こちらサマートランスポート・レッキングシスターズ(一人称改版)

蒼樹エリオ

第一話 宇宙開拓時代のお仕事

1―1

 コックピットのウインドウをスモーク状態にして、その上さらにサングラスをかけていてもライトブルーの輝きは視界いっぱいに飛び込んでくる。いくらワープ空間での移動がコンピューター制御で、マニュアルによる操作が不要だからって、手元の各種計器が見えにくくなるのはあまり気持ちが良いものじゃない。ワープは便利だけど、仕事を始めて二年経ってもコックピットにいる時のこの瞬間は慣れない。

 けれど、さすが宇宙開発時代の三種の神器、亜空間の輝きは一分と経たずにあっという間にその終点にたどり着く。私達の五〇メートル級の貨物シャトルは目的の宙域に向けて、一面の青から徐々に広がる黒点、トンネルの先へ、暗黒の宇宙空間に向けて飛び出した。

「ふぅ……」

 障害の無い視界を取り戻すと、私はサングラスを外して計器を操作するとスモークを解除した。一瞬鏡のようになったウインドウ、見慣れたエメラルドグリーンの瞳、褐色の素肌、肩までの白髪を透過して、私は奥に広がる広大な宇宙空間に目を向けた。

「やっぱりこの何も無いのって落ち着く。真っ暗で空っぽで果てが無い場所を見ているとさ、不安とか色々ちっぽけな物に想えて来るよね」

 私は右横の主操縦席に座る相棒・ジウに声をかけた。金糸と見まがう極上のストレートのロングヘア、今は閉じられているけれど瞳はサファイアを磨いたかのような碧眼、白磁のような滑らかな素肌、首から下に私と同じ運送会社のツナギタイプの制服を着ていなければビスクドールを見まがうばかりの美しい少女。ジウは今、耳元を覆うヘッドフォンに耳を傾けながらシートの上で寝ているように見える。

〈何言っているんですか。ウェンズデイ、あなたとは四年間の付き合いですが私のメモリーの中であなたが何かを深く考えたり悩んだりする様子を確認した事ありません〉

 返答は彼女の口からではなく、流れてきた。私は「酷ーい」と返事を返しつつ、思わずジウのヘッドフォンへと目を向ける。

 そこからはシャトルの計器に向けて一本のコードが接続されていた。

 さっきジウに対してお人形みたいだって感想を言ったけど、正確には彼女は、アンドロイドだ。今から約五〇年前に地球の極東の地域で開発されたメイドロボットMaiDreamシリーズのmarkⅨ。とある経緯で私のママであり会社の社長が入手して、量産・改修。今は社員の一員として大量の姉妹が内勤や外勤で活躍している。

 名前の由来はママの出身惑星の文化でmarkⅨのを取ってらしい。うーんそのまんま。会社の名前も自分の苗字から一文字取って「サマートランスポート」と名付けるあたりネーミングセンスはゼロだ。私の名前にしてもに発見したからって理由で「」だし。

 ジウは有線で機械に接続することで、その対象を乗っ取ることが出来る程高性能だ。体の方はパッと見寝ているように見えて、その実AIの方はフル稼働。今は船そのものを自分自身にして操縦を行っているらしい。

「じゃあ真面目な話をするけどさ、配達先の宇宙港まであとどれくらいかかる? 目的地は一応目視できるけど」

 視界を凝らすとそこには真っ白なリングが出現した。惑星メルボ、その大陸から成層圏を突き抜けて聳え立つ起動エレベーター。シャトルの積荷を届ける宇宙港はそこにある三番目のリングに存在する。

〈標準時で三時間程ですね。しばらくは道なりです〉

「普段みたいに宇宙港の目の前でワープ出来たら良かったのに。三時間の巡行って……おかげで今日は一カ所しか配達に行けない。つまんないなー」

〈仕方がありません。惑星の軌道や重力の影響などを考慮して安全に移動できるワープ航路は限られています。場合によっては最寄りの港まで十時間かかる事もあるのですから。三時間の巡行であれば標準の範囲内です〉

「でも三時間何も無い宇宙を無防備に、って途中でにでも遭遇したら危なくない? 一般の宇宙船が丸腰で移動ってかなり怖いと思うんだけど」

〈まあ、この宙域はメルボの宇宙軍が随時警戒していますから。けれど確かに、この船の計器でセンシングを行った所ワープにおける障害物はありません。しかし、の要請を無下に断れば弊社の信用も落ちますし、最悪の場合私達が宇宙海賊として討伐されてしまう事も確かです〉

