第5話 田町マテックスへ

5.田町マテックスへ



 次の日。

 アトレリア女学院ではいきなりフルタイムの授業である。当然体育もあり、それは水泳の授業だった。アークランドでは人でも魔物でも泳ぐということはしない。せいぜい南方の海に面した領域の漁師くらいがたしなむ程度か。俺は確実にこの世界でいうところのカナヅチなのであろう。少し憂鬱になる。

 出校して朝のホームルームが終わるといわゆる女子トイレの時間だ。もちろん話題は午後から一番である水泳の授業。俺のいる一組と桜井真知子と田中秋穂のいる二組との合同授業である。今日は生理痛が酷いと田町詩織は学校を休んでいる。俺としてはちょっと心許ないが、二人がいるのでなんとかなりそうだ。


「それより詩織が大変だって噂がたっているわ。なんでも家業が傾いて、もしかしたら退学処分になるんじゃないかとか」


「ええ、授業料の納付がもう一ヶ月も遅れているって言っていたもんね。大丈夫かしら」


 どうやら田町詩織の件はすでに女学院の噂になっているようだ。女子の情報伝達網には呆れるほどだが、ここに本人がいなくて良かったと思う。が、早急になんとかしないといけない。元ユリカの要請でもあるし。


『ね、二人には詩織は大丈夫だと言って安心させて。花菱グループが今、対策をしてるとかなんとか・・・』


 元ユリカは俺に訴えてくる。それをそのまま二人に言うと安心してくれたようだ。


「ユリカがそう言うなら問題ないでしょ」「なんて言っても花菱の跡取り娘ですものね」


 正式には跡取りは剛毅なのだが、巨大グループなのでユリカにもそれなりの役職は期待されているようだ。というより、現時点でもユリカは花菱グループの2番目の大株主だ。一番は父であるが。発言権は半端ないはず。


 そして俺はトイレの個室に入り用を足そうとする。が、そこで驚愕の事態が。俺の股の間から血がしたたり落ちているのだ。すわ一大事!


『あ、始まったようね。私にとっては正式な初潮ね。ちょっと安心した』


 俺はメイドの芽依から渡されていたポーチを開ける。そこには生理用品が入っていた。元ユリカのレクチャーを受けながらそれを装備。

 その後授業を受けるが頭痛と腹痛でそれどころではなかった。状態異常を治す魔法をかけるがすぐに元に戻って痛みがくる。


『いくら魔王アークでもこればかりはどうしようもないようね』


 元ユリカのそっけない言葉に少しムッとするが、体の支配権こそ俺にはあるが痛みなどは共有しているはず。けっして元ユリカも楽なはずではない。

 なんとか午後の授業も終わり、真知子と秋穂とでいつも通り食堂でお昼を済ますとさっそく水泳の授業だ。が、俺は見学することになった。二クラス合同なのでもちろん真知子と秋穂も一緒である。


「初日から女の子の日ってついてないわね。ユリカ」


「ほんと、ユリカは水泳は得意だったのに残念ね」


 元ユリカは水泳は得意だったのかよ。今日は良いが次はどうしよう。まさか2週連続で生理でお休みは怪しまれるだろう。


『泳ぐときだけ入れ替われば大丈夫よ。最近は覚醒時間をある程度コントロール出来るし。幸い頭はスイミングキャップで隠すことが出来る上、目はゴーグルつけてれば問題ないわ』


 実際に泳ぐのはせいぜいトータルで一〇分程度。ならばこの方法でなんとかするしかないか。またまた安心する俺。というかちゃんと泳ぎを覚えたほうが早いかもしれない。屋敷には温水プールもあるしな。

 俺はプールサイドの椅子に腰掛けて授業を見学する。にしても体のラインのあらわになった水着は目に毒だ。特に真知子の胸は凶器だ。この世界で言うFカップというらしい。その胸だけで町で芸能プロダクションにスカウトされそうになったらしい。それも中二の時に。元ユリカの情報であるが。


