サラマンダー・サバイブ

海宙麺

第1話 さらば現世

無機質なアラーム音が狭い部屋に響く。俺は、一つ欠伸をして起き上がると、のそのそと台所へ向かった。

一度伸びをして、寝ぼけた頭をスッキリさせて、卵、味噌、生わかめ、小鍋、フライパンを用意する。小鍋に水を張って、ガスコンロの上に乗せ、火を着ける。待っている間はフライパンに油を引いて、卵二つを割りいれて、少し水を入れて蓋をして蒸した。

それから少しして、小鍋の水が鍋底から泡を立てている。小鍋の方の火を止めて、味噌を溶かして生わかめを黄土色の液体にダイブさせる。そしてそのまま100均の汁椀にワカメ味噌汁を入れた。フライパンの方には、白い円盤の中に黄色い球が二つ。白身はパリパリとした焦げ目を付けて、皿に移す。

炊飯器を開けると、炊きたての白米から白い湯気が上る。ふっくらと炊けた白米をよそって、箸を取り出してそのままキッチンで食べる。

飲食店のキッチン担当がこんな有様でいいのか、と言われれば微妙だが、一人暮らしの男性としてはまぁ問題は無いと思う。

安い粉コーヒーを飲んで、歯磨きと洗顔。

少し伸びた髭を剃ったら、トイレで消化物を排出して、適当な服に着替える。

何の変哲も味気も無い身支度を終えて、俺はアパートの部屋から出る。眩しい日射しを憎々しく睨んで、職場に向かった。


仕事帰りのリーマンや、学生のサークルの飲み会、はたまた観送迎会で賑わう場所。

注文の多いこの居酒屋で、俺達キッチン担当はせわしなく注文された料理を作っていく。

豚カツに天ぷらなど揚げ物を大量に上げている同い年のキッチン担当、田中の顔が青白い。なんだか少し危なっかしい手つきだ。

いつも通り、忙しく働いて、心身共に疲弊して、泥のように眠る。そんな日々が続くと思っていた。

「うわああ!燃えたぁぁ!!」

「大丈夫か中田!?濡れタオル持ってくるぞ!」

キッチン担当の叫び声が聞こえたと同時に、炎が勢い良く燃え上がる。

鎮火しようと濡れタオル等を用意しようとその場を離れてから、火の手はますます大きくなった。

酸素が奪われつつあるガス臭い厨房。無くなってしまった足場。熱いなんてもんじゃない。俺の意識は薄れていった。


目を覚ませば、暗闇の中にいた。とても狭く、硬い何かの中にいるようだ。火事はもう収まったのだろうか。とても窮屈で、出られるのかが心配だ。

ふと、暗闇の中から一筋の光が見えた。もしかして、出られるのか。何とか生きていたのか。俺は光を求めて全身に力を込めると、狭い闇から抜け出した。

土の匂いが鼻をくすぐる。俺の視界いっぱいに広がるのは、鋭い翡翠色の瞳。横に大きく裂けたような口。そして、朱色の滑らかな鱗。

「ぎええええええ!!」

人を丸飲みにしそうな巨大トカゲに思わず後ずさりをしてしまった。体は火災に巻き込まれたとは思えないほど軽く、かなり速く動けた。

距離を離して見えた全体像は、頭には立派な二本の角が生えており、背びれの代わりには轟々と燃える赤い炎。四つの足から生える鋭利な爪は、人間の体など易々と八裂きにしてしまうだろう。


どうしてこうなったのだろうか。

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