人間側 とある冒険者カップルの肝試

「…では、武器等はこちらで回収となります。もし怪我や死亡した場合は格安で治療や復活を―」


「あーいいからそういうの。聞き飽きたし」


職員の説明を遮ったオレ達は参加費の数百Gゴールドを支払い、流れるように武器を置いて受付を出る。全く、累計ここに何度足を運んだことか。もう数十回は通ってるかもしれない。



ここは東の国にある、『肝試しダンジョン』。パーティー制限は2人までで、ほとんど夜にしか開かないという珍しいダンジョンだ。全体像としては鬱蒼とした広い森に結界が張られた形で、挑戦者はその中を通る道を進み最奥を目指す。


道中枝分かれあり沼あり、墓あり廃墟ありと色々あるが、それを乗り越え奥地まで進むとあるのは謎のメダル。


それは『妖怪メダル』と言われていて、1人一枚だけ貰える謎の代物。しかし中々に強い力を秘めているため商人や職人達、一部召喚士にかなり高く売れる。絵柄が多様というのもあって、中には蒐集家がいるほどだとか。



なお、このダンジョンに対するギルドの評価は『安全』。一般人でも参加可能。実に簡単なダンジョン…そう思ってんのならすぐ考えを改めた方が良い。何故なら…。


「「ぎゃあああああああっっ!!!!」」


「「ひいいいいいいっっ!!!!」」


「「助けてくれぇええええ!!!」」


聞こえたか?あの絶叫。 発生源は察している通り、森の中…ダンジョンの中からだ。安全なはずのダンジョンで何故あんな悲鳴が響くのか。それには棲んでいる魔物が関係している。



この地独特の魔物、『妖怪』。種類も豊富で中々に怖い外見をしている。このダンジョンでは、そんな連中が挑戦者を脅してくるってわけだ。


そう、こちらを食べることはせず、ただ脅かすだけ。怖いが安全。怪我すら負う者は少ない。その怪我理由も、妖怪から焦って逃げて転んだ際に出来たもので、しかも気づいたら何者か(間違いなく妖怪)に治療されている。


だからだろう。メダルの価値も相まってそこいらに住む村人達や遠くから来た観光客が結構入っていく。大半がすぐさま出口から泣いて出てくるが、欲には勝てないのか、はたまた恐怖が病みつきになったのか、リピーターとなる奴も結構いるようだ。




「はーあ、まーたここか。最近来過ぎてマンネリ気味なのよね。」


オレの相方がぼやく。今日は依頼を受けて来たのだが、それには同感だ。


そりゃ始めのうちは怖かったけども、恐怖は慣れちまえば恐怖じゃなくなる。あまりにも来過ぎるとどこでどんな妖怪が脅してくるかわかってしまうからだ。


「ちゃっちゃと貰って帰ろうぜ」


「そうねー」


特に怖がる気もなく、相方は入口へと歩を進める。こいつも最初の頃は涙目でオレの腕に縋りついてきたっていうのに、今や淡々としている。


と、そんなオレ達を、聞きなじみのある売り子の声が叩いた。


「妖怪から身を守るネックレスだよー。しかも幸運をもたらす! 今日限りの大特価!今なら半額の5000Gゴールド!買った買った!」


「あ。あの変な鼠みたいな髭の人、また何か売ってるぞ」


「どうみても二束三文のネックレスだし、実際効果無かったし、詐欺よねあれ」







ヒュゥウウ…ドロドロドロドロ…

「出た出た人魂に幽霊。これも誰かの先祖なんだろうな」


ショキショキショキショキ

「あの音は…『小豆洗い』ね。帰ったらぜんざいでも食べようかしら」


「おにーちゃんおねーちゃん、提灯…」

「「要らない」」



次々と仕掛けてくる妖怪たちを流し、ズンズンと闇夜の道を進む。普通ならばただ歩いているだけで気味の悪い笑い声が響き渡るが、オレ達が余りにも無反応だからか代わりに舌打ちが聞こえてくる。


