第36話 親切と口実と少しの悔しさ
(36話は33話〜35話と同じ日)
受験生だからといってずっと家で集中して勉強するのは案外難しい。
夏休みに入って4日目、一昨日から俺は家での勉強が捗らず駅前の図書館で勉強をすることにして、今日もその図書館に向かっている。
ショッピングモール内の3階に図書館はあり、部活帰りにたまに勉強しに寄っていくこともある。
結構広くて席もたくさんあり、パソコンを自由に使える場所やcd、dvdを借りて聞くことや見ることができる場所もある。
本や資料を調べるだけではなく、ここはいろんな用途で使える場所になっていて本当に便利だ。
エスカレーターで3階に行き図書館内に入る。
図書館はいつもだとそこまで人がいるイメージはないのだが、夏休みが始まったからなのか制服を着た学生たちがちらほら見受けられる。
受験の焦りで勉強し始める人や、いつも学校や家だから環境を変えて勉強をしに来た人たちもいるだろう。
空いている席を探していると、いつもよく見ているあの子の姿があった。
夏休みに入ってから初めて見た彼女の姿は私服で、いつもは制服だからとても新鮮だった。
夏休みの間はたまに行く部活や学校の特別授業、あとは部員で行こうとしている夏花イベントで会うくらいだと思っていたから、こんなところで会えるのは思いがけず嬉しい。
集中して勉強しているのかと思えば、自分の手を見て何かぼーっと考えている。
どこか分からないところでもあるのだろうか。
丁度、彼女の向かいの席が空いているのでそこにしようと近づき名前を呼ぶ。
「万里さん?」
「あれ、水野くん。」
「どうも、ここ座って良い?」
「ああ、どうぞ。」
万里さんの向かいの席に座り、カバンの中から数学の参考書を取り出してノートや筆記用具も机に広げて、勉強を始める。
いや、始めようと思っていたがやはり万里さんのことなので話しかけてきた。
訳のわからないことも言ってきていつも通りうるさかったが、それが俺には嬉しかった。
話していると、万里さんは英語のことで悩んでいるのが分かった。
一年の時から苦労しているのは分かっていたが、ここまで引きずってしまうと結構大変だと思う。見るからに本人も困っているようだ。
そんな姿を見て思うことは二つ。
なんとかしてあげたいという気持ちと、一緒にいる時間を増やしたいという気持ち。
5:5いや3:7でそう思っている。
悩んでいることにつけ込んで自分の欲を満たすなんて狡猾だと自分でも思う。
でも今の俺にはこういうことしかできない。
ただのクラスメイトでただの部活仲間。友達ではあるがそれ以上でもそれ以下でもない。
普通にしていれば万里さんが俺を必要とすることは多分、まずないだろう。
学校があれば関わる機会なんて何回もあるが、夏休みだとそうもいかない。
だからこの絶好の機会を逃したくはない。
せめてこの図書館でだけでも良いから万里さんと関わるきっかけが欲しい。
そういう欲深い思いが前のめりになり、いろいろ強気な発言をしてしまった。
自信ありすぎなやつと引かれかねないその言動に自分でも少し引いたが、もう言ってしまったものは取り消せない。
万里さんの反応が少し不安だったが、始めようと言った時によろしくお願いしますと返してくれたのは、内心ほっとした。
* * *
「ちょっと休憩〜〜〜〜」
問題を出す範囲の勉強法を一通り教えると、万里さんは勢いよく机に突っ伏した。
「水野くんもこの教えてくれた勉強法でいつもやってるの?」
「うん、そうだね。」
「お、じゃあ本当に英語できるようになりそう!」
疑っていたのだろうか。
まあやる気になってくれているのはとても良いことだ。
見てる限り、前と変わったことはなさそうな万里さんだが、あのことはもう返事をしたのだろうか。
「そういえば、もう返事はしたの?あの、、保留の告白。」
「、、、なんだいきなり〜。からかってるのか〜?」
机に突っ伏した状態で顔だけ俺の方を向けて万里さんはそう言った。
「いや、からかってないよ。不安そうにしてたから。」
心配、、、なんかではない。
あの返事はどうなったのか、万里さんの今の気持ちを知りたくて聞いた。
「まだ考え中。、、、でもなんか前とは違うんだ。少し、ね。」
少しだけ嬉しそうに微笑む彼女の姿はすごく可愛くて、
すごく、嫌だった。
「、、、そうなんだ。」
だから、どう違うのかは聞きたくなかった。
「その人ってファミレスに一緒に入った慎くんさんだよね。」
「え、よく分かったね。慎くんさんてやっぱり面白い呼び方だな〜笑」
