人間側 とある海賊船長の受難

「おかしらぁ! 港に係留完了しましたぜ!」


「遅せぇよ! もっと手早くやれクソヤロウが!」


使えない下っ端に怒鳴り散らしながら、甲板にのしのしと上がる。視界の目の前に広がるは、密林やボロ遺跡、そして巨大な海賊旗が描かれた火山が聳え立つ広大な島。


グェッヘッヘ…また到着したぜぇ…宝島! この俺様、海賊『ド・クロ髭』が宝物を根こそぎ奪ってやる!





かつて『海賊王』と呼ばれた伝説の海賊、ジョリー・ロジャー。通称『虹髭』。ヤロウが一生をかけて貯めた金銀財宝がこの『宝島ダンジョン』にはある。


しかも、一か所に集められているんじゃぁない。島の至る所にばら撒かれているんだ。あのちょっと離れた岩地を望遠鏡で見てみろ! ウヘッヘ…ビンゴ!宝箱が乗っかってるじゃぁねえか!



あん?なんでそんな『ド・クロ髭』って仇名なのかって? ハンッ!なら、俺様の自慢のモサモサ黒髭を見ろ!髑髏のような模様に刈り揃えてあるだろ。 虹髭のヤロウのセンスないカラフル髭なぞには負けねえ自信がマンマンだぜぇ!


あ゛? 誰がデブだコラ! 次言ったら口を縫い合わして鮫の餌にしちまうぞ!






ここに来るのは幾度目になるかわからねえが、毎回しっかり稼がせて貰っている。


いちいち色んな場所に船を走らせ、せせこましく宝を集めるなんて阿保なことやる必要なんてねえ。とっくのとうにおっんだ、しかも処刑されたマヌケの宝を奪っちまえば簡単に豪遊できるぜ。


死人が宝なんて持っていても、無駄なだけだ。なら、全てを俺様のものにしてやる。そうすれば、飯も女も好き放題。グヘヘヘ…! 涎が止まらねえ…!


ちょいとこの近海を通るのは骨が折れるが、宝のためならえんやこら。まあ、戦闘はほとんど下っ端共に任せてる。


だが、無事に着けたのは俺様の豪運によるものに決まっている!間違いないぜ!






「では…『復活魔法』のお代金を先払いで頂きます。勿論、死ななければ全額返還ですので」


「チッ…毎回めんどくせえ…! 『宝払い』で良いだろ? 宝取ってきたらそれで支払うからよぉ!」


「駄目ですよおかしら…。 後生ですから払っておいてくださいよぉ…」


島の端に備え付けられた教会で、いつもの悶着を起こす。ったく、教会の僧侶共、ボロい商売してやがる。おかげで踏み倒せねえじゃねえか。




ぶつくさ言いながら支払い教会の外に出ると、近場のマーケットから盛況の様子が聞こえてくる。今から宝島に潜る冒険者を狙い、回復薬やら武器鎧、雑貨が売ってる場所だ。


あん?あの店で物色してんのうちの船員じゃねえか。何してやがんだ?


「おい」


「へ? わっ!お頭! もう復活魔法の支払いは済んだので…?」


「ったりめえだろ。何見てやがんだ? なんだこれ? ガキ用のおもちゃか?」


「あ、あはは…」


苦笑いするそいつが手にしていたのは、小せえ樽に入った固い人形。 あん?この人形、虹色の髭を蓄えてやがる…。


「えーと…それは『虹髭危機一発』っていう玩具みたいで…。樽に開いた穴にナイフを刺し込むと人形が飛び出るっていう…」


「下らねえ…なっ!」

バギィ!


「ああっ! 壊すことねえじゃないですかお頭! 買ったばかりなのに!」


「チート使ってのし上がったクソヤロウの玩具なんてゴミ同然だろ。掃除してやったんだ、感謝しな!」


ったく、俺様の船員とあろうものが妙なモンにうつつをぬかしやがって…。せめて『ド・クロ髭様危機一髪』って名前だったら許してやったがな。





そう、あの虹髭ヤロウ…。許せねえ! ヤロウ、『悪魔の果実』という妙なマジックアイテムを食べて、チート能力を手に入れていたらしい。


数々の国や島を救い、巨大な魔物を一撃で打ちのめし、果ては海神をぶん殴ったのもその力のおかげだろうよ。はーああ!羨ま…許せねえヤロウだ。海賊の面汚しめ。


そんな力があったら問答無用でハーレム…チーレムを作れるこったろう。ホント、ズル羨ましいヤロウだ。クソが。



だが、その『悪魔の果実』は虹髭ヤロウが処刑された際に果物に戻ったらしい。そして、ヤロウはゴーストに成り果てて今でもそれを守っていると聞く。


ケッ、そんな未練がましいヤロウが海賊王なんて認められないぜ。海賊はもっと略奪強奪思いのまま、自由に生きなきゃ意味がない。


だからこそ、この俺様がその果実を奪い、『次代の海賊王』になってやる!