それにしても…本当マンネリ。まだこれならゴブリンとかの方が怖いかもしれない。そろそろちょっとは違う演出を見てみたいもんだ。





幾つかあるルートの内の一つ、廃墟内部を通過する道を選ぶ。そして至る所が朽ちかけの廊下を歩いている時だった。


ベチョォ…


「「うえっ…」」


突然頬に何かが押しつけられ、オレ達は顔を歪める。多分これ、『垢嘗め』とかだろう。それかコンニャクでも押しつけられたか。


でもこれも慣れたもの。くっついてくるのは一つだけだし、振り払うだけで…。


ベチョ、ベチョ、ベチョ


―!? もっと引っ付いてきた…!? いや違う! 手足を縛りつけられた! 



金縛りにされることは多々あるが、こんな強硬手段に出るとは。一体何が…そう思い、オレ達を縛っているものを見てみる。


「触手…?」


垢嘗めの舌でも、コンニャクでもない。それは近くの木箱や箪笥から伸びている触手だった。これは始めて見た。


でも、縛るだけなら大したことは無い。しかも少し悶えたら解けるほどの拘束だ。なんだこれ…。


「あぁ…そういうことか」


ピンと思いつく節がある。大体こういった場合は、背後から何かが近づいてくるのだ。でもこういった廃墟の場合、大体が人形で…


ゴゴゴ…


「「へ…?」」


背後で聞こえてきた謎の音に、思わず振り向く。今歩いてきた廊下の奥、そこには今まで無かった、大きな仏壇のようなものが…。


いや、大きすぎないかあれ…! 廊下をぴっちり埋め尽くすほどで、高さも天井まで届いている。


ギィィイイ…


困惑するオレ達を余所に、仏壇の扉が観音開きに開く。中はまるで星無き夜のように漆黒…うん?


「フシュルルル…」


唸り声と共に扉の縁を囲むように現れたのは、何十本もの牙。そしてべろりと大きく長い舌。でも結構距離あるし、怖くは…。


ズザアアアアアアッ!


「「うわっ!?」」


なんと、巨大仏壇が廊下を勢いよく滑ってきた。ハッと気づくと、絡みついていた触手は勝手に解け、木箱箪笥はいつの間にか近くの部屋に引っ込んでいた。一体どうやって…!? いやそんなこと考えている場合ではない!


「走れ!」

「う、うん!」


相方の背を叩き、全速力で走る。だって背後から壁が迫ってきているようなものなんだから。てかあれ、明らかにオレ達を食べようとしている…! そういったことはナシなんじゃなかったのか…!?


「きゃっ…!」


相方が転んでしまった。助けたいが…いや仏壇のスピード上がってきてるじゃんか! 南無三…最悪死んでもダンジョンだ、復活できる。俺は彼女を見捨ててひたすらに逃げた。




「抜けた…!」


廃墟を抜け、転ぶように俺は地面に倒れる。と―。


ガンッ!


