顧客リスト№27 『ジャック・オ・ランタンのハロウィンダンジョン』
魔物側 社長秘書アストの日誌
もはや知らない人はいないであろうこの台詞。『悪戯か、お菓子か』その二択を相手に迫る時に用いられる言葉である。
ただ、日常では全く使われない。使われるのは一年を通してただの一日のみ。
そう、ハロウィンである。
「今年もこの季節がやってきたわねー!」
手を幾つもの触手にわけ、同時に複数のボウルをカシャカシャ混ぜている社長は実に楽し気。彼女だけではなく、周囲にいる皆もとても愉快そう。まだお昼だというのに。
そんな室内にはとても甘い匂いが立ち込めている。美味しそうなクリーム、クッキー、ジャムにマカロン、ケーキにキャンディ、チョコレート…etc etc
たっくさんのお菓子の材料が混ぜられ、焼かれ、完成し、次々と包装されていく。ここはお菓子作りの工房の一つ。私達はそこでお手伝い中なのだ。
何のお菓子なのかって? 勿論『Treat』用のお菓子である。
…え? ハロウィンとは人間が魔物の仮装をし、他の人の家を訪ねてお菓子を貰うイベントだろう?
確かにその通りである。でも、魔物だってハロウィンを楽しむ人は大勢いる。他の魔物、あるいは人間の仮装をし、トリック・オア・トリートするのが主流。
でも、私達が今お手伝いに来ているここは、そんな『普通』とちょっと違う。なにせ、依頼主達が…。
「カォボ!」
「まぜまぜカボカボ!」
「焼くカボ! チャッチャッチャッ!」
…頭に、顔が刻まれたカボチャを被った、白い霊体の魔物達。
彼らは皆さんご存知、『ジャック・オ・ランタン』なのだ。
色々とツッコミどころはあるだろうが、とりあえず一つずつご説明しよう。
まずここ。ここは彼らジャック・オ・ランタンが住むダンジョンなのである。シーズンオフの時、彼らは消えるわけではなく、自分自身のダンジョンで楽しく暮らしているのだ。
とはいっても、広大な畑や果樹園などが広がる農園のよう。とてもダンジョンとは思えない。
だからか、冒険者も侵入してくることは滅多にない。ただの作物泥棒になるだけだし。仮に入ってきても見回りをしているジャック・オ・ランタンや我が社のミミックが対処している。
…それと聞く話によると、少なくとも冒険者ギルドでは期間外のここへの侵入を固く禁じているって。ジャック・オ・ランタン達の機嫌を損ねないように、らしい。
さて、そんなダンジョンだが、シーズン時…今夜から、期間限定で門戸が解放される。そして、人間魔物問わず、自由に入れるようになるのだ。
理由は当然、ハロウィンだから。ここのダンジョンでは仮装してやってきた人々に、ジャック・オ・ランタン特製のお菓子をプレゼントするのである。
私達が今いる建物…というか、家ほどに超巨大なカボチャなのだが。それが道の各所に設置され、皆はそこを訪ねる。すると中からジャック・オ・ランタン達が現れ、トリック・オア・トリートのやりとりができるという仕組み。
条件はただ一つ、先程も述べた通り仮装をすること。コスプレ着ぐるみなんでもOK。ただしグロはNG。お菓子が美味しくなくなっちゃうからまあそれは当然。
ただ、来訪者がかなり沢山来るから、お菓子もいっぱい用意しておかなければ足りなくなってしまう。でも心配は要らない。材料はダンジョン内で育てているのだもの。そのための畑、そのための果樹園。