「なんだっけ、慎二郎さん?」
「惜しい!慎一郎くん。ってもう良いよ!この話は!勉強しよう勉強。」
今度は恥ずかしそうに慌てて話を逸らしている。
本人はまだ考え中と言っていた。
今万里さんはその人のことを好きなわけじゃない。
だから別に気にすることはない。
でも、俺は彼女にあんな表情をさせることができるのだろうか。
こんなに慌てさせることができるのだろうか。
彼はできている。
そう考えるとイライラして、苦しくなった。
考えれば考えるほど体の力が抜けていく。
こんな感覚は初めてだ。
「万里さんは図書館に毎日来てるの?」
「ううん。毎日は来てない。週3日か4日、みんなで行く曜日決めて来てるんだ。」
「みんな?」
「うん、ゆずとりの。」
「え、その人たちもこの席で勉強するの?」
「そうだよ。勉強のモチベーション上げるために行く日決めてるだけだから一緒の場所じゃなくても良いんだけど、結局ここで一緒に勉強しちゃってる。」
とんでもない誤算だった。
勝手に二人で勉強すると思っていたから少し舞い上がっていたというのに、なんなんだこれは。
「水野くんから教えてもらった勉強法でめっちゃ頑張って英語できるようになったらみんな驚くね。どんな勉強したのって聞いてきたりして〜!」
この人、清々しいまでに勉強のことしか考えていない。
健全な受験生としてはしっかりした考えなのだが、なんかこう少しは思うことはないのか。
これはもう自分の好意をはっきり伝えた方が良いのではないだろうか。
いや、でも今伝えたら慎二郎とかいうやつにかき消されてしまうかもしれない。
受験のこともあるし、万里さんが一遍に何個も考えられるような器用な性格じゃないことも分かっている。
伝えて変に気まずくなって勉強が無しになるのも避けたい。
、、、今は我慢だ。
* * *
「水野くん、今日はありがとうね。」
図書館から駅まで一緒に帰り、改札前で万里さんからお礼を言われる。
「いや、大したことはしてないし。」
「大したことだよ!すごい分かりやすかったし。あ、もしかしたら先生より教えるの上手かもね笑」
クスクスと楽しそうに笑っている。
冗談なのか本気なのか分からないのに、満更でもない気持ちになっている自分が本当に恥ずかしい。
「じゃあまた、、、あ、」
「ん?どうしたの水野くん。」
少し遠くにいるが、見える距離に万里さんに告白をした慎二郎とかいう人がいた。
「あれ、ほらあの人。」
「あ、慎くんだ。」
その人は誰だか分からない女の子と話しながらバスロータリーへの階段を降りて行き、6番のバス停で一緒にバスを待っている。
「あの人万里さんに告白したくせに他の女の子と出かけてるんだね。」
「水野くん、言い方が嫌味おじさんだよ笑 慎くん今日バイトだって言ってたからバイトの子じゃない?それに告白したからって出かけちゃダメってわけでもないしね。」
「まあ、そうだね。」
じゃあ、あの一緒にいる人がバイトの人じゃなかったら?
女の子があの人に好意を寄せていたら、万里さんはどう思うの?
あの人が女の子を少しでも気になっていたら、告白したからって出かけてはいけないわけでもないって普通に言える?
万里さんの核にある気持ちを知りたくて聞こうとしたが、抑えた。
どうも思わないよと言ったら普通に安心する。聞いて良かったとすら思うだろう。
でもそれ以外の反応だったら、と考えたとき怖くなった。
何を聞いたって万里さんならいつも通りの反応をしてくれるだろうと思っている。
でもほんの少しだけ不安なのは万里さんが告白の返事を考えている最中だからだろうか。
「あ、バス来た。」
バスロータリーの方を見ていた万里さんが呟いた。
「行かなくて良いの?」
「ここからだと走っても乗れるか乗れないかだから次のにしよっかな。走ると疲れちゃうし笑」
「そっか。」
「電車は?」
「あー、まだ来なそう。俺もここで少し待とうかな。」
「そっか。じゃあもう少し喋ってよう!」
そう言うと万里さんは夏休みのことや部活のことを話し出した。
本当は俺が乗る電車はあと1、2分で来る。
でも万里さんが少しの間ここにいるのなら、俺もここにいたいと思った。
口実でも嘘でもなんでも良い。
それで徐々に距離が近づければあとはどうだっていいんだ。
好きになってほしいとかそんな大それたことはまだ考えない。
ただ俺を視界に入れて考えてくれる時間が1秒でも長くなれば良い、そう思うんだ。
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