第八話 休業日
店の荒れ具合により、まさかのお休み日和が舞い降りた。これはなんと喜ばしいことか。
一日中部屋にこもってゴロゴロできる。日頃の疲れを存分に癒すこともできる。好きな時間に、好きなように食事を摂ることも可能だ。ああ、休みとはなんて素晴らしいのだろう……。
「そんなわけで外に出ましょう!」
「今の流れでなぜそうなった」
頭を抱えたガレイスに、私は首をかしげた。
時刻は朝の6時頃。いつもの癖で早く起床してしまった私は、眠れなかったのか、同じく起床していたガレイスを見て閃いた。折角ゲットした同居人と、仲良くなろうぜ作戦を。
同じ屋根の下、共に暮らすというのに仲が悪かったら最悪だ。そんなわけで提案したのが、先も言った外出である。
「バスケットに手軽に作った料理を詰め込んで、共に外に出てランランランデブー。これで仲良くならないわけがないではないですか」
「知り合って一日でピクニックもどきに出かけるのはどうかと思うぞ」
鋭いツッコミをいただいた。しかし、そんなことで私はめげない。仲良し大作戦は必ずしも達成するのだ。諦めることなど論外である。
「さあ、そうと決まればれっつらクッキング! 美味しいお弁当を用意しましょう!」
「人の話を聞けー」
何か言っているガレイスなど華麗にスルー。くるりとその場で一回転し、私は素早く室内に設置されたキッチンへと駆け込んだ。
キッチン内に存在する、冷蔵庫や食材保管用の棚と籠。何か使えそうなものはあるだろうかと、鼻歌交じりにあちこち漁る私の視界、広がるのは無の空間。開けど漁れど食材らしきものは何も無い。強いてそれらしいものをあげるとしたら、籠の底に存在した五百円玉一枚……。
「……ガレイス。コイン食べます?」
「貯金しなさい」
言われた通り、ほぼ空の貯金箱にお金を入れた。
「――って、違う! 違います! こんな現実は望んでいません! これではランランランデブーできませんよ!」
頭を抱えて床を転がる。そのまま円を描くように移動する私に、呆れた視線を向けながら、ガレイスは腕を組んだ。その顔には既に関わりたくないな、という感情がありありと浮かんでいる。
「別に無理にランデブーする必要もないだろう。というかなぜわざわざ外に出ないといけないんだ。理由がない。私は断固反対だ」
「……ガレイス」
「なんだ」
「あなたさては童貞ですね?」
頭をわし掴まれてしまった。そのまま地味に力を込められるものだから、頭部が圧迫されていく。
なるほど。どうやら私は触れてはいけない領域に触れてしまったようだ。痛い痛い。
「ほう? 貴様は、そこまで、外に出たいと?」
「おおう、ガレイス。頭が痛いです……」
「ハハハッ! 良いだろう! ならばこの私が! 直々に! 貴様を外に連れ出してやるとしようか! 折角の休みだからな! 部屋にこもっていて良いわけがあるか! ほうら行くぞ!!」
笑うのか怒るのかどちらかにしてほしいものだ。
頭を掴まれたまま、連行されるように引きずられていく。まあ外に出るという目的は果たせそうなので別にいいかと、一人心の中で頷いた。
店の扉を開いて一歩外に出ると、そこは店内に広がる、柔らかな世界とはまた異なった世界が広がっていた。
赤く染まり果てた空。漆黒の雲。枯れた草木に荒れた大地。
まだ扉を開いただけだというのに、ここからでも見える巨大なビル群は大きく傾き、その表面はひび割れ、所々穴が空いている。中には腐敗しかけているものも存在し、そんなビルの中からは奇妙とも言える形の、実に不可思議な生命体がその顔を覗かせていた。
「…………」
ガレイスが無言で扉を閉める。
「こんな世界でランデブーできるわけあるか!!」
怒鳴られた。ひどい。
軽く口をとがらせ、私は反論。
「出来るに決まっているではありませんか。見た目が悪いだけで、他所の世界とそう大差ありませんよ。それによく言うじゃないですか。ほら、吊り橋効果……」
「遠回しに危険があると言っているではないか!」
それはそうだ。こんな見た目の世界に危険がないなど、口が裂けても言えない。
そっと顔を逸らす私。ガレイスはその動作に苛立ちを感じたのか、目の前に存在する扉を開け放ち、外を指さす。――あ。
