第六話 説明要求
「―――やめろッ!!」
拒絶の声を張り上げ片手を振るう。
そうすることにより消え去った忌々しい光景は、その代わりとでも言うように、別の景色を私の目前に広げてくれた。
まず視界に写ったのは黒。艶やかに揺れ動くそれと同期するように、私の瞳もまた動く。
右に、左に、そうして中央に。漸く定まった視界の中で、こちらを見下ろす少女が笑みを浮かべた。
「あ、起きたんですね。おはようございます」
「……オハヨウゴザイマス」
挨拶は礼儀である。
若干死んだ目で答えた私は、己が枕としているものについて考える。
目の前に笑顔の少女。私は仰向け。後ろ頭に感じる感触は柔らかな人肌。OKOK。なんとなくだが察しはついたぞ。
私は瞳を閉じ、そして、咳払いを一つ。
「年頃の女の子が人様に膝枕なんてしちゃいけません!!」
噛み付く勢いで叫び、同時に上体を起こした。
勢いがつきすぎたのか腰を痛めるもそんなことは気にするべからず。床を這うような体勢で片腕を背中に当て、ソファーに腰掛けている少女を振り返った。
「ど、どういうことだ? お前、一体私に何をした?」
「膝枕してました」
「その事実は今は闇の中に葬り去ってくれればありがたい……って違う!!」
なぜ私はこうもツッコミを入れなければならないんだ。やめてほしい。
のほほんとした少女に頭痛を覚えながら、腰を気遣いつつ立ち上がる。一瞬凄まじい痛みに襲われたが、それはなんとか堪え、小柄な少女を見下ろした。
「ひ、一先ずだ。落ち着いて話し合おう」
「私は落ち着いていますよ?」
「私が落ち着いて話し合おう」
もはや自分でも何を言っているのかわからない。
「ここはどこだ? 店ではないようだが、私をどこに連れてきた? それに先程の、あの、あれはなんだ……」
「お客様は大変混乱していらっしゃいますね。語彙力の欠如が素晴らしいです」
「そういうことはいいから現状の説明をしろ! 現状の!」
子供に怒鳴るのはみっともないが致し方ない。これでは埒が明かないのだ。
私の憤りを感じたのか、少女は軽く姿勢を正した。口元には依然、柔らかな笑みが浮かべられている。
「では、説明致しましょう」
客に接するような態度で、彼女は告げる。
「ここは夢屋の二階。そこに作られた私の私生活用スペースです。お客様は店内で突如倒れてしまいましたので、仕方なくここにお運びしました」
「……誰が?」
「……」
無言で笑みを深めた少女に青ざめる。
まさか、まさか私はこのような子供に、しかも女性に抱えられたというのか!?
「しょ、しょしょ、正直に言いたまえ。そ、その場にいたお客に私を運んでもらったのだろう? ん?」
「いいえ」
「正直に言いたまえ!」
「まあ、そんなことは気にせずに話を続けましょう」
絶望に打ちひしがれる私などなんのその。そこら辺に転がるじゃが芋の如き扱いで、少女は宣言通り話しを続ける。
「倒れたお客様など、本来ならば外に放り出し放置するのですが、今回ばかりはそうもいかず……迷い人たるお客様は、一度放置すると非常に厄介なんです。あなた様がきちんと、己の居場所を認識さえしてくれれば、私もこんなに手間取ることはなかったんですがね……」
「いや、それはもう、本当に、ご迷惑をおかけいたしまして……」
深々と頭を下げる。なんのことだかさっぱりではあるが、とりあえず私が悪いのはなんとなくわかった。
素直に謝罪を紡ぐ私に、少女はいえいえ、と軽く微笑む。
「お気になさらず。住人が増えて、私としてはとても嬉しかったりするので」
「なんと。そうだったか。それはそれは……」
――……What?
予想もしていなかった(していたらそれはそれで絶対におかしいと思う)少女の発言に、目を見開く。
この子は、今、なんと言った……?
私の聞き間違えでなければ、住人が増えてとかなんとか言っていた気がする。
住人?住人だと?この私が?いやいやいや、おかしいにも程があるだろう。大体、どういう流れでそうなった。理解に苦しむどころかもはや理解したくもない。
「あ、ああ、いや、なるほど。つまり君はあれか、私に早々に出ていけと。そう言っているのだな? ん? そうだろう? そうだと言ってくれ!」
「お客様の部屋は右手側にあります」
「どうもありがとう!」
もはや何がなんだかわからないが、兎にも角にも私は本日よりここに住むらしい。誰か状況説明をしてくれ……。
嘆きつつ、頭を抱える。一から十までこの原因を考えてみても、やはりその答えまでいきつくことは、私には不可能なことであった。
「――と、いった感じです。何か質問はありますか?」
「帰る方法を教えていただきたい」
「ないですね。良かったです」
あの後、なぜか楽しそうな少女に引きずられるまま、私は屋内についての説明を施された。説明、といっても簡単に部屋を回ってみただけだ。別に凝ったことはしていない。変なこともしていない。
脱力気味に頷けば、少女は笑う。そうして何かを思い出したのか、突如その小さな掌を叩き合わせた。
「そうでした。確かまだ、名乗っていませんでしたよね? レディとして非常によろしくない。――そんなわけで自己紹介を失礼します。私はリリィ。一階に存在する夢屋にて、店主を勤めております。ただいま従業員募集中です」
ちゃっかり募集をするところが抜け目ない。
私は頭を掻きながら、ため息を一つ。
「ガレイス。見ての通り異形の者だ。何故か知らんが夢屋の店主に拉致られた。以上」
「拉致とはひどい言いがかりですね。私はあくまで倒れたあなたを助けただけで――」
少女の言葉はそこで途切れた。
何かに気づいたのか、いきなりのように立ち上がった彼女は、そのまま急ぎ足で部屋を出ていく。恐らく一階に向かったのだろう。階段をおりる音が、遠いような、近いような、微妙な位置から聞こえてくる。
「……なんだというんだ」
わけもわからぬままに、トントン拍子で進んで行く現実。帰る方法もわからないため、私は大人しく彼女の言う通りにするしかない。
「はぁ……」
漏れるのはため息のみ。
「夢ならいっそ、覚めてくれ……」
それは、心の底からの願いであった。
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