3―7
サル達の惑星でママと出会ってから一週間が経った。今思えば、当時は本気でサバイバルしていたけどこんなにバカバカしいオチは無いと思う。
あの日、私はママの判断でリゾート地に設置された病院に連れていかれて本格的な治療を施される事になった。
そう、リゾート地。私達が不時着したのあの島、あの惑星こそがサマートランスポートが誇る社員専用保養地・惑星ホノールだったのだ。私達はその休養施設がある島の東側、その反対である西側に漂着してしまったがために、無駄にサバイバルする羽目になってしまった。
惑星ホノールもまたママの手腕によって惑星にしては二束三文で購入されたものだった。リゾート型惑星といえば星の選定に繊細なテラフォーミング(これのおかげで私達は宇宙服なしでも生存することが出来た)、美麗な環境の維持が求められてとにかくお金がかかるイメージが強い。そんな惑星をママはどうやって安値で買うことが出来たのか――
「この星な、テラフォーミングまでは上手くいったんだよ。でもな」
ママが見せてくれた島のドローン空撮写真にはいくつものスクラップの山が映されていた。ホノールの開発を手掛けていた企業は惑星をリゾート地としてテラフォーミングする事自体には成功した。問題はその後、環境の維持の段階で発生、私達が知るようにこの惑星がゲートの亜空間の暴走と繋がったみたいで不定期にランダムな場所にスクラップが落下するようになってとてもじゃないけど大型リゾート地としての景観の維持とお客様の安全を保証できなくなってしまったとの事。ママはそんな相手の事情を知ると値切りに値切って安価でホノールを手に入れたのだった。……鬼だ。
当然そんないつ何が降ってくるか分からない場所で過ごしたい場所で過ごしたい奇特な人がいるはずもなく。ホノールはママ専用のプライベートビーチになっていたのは言うまでもない。
そこに私がゲートの暴走で漂着してしまったことで事態は急激な変化を迎える事になる。傷の治療と並行するようにママはカウンセリングと事情聴取を行い、スクラップの山と亜空間の暴走が繋がっている事を科学的に立証するとワープゲートを管理している法人に対して裁判を仕掛けた。そう、ママと一緒にがっつり休んでしまっていたけど元々私は配達勤務の途中で事故に巻き込まれてしまったわけで――亜空間の時間のねじれで一週間前の世界に出た。ママと時間の認識がずれていたのも事故が原因みたいだ――荷物は無事だけど指定時間に届ける事は出来なかった。
本来であればその責任はロケット野郎である私、ひいては会社が責任を持つところだけれど、他人に原因があるのであればわざわざ自分が泥をかぶる必要は無い。ママは本社を呼びつけると私を本社コロニーに送り、荷物を別の人員に運ばせ、そして……休暇の残りをフルに使って訴訟を起こしたのだった。
ワープゲートを管理する法人も当該ゲートの欠陥には気づいていたらしく、事態はママに有利な方向で解決した。どうやら惑星企業国家たちはゲートの維持・修理のためのコストをケチっていたらしく、今までも事故は起きていたらしい。それでもその発生率はかなり低く、古いゲートと同じ事故率だった事、管理側の惑星企業国家がかなりの力を持っていた事から事態を大きく問う事は出来なかったみたいだ。
「いやー、安楽椅子の上でふんぞり返っている連中の鼻をへし折る事程楽しい事はないよねぇ~」
そこに惑星ホノールと私達のロケットの航行記録、スクラップの山という動かぬ証拠が並べられたのだから見過ごされるはずの事故は宙域を騒がせる大事件に発展した。事態が明るみに出たことでゲートは一時閉鎖。それが生み出していた利益はもちろんのこと、管理していた惑星企業国家たちの名声は地に落ち、今ではどの惑星企業国家が代わりにゲートが生み出す利益を獲得するのかを宙域中が注目している……のだけど――
「それがどうしてこうなるのよ――――――‼」
〈ウェンズデイ、あんまり騒ぐと傷口が開きますよ〉
本部の工場で新品同様に修理されたジウが私のベッドに近づいてくる。
「だって!」
私はそんなピカピカで、碌に事件を覚えていない彼女にタブレット端末の画面を押し付けた。
〈なになに……『レッキングシスターズ、今度はゲートを破壊か』、『毎度お騒がせの凶悪姉妹。惑星企業国家を締め上げる』……相変わらずの見出しですね〉
「今回私達は純粋に被害者なのになんで加害者みたいな書き方をされるのさ! もとはといえばあっちの管理ミスが原因じゃん」
〈知りませんよ。マスコミなんて数が取れればそれでいいんですから。もはやできるだけセンセーショナルに書くことしかできないんです。誰もがみなコトリさんのような配信者じゃないんですから〉
「フンだ……かしこまっちゃって……。ジウは今回なにもしなかったからって落ち着いちゃって。私の不名誉はコンビであるジウにだって降りかかるんだからね!」