「見ろ! この惨状を! これのどこが自然だ!? こんな世界に一歩でも出てみろ! そこら辺に存在する奇妙な生き物に忽ち喰い殺されるに決まっている!!」
「おはようございます、支配人。本日は随分と早いですね」
「は? 支配人?」
意図せぬ返答(?)に疑問を抱いたのか、ガレイスは無言で振り返る。
開け放たれた扉の向こう。一人の人物が笑みを浮かべながら佇んでいた。
顔の右半分を覆い隠す、色素の薄い、長い金色の髪。本来あるはずの白い部分が存在しない、狐目のように細い黒い瞳。小さな赤が見えるので、きっとそれが黒目と呼ばれる部分なのだろう。
身長はガレイスよりもやや低め。しかし私よりは高い。確実に。
中華風の、赤と白を基調とした衣服に身を包んだその人物は、私、ガレイス、また私に視線を向けると、やがて何かを思考する。かと思えば、すぐにその口元に弧を描き、愉快そうに笑んだ。
「やあ、リリィ。これはまた随分と面白い拾い物をしたようで。クロ以来の面白物品じゃあないか。君はこういった物を見つけるのが得意なようだ」
「物扱いはおやめください。彼らは物ではありませんので」
「おっと、こりゃ失敬」
ただならぬ雰囲気を感じ取ったのか、ガレイスが一歩後ろへ。私を庇うように前に立つ。
「貴様、何者だ?」
問われた一文。男は笑った。
「ほう、ほう。己から名乗ることもせずして俺の名前を聞こうというのかい? 随分と礼儀のなっていないペットだ。なあ、リリィ。そうは思わないかい?」
「まぁ、確かに、自分から名乗るのは礼儀ですよね……」
「貴様はどちらの味方だ!!」
私は、私が正しいと思う方の味方です。
そんな言葉と共にドヤ顔になれば、再び頭をわし掴まれた。そのままギリギリと締めつけられる。先程より力が強いのはきっと気のせいではないはずだ。いたいけな乙女になんという仕打ち。痛い痛い。
「ほほう。飼い主にまで手をあげるか。なんたる猛犬。いや、鳥だから猛鳥?」
「誰が猛鳥だ!」
「まあ、ここは我が愛しのリリィに免じて許してさしあげよう。いやぁ、俺はなんて寛大なのか……」
クツクツと喉を鳴らし、男は告げる。
「さて、名乗り遅れてしまったが、改めて自己紹介といこう。俺はリド・ロウンという者だ。『夜の支配人』と、皆は呼ぶ」
「『夜の支配人』……」
呟き、ハッとするガレイス。彼は漆黒に染まる嘴を大きく開け、支配人を指さした。
「貴様が『夜』とかいう奴を店に放った輩か!」
「おっと、失礼極まりない言い方だ。リリィ。一体この木偶になんと説明を施したんだい?」
説明と言われても、私がガレイスに教えたのは、『夜』にはそれを監視する者がいる、ということだけ。ガレイスはその説明を変に解釈してしまったのではなかろうか。全く。夢のない者はこれだから困る。
無言で肩を竦めた私に、支配人は何かを察したらしい。「ふむ、なるほど」なんて言いながら、長い爪先を自らの口元に添えていた。
「……まあ、この猛鳥は放置といこう」
支配人はそう言い、考えることをやめ、私を見る。
「さてリリィ、先日の件だが、うちの監視下にあるモノが失礼した。よく言い聞かせてはいるのだが、どうもなかなか、手綱を握らせてはくれないもので……」
「心情お察しします。『夜』の暴走は凄まじいですからね……」
二人してため息を吐き出し、肩を落とした。幸せが逃げた気がしたが、まあ気にすることは無い。
話についていけないガレイスに説明を施すこともせずに、私たちは会話を続ける。
「それで、だ。謝罪というにはあまりにもあれだが、先日面白い『夢喰い』を見つけてな。狩れば暫くは採集に困らない程の『夢』を、その内に蓄えていたように見えた」
「おや、それはなかなか……その『夢喰い』、どちらに?」
「南東の方角だ。俺の予想が正しいなら、今は恐らく黒き泉で骨休めをしていることだろう」
「南東……」
まあ、あそこならば危険な生物はさほどいないはずだ。なら、これを逃す手はない。
頷く私に、支配人は笑う。奇妙に、歪に、愉快そうに。
「今宵は俺も狩りを手伝おう。君だけではちと、あれは手を焼く」
「助かります」
頭を下げる私の傍ら、ガレイスはひたすら頭上にクエスチョンマークを浮かべていた。
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