勿論お菓子の種類もその作物に寄る。パンプキンパイにマロングラッセ、ぶどうのタルト…。形もゴーストやミイラ、ジャック・オ・ランタンにミミック型などよりどりみどり。
そうそう、冒険者ギルドの取り決めの背景には、ここのお菓子を毎年楽しみにしている甘いもの好きの冒険者達が直談判したおかげとか。
まあつまり、それほどまでに美味しいのだ。食べ過ぎ注意。あと歯磨きは忘れずに。
食材は問題ない。なら次に出てくる問題は人手の問題。だがそれもご安心あれ。
ダンジョン一つを巻き込んだ一大イベントだけあって、私達以外にも協力する魔物は沢山いるのだ。私の隣ではエルフがクリームを絞り出しているし、離れたとこではバニーガールが生地を捏ねている。
扉の近くではケンタウロスが食材とお菓子の搬入搬出をしているし、外からは楽器を扱える魔物達が練習している音楽も聞こえる。
皆でハロウィンを楽しむため、一丸となっている。ハロウィンナイトは魔物達の夜だから。あと、お駄賃として美味しいお菓子を貰うためでもあるだろうけど。
中には私達が今までミミックを派遣してきたダンジョンの方々もいたり…。あ、噂をすれば。
「フー! 道中ノ飾リ付ケ、ダイタイ終ワッタゾ! コレハ『ダイタイコツ』! ナーンテナ!」
自らの太ももの骨をカンカン打ち鳴らしながら入ってきたのは、『カタコンベダンジョン』在住のスケルトン『ボン』さん。重厚鎧がデフォルトの彼だが、今は服装が違う。
上だけの鎧にはカボチャペイント、太もものところには骨に代わり顔つきミニカボチャが幾つか連なっている。仮装の準備にはまだ早いのでは?
あ、でもさっき…うちの箱工房のドワーフの面々は仮装してたっけ…。リーダーのラティッカさんはフランケンシュタインの恰好をしていたし。わざわざ電気バチバチいうネジ型ハンマーも作ってた。
まあそれはさておき、ボンさんのようなスケルトンは元が人間ということもあって、飾り付けの具合やらお菓子の味やら色々頼られている。ほら、今も―。
「ちょうどよかったかぼ! これ、今出来立ての新作なんだかぼけど、味見してもらえるかぼ?」
「ドレドレ…オ! 良イ酸ッパサダ! 骨身ニ程ヨク染ミル! 身ハ無イケド!」
全身骨のスケルトンには内臓も無い。この間訪問した際はお酒をそのまま地面に零していた人がいたから食べ物も…かとおもっていたのだけど、どうやらそれは杞憂だったらしい。
彼らが食べたものはどっかに消える様子。それが消化なのかはわからないみたいだけど。ただし飲み物だけ、気を極度に抜くと零れ出る様子。 まあ確かに、あの時は皆さんべろんべろんだったから…。
コホン…ちょっと汚かったお話は置いといて、今ボンさんにお菓子を持っていったジャック・オ・ランタン。彼がここのまとめ役をしている『プキン』さんである。
他のジャック・オ・ランタン達に比べ、一際形が綺麗で鮮やかなオレンジをしたカボチャを被り、更に緑のとんがり帽子を被っている。
「社長とアストさんもどうぞかぼ!」
お言葉に甘え、一つパクリ。おー!酸っぱい…! でも、甘みもあって後引く美味しさ…!何個でもいけちゃう!
「オ、ソウダ! 社長達ニ、アノ一発芸見テモラウカ?」
「良いかぼね!」
目配せし合うボンさんプキンさん。いやまあ、2人共目が無いから多分なんだけど。すると―。
「トウッ!」
スポンッ!
えっ…! ボンさんの頭蓋骨が上へ射出された…!? 一体何を…!?
