので上位ミミックを数名雇いませんか? 今日の私達のようなカウンセリング兼指南役として。魔王様のご紹介ですし、お安くしておきますよ?」


取り出した契約書の値段項目をサラサラと書き直す社長。それをみたカチョさんは目を丸くした。


「お…! こんなお安く…! 良いんですか…!?」


「えぇ! というかあの子…じゃない。あの方、魔王様のことですから、多分こうしてくれってことでしょうしね」








「…社長、魔王様とお知り合いだったんですか…?」


帰り際、私は社長に恐る恐る聞いてみる。あの謎の言動、どう聞いても…。すると、社長は「あれ、言ってなかったっけ?」と言う感じで答えてくれた。


「んー? 知り合いも何も、結構な古馴染みよ? 子供の時からの付き合いだし、今もたまにお酒一緒に飲んでるし」


「…社長、何者なんですか…? もしかして、側近中の側近しか拝見できない魔王様のお顔を見たことも…?」


「あるわよ。というか呑むときは一緒のテーブル囲んでいるもの」


「ど…どんな顔なんです…?」


ずいっと顔を寄せてしまう私に対して、社長は少し考える素振り。そして、答えた。


「ひみつ。 …そんな頬を膨らませなくてもいいじゃないのよ。今度機会があったら会わせてあげるから」

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