顧客リスト№9 『ハーピーの鳥の巣ダンジョン』
魔物側 社長秘書アストの日誌
「アスト、あと少しだよ!頑張って!」
「はい…!くうう…!」
私は今、社長入りの宝箱を持って空高くへと飛んでいる。箱入り娘(意味が違う)の社長は当然飛べないため、私がこうして足代わり翼代わりとなるのはいつもの事。これも秘書として大事なお仕事なのだ。
そして、悪魔族の羽は飾りではない。当然羽ばたけば浮けるし、ある程度なら自由自在に空を翔けることもできる。
だけど…当然羽ばたくほどに疲れる。鳥の翼ほどに強くないのだ、限度がある。しかも背中から生えているため、使うのは肩付近の筋肉。明日、ずっと猫背になりそう…。
社長の箱を離さないようにぎゅっと掴みながら、私は必死に羽を動かす。と、そんな私に社長以外の応援の声がかけられた。
「頑張れ―!」
「あとちょっと!あとちょっと!」
私達を取り囲むようにくるくると回り羽ばたいているのは2人のハーピー。腰から下、及び腕から先が鳥の姿をした半人半鳥の魔物である。
今回の依頼主は彼女達。「ハー」さんと「ルピー」さんである。どうやらママ友らしい。かなり若々しい見た目をしているが。
これで何故私達が空を飛んでいるのかこれでおわかりだろうか。そう、彼女達の棲むダンジョン『鳥の巣ダンジョン』に向かうためなのだ。
「はいとうちゃーく!私達のおうちにようこそ!」
「ひぃ…ひぃ…」
ハーさんの元気な声に何も返すことはできず、私は足元に社長の箱を置き、うつ伏せになって倒れた。もう、羽が痛い…。なにせここは地上からかなりの高さがある。むしろ途中で落下せずに済んで良かった…。
「ありがとうアスト。帰ったら羽をマッサージしてあげるわね」
そんな私の羽をよしよしと撫でてくれる社長。柔らかな手つきが気持ちいい…。あわやその場で瞼を閉じそうになったが、私は慌てて立ち上がる。仕事で来たのだ、社長の秘書として恥ずかしい姿は見せられない。…もう見せているとは言わないで。
社長を再度腕の内に、私は周囲を見渡してみる。そこかしこから生えている太い木の枝や石柱の上に置かれているのは大きな鳥の巣群。その中からは親と共に小さいハーピー達がひょっこり顔を見せ、私達に手…もとい翼をパタパタ振ってくれていた。可愛い。
「ここが『鳥の巣ダンジョン』の最奥部…いえ、最高部…? なんて言えばいいんでしょう」
「うーん、とりあえず頂上で良いんじゃないかしら」
このダンジョンは珍しいタイプの形をしている。端的に言えば、縦型。巨木と岩山、太古の遺跡が入り混じった巨大な柱のようなそこが、自然の力やハーピー達の改良により狩り場兼ダンジョンと化した。地上に入口(ただの穴)があり、冒険者は内部に棲みつく魔物達を倒しつつ梯子や縄を駆使してここへとたどり着く。
縦の移動というのは人間にとって(私達にもだが)かなりの手間。故にこのダンジョンの攻略難易度は高く、あまり人が入ってこないとは聞いていた。
だから、このダンジョンからの依頼が来た時には少し驚いたのだ。ミミックを欲するということは、それほどにまで冒険者に攻め入られているということ。一体何が…。
「二人とも、虫は食べないよね。果物はどう?」
器用に頭や翼の上に皿を乗せ、おもてなしの食べ物を持ってきてくれるハーさん達。私達は空き部屋(巣)の中に腰かけ、それを戴くことに。
ちなみに私はともかく、社長は虫を食べることは出来る。まあ、せめて調理してから食べたいと漏らしているが。
「それで、ご依頼というのは何でしょう?」
私の問いかけに、虫をスナック菓子のようにひょいひょいと口に放り込みながらハーさんは事情を明かしてくれた。
「実はね、最近ここまでくる冒険者が増えちゃって。皆、私達が寝静まった後に外側から飛んでやってくるの!竜騎兵だったり、使い魔だったり、箒だったり!もう大変!」
なるほど。いくら高難易度のダンジョンといえども、その外側は無防備。この頂上まで来るにはよほど強い使い魔達が必要になるが、それさえ用意出来てしまえば攻撃もほとんど喰らわず、楽ちんに攻略できてしまう。
最も、普通のダンジョンは最奥部が地下だったり隠されていたりでそんな手段は通用しない。このダンジョンならではの攻略法であろう。
「狙われているのは私達の卵とか羽とか。卵を盗られるのはちょっと苛つくけど良いの。産まなきゃ身体の具合悪くなっちゃうし、結局は捨てなきゃいけないものだし、子供が産まれる卵は大切に守ってるから。でも…」
肩をわなわなと震わすハーさん。思わずゴクリと息を呑む私達は彼女の言葉を待つ。そして…ハーさんは叫んだ。
「でも、盗み出す時に子供達を起こしていくのは許せない!」
ズルッ
拍子抜けの理由に、私は思わずズッコケかける。社長も顔には出さないが、同じことを思っている目だった。今までの利用客は宝物を守るためにミミックを借りる魔物達がほとんど。そんな理由で…いや、子供も確かに宝物である。それも、最上級なのは間違いない。しかし…。
「そんなことで…?」
口に出してしまった。なにせ、ハーさんの様子が怒髪天を衝くと言った様子なのだ。子供達が連れ去られるならばその怒りもわかるが、寝た子を起こされるだけでわざわざ高い金を払ってミミックを雇おうとするものだろうか…?
