顧客リスト№26 『マイコニドのキノコの山ダンジョン』

魔物側 社長秘書アストの日誌

「キノコノーコノコ 元気の子♪ 美味しーいキノコが山いっぱい!」


手に持ったキノコをふりふり、目を切れ込みいれたシイタケみたいにして歌う社長。やけにテンション爆上げである。


まあでも、楽しいのはわかる。あちらにもこちらにも、色んなキノコがたっくさん。採り放題でウハウハなのだ。網焼き、バターソテー、パスタにスープにお鍋…帰社するのが楽しみ!




勿論、ただキノコ狩りに来ているわけではない。今回もまた、とあるダンジョンの視察中である。そのついでに、至る所に生えているキノコを持って行っていいと言われたのだ。


そうこのダンジョン、キノコまみれ。いやいや、もっと凄い。ダンジョンの範囲である大きい山全面が全てキノコ。大樹のような巨大キノコや、岩のような見た目をしたキノコ、歩くキノコなんでもござれ。


ここは冒険者ギルド登録名称、『キノコの山ダンジョン』なのである。




普通の山は緑豊かな植物達が茂っているが、ここは違う。多少はあれどもほとんどキノコ。先程述べた大樹キノコにより日光はシャットアウトされているからである。


だから、この山は常に真っ暗…というわけでもない。キノコの中には仄かに発光しているものがあり、その青白い光で歩くには困らない。幻想的な雰囲気も漂い、なんか小人になった気分。


そのおかげで、キノコの色も様々だとわかる。黒いの白いの赤いの、紫なの斑点なの。形も色々で、傘が大きいの小さいの、細長いの触手みたいなのレパートリー豊富である。



そして、ほんのちょっとジメジメ気味。キノコにとっては最適な環境なのだろう。ほら、ちょっと空き地になったとこで動けるキノコ達が楽しそうに踊っている…


…んだけど、踊る真ん中には焚火が。それで色んなキノコ焼いている。それをもぐもぐ食べている。茸食キノコ。


どうしよ、ご一緒させてもらおうかな。





あ、このままではちょっと混乱しそうなので、先にご説明しよう。キノコ生えまくりのここには、普通の魔獣魔物の他にキノコな魔物達が2種いる。


その片方が、今あそこでキノコを食べているキノコ達。総称を『マタンゴ』という。


大きめのキノコ(それでも社長より小さいのだけど)に手足がついているもの、足だけのもの、ヤドカリみたいになっているもの多々あるが、その特徴は顔があること。しかも結構可愛らしい。口は隠れてるのか無いのかはわからないが、総じて目がくりくりしている。


キノコなのに目が栗栗くりくり…。 なんでもないです。



コホン、基本的に彼らは言葉を喋らず、鳴き声を上げたり上げなかったり。うちでいう『下位ミミック』に当たる存在らしい。


そういえば、さっきからずっとこちらをじーっと見ているマタンゴがいるのだけど…。傘に目があり、細く白い足を持つタイプの子…。なんかちょっと怖い…。


「Hi,I am an Ēgorian」


えっ喋っ…!? なんか凄く流暢に自己紹介してきた! え、えーごリアン…?







えっと、話を戻そう。下位ミミックと上位ミミックがいるように、下位存在であるマタンゴ達にも上位存在であるキノコ魔物が存在する。それは―。


「んふんふ…キノコ狩り楽しかった?」


どこからともなくのっそり現れたのは、人の顔よりも数回り大きいキノコの傘を被った魔物女性。彼女らは『マイコニド』と呼ばれる上位キノコ魔物なのである。


そして、今私達の前に現れた方が今回の依頼主。『スポア』さん。朱色に斑点がついたような傘をしており、網目な羽織ものをしている。あれは菌糸なのだろうか。



「えぇ! たっくさん取れました! ほらこんなに!」


社長は自らが入っている宝箱を探り、籠を取り出す。そこには色んなキノコがたっぷりと。それを見たスポアさんはふへへと笑った。


「たっぷりだねぇ…! じゃ、毒持ちか判別してあげるよぉ」





キノコ狩りの怖い点。それは、『毒キノコを採ってしまう』こと。楽しく集めたと思いきや、食べたら猛毒で泡吹いて病院又は墓場送りになる事例は多々ある。もっとも私達の場合、会社で食べるから復活魔法陣送りで済むけども。


それでも、苦しむのは嫌である。ということで、採ったキノコは専門家(ていうかキノコ本人)であるスポアさんに鑑定してもらうのだ。



え?私は魔眼『鑑識眼』を持っているんじゃないかって? その通り。能力を発動すれば、物の名前や性質、用途や市場価格はわかる。


ただし、実は弱点がある。この眼、『市場に出ているもの』しか鑑定できないのだ。


だから販売されていないものや個人間の取引しかないものを見ても、精々がおぼろげな情報しか出てこない。新種珍種とか見たら当然、何もわからない。『????』みたいな表示が出るばかりである。