廃墟の扉からは巨大仏壇は出れないらしく、引っかかっていた。相方は食べられてしまったのだろうか。それとも轢かれてしまったのか。


ペッ 


「へ…?」


仏壇の中から、何かが投げ出される。それは近くに何故か置いてあった藁束ベッドにボフッと落ちた。


それは、オレの相方だった。半ば放心したかのように、彼女は呟いた。


「死んだかと思った…」






「最っ低、私を見捨てて逃げるなんて!」


「悪かったって!」


相方の怒りをどうどうと鎮めながら、肝試し続行。妖怪よりこっち彼女の怒髪天のほうが怖い。


でも…さっきは久しぶりに驚かされた。本当に食われるかと思ったもの。あんなの見たこと無い。何か今までとは気色が違う感じがする。ちょっと怖くなってきた。



おっと、相方の機嫌直さなきゃ。でもどうしようか。オレがそう考えていた時だった。


ピシッ


「「うっ…」」


今度は金縛りだ…!またさっきみたいに背後から…!? 2人揃って背後を見るが、何もいない。


ドシャッ


「「……」」


真ん前に何かが落ちてきた音を聞き、オレ達はギギギとゆっくり首を動かす。そこには、赤い紐で吊るされた、大きめの釣瓶つるべが落ちていた。


「『つるべ落とし』…?」

「かな…?」


にしては、驚かす声がしないし、動かない。唖然としてそれを眺めていると、釣瓶はするすると上がっていき、中が良く見える地点でピタリと止まった。


「あれ…中になにか…」

「本当だ…。なんだ…?」


つい覗き込んでしまうオレ達。その時だった。


ボワッ…


突然、釣瓶の中が朧気に照らし出される。そこにあったのは…たっぷりの鮮血に浸った大量の内臓。そして血まみれの生首だった。


「うわあっ!」

「きゃああっ!」


思わずオレ達は抱き合ってしまう。スプラッタにも程がある…! と…。


「あ…あ…あ…」


生首の口がピクピクと動き出した…! まだ生きているのか…!? 思わず後ずさりするオレ達を、生首の目玉がぎょろりと睨んだ。


「に…逃げて…後ろ…」


先程より早く、首がねじ切れんばかりにバッと後ろを見る。そこには…鈍く輝く包丁を構え、舌なめずりする『山姥やまんば』がいた。


「「ぎゃあああああああああっ!!」」


オレ達は抱き合ったまま、死に物狂いで逃げ出した。







「もうやだ…」

石畳に座り込み、半べそな相方。初めてここに来た時のようになっている。


とはいえ、必死で走っていたらいつの間にか最奥の古ぼけた寺まで来た。あとはメダル貰って帰るだけ。…帰りも歩いていかなきゃいけないということでもある。オレだって正直嫌だ。


しかし、ここまでされたんだからせめて持ち帰らなきゃ。震える足を叩き、寺の前に置かれた箱に近づく。えーと、このレバーをグルグルと。


ガチャガチャ、コロン


出てきた丸い容器をパカリと開けると、中にはお目当ての『妖怪メダル』が。と、相方の怒声が響いた。


「…毎っ回思うんだけど、なんでこれ1人一枚なの!? 割に合わないわ!」


あ、いつもの様子に戻った。というか正確には怒りで恐怖を誤魔化してる感じか。オレは説明してやった。


「前までは一人何枚かは貰えたんだけど、蒐集家とかが欲張ったせいで一時生産が追い付かなくなったみたいなんだと。だからこんな風に制限かけられたんだ」


試しにもう一度レバーを回してみるが、石のように堅く動かない。一度引いた人には反応しない仕組みらしい。


「まあその分、希少価値として更に高値がつくようになったから良いだろ。ほら、お前も引けよ」


むくれながらガチャる相方。ポコンと出てきたのは…。


「お! 超レアじゃんか! これどう安く見積もっても10万Gは軽く超えるぞ!」







「もっと急ぎなさいよ! 置いてくわよ!」


大吉を引き当て、調子を完全に取り戻した相方は小走りで先に進む。それでも一人は怖いのか、彼女はそこまで遠くには行かない。


しかし、行きはよいよい帰りは怖いという唄もある。気をつけなきゃいけない別に行きが良かったというわけではないけども。寧ろ最悪だ。


ということは、下手すれば行きよりも怖いことが…。嫌な予感を感じ、身体をブルっと震わせた時だった。


「あうっ!」


先を行っていた相方が尻もちをついていた。何かにぶつかったらしい。道の先は見えるが、触ると壁の様な感触がある。


「『塗壁ぬりかべ』か」


相方を立たせ、俺は腕を組む。さっさと帰りたいのに…。


「ねぇ…」


うーん…叩いても退いてくれる気配がない…。


「ねぇって…」


仕方ない…別の道を通るしかないか。


「ねぇったら!」


「なんださっきから」


「後ろ見て!」


相方に首を捻られ、背後を見せられる。そこには、妙なものがあった。



「井戸…?」


さっき釣瓶は落ちてきたが、今度はその本体が現れた。ん…現れた…?


「―!?」


そうだよ…なんであの井戸、さっきまで俺達が通っていた道に建っているんだ…?! 何かが動く音すらしなかったぞ…生えたのか!?