なんて唸ってもジウのピカピカの顔は一瞬ですらくすまない。〈記憶にございません〉とツンと澄ましている。あの時ジウの機能をカットしたのは間違いだった……バッテリーの消耗が大きいからって、記憶野だけでも生かしておけば今私が感じている恥ずかしさを共有できたのに……。
「きゃあああああああ!」
なんて悔しがっていると病室の向こうから悲鳴が。一体何が起きたのかジウが扉をスライドさせるとマリーさんが慌てて飛び込んできた。
「ちょっとウェンズデイさん! あれは……あれは一体何ですか!」
マリーさんは亜麻色の髪を振り乱しながら琥珀色の瞳に恐怖を浮かべている。デキる女である彼女を怯えさせる物がこのコロニーに存在するのか、どうしよう、心当たりが全然ない。
「キイ!」
「ああ! うっほ(どうぞ、入って)」
私の言葉にジウとマリーさんの二人は目を丸くする。いや……そんな化け物でも見たような顔をしないでよ。私だっていたいけなオトメなんだからさ。
ガラガラと扉が開かれるとそこには四足で歩いてくる小柄な影が。その姿をジウは興味深そうに、マリーさんはジウの陰に隠れながら怯えたまなざしで警戒を続ける。
「ギャッ」
「うほ(お見舞いに来てくれたんだ。ありがとう)」
現れたのはあの島の西部にいたサルだった。
ママ曰く、サルたちはママが星を買った当時には生息していない生き物で、多分積荷だった彼らが不時着して、私みたいに生き延びたようだった。ママはサルたちの知性に注目し私を通訳に彼らと協定を結んだ。その内容は驚くべきことにサル達をサマートランスポートの社員として登用する事。ママはリゾート地を管理する部隊とコロニーで人間の文明を勉強する部隊の二つに分けると早速仕事に就けてしまったのだ。サル達も私との開拓活動ですっかり文明に興味を持ったようで二つ返事で引き受けてしまった。
「と言うわけで、まずはサルの戦士たち二十頭がこのコロニーにいます」
「……」〈……〉
流石のジウもこの展開だけは予測できていなかったみたいで、愛らしい碧眼をぱちくりさせている。よし! ようやく一矢報いることが出来たぞ!
「あ! それと、ママから新しい役職貰っちゃった! 見て見て」
私は更新された社員情報をタブレットに表示して二人に見せた。
「……」〈……〉
それを見て二人はまた予想外と表情が固まる。まぁ確かに、私も最初ママに聞いた時には、なんだそりゃ、ってビックリしたし。
「私部長になりましたー! これって出世だよね!」
タブレットに追加された私の役職、それはサル部の部長。
サルたちは頭が良いし、ママみたいに強い人間、それとジウをシンボリックな物と認識しているおかげかMaiDreamシリーズに対して敬意を示している。人間の側がちょっかいを出さなければ彼らがむやみやたらに人間を襲う事は無い。
それでもサルたちがまだまだ人間の常識に疎い事は間違いないわけで、そんな彼らの教育係と制御役として群れのボスである私が抜擢されたのだった。
「レッキングシスターズが事件に関わるとほとぼりが冷めるまでしばらく暇にしなくちゃいけないだろう。いい機会だから、人に何かを教えるのも勉強だ。しばらくは異動って事で頼むよ」とはママの、社長としての命令。今回の事件は全くの事故で、その点ママの言葉にはムカっと来たけど、私の方も野生化してしまった思考や習慣を人間のそれに戻すリハビリが必要だ。それをサル達と混じってやれるのなら一石二鳥。まったく仕事となると社長はものすごく合理的な判断をするんだから。
「と言うわけでマリーさんこれ私とサルたちの一週間先までのスケジュールです。相変わらずママ、社長の突然の思い付きで、私が代わりに謝っておきます。ごめんなさい」
「はあ……」
「ジウ! 久しぶりに二人で仕事だよ。私一人だとまだまだ分からないことだらけだし、ジウには私の先生の先生になってもらうから。もう十時半、とっくに仕事の時間だ。遅刻遅刻♪」
〈はあ……〉
「うっほうほっ(今日からまたよろしく頼むよ)」
「キイ!」
私はそう言うと未だに戸惑うマリーさんを残し、フリーズ気味のジウの手を引いて、サルの先導の元病室を出た。率先してドアを開けるようにエスコートできる辺りはMaiDreamシリーズの誰かが教えたのだろう。私もボスとして負けていられないな。
後に、サマートランスポートが知性ザルを社員として登用した事は宙域を騒がす一つの事件として広まった。宇宙船の操縦にエンジニア、力仕事に内勤の作業と種々の仕事を人間以上にこなす彼らはいつの間にか会社のマスコットキャラクター的な立場を確固たるものにした。
ニュースの見出しはこう「レッキングシスターズ、トンビがタカを産む」……ほ・ん・と、こう……一言余計!
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