 憂鬱な一日を過ごし、屋敷に帰るとダイニングでは豪華な飾り付けが使用人によって行われていた。


「なにかお祝い事でもあるのかしら?」


 俺が芽依に訪ねると、


「もちろんお嬢様の初めての月のもののお祝いに決まっているじゃないですか」


 確かにアークランドでも女の子に月のものがくると祝う風習はあった。それが俺にくるなんて。恥ずかしさに耐えきれず俺は足早に自室にもどる。

 夕刻。やはり空腹には耐えられない。俺は渋々ダイニングへ。夕食は鯛の尾頭付きに赤飯。義姉の麻衣子も俺にプレゼントをくれた。なんでも遠赤外線腹巻きということで、


「女の子はお腹を冷やしちゃダメよ。寝るときはちゃんとするのよ」


 なんか顔がにやけているので腹立たしいが、ここは素直に受けるとしよう。


「ありがとうお姉様。それより剛毅の子供の顔が早く見たいわ。私も早く安心したいから。お姉様はそれなりのことはしているのかしら」


 俺もカウンターパンチを繰り出すが、


「いえ、なんか盛り上がらなくて。ユリカも一緒なら良いんだけど」


 強烈に切り替えされた。

 その後、食事を終え自室に戻る。今日はシャワーだけにしておくように芽依に言われた。さっそく貰った腹巻きをしてパジャマを着る。勉強に関しては予習復習の心配はないのでさっそく田町詩織の救済計画を元ユリカと練る。


『まずは現地調査ってことかしら。現状を見てみないとね』


『そうだな。いきなり現金で解決とかむこうも望まないだろうし』


 その日は特にすることもなかったので元ユリカの昔話を子守歌にすぐに寝付いた。



 四日後。週末の土曜日。


 あれから田町詩織は一度も学校に顔を見せなかった。

 実は女学院には退学届けが届けられたらしい。しかしながら理事長の一存でそれは受理されていない。理事長の伊王春子は実は花菱秋子の実の姉。俺が事情を母に話し理事長に待ったをかけて貰っていたのだ。ただしその期間は二週間。この間に問題を解決しなくてはならない。それに二週間後には田町マテックスの手形の決済も待っている。そこまでに解決できなければすべておじゃんと言うわけだ。


『ええっと、準備は出来たわね。じゃ出かけるわよ』


 俺の生理もほぼ終わり、体調は万全に近い。もちろん元ユリカもだ。二日目と三日目はかなりきつく女学院を休むことも考えたが詩織のことが気になり休めなかった。結局詩織は女学院を休んでいたのだが。


「芽依、それにしてもこのズボンってなんか体のラインがはっきりしすぎていない?」


「それはストレッチジーンズというものです。動きやすい庶民の召しものです。今日はお忍びということでお勧めしているのですが」


 この世界ではごく普通なのだろうが、俺としては尻のラインがはっきりと出ていてなんとも扇情的に感じてしまう。これに綿シャツにカーディガンという出で立ちだ。まあ、庶民的というなら問題ない。俺は芽依と一緒に静岡にある「田町マテックス」の工場に出向く。そこには詩織の実家も併設されているらしい。

 

 品川駅から新幹線という高速列車に乗車する。まさに弾丸列車という感じであっという間に静岡だ。アークランドのベルシティにも魔石機関を利用した市電が走っていたが、速さは十倍近い。俺は目が回ってしまうので外を見ることが出来なかったほどだ。アークランドで一番速い乗り物といえばワイバーンという飛龍で、この世界の速度基準で言えばせいぜい八十キロ毎時といったところか。まあ、魔物でも高位魔族は瞬間移動などの魔法も使えるので苦労はしないのだが。

 ところで田町詩織はいわゆる新幹線通学ということで、やはりかなりのお嬢様ですねと芽依がのたまった。が、元ユリカによると下宿するよりはギリギリ安くつくとのことで、最近は一般家庭の子息でも新幹線通学は増えているとのこと。まあ、今の俺にはあまり関係ないことなので深く考えないことにした。


 駅からタクシーで郊外へ向かう。「田町マテックス」の工場はすぐに解った。


「このホームページの写真と一緒ですね。間違いありません」


 芽依が手にしたタブレットPCに「田町マテックス」の写真が表示されていた。最近ではかなりの零細企業でもウェブサイトでホームページを展開しており、人材の募集にも役立ているようだ。このあたりのことは俺が入院中に学習したところだが、慢性的な人余りで就職難のアークランドとはかなり違っている。もしこの世界とアークランドの行き来が出来るようになれば一気にその問題は解決するのになと思うが、それはまだ先のことだ。今は田町詩織に会わなければならない。


 タクシーを降り工場の前に来るが、あいにく門は閉まっており人の気配はない。もう事実上の倒産状態にあるのだろうか。そんなことを考え芽依にどうしようか相談しようとするとダブルキャブのトラックが急ブレーキとともに俺たちの前に止まった。

 下りてきたのは三人の見るからに柄の悪そうな男たち。柄シャツにスーツと俺から見てもセンスのない出で立ちだ。一人は角刈りで体格がよく残りの二人は痩せすぎで貧相だ。俺たちに近づくと、