と、そんな時だった。


「いちまぁい」


「…なんか言ったか?」

「言ってないわよ…! アンタじゃないの!?」


身の毛もよだつような謎の声に、オレ達は顔を見合わせる。ということは―。


チャリィン


響くメダルの落下音。オレ達が落としたんじゃない。正面にある井戸、その内部からぬぉっと手が生え、井戸の端にわざとらしくメダルを置いたのだ。


「にまぁい」


又も響く謎の声。するともう一本腕が生え、チャリィンとメダルを置いた。


「さんまぁい」

チャリィン


…!? 腕が…3本目…!? 人間じゃない、妖怪だ…! 逃げなきゃ…でも塗壁がまだ立ちはだかってる…。


「よんまぁい」

チャリィン


「ごまぁい」

チャリィン


「ろくまぁい」

チャリィン


「ななまぁい」

チャリィン


「はちまぁい」

チャリィン


…腕…次々と増えてる…枚数に合わせて…。まだ塗壁は消えないのか…!


「きゅうまぁい」


あれ…?


「じゅうまぁい」


メダルの音が…?




恐る恐る見やると、出てきている腕は十本。でも、メダルは8枚。と、謎の声は震えだした。


「二枚足りなぁい…」


「「へ…?」」


もしかして…。ごそごそとポケットを漁る。取り出したのはさっきゲットしたメダル。ここにはオレと相方2人、つまりメダルも二枚。


「返せ…」


謎の声は明らかに怒り交じり。と、井戸の中から何かがゆっくりと出てきた。


「「ひっ…」」


それは、長い髪で覆われた顔。髪の隙間から僅かに覗いた目と口は真っ赤に染まっていた。そして…。


「メダルを返せえええええ!」


そう叫びながら、十本の手で掴みかかるように井戸ごと突撃してき…………。










―――――――――――――――――――――――――――――――


「あっ。ストップっと」


動いていた井戸は急ブレーキ。冒険者2人の前でピタリと止まった。そして井戸の中から一本の手が伸び、彼らをちょいちょいと突いた。


「…やりすぎちゃった。泡吹いて気絶してる」


「もうちょっと解除早くても良かったかな」


「そうですね塗壁さん。とりあえずこの人達出口に送ってきますね。あれ、メダル落としてるし。仕舞ってあげて…と」


冒険者のポケットにメダルを戻してあげながら、井戸の中の顔はバサリと髪を後ろに戻し、特製のコンタクトと口紅を取る。その正体、上位ミミックの1人であった。


彼女は十本に分けていた手を駆使し、気絶した冒険者を井戸の…正確には井戸の形をした箱の中に連れ込む。すると、横から何者かが姿を現した。



「おぅい。 例の驚かない冒険者アベックここに来たかの? おや?なんだ、気絶したんかい」


その正体は山姥。手には大きめの釣瓶。すると、その釣瓶の中身がもぞもぞ動き、声を発した。


「山姥さん、もう擬態止めて大丈夫ですか?」


「おういいぞ、ミミックちゃんや」


山姥の答えを聞き、ちゃぷんと水音を鳴らしつつ釣瓶の中からひょっこり顔を表したのはこれまた上位ミミック。ただし、血まみれのようなメイクを施していた。彼女はグロテスクに変化させていた手足を普段通りに戻し、伸びをした。


「赤い水に身を沈めるのってなんか新鮮な感じ! 山姥さん私の演技どうでした?」


「良い感じじゃったぞ!真に迫ってた! そうそう、廃墟のミミック達も大活躍じゃったらしいぞ。流石西洋の脅かし担当じゃな!」


「えへへ…」


「今日はキタロ達も呼んでみんなで宴会かのう! ワシも腕によりをかけて料理を作るか。さっき良い猪肉が採れたんじゃ。小豆洗いの奴もおはぎ作るとよ」


「やったー! 楽しいな♪ 楽しいな♪」


妖怪たちは笑いあいながら、揃って森の中へ姿を消していった。 ゲゲゲのゲと歌いながら。

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