餅は餅屋、キノコはキノコ。そういう場合は知っている人に聞くのが一番。皆さんも、付け焼刃な知識だけでよくわからないキノコを食べないようにお気をつけて。



因みにだが、社長は図鑑持参でやってきた。元からキノコ狩りする気満々だったのはツッコんではいけない。







「これはね…毒キノコ…。んふふ…キノコ魔物以外が食べたら三日三晩腹痛が襲っちゃう…。こっちも毒だけど、しっかり焼いて処理すれば美味しく食べられるよ…。このキノコも猛毒、私達以外は食べられない…でも、たまに来る魔女の人が採っていくの…なんでも惚れ薬の材料になるんだって…んふ」


次々と鑑定していってくれるスポアさん。やっぱり毒があるのは結構ある。良かった聞いて。



余談だが、彼女達キノコ魔物は毒キノコも平気で食べる。むしろ好んで。スパイシーで絶品らしい。


そう聞くと美味しそうな気もするが、流石に毒キノコ、食べたいとは…。


「あ、これはね…んふふふ…凄ぉく美味しいんだよ…。天にも昇るぐらい…。旨味がギュウッと詰まっていて、噛めば噛むほどジュワッて…。でも、本当に天に昇っちゃうの…毒だから」


「…アスト、復活魔法陣使っていいかしら」


「いや社長、何食べようとしてるんですか…確かにちょっと気になっちゃいましたけど…」






キノコの鑑定は済み、しかも有難いことに幾つか焼いて貰ってしまった。芳しい焼きキノコの匂い…!じゅるり。


近くにあった巨大キノコ達を椅子とテーブル代わりに、頂きながら商談開始。まずは我が社に依頼してくださった理由を聞くことに。



「それがねぇ…冒険者が乱獲を始めちゃって…。毒無し毒あり構わず手当たり次第に盗っていくし、他のマイコニドやマタンゴ達を狩っていくし…。ちょっとだけなら別に良いんだけどねぇ…んふぅ…」


溜息をつくスポアさん。それと同時に傘も少し萎れ、胞子も悲しそうに吐き出された。


「んふ…一応対策はしてあるの。冒険者を蝕む胞子を持つマタンゴ達を各所に配置してる…。でも、マタンゴも私達マイコニドも、足が遅くて…冒険者を即座に仕留めることができないの…」


と、丁度私達の真横を走っていくマタンゴ達が。よちよち、とことこ。そんな擬音が似合う微笑ましい速度である。


「あれ、最高速度…。私達も大体同じぐらいでしか移動できない…ふぅうん…」


あぁ、スポアさんの傘がどんどん萎びて…顔が隠れてしまった…。





「なるほど、ご事情はわかりました! 因みに、どんなキノコがよく狙われるとかありますか?」


「んふんふ…幾つかあるよ…。例えばこれ…」


そう言いながら、スポアさんは近くの地面に手を突っ込む。少しもぞもぞした後、何かを引き抜いてきた。それは―。


「わっ、金色!」


驚いた声を出す社長。それは黄金に輝く拳大の石…いや違う…!あれって…!


「『黄金トリュフ』…!」


鑑識眼を使わずともわかる。あれは王族御用達、最高級珍味が一つ、黄金トリュフ。同じ大きさの純金の塊よか高い代物である。


「冒険者、皆これを探すからその辺穴だらけで…せめて埋めてくれればいいのに…。これあげる…癖があるけど美味しいよぉ」


うわ…普通にくれた…! 彼女達キノコ魔物にとって、普通のキノコと扱い一緒なのか…。





「あと他には…あれが狙われているねぇ…」


次にスポアさんは、私達の斜め後ろを指さした。確かそっちは先程マタンゴ達が歩、もとい走っていった方角だが…。


「…? えぇ…!?」


「わー! なんですかあれー!」


驚愕する私と、シイタケ目を一層輝かせる社長。だってそこには…こちらに向け、すいいっと等速移動をしてきた赤と白のでか水玉のキノコが。


その後ろからマタンゴ達がてってってと。どうやらそのキノコを探し、ここまで追いこんできたらしい。



形状としてはマタンゴより一回小さく、足はおろか柄のとこはほとんど無いため丸っこいフォルムをしている。でも、その短い柄のところに目みたいな模様が。


するとスポアさんは立ち上がり、そのキノコを通せんぼ。拾い上げ、手渡してきた。


「それ…私達は『すーごいキノコ』って呼んでる…。食べると特殊なバフがつくんだよ…んふふ…」


試しに鑑識眼で見てみると、色々な情報が出てきた。なになに、一般通称『スーパーキノ…


「それ、生でも美味しいんだよぉ…食べて見たら…?」


「本当ですか! いただきまーす!」


「あっちょ!? 社長!?」


スポアさんの言葉に即応し、キノコを私の手からとりカプッと食べる社長。今見たけど、そのキノコのバフって…!


