顧客リスト№2 『スライムのぼよんぼよんダンジョン』

魔物側 社長秘書アストの日誌

本日依頼を受け向かったのは、スライム達が棲むとあるダンジョン。人間達からは「ぼよんぼよんダンジョン」と呼ばれている。


その呼び名の通り、ダンジョン内の壁や床は固めのスライムの如く弾力がある素材製。ぼよんぼよんしている。よくある毒沼のようなトラップもドロドロのスライムが満ちている。


スライムのスライムによる、スライムのためのダンジョン。そんな中を社長は…。


「ぼよ~ん!」


宝箱に入ったまま跳ね回っていた。




「アスト!これ楽しいよ!」


「怪我しないようにお気をつけてくださいねー!」


ケラケラと楽しむ社長にそう声をかけ、私はちょっと溜息をついてしまった。見た目は少女だが、確か社長は私より年上のはずなんだけど…。まあ種族によって年齢云々はまちまちではあるし…。




「いやぁ、他種族の方に楽しんでもらえると嬉しいものだねぇ」


と、天井からべちょりと落ちてきた大きなスライムがクスクスと笑う。にゅるりと身体の形を変え人型となった彼女はこのダンジョンの主にして、依頼者である上位スライムの「スラリー」さんである。


「ゴブリンのお爺さんから話を聞いて依頼したのだけど、聞いた通り気さくな方で良かったよぉ」


話を聞く限り、どうやら以前お会いしたゴブリンの方が紹介してくれたらしい。こんなふうに口コミで広がっていくのを聞くと、心なしか嬉しくなる。




「で、どう? 私の依頼できそうかなぁ?」


「『このダンジョンに合うミミック』ですよね。うーん…」


彼女の依頼もまた、冒険者を追い払うためのミミックが欲しいというもの。だが、それには大きな壁があった。


「宝箱を置いてないんですものね、ここ…」




そう、このダンジョンには宝箱がなかった。正確に言えば、宝箱の代わりをスライムが担っている。彼らは体の中に宝を入れて縦横無尽に動き回っているのだ。


宝箱に潜み、冒険者の隙を突くミミックにとって、それは結構な致命傷。流石の社長も頭を悩ませ、とりあえずダンジョン内を探索してみようとなり今に至るというわけである。



これから宝箱を置くように提案する、というのもある。だけど、依頼を受けた企業私達側が成し遂げられないからと言ってクライアントに状態の刷新を求めるなぞ、あってはならない。そんなことをしたら会社の名折れである。


だが、仮に通ったとしても、このぼよんぼよんの床である。安定して宝箱を置ける場所は限られており、大した戦果は挙げられないだろう。


ところどころにある柔らかいスライム地面に置くとしても、今度は宝箱がズブズブと沈んでしまい冒険者に気づかれないかもしれない。


もはや、「我が社の力不足です」と謝り退散すべきなのか。そう悩む私の耳に聞こえてきたのは…。


ドプンッ!


「え、何ですか今の音…」


「多分誰かがスライムに飲み込まれた音だねぇ。でもおかしいなぁ、冒険者は今いないはずなんだけどぉ。スライム同士がぶつかったらあんな音はならないし…」


スラリーさんはそこで言葉を止めると、私と顔を見合わせる。そして、私達は一斉に駆けだした。そこにいたのは大きなスライム。その身体から見えていたのは…。


「社長!!?」


ミミン社長の腕だった。





「こらぁ!ペッしなさい! ペッ!」


スラリーさんは焦った口調でスライムに呼びかける。だがスライムはぼよんぼよんと身体を揺らし何かを訴える。まるで「食べているんじゃないよ!」と言うように。最も、その時はそんなこと気づかなかったのだけれど…。


「社長!ご無事ですか!?」


ごぷりごぷりと音を立てつつ今なお沈んでいく社長の腕を掴もうと、私はスライムの元へ駆け寄る。箱はおろか、既に顔すらスライムの中である社長が無事であるはずもないが、そう声をかけるしかなかった。だが、予想外なことが起きた。


「えっ…?」


社長の手は平然と動き、サムズアップをしたのだ。




「…意外と元気なんですね?」


混乱した私を余所に、社長の手はこっちにおいで手招きする。どうやら手を握って欲しいらしい。訝しみながらも私がその手をとると、社長は勢いよく手を引いた。


「ちょっ…わぷっ!」


まさかの行動に何もできず、私は顔面からスライムの中へ。むにゅむにゅなスライムが顔じゅうに張り付き、呼吸がままならない。このダンジョンでの冒険者の死因は窒息死らしいが、こんな感じなのか…。苦しくなった頭でそんなことを考えた時だった。


ゴポンッ!


「ぶはっ…はあっ!」


勢いよくスライムの外へと押し出され、呼吸が出来るように。一体誰が、いや考えなくとも答えは一つ。ぬぽっとスライムから上半身を出したのは、少女。つまり…。


「しゃーちょーう…」


「ごめんごめん、ちょっと試してみたくて!」






「意外と力強いんですね…」


再度スライムの中に潜り、自身の箱を引きずりだしてきた社長に私はそう言葉を投げる。すると社長は何を今更と鼻で笑った。


「私達ミミックは箱の中に獲物を引っ張りこんで仕留めるんだもの。足の力は弱いけど、手の力ならかなりのものよ?」


えっへんと胸を張る彼女を、スラリーさんは驚いたような顔で見つめていた。


「驚いたねぇ…。スライムの中で生きていけるのぉ?」


「ミミック種全員が…とはいきませんが、出来そうですね。私も初めて試しましたけど!何分、体の構造がスライムに近いですから」


「あぁ…」


私は社長の普段の行動を思い出し、苦笑いを浮かべる。確かにスライムみたいに体をくねらし箱移動をしているが、本当に体の構造が近いとは…。



「それより、良い案を思いついたかも! 私やスライムと近しい身体の構造を持つ子を選んで…。あ、大きさ的に下位ミミックが、それも触手型のほうがバレにくいかな…!名付けて『スライムミミック』!となると…」


全身をスライムで汚したまま、社長はぶつぶつと呟く。何か思いついたようだが、スイッチの入った時の社長を邪魔すると後のご機嫌取りが面倒。とりあえずやれることをやっておくことに。


「えっと…スラリーさん、社長がご迷惑をおかけいたしました。 …とりあえず先にご予算の確認をさせて頂きますね」


こういう時は社長に任せておけばなんとかなるものである。



まあでも、まさかあんなものを作る、もとい組み合わせるなんて…。確かに『宝箱に潜む』ミミックではあるのだろうけど。

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