「おう、ここのもんか? 関係ないならあっちに行ってくれ」


 痩せすぎサングラスの男が声をかけてくる。


「まんざら関係ないってことも無いんですけど。それよりあなたたちこそ何ですか?」


「俺たちは取り立て屋さ。もうここは終わりってことで少しでも金目のものを回収に来たってわけさ。ここには年頃の女もいるって聞いているのでその子も回収かな」


 どうやらそれは田町詩織のことらしい。これは何としても阻止せねば。


「そのセリフはこちらも同じですね。私もこの企業に投資してますので。なんなら証拠をお見せしましょうか」


 その言葉に角刈りが反応する。


「はっ、何言ってんだ嬢ちゃん。ここの社長が頭を下げるから無理な融資をしたんだぜ。ここは俺たちに優先権があるんだぞ」


 売り言葉に買い言葉とは正にこのこと。俺は芽依に書類を出させる。


「これがここの登記証明のコピーよ。抵当権は私になってるわ。それにここの最大の株主は私なのよ。つまり私が実質ここの持ち主ってことね」


 ま、これは本当のことだ。直接的な支援はできないので株購入などで下支えをしてきたのだが。


「なら話は早い。この融資額を全額返してもらおうか。無理ならお嬢ちゃんの体でもいいぜ」


 提示された書類にはとんでもない利息が記入されていた。もちろん出資法違反だ。


「この書類には法的な拘束力がまったくないわね。簡単に言えば無効。なんなら裁判にでも持ち込みましょうか」


 俺の言葉に切れたのか角刈りは、


「そういうことなら後は力に訴えるしかないか。おら、おまえら、二人を引っ捕らえろ!」


 痩せた二人が俺たちに襲いかかる。が、芽依も御庭番のはしくれ。一人を柔術でなんなくひねり倒す。俺も魔力を収束させ、もう一人の鳩尾にたたき込む。ちょっと力を込めすぎたのか、もんどり打ってひっくり返り気絶した。

 そして、それを見た角刈りは薄ら笑いを浮かべる。


「ほほう、なかなかやるじゃないか。それなりに武道を極めているってわけか。なら俺が相手だ。容赦はしないぞ。だが、ここではなんだ。人目があるかも知れない。あの空き倉庫で勝負だ」


 俺たちは工場の横にあった倉庫らしきところに移動。中は体育館ほどの広さがある。入り口は車二台が通れるほどだが、壊れかけたシャッターが半開きになっている。

 倉庫の中には照明こそなかったが、明かり取りの天窓があり、かなり明るかった。


「じゃ、遠慮無くいかせてもらうぜ。ハンデでそちらは二人がかりでいいぜ」


「こんな男、私一人で十分だわ。芽依。下がっていなさい」


「解りましたお嬢様」


 芽依は俺の真の正体を知っているのでまるっきり心配はしていないようだ。が、それが帰って男の癪に障ったようだ。


「死んでも知らんぞ!」


 男はジャケットを脱ぎさり、シャツ一枚になる。

 そして準備運動か体を独特の動きで解し出す。その間、俺はじっと見つめるが、男も俺を見ながら目線を外さない。そして準備運動が終わったのかやおら攻撃を仕掛けてきた。

 男はどうやら空手の達人のようだ。独特の下から突き上げる型、速度を変化させながら突きや蹴りを繰り出す。俺の脳内アーカイブにある武道の動画領域に一致する動きがあった。「沖縄空手」。より実戦に即した実用空手だ。動きからしてなかなか侮れない男のようだ。

 体の割に素早く間合いを詰めてくる。縮地ほどの魔法ではないが、通常の人類が到達できる最高点の動きに近い。


バシュ!


 側頭部に予測不能の蹴りが放たれた。常人なら避けられない速さだ。が、俺は間一髪これをかわす。次々に突きや蹴りが放たれるが男の攻撃リズムをつかんだおれはこれを余裕で躱せるようになる。


「ほほう、なかなかやるな。でも防戦一方じゃないか。おまえからの攻撃はないのか?」


「あなたほどの実力なら攻撃するまでもないわ。やがて疲れて技が出なくなるでしょ」


「残念だったな。俺は持久力でも余裕があるのさ。先に疲れて動けなくなるのはおまえの方だよ」


 俺としても持久力には自信がある。何と言っても空気中のマナは無限にあるのだ。自身の体力を使う必要はまったくない。一月でも余裕で戦えるのだが。


 こうなったら持久戦か。が、それは出来ない。早く田町詩織に会わないといけないのだ。ここは俺からも攻撃を仕掛けるか。俺は男の顔への攻撃をかわした隙にウインドカッターを放とうと縮地で一歩下がる。間合いを取りウインドカッターを放出した瞬間。


ドッ! 