「グェッヘッヘ…! 大漁大漁!」


両手いっぱいの宝を手に、笑いが止まらねえ。森林や遺跡、洞窟を探検し集めに集めた。今日から暫く飲んだくれられるぜ! 『悪魔の果実』なんてどうでもいい! ウッヘヘヘ!


「お、お頭…。一旦退きませんか…? もう俺達ボロボロです…。仲間も結構な数やられましたし…。特にミミックに…」


「馬鹿ヤロウが! 大分奥までこれた。もっと良いものがあるに違いねえ。今更戻ってここまで来るなんて面倒だろうが。あんまり萎えること言うと、俺が殺すぞ」


弱気になる下っ端を鼓舞し、ズンズンと奥地へと進む。進言したヤツは黙りこくったが、確かに言う通り、連れてきた船員は減ってきていた。



至る所にいる狂暴な魔物魔獣の類より、最も恐ろしいのがあの『ミミック』だ。宝箱に化けていやがるけったいなヤロウだ。時折出る虹髭海賊団のゴースト並みに厄介極まりない。


ようやく宝を見つけた!と思い喜び勇んで宝箱の蓋を開けてみりゃあ、一瞬で食われちまう。人の心を弄びやがって…!


しかもまともに戦っても強いときた。カトラスも銃弾もガードされちまえば通らねえし…チートだあんな生物。


いいや、それだけじゃねえ。時にはそこらへんに転がっている壺や箱、岩にも化けている。気が抜けねえ…。


だから俺様は、箱を開ける際や探索する際は下っ端共に先を行かせている。そうすれば、俺様は傷つくことはねえからな。船長なんだ、当然だろ?






「あん? なんだ此処は?」


「浜辺…ですね…」


「見りゃわかるだろ。阿保かテメエは」


唐突に目の前に広がったのは、白い砂浜。どうやら港とは別の場所に出たらしい。しかし、面白いものがあるじゃねえか。


「難破船だなこりゃ」


その場にドンと転がるは、木造の巨大船。真ん中から裂けどこもかしこもボロボロだが、恐らく海賊船だ。


これがあの虹髭のヤロウの船だったらおもしれえが…確証はねえな。てか十中八九、虹髭海賊団に敗れた奴らだろ。


「どうしますお頭、探索していきますか?」


「ったりめえだ。オラてめえら! ボサっとしてねえで登れ!」




「こりゃかなりの年代物だな」


登ったは良いが、甲板もボロボロ。端に置かれた樽や木箱も日に焼けている。下手したら踏み抜いて下に落っこちそうだ。


だが、こういうところにこそ良いお宝が隠されている。ほら、噂をすれば…。


「お頭! あそこに立派な宝箱が!」


船員の声が響く。見ると、ひらきっぱになった船室の扉の向こうに宝石が散りばめられた宝箱が。グッヘッヘ…大当たりだ。


早速取りに行こうと俺様が足を動かした…その時だった。


「はーい 黒髭な船長捕まーえた!」

グルンッ ギュッ


「なっ…?!」


どこからともなく伸びてきた触手が、俺様の全身に纏わりついてきやがった…! う、動けねえ…!?


僅かに動かせた首から背後を見ると、そこにはさっきまで端に置いてあった穴だらけなボロ樽。そこから身体を覗かせてるのは…しまった、上位ミミックじゃねえか…!


「おいお前ら!早く俺様を助け…! ひいいっ!」


「まあまあ。面白いわよぉ?」


必至に船員共に助けを求めるが、それもむなしくミミックに引きずられる。このまま食われちまうのか…! 


ズポッ

「はい完成!」


「は…?」


痛く…はない。な、なんだこりゃぁ…! 樽に、押し込められちまった…! しかも顔だけ外に晒す形で…!


暴れて抜け出そうにも、身体が全く動かねえ。チクショウ…! …あ?この状況、どっかで見た気が…。


「お、お頭…。今のその姿…さっきの玩具にそっくりです…」


と、さっき妙なオモチャを踏み壊してやった下っ端が恐る恐る申告してくる。そういうことか…!クソッ、確かに『俺様危機一発』なら良いとは思ったが、なんで自分の身で再現しなきゃいけねえんだよ!


