エピローグ
ここからは僕の思い出話になる。あの後、何の連絡もせず、いきなり一人で姿を見せた僕を父と母は驚きながらも笑顔で迎えてくれた。父と二人きりでタバコを吸いながら僕は『三十年の往復切符』の話を父にした。そして父の実母の写真を僕は父に手渡した。父の反応は僕が思っていた通りで、僕の前ではその写真を見ても特に何の反応も示さなかった。ただ、その辺に放っておくことはせず、自分の机の中にしまったのを僕は見た。そして僕は「せっかくで申し訳ないのだけれど」と前置きをし、今回は旅の途中で近くまで来たからついでに寄ったのだと、また近いうちに家族を連れて帰ってくるからと二人に伝えた。結局、実家には一晩だけ泊まって、僕は自分の家へ帰ることとなる。それでもその日の夜、母は申し合わせたように灰皿を用意して僕と会話する時間を作り、夜九時前には寝てしまう父が寝静まった後に二人だけで話をした。いつもと変わらない話が多かったけれど、兄の結婚式で涙を流した後から父は少しだけ喋るようになったことを聞かされた。そしてその勢いで父に一つの『約束』をお願いしようとしていることも聞かされた。僕はそれを聞き、改めてこの二人には敵わないなあ、でもいつか僕もそうなりたいと強く思った。その時の母のセリフはこうだった。
「あの人は今まで一度も私に『ありがとう』と言ってくれたことがない。だから今のうちに私は『約束』をして欲しいと思ってる。もう二人ともいつお迎えがくるか分からない年になったし。だからね、もし私が先に死ぬ時は『上』から、あの人が先に死ぬ時は『下』から。最後は『ありがとう』って言ってねと」
その『約束』をするにはもう少し時間がかかりそうだと僕は思った。
70年の片道切符と30年の往復切符 工藤千尋(一八九三~一九六二 仏) @yatiyo
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