 距離を取ったはずの左脇に男の膝蹴りが放たれた。俺が距離を取ったと同時に男はこれを読み縮地に近い速さで間合いを詰めていたのだ。俺の想像を上回る男の俊敏さに驚く間もなくその膝蹴りが俺の脇に迫る。距離がない。避けようがない。が、瞬時に俺は障壁魔法を展開する。


「ガッァ、痛てぇーー! なんだこりゃ!」


 障壁魔法は絶対的な障壁。つまり鉄板と同じだ。そこに渾身の力で膝蹴りをいれたのだ。どうやら男の膝の皿が割れたようだ。

 その場にしゃがみ込む角刈り男。が、男は、


「くそっ、これでも俺は悪魔の銀次と言われた男だ。これを見やがれっ!」


 男はシャツを脱ぎさり、上半身裸になる。そして背中を俺に見せる。

 そこには・・・・


「ブフッ、ブッファァァ!」


 思わず芽依が吹き出していた。


「いや、芽依。そこで笑うのは俺に対しても失礼だと思うぞ!」


 男の背中には入れ墨が彫られていた。

 禍々しい羊の頭に二本の角。体は爬虫類を思わせる鱗に包まれシッポもある。手には大きな鎌が握られている。まさしく悪魔サタンの姿だ。


「だ、だって、あんな入れ墨彫るなんて、プファァァ!」


 芽依の笑いは止まらない。


「コラッ! テメェラァーーーー!」


 怒った鬼の形相の角刈りが俺たちの方を振り返る。

 が、そこで男は失神してしまった。その視線の先には大魔王サタン。つまり男の入れ墨と瓜二つの悪魔サタンが顕現していたからである。


「あーー、やっちゃいましたね。お嬢様、って今はアークね。それより早く元に戻って!」


 俺にとって元の姿は今のサタンなのだが、芽依に即され元のユリカに戻る。服は魔法パントリーから予備を取り出し着替える。元の服は体の巨大化でボロボロに敗れ去っていたからだ。

 外で車の止まる音がした。そして十名ほどの黒服の男たちが倉庫に入ってきた。見たこともある男もいたのですぐに解った。花菱のシークレットサービスの連中だ。


「すみません。芽依様の緊急コールに気づくのが遅れたみたいで」


 隊長らしき黒服が誤るが、芽依はわざとコールを遅らせたに違いない。芽依は俺の正体を知っているからな。極上のエンターテイメントでも楽しめると思ったのだろう。ま、その思惑通りになってしまったが。


 そしてオチはまだ続く。

 隊長が、


「お嬢様。さっそくこの男たちを処分しておきます。って、こらっ! 銀次じゃねえか! 起きろ! こらっ!」


 どうやら隊長と悪魔の銀次は知り合いのようだ。


「こいつら一週間前に訓練所抜け出しやがったんです。訓練は厳しいけど給与はいいって説得してたんですけどね。すみません。落とし前はきっちりつけておきますので」


 それを聞いた芽依が、


「あっ、指詰めとか禁止よ。もうヤクザじゃないんだからだ。ま、花菱の鉱山にでも送っといて。あそこは孤島で何も出来ないでしょ」


「はい、じゃ、島流しってことで。それでは失礼します」


 芽依によると花菱のシークレットサービスは関東一円の任侠集団を総まとめにして発足させたそうだ。毒をもって毒を制す。所詮彼らは金と女と名誉を欲しがる。金と女は花菱でなんとでもなる。名誉はシークレットサービス内での昇進だ。さきの隊長は関東同湾会という組織の若頭だったそうだ。今は花菱特攻隊隊長補佐。特攻隊とは特殊攻撃隊のことだ。今では花菱のシークレットサービスのスーツの襟バッジはかつての任侠でならした某組の襟バッジをしのぐほどの威厳というか威圧がある。町のチンピラはこのバッジを見ただけでシッポを巻いて逃げる。


『ある意味。怖い組織になっちゃってるわね』


 覚醒してきた元ユリカがため息?をつく。ま、合法的なことしかしていないので良しとするしかない。すれすれではあるが。

『それより詩織は大丈夫かしら?』


俺はここに来た目的を思い出す。

 早く田町詩織に会わなくては。



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