「合体かぼ!」
と、その隙を逃さずプキンさんが動く。首だけになったボンさんの上にガシンとドッキング。そしてくるくると落ちてきた自分の頭をキャッチし、ボンさんシャキンと決めポーズ。
「「完成! パンプキンならぬ『ボンプキン』!!」」
「「…ふふっ…!」」
しまった…私も社長も笑ってしまった…! なんか悔しい…
お菓子作りのお手伝いも一段落。他の人達と交代し、私達は別の場所に。その道中、私の腕の中で社長はずっと浮かれていた。
「なに着ようっかな~! 今年は何回脅かせるかな~!」
そうだ、言い忘れていた。やってきた人たちにお菓子をあげるだけじゃなく、一旦トリックを選んで悪戯してもらったり、こっちから悪戯をしかけてもいい。それがここのルールである。
そのため先程ボンさんがしていたように、お菓子配布側も仮装は基本。ジャック・オ・ランタン達もカボチャの代わりにカブやスイカ、キャベツを被る子達もいる。
そして当然、私達も。今はその衣装が取り揃えてある建物(カボチャ)へと向かっているのだ。
「アスト、何が良いと思う? やっぱりオーソドックスなカボチャ入りは欠かせないわよね!」
…別に社長はスープの話をしているのではない。ジャック・オ・ランタンみたいに、中をくりぬいたカボチャを使おうとしているのだ。ただし、『頭に被る』のではなくて『中に入る』のだけど。ミミックだから。
でも、なんでこんなにテンションが高いのか? それには理由がある。
『仮装』とはなにか。それは、『何かを真似、扮する』こと。そして、場合によっては『誰かを脅かす』こと。
お気づきだろうか。それは即ち、ミミックの生態とピッタリ一致しているのである。
だから、社長に限らずミミック達は全員ノリノリ。ほら今も、横を顔つきカボチャが駆け抜けていった。あれもミミック。 ん? あれは…?
目の前のカボチャ建物から、ジャック・オ・ランタンの1人がふよふよと出てくる。しかし、その頭頂部からはひょっこり上位ミミックの顔が。
「…何してるんですか?」
「あ、アストちゃん!社長! 見て見て、ジャック・オ・ランタンと合体してみたの! さっきボンさんのお話聞いてね、アタシ達も真似てみちゃった!」
いや、発想は素晴らしいのだけど…下のジャック・オ・ランタンは重くないのだろうか?
「全く重くないカボ! 肩車してる感じカボ!」
…らしい。まあ確かに、中身をくりぬいているとはいえ重いカボチャを頭に乗せているのだ。力はあるのだろう。
と、社長が私の顔をチラリ。
「…アスト、私達もあれやらない?」
「…前向きに考えときますね」
「「お邪魔しまーす」」
ということで私達も仮装を選びにカボチャの中に。既に色んな魔物がわいわい言いながら仮装を選び着替えている。
と、そんな私達の目の前に―。
「2人共、いらっしゃーい!」
天井からぬうっと降りてきたのは、上半身女性、下半身蜘蛛の魔物、アラクネ。社長はそんな彼女に、持ってきていたクッキーを差し出した。
「スピデルさん、お菓子の差し入れも持ってきましたよー!」
「わー! やったー!」
嬉しそうに受け取り、ぶら下がったまま食べ始めた彼女は『スピデル』さん。これまた私達が以前よりミミックを派遣しているダンジョンの方である。
『ア巣レチックダンジョン』と呼ばれる場所に棲む彼女達だが、実はダンジョンを隠れ蓑?に裏で服作りをしている。
そして仮装と言えば様々な服。社長がお誘いをかけたら二つ返事で乗ってきてくださった。魔物達にも自分達のブランドを知らしめる良い機会だって。
そして今はこうして、仮装用の服の準備や裾詰めを行ってくれているというわけである。しかもデザインセンスもあるからか、フェイスペイントとかも担当してくださっている。凄い。
あと、余談だが…もう一つ、アラクネ達が活躍しているところがある。それは飾り付け。
ハロウィン的雰囲気づくりにカボチャのランタンや黒い影なペイントは欠かせないが、そこになくてはならない名脇役はご存知だろうか? そう、蜘蛛の巣である。
やっぱあれがあるとないとでは雰囲気の引き締まり方が断然違う。あちらにもこちらにもアラクネ達は引っ張りだこ。でも糸は引っ張られても切れないけど。
「さー、どれにしよ! とりあえずこれとこれ!」
手近に並べてあった服と道具を選び、いそいそと更衣室の中へと飛び込んでいく社長。動きが素早い。その様子に笑ってしまいながらも、ふと私は辺りを見やる。
スライムにゴブリン、エルフドワーフハーピー獣人…様々な種族が、色んな仮装をしている様は中々に面白い。
例えばあそこのスライムは身体をオレンジに染めているし、モフモフの獣人はピシッとしたスーツを着ている。エルフはサキュバスのようなボンテージ衣装に身を包んでいる…やっぱりエルフって露出高い衣装が好きな気がする。
あそこのハーピーは…あれ、サンバの衣装では…? あっちのドワーフは赤い衣装に白い髭でサンタクロースみたいな恰好しているし、なんでもありか。
勿論我が社のミミック達も仮装中。作り物の頭蓋骨の中に入っていたり、宝箱の上におおきな蝋燭を乗せていたり、布を被ってゴーストになってみたり。中には、パンプキンと書かれた木箱の中に入っているミミックも。出荷かな?
