五分で泣ける(?)恋愛短編集

桜部遥

旅は誘い世は奇跡

そこは色とりどりの草木が囲む、自然豊かな町。

その町で暮らすクリエは、白いブロンド髪の心優しい少女。

けれど、クリエにはある悩みがありました。

それはクリエの夫であるニーチェからの連絡が一切無いこと。

クリエが暮らす聖国と、その隣に位置する帝国は昔から領土を巡り争いあっていました。

そして、聖国に住まう男性は強制的に軍人として戦地に赴かなくてはいけないのです。

聖府からの通知書を受け取ったニーチェは、一年半前に此処を去り戦火の中へ身を投じたのです。

ニーチェは、クリエの元をさる前ある約束を交わしました。

「絶対にまた、此処に戻る。」

ニーチェの胸の中で泣きながら、クリエはその言葉を信じて彼を見送ったのです。



それからあっという間に月日は流れ、戦争は聖国側の勝利で終戦しました。

クリエもその話を聞いた時は、嬉しさの余りその場で崩れ落ちてしまう程。

けれど、終戦して三ヶ月が経とうとしている今でもニーチェからの知らせは無かったのです。

毎日家の前のポストを覗いても。郵便局に聞きに行っても。

その内、クリエは恐怖で夜も寝付けない毎日が続いていました。

そんなクリエの家をノックする音が聞こえてきます。

そこに立っていたのは、郵便の青年。彼が手渡したのは手紙でした。

まさか、とクリエは封を切り中の手紙を読みます。


それは、愛するニーチェからのものでした。

手紙には、『今はクリエに会えない。その代わりと言ってはなんだが、クリエが会いに来てくれないだろうか。』と書かれていました。


クリエは居てもたってもいられず、その手紙と共に家を飛び出しました。

最初に向かったのは、ニーチェからの手紙に書かれていた場所。

そこは、ニーチェの親友が営む居酒屋でした。

ニーチェの親友はクリエに、接客を手伝ってもらう代わりに次の情報を教えます。


「私の夫を知りませんか?」


次の場所に向かったクリエはそこで、優しいおばあちゃんに出会いました。

おばあちゃんは、クリエと共に買い物に行きながら料理の作り方を教えてくれます。

そして、名残惜しくもクリエは次の場所に向けて出発しました。


「私の夫を知りませんか?」


次の場所は少し治安の悪い所でした。

襲われかけたクリエを助けたのは、大柄の男。

彼は身の守り方をクリエに叩き込みます。

最初はビクビクと怯えていたクリエでしたが、男の優しさに触れ、心を開いていきます。

あんなに怖かったはずの大柄の男は、とても優しくて別れ際に涙を零してくれました。


「私の夫を知りませんか?」


次の場所は一面真っ白な、白銀の世界。

そこで出会ったのは、戦争で息子を亡くした夫婦でした。

焚き火を起こし、暖を取りながらクリエは訪ねます。

「辛くはないのですか。」

夫婦は少し口を閉じた後、静かに微笑みます。

「あの子が死んだのは確かに悲しいけれど。最期は胸を張って逞しい姿だったと思うの。なら、そんなかっこいい息子を誇りに思うのは親として当然でしょう。誇りを胸にしまえば辛さなんて越えられるものよ。」

奥さんが、そう言葉にした時クリエは自然と涙が零れていました。

そして思います。私もこの夫婦のように強くなりたいと。


「私の夫を知りませんか?」



次の場所は、景色を一望出来る岡の上でした。

岡の上にある一軒家の戸を叩くと、中から現れたのは二人の男でした。

頭を丸刈りにした、ガタイのいい二人の男。

彼らは、戦時中ニーチェと共に戦場を掛けた元兵士だったのです。

男達はクリエに話します。

「あいつはいつもヘラヘラしていて、何を考えいるのかもよく分からなかった。けれど待っている嫁がいると、何度も笑ってましたよ。」

そして、男達はクリエにあるのものを渡します。

それは手紙。クリエがその封を切ろうとした瞬間、男達は止めました。

「それを読む前に、少し付き合ってください。」

クリエは男達の後をついて行きました。

家を出て、その先にある雑木林を抜けて。

開けた場所に出たと思った瞬間、クリエの目に飛び込んできた景色に、彼女は言葉を失いました。


雲一つない澄み渡った空に、床一面を覆う花の絨毯。

その中心に置かれているのは長方形の石。

ゆっくりとその石に近付くと、何やら文字が刻んでありました。

『——ニーチェ・アルドベル』

そう。その石はただの石ではありませんでした。

石碑に刻まれた文字を指でなぞったクリエはそのまま崩れ落ちるように絨毯の上に座ります。

何が起きたのか理解が追いつかないクリエに、男達は「手紙を。」と指示します。

クリエは震える指先で封を切り、中の手紙を読み出しました。

『君を騙してごめん。でも、会いに来てくれてありがとう。もう君に触れる事は出来ないけれど、君は一人でも歩いて行ける』


ニーチェにはずっと気がかりな事がありました。

それは、クリエが臆病で人との関わりを持たない事。

自分がいればクリエを守る事が出来る。けれどもし、自分が死んでしまったら?

もう彼女に何かをしてあげる時間は無い。もうすぐで戦火の中へ身を投げなくてはいけないのだから。

沢山沢山悩んで、そしてニーチェは手紙を書きました。

それは臆病なお姫様を旅へ誘う魔法の手紙。

その旅を終えた時、彼女はきっと強くなる。一人でも羽ばたけるくらいに。

それが、ニーチェ・アルドベルが最も愛する恋人に残す最後のプレゼントでした。


『それから、約束を守れなくてごめんね。ずっと僕を待っていてくれてありがとう。』


手紙の最後の一行を読み終えたクリエはその瞳から大粒の涙を零していました。

その雫がポタリと落ちて、手紙の文字を滲ませます。

「無理……だよっ……!」

一人じゃ不安で、怖くて、踏み出すことすら出来ない。

心の中の本音が涙となって溢れ出していました。

けれど、そんな時思い出したのは息子を亡くした夫婦の話。

『誇りを胸にしまえば辛さなんて越えられるのよ。』

クリエはその言葉を思い出して、目元をゴシゴシと擦りました。

ニーチェ・アルドベルが最も愛した女性が、こんな所で朽ち果ててどうする!

クリエは勇気を奮い立たせ、ゆっくりと腰を上げます。


そして、大空の彼方にいる愛しい人に届くように決意をします。

——私、頑張って生きるから。

もう、弱虫で臆病なお姫様ではいられない。

だって……沢山の出会いが作ってくれた羽があるのだから。

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