♪ピロンピロンピロン⤴♪


瞬間、変な音と共に、社長が煙に包まれる。すぐさま晴れたその場にいたのは…ボンキュッボンなスタイルをした大人ミミック…。


「お? お!? おー! アスト、私おっきくなっちゃった!」


え、これ社長!?!?!?



確かにピンク髪だし、声も顔も社長っぽい。それに今彼女が着ているぴっちり気味の服は、おっきいけどさっきまで社長が着ていたワンピースと同じ…。え、でもでも…社長は既に大人だったはず…!?


「あれぇ…? 確か身体がそのまま巨大化するだけなのに…?」


うん、スポアさんの言う通り、キノコのバフは『巨大化』みたいなのだけど…。なにこの妙に色っぽい姿…! まあ確かにお胸とかお尻とか巨大化してるみたいけど…!てか入ってる宝箱まで巨大化してるし!


「わーい! アストと同じぐらいの身長になれた!」


当の社長本人は喜んでるだけ。キノコなダケに。 …言ってる場合じゃない!


「スポアさん…これ、どうやったら戻るんですか…?」


「んふんー…普通なら時間経過か、ダメージを与えれば戻るけど…」


「失礼します!」


言うが早いか、私は社長にチョップ。ちょっと力強めに…!


「きゃうっ!」


♪ピコンピコンピコン⤵♪


またも妙な音と共に煙が出、すぐさま晴れる。と―。


「もーアスト、別にそのままでも良かったじゃないのよー。せっかく抱っこして帰ってあげようとおもってたのにー」


元通りになった社長が頬を膨らませていた。よかった…いつもの可愛らしいサイズだ…。



と、そこでスポアさんが余計…ゴホン、別のキノコの情報を追加してきた。


「因みに似たキノコに、食べると『死んでも一度だけ復活できる』バフがつく緑色のやつもあるよぉ…なんならお代金として渡すよぉ…んふ」


「え! ならさっきの美味しい毒キノコ食べられるじゃないですか!欲しいです! あとこの赤いキノコももっと!」


…大丈夫かな、なんか妙なキノコの力にハマっているような…。






「では、商談成立ということで! 聞かせて頂きましたご事情に合わせ、ここ専用に調整したミミック達を派遣させていただきますね!」


なんやかんやありながらも、取引完了。沢山のキノコを貰っての帰り際のことである。スポアさんは私に妙なことを言ってきた。


「帰ったらしっかり社長の頭洗ってあげてねぇ…。魔物にはちょっと気分を高揚させるだけで無害だし、広がらないし、美味しく食べられるけどね…んふふふふ」


弱冠不気味な笑いに見送られつつ、私達はダンジョンを後にする。スポアさんのその言葉の意味は、会社に戻ってからようやくわかった。







帰社後、早速貰ったキノコを食堂へ。美味しいご飯が出来るのを今か今かと心待ちにしていた時だった。


ポンッ!


「うん?」


妙に軽い音がどこからか響く。音の発生源は…確か社長が座っている方向から…えええっ!?!?!?


「しゃ、社長! あ、頭からキノコが!」


思わず指さす私。だって…社長の頭からピンクの水玉模様なキノコがひょっこり…!!



「え? わ、ほんとだ―! キノコ、キノコ、元気な子!」


さわさわと自らの頭を触り、シイタケ目で踊る社長。なにをそんな呑気に…!


ん…? そういえば社長の目…ダンジョンに行ってからずっとシイタケのまま…おかしい…!


ポンッ!ポンッ!


「わーまた増えたー! 美味しーいキノコはわ・た・し!」


「いやいやいや!喜んでる場合ですか! ほらお風呂行きましょうお風呂!」


社長を抱え、慌てて大浴場へと走る。そうか、これがスポアさんが最後に言っていたことで、『冒険者を蝕む胞子』の効力なのか…! 気づかぬ間に、社長の頭にくっついていたとは…。





スポン、スポン、スポン!


「ほっ? 何かストンと気持ちが落ち着いた感じ!」


頭を洗いながらキノコを抜いてあげると、社長の目は普段通りに。ふう…いつもテンション高めの人だから、全くわからなかった…。


「そーだアスト、このキノコって食べられるってスポアさん言ってたわよね。貴方も食べる?」


自分産のキノコを手に社長は私にそう問いかけてくる。うーん…ぶっちゃけ、興味はある。


でも…『社長のキノコ』って響き…。なんかちょっと…なんというか…卑わ…


「ん? どしたのアスト?」


「なんでもないです! 何もよこしまなことなんて考えてないです!」


「??? 何でもいいけど、早く上がってキノコ料理いただきましょう! あの残機が増える緑キノコと例の毒キノコも調理して貰ってるから!死ぬほど美味しいなんてどんな味かしらね…!」


…ほんとに正気に戻ってるのかな…? いや、社長普段からこんなか…。

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