5. まぼろしのゆめにさようなら
悲鳴と共にライカは覚醒する。息苦しい圧迫感のある建造物群はどこにも見えなかった。あるのは見慣れた塔内部にある階段。ライカの肩を揺さぶっていたエミリオと視線がかちあう。
「……エミリオ。お前」
「ああ、ライカ! 意識をこちら側に持ってこれたのですね、本当に良かった……!」
エミリオがわずかに瞳を潤ませて歓喜する。再会の悦に浸ろうとしていた彼に対し、ライカは真っ先に頭突きを喰らわせた。額がズキズキする。
「だっ⁉」
「てめぇエミリオ! めちゃくちゃ痛かったじゃねえか!」
ライカはエミリオを視認するや不満を一気に吐き出す。怒号を飛ばすたびに後頭部が反響するように痛む。本当は大音声も頭に堪えるから静かにしたかったが、そんなことは言っていられない。それよりも自身の怒りの感情をぶつけるのが最優先だった。
「だって、あなたが幻覚から目を覚ますような外的刺激を与え続けるようにと」
「言ったがタライ集中攻撃ってなんだよもっと方法を変えろよバカのひとつ覚えみたいに」
「タライ魔法は私のアイデンティティですから」
「んなアイデンティティ捨てちまえ!」
またずきりと頭が痛む。声を張って喉も奥がヒリヒリしてきた。ライカ自身の疲労感もあり、もうエミリオを怒鳴ることはせず、作戦の首尾を確認することにした。だがひとまず第一歩――夢幻回廊の幻覚を破ることはなんとかなりそうだ。
「お前自身は大丈夫だったか? 幻覚の方は」
「あなたの助言のおかげで踏み込まずに済みました。猪突猛進なあなたが突然止まったら、その瞬間夢幻回廊のギミックは発動している――下手に触って私が巻き込まれたらミイラ取りがミイラになってしまいますから。外のジャスミン達と生体反応や階層の構造を確認しながら、あなたが目を覚ますように手を尽くしていました」
「タライだがな」
「あなたに触れず、刺激を与え続ける。そういう意味でも適任な魔法だと思いませんか」
何故か誇らしげに言いきられてしまった。ライカはこれ以上の追及を諦め、罠の発動位置を睨みつける。第四十五階層へ続く階段。
「階段に足を踏み入れると幻覚を見せられる仕掛けか……」
「幻覚の内側からの突破は難しそうでしたか?」
ライカは頭痛に顔を歪めながら思案する。
「どうだろうな。痛覚みたいに現実世界に引き戻す刺激を与えれば、意識は一瞬こっちに戻るだろう。ただ、またすぐに幻覚を見せられたんじゃあ……」
「――なるほど」
エミリオが納得したように頷く。それからライカを見て聖人めいた笑みを彼が浮かべた瞬間、ライカは危機を察知した。
こいつ絶対ろくなこと考えてねえ。
「なら、あなたが立ち止まるたびにタライを落とせば前進できるというわけですね」
「階段を上りきる前に俺の意識が吹っ飛ぶわド阿呆!」
『コントはその辺にしてもらっていい? 話進めたいから』
ジャスミンからの交信だ。夢幻回廊では交信がうまくいかなかっただけに、仲間の声を聞いてライカは安堵する。
「俺が夢幻回廊にいる間、外から見て生体反応に変化はあったか」
何度か念話を飛ばしたんだが、と添えるとジャスミンはいいえ、と短く答えた。
『大きな変化なし。タライをぶつけられたときは激しく抵抗したみたいだけど、あんたからの自発的なアクションは確認できていないわ』
「第四十五階層に生体反応はあるか?」
『他の階層同様にいくつか。ひとつ大きな反応もあるわね……夢幻回廊のギミックを作った魔物かもしれない』
「それだと、仮に刺激を与えて階段を上ったとしても危険ですね。満身創痍のライカを放り込むわけにもいきませんし」
邪竜の目覚めとともに突如現れたこの塔は謎も多ければ理屈が通じないことも多い。何故階段を上ると幻を見るのかとか、仮に魔物の仕業として魔物にそんな高度な知性があるのかとか、解明できないことも多い。けれど、ここが魔物にとっての「巣」であるとすれば、そんな罠の設置にも納得できる理由が生まれる。
餌場だ。上の魔物はこの回廊に引っかかった獲物を喰らいに降りてくる。
「なあジャスミン。上のフロア、生体反応は魔物しかないか?」
『? ええ、人間の反応はないけれど』
ならばライカの心は決まった。階段を睨みつけながらもライカは不敵な笑みを浮かべる。
「解決策を見つけた。エミリオ、ちょっと離れとけ」
「解決策って、ライカ」
「この煩わしい罠も、上の強い反応の魔物も、要するに全部倒せばいいんだろ?」
ならば答えは一つだ。ライカは瞳に炎を宿し、高々と剣を掲げた。
「――燃やそう」
エミリオの顔色がさっと変わる。
「ライカ、正気ですか!? いかにあなたとはいえ、フロア全体規模の魔法となると」
「正気さ。だからやる」
「ですが」
「後のことはお前に任せる。
エミリオはまだ何か言いたげだったが、こうと決めたら梃子でも動かないライカの性分を理解してもいる。言い出したらきかない男を止める手立てはないとわかっているのだろう。
もう振り返らない。ライカのやることはひとつだ。
「我が身は雷、炎の化身なれば」
精霊に干渉。その扉をこじ開ける。大量の火精霊の力を奪い取っていくようなものだ。本来なら合意を得て接続する儀式である詠唱すら、ライカは強引に進めていく。
「我が身は炎、雷の使いなれば」
要求された大量の粒子に精霊の反応が鈍る。うるせえいいからもっと力を寄越せと、ライカは身体に雷を迸らせた。帯電し、延焼し、炎上する。その力のすべてを己の剣に流し込んでいく。
そして、すべてが爆ぜるのだ。
「燃やせ、貫け、我が
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