黄色信号
青空邸
第1話
私の朝は、満員電車から始まる。
通学に使っている、八時半ごろ渋谷駅に到着する電車。この電車は全国屈指の混雑率に加え、乗るだけ乗って途中下車率が——私調べでは——異様に低いことで有名だ。
そんなこともあって、乗り換え駅も通り過ぎたあとの中途半端に都心に寄った私の最寄駅からでは、残念なことに天地がひっくり返っても席に座ることは叶わないのだった。
そんな肉体的にも精神的にも辛い押しくらまんじゅう状態の二十分弱を何とか乗り越えるべく、高校に入学してのしばらくは、車両を変え時間帯を変え、如何にして苦行を乗り越えるか色々試したりしたこともあった。
一時間くらい早い時間帯は空いてたけど早起きしんどくてすぐ諦めた——なんてこともあった。
その結果見つけた唯一のオアシスが、とあるサラリーマンである。
毎日同じ時間帯、前方二両目の一番ドアから乗り込む。一両目側の三人掛けシート、そのホーム側に座る彼は、とにかく見た目がタイプだった。もう窓から覗く後ろ姿が見えるだけで、少しテンションが上がる。そんな毎日である。出張があったりする日もあるのだろう。たまにある不在の日なんかは一時間目の身の入らなさったらもう。
それで、私の定位置は三列シートの前。窓に映る自分の前髪と彼の姿を交互に眺めるのが私の日課だ。
七三に分けられ後ろに撫でつけられた黒い髪。だいたいいつも襟の広い白無地のシャツで、紺色のストライプスーツ。やや下に尖った結び方のネクタイは、ドットやレジメンタル柄などなど、日によってまちまちだが、色は決まって青だった。
眠そうな顔をしながらスマホでニュースかマンガを読んでいる彼を眺めることだけが、この苦行を乗り越えるための活力になる。
おかげさまで、この半年近く無遅刻無欠席が続いてるし、ちゃんと身だしなみを整えてから家を出る習慣もついた。
ただ悔しいことに、彼は私より先に電車に乗っているし、私は先に降りてしまうので、全くプライベートなことは分からないままである。
知っていることと言えば、毎週月曜日はマンガをずっと読んでいることと、金曜日は疲れているのか、よく寝ていること。
眺めて元気をもらって。そんな毎日の中で急に異変が訪れた。
——黄色い。
スーツもよく見かけるもので、別に新調したものではないだろう。カバンも靴も、ほどほどに使い込んだ感じが滲み出ている。変わってない。
いつも通りかっちりときめた髪型と相反する眠そうな目でマンガを読みふけっているその姿も、変わってない。
ただ、唯一。ネクタイの色だけが、やたら元気良さげな黄色に変わっていた。
いつもと変わらない姿だからこそ、その黄色が私の目にはとても強烈に映っていた。
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