人間側 とある決意をした僧侶の告解

「杖良し、聖水良し、聖書良し、ロザリオ良し!」


バッグの中身を最終確認し、私は服とベールを翻し教会を出ます。と、私の後輩達が見送りをしてくれました。


「お姉様、ご武運を!」


「えぇ。必ず助け出してくるわね」





私はスケルトンが支配する『カタコンベダンジョン』付近の教会に在籍している僧侶です。そして今、私一人でそのダンジョンへと足を運んでいる最中なのです。


私の目的は1つ。それはダンジョンに囚われているスケルトンの皆さんを解放することに他なりません。彼らは元人間、きっと苦しみの内に魔物へと成り果てているに違いないのですから。




ダンジョンに最も近いということで、教会にはギルドの指示で復活魔法陣が設置されてあります。そこで復活した冒険者達がダンジョン内部の様子を色々と教えてくれるのです。


暗い洞窟の中に転がる大量の人骨。時々聞こえてくるスケルトン達の狂気の声。そして彼らは人を見かけ次第切り殺さんと襲ってくる…。恐らく、彼らは苦痛に呻き暴れるしかできないのでしょう。


そんなこと、聖職者として見過ごせません。私は一念発起し、彼らを浄化することに決めました。既に幾人かに安寧を取り戻してあげることにも成功しているんです。




何故私一人なのか? それは仕方ありません。ギルドに冒険者登録をしている…つまり戦える僧侶は私の教会には私だけなのです。


幸い他の教会にも賛同者はおり、いつもならばその方達とパーティーを組むのですが、残念ながら今日は皆さん予定が合わず…。


ですがダンジョンに1人で潜るのは危険極まりない事。ということでこのような時はギルドに頼み手練れの冒険者を雇う取り決めになっています。私は今その方達と合流しに向かっているのです。




「おう僧侶さん。ここだ」


「あら、貴方がたでしたか」


ダンジョン前、邂逅したのは見慣れた冒険者の方々でした。たまに復活魔法陣から現れる…要はよく死んでいるということですが。とはいえギルドによるとダンジョン最奥まで何度も到達しているらしく、腕も確かだと聞いています。


「回復担当がいると心強いな、いっつも途中で回復薬が切れて死んじまうから。早速潜るかい?」


「えぇ。お願いします!」






「そっち行ったぞ!」

「おぉりゃ! 駄目だ、速い!」

「逃がしたか…!だがこれで奥に進める。皆、怪我は無いか?」



流石ダンジョン慣れしている冒険者の方々です。骨が散乱する劣悪な足元をものともせず、スケルトン達と戦ってくださいます。普段の僧侶のみのパーティーだと、浅層にいるスケルトン一体にひたすら聖水や聖書の文言とかをぶつけて無理やり沈黙させるという技しか使えないのですが…。


「僧侶さん、足元気をつけてな」


「あ、ありがとうございます」


私はほぼ何もせず、冒険者の方々の後をついていくだけ。たまに彼らが負う小さな傷を治してあげるぐらいしか仕事がありません。楽で有難いです。




そうこうしているうちに結構な奥地まで侵入することができました。と、冒険者の方々はとある扉の前で足を止めました。


「僧侶さん、ここだ。前話した『スケルトンの狂気の声』が聞こえる場所は」


洞窟の中だというのに、そこにあった扉は木製。金属の取っ手までついており、まるで街中にある扉のような形状をしてします。そこに耳をくっつけ中の様子を窺ってみると…。


「ヒャッヒャッヒャッヒャ!」

「ヘッヘッヘッヘ!」


骨同士がこすれる音と共に聞こえてきたのは、明らかに様子がおかしい笑い声。私は思わず扉から飛び退いてしまいました。


「ここの中を覗いたことは…?」


「無いな。明らかにヤバそうだし。ダンジョン最奥に行くには他のルートがあるしな」


私の問いに、冒険者の方々はそう答えました。ですが私の目的はスケルトン達を苦しみから救うこと。もしかしたらこの中にその元凶があるのかもしれません。危険を承知で扉を開けてもらうことにしました。