「まあ、それは分かっているんだけどねぇ」

 それでも三時間道なりは長い。ジウの自動操縦で私が何もせずに目的地までたどり着けるから尚更。こんなときベテランの社員になると次の仕事に向けて寝たり、動画や趣味の事をしたりして時間を潰すらしい。私も彼らに倣って船でお昼寝した事があったけど、宇宙港のチェックインでも寝ていて、涎を垂らした顔を相手に見せてしまったことでジウに大目玉を喰らって以来寝るのは辞めている。趣味の方も私には映画鑑賞や読書みたいなインドアの趣味は無い。ジウには馬鹿にされたけど、そうなると茫漠した宇宙空間を眺める事位しかやることが無いのだ。

 加えて、巡行時間が一定時間長い場合私がボーっとしている事をジウは許さない。

 私、ウェンズデイは四年前とある惑星で一人でいた所をママに拾われた。自分の事なのに曖昧な表現をしているのは私自身がママとの出会いを覚えていないから。拾われた当時の私は重大な記憶喪失に襲われていたために自分自身の記憶はおろか日常生活の知識、お箸の持ち方にいたるまで何も知らない、赤ちゃんみたいな状態だったのだ。

 そんな私をママはジウと共に四年間根気強く育ててくれて、今ではサマートランスポートのドライバーとして働かせてくれている。今年で推定年齢十六歳の私は一応社会人として働いているけれど、学力や一般常識はまだまだ欠けているので空いた時間があれば教育係を兼ねてジウが課題を出してくるのだ。

 私は観念してシートの下からタブレット端末を取り出して今日の課題を表示する。

「おっ!」

 内容はラッキーな事に近代の一般常識。日常でもう何度も耳にしている事だからすらすらと頭の中に入って来る。

 この時代の全ての始まりは西暦二五〇九年に発生する。人類はワープ航法技術を確立させて、銀河系という大海原に向かってあまねく広がり始めた。

 すでに火星等に代表される地球圏の惑星で培ってきたテラフォーミング技術に、主に宇宙船内での生活環境を快適に行う目的で磨かれた重力制御技術を加えた宇宙三種の神器を手に携えて人類はゴー・ウェストならぬゴー・スペース、惑星開拓への野望を胸に星の海原に向かって続々と進出する。

 そして西暦二五三九年。テラフォーミング技術はさらなる向上を遂げて、かつて人類の生存に適さない惑星までもが安価で開拓できるようになる。ある程度の資金さえあれば誰もが簡単に惑星開拓が出来る時代。開発の主導権は国家から民間企業へと移って行く。

 広大で、豊富な資源を保有する宇宙環境と科学技術の向上を背景に、人類はかつての宗主国である地球からの物理的、金銭的な制約から解放され、目につく星を片っ端に開発し利益を上げるようになった。

 相次ぐ企業による過剰な惑星開拓、ゴールドラッシュならぬプラネットラッシュ時代。手に入る利益はかつての地球で埋蔵されていた金や化石燃料の比では無かった。企業は豊富な資源をもたらす惑星を競うように開発してはその保有数を増やしてゆく。新たな植民地ならぬ植民惑星の拡大を、宇宙の片隅で出涸らしとなった地球がコントロールできるはずがない。かつてアメリカ合衆国と呼ばれていた国家が一介の植民地から独立した歴史をなぞるように、西暦二五六七年になると植民惑星にカンパニータウンならぬカンパニーガバメントが誕生した。植民惑星は企業が主導とする国家として惑星単位の政府を成立させたのだ。地球からの独立を完全な形で成し遂げると、人類の経済活動の中心は宇宙へ、その拡大は留まるところを知らない。

 しかしながら、宇宙進出は人類に決して良い面だけをもたらしたわけでは無かった。宇宙船の生活環境の向上は、宇宙船一隻での生活環境の完結をもたらすまでとなり、移動する拠点を破壊兵器で飾り立てると、武力を背景に植民惑星や惑星間での資源輸送を行う輸送船を襲う宇宙海賊が現実の脅威として現れた。ワープ航法を悪用し、突然現れては利潤を横取りし、好き放題した後に煙のように姿を消す彼らの脅威は、当然惑星開発の妨げになり、惑星企業国家はその対応に迫られた。

 また、どんな企業にも程度の差はあれホワイト企業、ブラック企業が存在する。従業員に無茶な重労働を押し付け、役員や幹部クラスの上級社員が貴族のように振る舞う。かつて地球で行われていた資本主義の縮図は当たり前のように存在する。しかしながら、舞台は最早地球から宇宙という広大なスケールに拡大している。一部の惑星では企業による不当な抑圧に耐えかねた従業員が宇宙への憧れを爆発力に蜂起し、惑星単位でストライキや暴動を起こし始めた。

