vol.2




卒業を控えた中3の冬。

地元で唯一の遊び場の商業施設で、私の運命は変わった。








田舎で育った中学生の私は、電車で数駅のそこへ入り浸っていた。たまたま同じ日に来ていた1つ歳上で高校生の従兄弟の友人が、彼。


「東京から遊びに来てる蒼(ソウ)だよ。」


長い手足に茶色い髪、片耳のピアス。都会的な雰囲気は今まで関わっていた男の子たちとあまりにも違っていて、その目を直視できなかった。





従兄弟は1年前に両親が離婚し、母親の出身地の千葉へ引っ越していた。父親と会うため数ヵ月毎に地元に帰ってくるが、会う度にその外見は変貌し、高校へ進学してからはもう別人のよう。純粋そうな田舎の少年だったのに、今では金髪に近い髪色に腰履きのジャージを身につける立派なギャル男だ。


「蒼はゲーノージンだよ。雑誌とかに載ってんの。」


長い襟足を触りながら自慢げに言う従兄弟の肩を彼はトンと叩き、「それ言うな!」と怒った。


「はじめまして、りっちゃん。よく話聞いてるよ。」


急に呼ばれた自分の名前に驚いて咄嗟に顔を上げると、長めの前髪の間から涼しげな目元が見える。私は急に顔が熱くなって、急いでまた顔を下げた。




私は平凡極まりない、普通の15歳。派手でもなく地味でもなく、目立つこともいじめられることもない、普通の子。


そんな私に蒼は何故かとても興味を持った。


連絡先を交換しようと言われると、メールのアイコンに登録している友達との子どもっぽいふざけたプリクラを思い出して後悔した。



従兄弟の父親の家に一泊して東京へ帰った蒼は、毎日何通もメールをよこした。その内容は勉強だるいだの朝起きれないだのと本当にくだらなくて、かっこいい都会のお兄さんという印象は早々に壊れた。取って代わったのは、年上なのに子供みたいで可愛いと思う心。私は蒼からの返信が楽しみで仕方がなかった。


3日ほど経つと、電話が掛かってくるようになった。私の中学の卒業式が終わって春休みに入ると、一晩中話すこともあった。





「明日は昼から撮影があるから、学校休むわー。ゆっくり寝れるぜ!」


『午前中は行けるじゃん』


「嫌だよ起きれない」


『もう〜頑張りなよ〜』





何気ないやり取りは私たちの距離を縮めたように思えた。私はどんどん蒼を好きになる一方で、こんな人が私を好きになるわけない、でも、もしかして…?という期待を止められなかった。





3週間が経ち、高校の入学式が目前に迫ってきた頃、蒼はまた私たちの地元へやってきた。今度は、一人で。



「久しぶり、りっちゃん。会いにきたよ!りっちゃんのために!」



大胆な言葉を言い放ってにこにこする蒼はやっぱり可愛い。メールや電話はたくさんしたけど、会うのは2回目。上手に話せない私を、蒼は「照れてんの?」とケラケラ笑った。




特に目的もなく初めて会った時と同じ商業施設に向かい、ブラブラと雑貨屋や本屋を見たあと、ベンチに座って、並んでアイスを食べた。



「りっちゃんは何味が一番好きなの?ストロベリー?」


『だね。いつもストロベリー選ぶ。食べるのも見るのも好き。』


「ほほう、聞いてた通り。」



得意げな顔をした蒼は、持っていたバッグに手を突っ込み、中身をゴソゴソ探り始めた。



「ん〜…。あっ!あった!」

何かを見つけて、トントンと形を整えている。



「どーぞ!」と手渡されたのは、可愛い小さな包み。


戸惑いながら開けると、出てきたのはストロベリーがモチーフの、キラキラとした小さなイヤリングだった。



「気に入った?気に入った?」


『うん、すっごいかわいい…。これ、もらっていいの…?』


「もちろん、りっちゃんに買ったんだよ。高校の入学祝い!学校に着けていって。」


『ありがとう…嬉しい!』



男の子からプレゼントを貰うなんて、小学生の頃に好きだった田中くんにバレンタインのお返しを貰った時くらいだな…フラれたけど…


頭をよぎった恥ずかしい思い出から、期待するなと必死に自分に言い聞かせる。



その時、蒼が私の髪を触った。

驚いて蒼を見ると、あの涼しげな目元がこちらをじっと見つめていた。



「やっと目合った。全然こっち見てくれないじゃん。」


そうだっけ…と思いながら、確かにあの目に全然慣れていないことに気付く。


『ごめん、会うの2回目だし、なんか恥ずかしくて…。』


そう伝えると、蒼は嬉しそうに笑った。


「それって、俺のこと好きだから?」



急な質問に目を見開く。

『え!?なんで!?』



「違うの?」

首を傾げた蒼があまりにもかっこよくて、また目を逸らす。


『いや…違うっていうか…あの…』


しどろもどろになっていると、こちらに向き直った蒼が私の手を握った。




「俺、りっちゃんに会う前から、写真に一目惚れしました。」




目を見開く私に、へへっと照れ笑いして頭を触る蒼。


従兄弟から可愛いだろ、と見せられた写真を見て、一目惚れしたのだと言う。



「それで一緒に連れてけってお願いして、りっちゃんにやっと会えたんだよ。生で見ると写真より何倍も可愛くて、話したらやっぱり好きだ!って確信して。連絡先聞くのすごい緊張したんだよ。」



初めて会った日の蒼を思い浮かべる。

『そんな風に見えなかった…。だって私、普通だし…。蒼はかっこいいから、東京に可愛い彼女がいるかも…って思ってたよ。』



蒼はううん、と首を振り

「俺はりっちゃんの写真を見た日から、りっちゃん一筋!」と答えた。



驚きのほかに嬉しい気持ちが広がって、胸のあたりが熱くなる。



「だからね、りっちゃん、俺と付き合ってください!」



戸惑い、驚き、焦り。忙しない頭の中で、なんとか蒼の目を見返す。そして、言葉を絞り出す。




『はい、私で良ければ。よろしくお願いします。』






「よっっっしゃ…!」

嬉しそうにガッツポーズをする蒼を見ながら、

バクバクと音を立てる心臓に静まれ…!と心の声をかけ続けた。










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