第四話 アイデンティティ・私はどこから生まれて来た。

4―1

 あらゆる業種に通じる事だが、社長業・企業の代表と言うものは多忙である。営業周りに資金繰り、重要性が高い案件の決済等、一日の中の様々な場面で多種多様な判断を瞬間瞬間に下さなければならない。

 決断と言うものは人間に相当なストレスを与える。よく下っ端の社員は「社長なんて椅子にふんぞり返って命令していればいいんだから楽だな」と言うが、とんでもない。事実は逆だ。下っ端を含む従業員全員の給料、ひいては生活そのものが社長の双肩にかかっているのである。会社の規模が大きくなればなるほどその責任は重みを増す。全員を食わすために、社の発展のために常に最善の手を打つことが求められる。優雅にふんぞり返っているように見えてその実態は棋士の如く、何十手先まで会社の運用を思考する。社長の椅子が座り心地のよい豪華な造りなのは少しでも決断に伴うストレスを軽減させるためである。そして、数々の軽減策をもってしても襲い掛かって来るその重圧を耐えきることができる、限られた人間こそが社長として君臨し続けることができるのである。

 星間運送業社・サマートランスポート代表取締役社長であるシャ・メイファンもまた社長室の革張りの安楽椅子にその身を沈めながら、黒い瞳で目の前のホログラムを眼鏡越しに一瞥し、思考を展開させ始めていた。

「人身警護、確かにそう言う扱いであればまぁ……運送業としてお引き受けすることが出来なくはないですが……我々はあくまで一企業です。社の職員を危険にさらすような案件をお引き受けする事は難しいです」

「報酬でしたら望む額をいくらでもお渡しします。ですからどうか……引き受けていただけませんか……」

 ホログラムの男が口を開く。見事なオールバックの白髪にオーダーメイドのスーツ姿。顔に深く刻まれた皺と、座りながらも支えに使っている上等なステッキ。いかにも資産家の老人という身なりで、依頼人である彼は実際に複数の惑星を資本に持つ一大財閥・エタニティ財閥の相談役、ジオルド・エタニティその人であった。

 老人は杖を床に置くと、そのままメイファンに向かってゆっくりと頭を下げた。業務の一線から身を引いているとは言え、複数の惑星を手中に収めて来た影響力が未だに残る彼である。そんな傑物が一介の私企業の女社長に対して恭しく頭を下げている。メイファンもその事実に畏れ多さを感じつつも――一方で手元の依頼内容に視線を走らせた。

「ミスターエタニティ。確かに弊社には他の星間運送業社と同様にシャトルにそれなりの兵装を装備させておりますが、この積荷の……内容が確かであれば我々はあなたの親族やギャングなど、場合によっては宇宙軍と戦わなければいけません。それを加味して依頼料を算出するとあなたにとっても相当なものになりますし、弊社も血を流す事を覚悟しなければなりません。

 私は社長として社員に出来ない無茶をさせる事は出来ません。エタニティ財団のお目に適った事は嬉しいのですが……やはり依頼は――」

 メイファンは依頼を退けようと通信を切断するためにデスクのコンソールに手を伸ばす。

「そちらにはレッキングシスターズがいるはずだ。彼女たちであればどんな事件が起きても積荷を届けることができるはずだ」

 しかしそれをジオルドが遮る。思いもよらない指名にメイファンは思わず老人を凝視した。

「……確かにウェンズデイとジウの二人であればあるいは……しかし彼女たちの評判はご存知のはずです。積荷の、の安全を保証する事は出来ませんよ……?」

「――それにそちらには宇宙軍顔負けのが存在しているはずだ」

 老人は畳みかけるように言葉を継いだ。

「……ご存知でしたか」

 業者の質を事前に調べるのは一流企業としての当り前さ。そう呟きながら老人は悪戯っぽく微笑む。メイファンも表情こそつられて笑ったが――内心穏やかではない。果たして相手は自分たちの事をどこまで知っているのだろうか。好々爺のような笑みからは底がうかがえない。どうやら依頼を受けても受けなくても、相当厄介な目に遭うのは間違いなさそうだ。

 メイファンは改めて依頼内容を確認する。此度の護送任務では宇宙海賊を前にしての殲滅能力、それに巻き込まれた際に護送対象から受けるであろうクレームを処理できるお客様対応能力に、思いもよらぬ極限状況に巻き込まれた場合でも任務を遂行できるガッツと判断能力、それらの総合が必要になると思われる。

「相変わらず厄介な案件しか与えられないのは親として歯痒いね……」

 しかし他に適任者はいない。メイファンはそう結論付けると目の前の老人に向かって社長としての決断を口にした。


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