おや、あそこのミミックは何も仮装を…あっ、違う。あれゴブリンが入ってる!
「アスト―! 早く来なさいよー!」
「はーい!」
社長に急かされ、私も同じ更衣室に。とりあえずスピデルさんに幾つか見繕って貰ったけど…。
「アストは何選んできたの? お、中々に攻めたの持ってきたわねー!」
「え? わっ!」
幾つもある服の一つには女性冒険者が良く着ている赤ビキニアーマーが。いやいやこれは…。
「良いじゃない! 貴方、スタイル良いんだから絶対似合うわよ?」
そう言われると悪い気はしないが、最初からこれを試すのはちょっと…。とりあえず別のを…ん?これって…。
眉を潜めていると、社長がびしりと言い当ててきた。
「ナース服ね」
…じゃあこれは…
「ミニスカポリスね」
……こっちは…
「ヒョウ柄全身タイツね」
………別の貰ってこよっと。
とりあえず魔女のローブと膝までスカート、とんがり帽子を新しく選び、着替えてみる。うん、やっぱりこれぐらいで良い気がする。先程までのはとりあえず保留としておこう。
と、その横で社長が頬を膨らましていた。
「駄目よアスト。せっかくの機会なんだから、もっと派手なの着なきゃ! ほら、せめてこのドロワーズでも履きなさいな!」
どこから持ってきたのだろうか、オレンジ色のおっきめドロワを手渡してくる社長。まあ、これぐらいなら…って。
「これお尻のとこにジャック・オ・ランタンの顔書いてあるじゃないですか!」
「良いじゃない、どうせ見えないんだから。見えてもチラリズムよチラリズム。それに、私とお揃いよ?」
「へ?」
首を傾げ社長の方を見ると、彼女が履いている…もとい入っているのはカボチャ。お揃い…?
「これが本当の、カボチャパンツってね!」
フンスと胸をはる社長。あ、さては…!
「それが言いたいがためにドロワ差し出してきたんですね…!」
「てへっ!」
とりあえず仮装は完了。結局私は先程の黒魔女装束(+中にカボチャドロワーズ)で、社長はピンクとかオレンジな派手のフリフリ魔女姿&カボチャin。
因みに先程のコスプレ衣装は総じて社長のカボチャの中に入っている。いつでも着替えられるように。まあ…気分が乗れば吝かではないけども…。
社長も何か自分用の衣装を隠しているらしい。一体なんだろうか。
そろそろ日も暮れてきた。お、丁度プキンさん達ジャック・オ・ランタンが空中をふわふわと。
「ハロウィンナイト、開祭だかぼー! 皆、楽しくいくかぼ! あ、でも節度は持つかぼよ?」
プキンさんのその言葉を合図とするように、辺りのランタンには一斉に灯る。さあ、目いっぱい楽しむとしよう!
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