「じゃあ行くぞ…ゆっくりな」


ギギィ…と僅かに扉を開け、全員で恐る恐る覗きます。


「うっ…!」


瞬間、鼻についたのはむせ返るほどの酒気。部屋の内部では沢山のスケルトン達が何かを浴び、狂ったように踊っていました。


「なんだここ…酒場か?」


「酒場とはこんなに狂気じみている場所なんですか?」


「え?僧侶さん、酒場に行ったことないのか?」


「私はお酒を嗜まないので…」


ぼそぼそと会話する私達。と、それが悪かったのでしょう。スケルトン達の首は一斉にこちらを向きました。背中を向けている者、頭をひっくり返してつけている者、頭自体を机の上に置いている者…その全ての首が。


そしてほぼ同時にガチャリと武器を手にしたのです。


「―!閉めろ!」


バタンッ!


「全力で逃げろ!」


私達の行動は早いものでした。即座に扉を閉め、猛ダッシュでその場を後にしました。






「あー…驚いた」


息を整える冒険者の方々。一方私は地面にへたり込んでしまっていました。


「どうした僧侶さん」


「腰が抜けて…」


「そりゃ大変だ。でも頑張って立ったほうがいいぞ」


「?」


首を傾げる私。すると冒険者の方は近くの壁を指さしました。


「ここがダンジョン最奥。スケルトン達のねぐらだ」




そこは地下にしては開けた空間で、壁の至るとこに横穴が掘られていました。ご丁寧に梯子や階段まで備え付けられてもいます。


「ほら、立てるか? ここからは慎重に行くぞ。大声を立てるなよ」


冒険者の方に引っ張ってもらい、私はなんとか立ち上がれました。恐怖から胸に付けたロザリオをぎゅっと握りしめた私を余所に、冒険者の方々は何かを話し合っていました。


「今日はどこに行く?」


「そうだな…前はあっち行ったし…。向こうにしよう」



抜き足差し足忍び足。壁伝いに物音を立てぬように移動していく冒険者の方々。私も遅れないよう必死でついていきます。




「…誰もいないな?」


穴の一つにたどり着いた私達はそうっと中を覗きこみます。スケルトンがいないことを確認し、足を踏み入れました。


「人間の部屋…みたいですね…」


簡素とはいえベッドがあり、机があり、服掛けがあり、ランプまでもあります。宿舎と言っても過言ではありません。


「スケルトンは元人間だからなぁ。生前の名残を無意識に真似しているんだろ」


部屋をきょろきょろ見渡しながら、冒険者の方はそう答えてくれました。死に、魔物になった後でも人間の頃と同じことをするとは…なんて可哀そうな存在なんでしょうか。早く全員を呪縛から解放させてあげないと…!


「お、あったぞ」


フンスと意気込む私でしたが、冒険者の方のその声で我に返ります。いつの間にか冒険者の方々は部屋の端に集まっていました。


「何をしているのですか?」


ひょっこりと覗き込む私。そこにあったのは宝箱でした。


「これは…?」


「スケルトン達が生前持っていた遺品さ。俺達はこれを売って金儲けしているんだ」


「なっ!それは墓場泥棒と同…むぅっ…!」


私の口は冒険者の方に塞がれてしまいました。もごもごする私に向け、冒険者の方にはしーっと指を立てました。


「騒ぐな、見つかったら殺されるだけだぞ。何、持ち主が分かれば全部返すさ」


「返したこと無いけどな」


静かに、下品に笑いながら冒険者の1人は宝箱に触れます。と、その時でした。


バカンッ!


「あ?」


突然宝箱の蓋が弾かれたように開き、更に次には…。


バクンッ!