 カンパニーガバメントが発足したのは何も地球への独立を宣言するためだけじゃ無い。惑星企業国家を襲う外側からの脅威と内側の安定した統治に対応するための、実務として必要なことだったのだ。国家の枠を超えて巨大な利益を得ようとした企業が統治のために軍や行政組織を発足させるのは何たる皮肉か(この辺りはよく分からない)。けれども人類はまだ国家以外に惑星を、人民を統治する方法を知らない。こうして惑星企業国家による開発のエネルギーはその一部を内政へ。惑星開発は並行して行われるものの、その熱は平熱にまで下がったのであった。

 そして現代の西暦二五八八年。惑星企業国家はある程度の成熟を迎えつつも、開発の情熱に燃える、人類の新たなる成長期を過ごしていたのだった。

 そんな感じの要約文をタブレットに書き込んで、データを無線でジウに送信する。返事は満点で返ってきた。我ながら出来ると嬉しい。

〈その問題、言っておきますけど中学生相当の問題ですから。あまり簡単な問題で一喜一憂しないでください〉

「えー別に喜んだっていいじゃん。そりゃ推定年齢十六歳だけどさ、人間生活で換算すれば四歳だよ。それで中学生レベルの問題を解けたんだから自分を褒めても良いと思うんだけどなぁ」

 それにかつての地球時代では国家が国民に年齢ごとに決まった教育を受けさせる「義務教育」なるものが存在していたらしいけど、現代の惑星企業国家においては教育のレベルは星によって大幅に違いがある。惑星の生産性を上げるために十代前半には大学教授レベルの教育を施す星もあれば、中には国民を労働の奴隷にするために教育を制限する恐ろしい企業も存在する。

 若いころママ――社長は様々な惑星を渡り歩いていた経験から、私をどこかの惑星企業国家の教育機関で教育を受けさせるよりも、仕事の中で満遍なく知識を与えるように方針づけた。幸いな事にジウには家庭教師の機能も持っていて、私は今まで彼女から日常のマナーに学問上の知識にとみっちりと教わって来た。

 もちろん私のスポンジのような吸収力、天才性が前提にあるけど、彼女の努力のおかげで私は二年で日常生活を支障なく送れるようになって、運送業に無事に二年間従事できるようになったのだから頭が上がらない。ジウは私にとって仕事の相棒で、先生で、姉のような存在なのだ。

 そんなジウにみっちりとしごかれたのだから、私はいわゆる中学生、それに現代の平均的な十六歳よりかは頭が良いのだと思うのだけど……私の先生は文字通り、機械の如くキッチリとした理想があるようで、私はまだまだその水準に達していないらしい。私が少しでもブーたれると今みたいに船内のカメラで私の一挙一動をチェックしては小言を言ってくるのだ。

 さてと、時間はまだまだたっぷり二時間半もある。優秀な同僚に文句を言われないうちに次の課題に手を出そうか。

 そう思ってタブレット端末の操作をしようとした時だった――

「――‼」

 シャトルがいきなり旋回を始める。遠心力で体がシートに押し付けられるのと同時に幾筋もの光線が背後から流れてきた。

〈警告! 後方に巨大な熱源発生! これは……⁉〉

 船と一体化したジウが感じた様々な情報を、各種モニターが表示し始める。サーモセンサーには彼女の警告通り、私達のシャトルの後方に熱源が増大している事を示している。

 おかしい……、この周囲は冷たい小惑星がちらほらと存在する程度でメルボを照らす太陽型の恒星だってはるか先。そもそも熱源がいきなり現れる現象なんて広大な宇宙では限られている。

 それを察してジウは素早く予測を演算する。その結果はモニターにワープのための亜空間計器を表示された。

〈後方からのワープ反応あり。巨大質量の完全出現までおよそ三十秒〉

 私はシャトルの後方カメラの様子をモニターに映し出した。ズームするとそこにはビーム砲の砲身が。大きい! この砲身を保持できる船と言えば――

 突然、背後の闇に巨大な青いトンネルが出現した。大小様々な砲身を備え、暗黒の海の中を悠々と泳ぐクジラを連想させるその姿。

〈一〇〇〇メートル級の宇宙戦艦⁉ 周辺に航行する各宇宙軍の所属艦と一致するデータはありません〉

「てことは……宇宙海賊っ!」

 私達の予測を裏付けるように、戦艦はエネルギーを充填させ、私達に向けて一斉に砲撃を始める。

 私達の視界は一瞬にして眩い光に包まれた。


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