「知ってるんだ! さしずめ『虹髭危機一発』もとい、『黒髭危機一発』ね! さあ、樽に開いた穴から剣を差し込んで。当たりを引けば解放してあげるわよ」


樽の中から、上位ミミックの声が聞こえてくる。みると、端に置いてあった木箱がのっそりと動き、触手型ミミックが自身に入れていた剣を配り始めた。


「全員で一周して、駄目だったら復活魔法陣行きね。さ、正しい穴はどこかしら~!」


「お、おい…てめえらわかってんだろうな…!」


脅すように訴える俺様。船員共は若干ビビったが、すぐに剣を力強く握りしめた。


「お頭、行きます!」

ドスッ


船員の1人が勢いよく剣を突き刺してきやがった。明らかに必要以上な力みが入ってんのは気のせいだろうか。


思わず片目を閉じちまったが、痛みはない。だが、樽に変化も無い。


「ハズレー! さあお次は?」


このミミック、人を玩具にして楽しんでやがる…!なんて人でなしだ! …人じゃなかった!




「お頭、食らえ!」

ドスッ

「覚悟!」

ドスッ


…日頃の鬱憤を晴らすように、船員共は剣を突き刺してくる。しかし、一向に俺様が樽から出られる気配はない。どんどんと剣の数は減り、このままだとミミックに殺されちまう。


「…お頭、オレで最後です。すんません…壊された玩具の恨み!」


しかも最後はあいつかよ…! 後で覚えてろよテメエら…!


カチッ

「いやん♡ 当たり!」


「あ…?」

ボンッッッ!!!



炸裂音と共に、俺様の身体は空高くへと勢いよく打ち出される。ど、どうなってんだ…!? 


ひ…!た、高けえ!島が…巨大な島の全景が見えるほどに…! か、母ちゃん…! 


う、うわ…! 落下していく…! あああああああああああ!!!!



バッシャアンッ…






「お…お頭…無事でしたか…?」


船員共のビビり声で、俺様はハッと目覚めた。ここは…さっきの砂浜…? 横を見ると、あの難破船がある。


聞けば、どうやら俺様は海へと落下し一命をとりとめたらしい。そして、打ち上げられた俺様を呆然と見ている間にミミック達は姿を消していた、だと。


「あ、あの…これ、宝箱から見つかったモンですが…」


震えながら、宝石が散りばめられたカトラスを差し出す下っ端の1人。それを受け取る。ハン…美術品臭いのに中々に良い刃をしている。


「これなら、テメエらの首をスパっと切れるなぁ…!」


俺様の言葉に、船員全員が身を震わせる。フッ…だが、運がいいじゃあねえか、コイツらも、俺様も。殺すなんて手間が惜しい…!


「テメエら、立て! 急いで行くぞ!」


「! へ、へい! …あの、どこに…?」


恐る恐る問う下っ端の1人。俺は、島のど真ん中を指さしてやった。


「あの、虹髭ヤロウの海賊旗が描かれた火山だ」







「お、お頭ぁ! そろそろ何があったか教えてくだすっても良いんじゃないすかぁ…!?」


強風と狂暴な鳥魔物が唸る山壁をひたすらに登る俺様に、船員共がそう聞いてくる。仕方ねえ、教えてやるか。


「さっきミミックにぶっ飛ばされた時よぉ、この火山の中にキラキラ輝くモンが見えたんだ。あれは間違いねえ、黄金の輝きだ! 虹髭のヤロウ、火山自体を宝物庫にしてやがる!」


「本当すか…? 溶岩の間違いじゃ…。うわっ!船長、前!じゃなくて上!」


突然に焦る船員。急ぎ顔を戻すと、そこにはカトラスやピストルを持ったゴーストが。間違いねえ、虹髭海賊団の船員達だ。


グェッヘッヘ! むしろこいつらがここで出てくるのは『ビンゴ』というわけだ。


「テメエら、死んでも構わねえ! 俺様が頂上につくまでこいつらと戦っておけ!」


「え!そんな、お頭! おかしらー!」






「ゼエ…ハア…。ようやく辿り着いたぜぇ…!」


息も絶え絶え、傷も負いつつも何とか頂上に着いた。俺様は海賊だぞ…なんで山登りしなきゃいけねぇんだ…虹髭ヤロウめ…!


当然、船員達は誰一人ついて来ていない。今頃全滅している頃合いだろう。寧ろ好都合だ、俺様が宝を独占してやる。


グヒヒと笑いながら、俺様は煙沸き立つ火口内部へと飛び降りた。






ヒュウウウ…ジャリィン!


