魔獣なるもの

工事帽

魔獣なるもの

 とある山に伝説があった。

 その伝説とは、ドラゴン。最強の魔獣として名高い竜である。

 万年雪に覆われたその山にはドラゴンが住む。ドラゴンは巨大で、人なぞ一飲みに出来るだけの体躯を誇り、吹雪を操り、山の頂点に坐するものだと。


 多くの者は恐れた。あの山に近づいてはいけないと。

 多くの者は敬った。あの山の主が守ってくれるのだと。

 多くの者は忘れた。あの山には恐ろしい者など居ないと。

 そして少しの者は挑んだ。伝説を倒し、英雄になるのだと。


「ふっざけんなよ」


 当の魔獣は荒ぶっていた。

 彼の名はトラゴン。ブリザード・タイガーにしてこの山の主である。

 山のもっとも風強い頂きを住処とし、雄叫び一つで吹雪を操る魔獣。


「なんだよ。ドラゴンドラゴンって、なめてんのか」


 魔獣の前には彫像が十以上転がっていた。

 砕けているものも少なくないそれは、伝説に挑んだ者達の成れの果て。無謀な者達の末路である。

 この者達はトラゴンを目にするなり、ドラゴンはどこだ、話が違う、と実に身勝手なことを言った上で戦いを挑み、散った。


「俺の住処に押しかけておいて違うもなにもあるか」


 苛立ち紛れに蹴り落せば、彫像は凍り固まった斜面を転がり落ちていく。

 全ての彫像を蹴り落したところで、ふと思いつく。


(俺がドラゴンを倒すか)


 勘違いされるなら、勘違いするような相手を、ドラゴンを殺してしまえばよい。

 とても良いことを思いついたトラゴンは、雄叫び一つ、吹雪に乗って山を走る。



 とある沼に伝説があった。

 その伝説とは、ドラゴン。最強の魔獣として名高い竜である。

 深い森の奥にあるというその沼にはドラゴンが住む。ドラゴンは巨大で、人なぞ一飲みに出来るだけの体躯を誇り、水を操り、その牙で全てを切り裂くものだと。


 森の狩人は言った、沼に近づいてはいけないと。

 街の商人は言った、さぞや素晴らしい素材が手に入ると。

 城の武人は言った、打ち負かした者こそが英雄に相応しいと。

 そして少しの者は森の奥に踏み込み、二度と人前に出ることはなかった。


「お前がドラゴンか?」


 白い魔獣と、沼から顔だけをだした魔獣が相対していた。

 白い魔獣の周囲は凍り付き、その冷気は沼にも侵食する。


「いや、儂はワニゴンじゃ」


 それを意に介さずに答えるのは沼の主。

 ワニゴンと名乗るのは、ブラッティ・クロコダイルにしてこの沼の主である。

 トラゴンはここに来た目的を伝えた。ドラゴンの居場所に心当たりはないかと。


「ふーむ、そんな者がおるのか。そう言えば食い殺した人の中にはその名を叫んでおった者もおったような気がするの」


 だがどこに居るかは分からない。そう言うワニゴンと別れ、トラゴンは再び旅立った。



 とある火山に伝説があった。

 その伝説とは、ドラゴン。最強の魔獣として名高い竜である。

 火を噴く山の奥にあるという溶けた岩の中にはドラゴンが住む。ドラゴンは巨大で、人なぞ一飲みに出来るだけの体躯を誇り、火を吐き、強靭な鱗を持つのだと。


 少しの者は恐れた。あの山に近づいてはいけないと。

 少しの者は敬った。あの山には神が宿っていると。

 少しの者は忘れた。あの山が火を噴くのだと。

 そして多くの者が挑んだ。欲に目が眩んで。


「お前がドラゴンか?」


 白い魔獣と、金銀鮮やかな寝床に座る魔獣が相対していた。

 白い魔獣の冷気と、火山の熱がせめぎ合う。


「いや、俺の名はドレイク」


 それを意に介さずに答えるのは火山の主。

 ドレイクと名乗るのはファイヤー・ドラゴンにしてこの火山の主である。

 トラゴンはここに来た目的を伝えた。ドラゴンの居場所に心当たりはないかと。


「古い伝承の名前だろ。人が勝手に言い伝えてるだけの名だ」


 そんな者は存在しない。そう言うドレイクと別れ、トラゴンは住処に戻った。


 今日も魔獣の住処では、愚かな人間が死んでいく。

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