「ぎゃっ…!」


一番近い冒険者の方を呑み込んだのです。




「「「…」」」


もぐもぐと蓋を動かす宝箱を私達は茫然自失に眺めていました。すると宝箱は突如軽くジャンプ、箱の向きを変え私達に飛び掛かって来たのです!


「ミミックじゃねえか!」


驚き私の口から手を離す冒険者の方。そして私はというと、思わず叫んでしまいました。


「きゃあああああああ!」


「あ!叫ぶなって!」


冒険者の方が止めるのも聞かず、私は即座に回れ右。全力で来た道を逃げ戻ります。残った冒険者の方々も急ぎ逃げ出しますが…。


「ぐあっ!」

「うげっ!」


私の悲鳴で事態に気づいたスケルトン達が駆け付け、全員が仕留められてしまいました。私は逃げるのに必死で彼らを置き去りにしてしまったのです。


最も、それに気づいたのは浅層まで戻った時なのですが…。







「どうしましょう…」


私はダンジョンの端で座り込んでいました。冒険者の方々を見捨ててしまったことへの罪悪感、取り残された恐怖感、様々な感情が私の心を締め付けていたのです。ですが、いつまでもそうしているわけにはいきません。


「ううん、諦めちゃ駄目…!一人でも救わなきゃ…!」


自らの頬をペチンと叩き、私は立ち上がります。ここに来た理由を忘れてはいません。手に聖水と聖書を持ち、スケルトンを探しに一歩を踏み出した時でした。


ガシャァン!

「きゃっ!」


思いっきり誰かにぶつかってしまいました。謝罪しようと顔を上げると、そこにあったのは髑髏頭。つまりスケルトンでした。


「きゃああああああああああああっ!!!!」


私は絶叫しながら手にしていた聖水の瓶を投げつけ、聖書の文言をぶつけました。更にバッグから追加を取り出し、闇雲にその全てをぶん投げました。


「ガッ…チョ…マッ…ギャアアアア!」


あまりの弾幕にスケルトンは抵抗できず、カランコロンとあたりに散らばり沈黙。どうやら無力化できたみたいです。へなへなとへたり込みながら、私は安堵の息を漏らしてしまいました。


「よ、よかったぁ…」


たった一体に持ってきた道具全てを使ってしまいましたが、なんとか勝てました。いえ、呆けている場合じゃありません。この方の骨を持ってダンジョンを後にしないと…!急ぎ私が頭蓋骨を拾い上げた時でした。


ブブブ…!

「へ…?」


謎の羽音。辺りを見回すと、地面に落ちた肋骨の陰から数匹の蜂が出てきました。こんなところで蜂なんて、嫌な予感しかしない。私は飛び逃げようとしたのですが…。


ブスリッ

「痛っ…!」


突如手に走る痛み。ゆっくりと首を戻すと、頭蓋骨の隙間から同じように数匹の蜂が湧き出していたのです。


「ひっ…!」


思わず頭蓋骨を放り捨てようとしましたが、手が動きません…!あっ…顔も…足も痺れて…倒れ…。


ズシャァ…


あ…あ…瞼が勝手に…耳も聞こえなく…。と、消えゆく意識の寸前、どこからか妙な、擦れるような声が聞こえてきました。


「オ。ミミック『宝箱バチ』ノ毒ハ凄イナ。骨ヲ抜カレタヨウニ倒レテルゾ。ドウスルコイツ」


「僧侶ヲ殺スノハ何カ嫌ダナ…毒ノ効果ハ一日ハ持ツンダロウ?深夜ニ教会ヘ運ンデヤルカ」





そして、次に気づいた時には教会のベッドの上でした。聞くと、夜中に物音がしたと思ったら私が玄関に倒れていたようです。まさか、スケルトンが運んでくれたのでしょうか…。もしかして、彼らにも人の心が残っている…?


なら、急いで解放してあげなければ!人の心が完全に消滅する前に!私、諦めません。スケルトンの皆さんを救うまでは!

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