「いっ痛うう…! 一人でも下っ端残してクッション替わりにするべきだったぜ…」


ケツをさすりながら、ゆっくり立ち上がる。ん?足の感覚が妙に滑る…。


「お…? お! おおおおおお!」


溶岩、水面、土の地面…どれも違う…! これは金貨! 金貨の地面だ! いや地面だけじゃねえ!見渡す限りの金銀財宝、宝の山! やはりここが、虹髭ヤロウの宝物庫! 火山一杯に詰まってやがる!


そして、あの真ん中に飾ってあるのは…! 間違いない、波がうねったかのような紋様の果物…。


「『悪魔の果実』…!」




あれさえ食えば、俺様は蒼海の覇者『海賊王』に…! あと数歩で…俺様は!


シュルルルルッ! 

「ぐえっ…!」 


こ、この感覚…触手…!? ハッと辺りを見やると、そこらへんに転がっている輝く壺や宝箱からミミックがぞろぞろと。下位ミミック上位ミミック勢ぞろい。


「残念ね。仲間を犠牲にする人には『悪魔の果実』はあげられないわ」

「でも凄い運の持ち主じゃない?このおっちゃん。ここに落ちてくる道中にある即死罠、全部偶然掻い潜ってきたし」


そんな話し声が聞こえる。マジかよ、そんなモンがあったのか。 …クソッ、動けねえ…!せっかくここまで来たっつうのにくびり殺されちまう…!


俺様が俄かに焦った、その時だった。


「ヨー ホー! まあ待て待てミミックの皆。 運も実力の内、ここは俺が直々に見極めてやろう」


楽し気にボウっと姿を現したのは、虹色の髭をたくわえたゴースト。こいつは…!


「虹髭ぇ…!」


「ほー! お前も海賊だな。俺並みに良い髭持ってんじゃねえか。黒髭…いや、模様的にドクロ髭だな!」


ウアッハッハ!と笑う虹髭ヤロウ。いけ好かねえヤロウだぜ…! そう睨んでいたら、ヤロウ、妙な提案してきやがった。


「なあドクロ髭。俺と一勝負しようぜ? 俺を倒せたら『悪魔の果実』はやるよ」


「あ゛? 言われなくてもテメエをたたっ切って手に入れてやる!」


「ピュウッ! 良い野心してやがる! お、良いカトラス拾ってんじゃねえか。それはゴーストにダメージが入る霊剣だぜ? かかってきな!」


スラリとサーベルを抜く虹髭の言葉に合わせ、俺様を縛っていた触手は解かれる。ミミックの連中、観戦客に早変わりしやがった。


良いだろうよ…! この世に留まれないぐらい細切れに刻んでやる! うおおおおおっ!




ギィンッ!

「がっ…!」


嘘だろ…。一瞬の切り合いで、俺様の手にしていたカトラスが吹っ飛んでいった…!?


「おいおい、『悪魔の果実』の能力が無くなったからって俺が弱いとでも思ったか?」


勝負ありと髭をさする虹髭。クソッ…負けてたまるか…!


「これでも食らえ!」

ドンッ!


不意打ち気味に、銃をぶっ放す。ゴーストに効くかは知らんが、少しでもやり返さなきゃ気が済ま…


「おっと」

スパッ


…!?!? 弾を…切った…!? 嘘だろ…!?


「残念だな。鍛え直したらまた来いドクロ髭。 ミミック達、こいつを送り返してやってくれ」


「はいはーい! じゃあ『虹髭危機一髪』で!」


敗北した俺様はあっという間に縛り直され、目の前にさっきも見たような穴あき樽がゴロゴロと転がってくる。


ミミック達は俺様をそこへ投げ入れ、そして、楽しそうに剣を―。


「えーい!」

ドスッ

「ここか?」

ドスッ

「ここじゃない?」

カチッ


ボンッッッ!!!


「またかよぉ!!!あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」





――――――数分後、宝島の港にある教会付近――――――



畜生…! 結局火山の外に落下死して、集めた宝全部失ったじゃねえか…! これもそれも全部使えない船員達のせいだ…! いくら損したと思ってやがる!


アー…苛つくぜ…!虹髭のセンス無しヤロウが…!  …あ゛ーあ! もうやる気起きねえ。帰って下っ端共をいびって酒でもかっくらうか…。



ん? なんだあのガキ…? あいつも海賊か? にしてはやけに軽装だな。大方下っ端だろう。麦わら帽子なんて被ってよぉ。ここはカブトムシが集まる島じゃねえぜ。


ハァ?『海賊王に、俺はなるっ!』だぁ? ハッ、簡単に成れるなら苦労はしないさ。精々俺様みたいに泣きを見るんだな。

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