「そんなこと、じゃないの!私達にとっては大変なことなの!」
髪ではなく、羽を逆立てるように起こるハーさん。それをルピーさんが宥め、後を引き継いだ。
「アタシ達にとって、というかこの場所棲んでいる仲間達にとって、子供の夜鳴きは超面倒なことなのよ。そもそも、うちの子供達は夜はぐっすりで鳴かないの。無理やり起こされた場合を除いてね。そして、鳴き出したらどうなるか…」
と、その時だった。
「ピィー!ピィー!」
突如響き渡るは子供ハーピーの鳴き声。すると呼応したかのように…。
「「「「「ピィー!!ピィー!!ピィィー!!!」」」」」
あちらからも、こちらからも。甲高い声が響き渡る。鼓膜が破れんばかりの大合唱に、私達は慌てて耳を塞いだ。
「ご飯の時間だから、子供たちに食べさせてくるね」
そう私達へジェスチャー交じりに伝えたルピーさん達はバサリと飛び立ち、各々の家(巣)へと戻っていく。暫くすると、一匹、また一匹と鳴き止み、周囲は静寂を取り戻した。
そして戻ってきたルピーさん達は一言。
「まあ、こうなるの」
「食べ盛りの子供達だから、起きてお腹が空いたと気づくと我慢できずああやって鳴き叫ぶわけ。一匹が鳴けば他の子が起きちゃって鳴き始めて、そして今みたいに…。それを深夜にやられると…はぁ…」
溜息をつくルピーさん達。静まり返った夜にそんな大合唱をされるのは…。心中お察しである。ここはダンジョンではなく正しくは集合住宅というべきなのかもしれない。子育てって大変。
「ということで冒険者対策にミミックを借りたいんだけど…」
「わっかりました!お貸しします!」
ポンと胸を叩く社長。しかし私は一つ気になることがあり、手を挙げた。
「でも、社長。ミミックが動いた音や、食べられた冒険者の悲鳴で子供達が起きてしまうんじゃ…」
相手の隙を突き、一瞬で仕留めるミミックと言えども、100%物音を出さず、冒険者に悲鳴をあげさせずなんてことは不可能。下手をしたらミミックのせいで子供達が目覚めてしまうということも当然あるだろう。本末転倒である。
ハーさん達も私の言葉を聞き複雑な顔をしている。前よりも夜鳴きが減る分マシかな…そう考えている様子である。しかし社長はカタログを取り出しながらふふんと笑った。
「それは問題ないわ!ハーさん、ルピーさん。今回はこの触手タイプの子を派遣したいと思います。そしてオプションとしてですね…」
「ひええ…」
真下にある、虫よりも小さく見える木々や岩、冒険者のキャンプに私は身体を竦ませる。変な声が漏れてしまった。
私は今、ダンジョンの頂上、ハーピー達の棲み処からゆっくり下降していっているのだ。しかも、自分の力ではない。私の頭上からはハーさんの声が響いた。
「もっと早く降ろしていーい?」
商談は成立し、その帰り際。酷使した翼が早くも痛み出し、無事に地上へ降りられるか怪しくなってしまった。そこで、ハーさん達に掴んでもらって降りていっているのである。
伸ばした両腕をハーさんの鳥足でがっちり掴まれているとはいえ、それしか支えは無い。しかも爪がちょっと身体に食い込んで痛い。それが怖くて行きは自力で登ったのだ。
一方、社長はルピーさんに運ばれていた。箱の蓋を閉じ完全な宝箱状態となっている彼女を、ルピーさんは半ば無理やり掴んでいる。一応魔法で固定しておいたとはいえ、落ちそうで怖い。これもまた、行きを自力で飛んだ理由である。もし社長を落とされたらと思うと…。
「アストー。見えないけど大丈夫?さっきから凄い弱弱しい声が聞こえるけど」
そんな状況なのに、社長の声は平然としている。不思議である。私は震える声のまま聞いてみた。
「なんで平気なんですかぁ…?」
「んー?私、この高さから落ちても問題ないから。頑丈に作ってあるのよこの宝箱」
「そうなんですかぁ…!?」
「そうよー。でも、その場合貰った卵や羽は無事じゃ済まないわね」
社長は宝箱状態になっているのには理由がある。代金として貰ったのは冒険者が狙っているハーピーの無精卵と抜け羽。どうせ人間達に盗られるぐらいならと私達にくれたのだ。つまり社長は今、巣の中にいるような感じになっている。
実はハーピーの卵、入手困難な激レア素材であり貴重な魔法薬の材料になるのである。
更に食品としても優秀。かなりの高栄養食品であり、『蜂女王のローヤルゼリー』ほどではないにしろ高値が付く貴族御用達の代物なのだ。
抜け羽も、強い武器や防具の材料となる非常に貴重な品。だが、今この状況。間違っても「どう使いましょうか」なんて言えない。だって生産者が私達を
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