第4話 高等部進学

4.高等部進学




『うん、まずまずね。ちゃんと歩き方とか気を付けるのよ。私が覚醒できるのは次はお昼くらいだから』


 元ユリカの忠告を聞きながら俺は部屋の姿見を見る。そこには臙脂色のジャケットに白いドレスシャツ、伝統あるアトレリア女学院の紺色と臙脂のタータンチェック柄のプリーツスカートに紺色の長ソックスに身を包んだ清楚な美少女が映っていた。


『スカートの丈が短かすぎないか? こんなものアークランドではよほどの子供か娼婦くらいしか履かないぞ』


『この地球ではそれでも長いほうなの。我慢してね。あ、それと水着も忘れないでね。キャップも。アトレリアでは体育の授業の半分は水泳だから。ちゃんと自分のロッカーにしまっとくのよ』


 俺にはこの水着というものが理解できない。乙女が自身のボディラインを晒して良いものだろうか。アークランド、いやどの世界でもこんなはしたないモノを着て泳ぐなどと考えられないのだが。まあ、それでもとりあえずはこの世界のルールに従うしかないか。

 俺が姿見で最終チェックをしているとメイドの芽衣から声がかかる。


「お嬢様。そろそろお出かけの時間ですよ。今日は始業式なのでお昼までです。お昼はどうされますか。女学院でいただくか屋敷に戻ってからと、どちらにいたしましょうか」


『多分、友達が誘ってくるから女学院でいただくといっておいて。それより限界みたい。じゃ次はお昼休みに』


 そう言い残して元ユリカは意識の底へと戻っていった。


「ええっと、女学院でいただくわ。それより荷物はこれで良いでしょうか」


 芽衣は俺の正体を知っているので、遠慮なく質問する。


「ええっと、そうですね。今日、女学院では新しい学生証が交付されるので古い学生証が必要なのですが。あ、ありました。これを返納するのですよ」


 芽衣はユリカの机の引き出しから何やらカードらしきものを取り出す。

 そのカードが学生証というものらしい。手渡された学生証とやらを確認する。顔写真も載っており、名前や住所などが記入されている。どうやら身分を証明するもののようだ。


「ギルドの登録証のようなものか。にしても薄いな」


 アークランドには冒険者ギルド、ハンターギルド、商業ギルド、工業ギルトなど様々なギルドがあるが、その登録証はミスリルかオリハルコン製で厚さは地球でいうところの五ミリはある。こんな薄いもので割れたりしないのだろうか。


「大丈夫ですよ。この学生証はチタンで出来ておりますし。それにICチップが入っていて女学院のロッカーのキーにもなっているのですよ。なくさないようにお願いしますね」


 芽衣がちょっと変な顔をするが、ちゃんと説明してくれた。各ギルドの登録証もそのギルドの管理する地方事務所や魔獣からのセーフハウスなどの出入りの鍵となっているので同じようなものなのだろう。


「このパスケースに入れて首からぶら下げておいてくださいね。新学期は一応校門でチェックがあるはずですから」


 俺はもらった皮のパスケースとやらに学生証を入れると首からぶら下げジャケットの下に忍ばせた。

 身だしなみをチェックし部屋を出ようとすると、


「お嬢様。今日は風が強いので御髪が乱れるかもしれません。これをつけると良いでしょう」


 芽衣は何やら輪っかのようなものをユリカの部屋のクローゼットから持ってきた。そして俺の髪にそれを付ける。


「カチューシャというものです。落とすといけないので予備を鞄に入れておきますね」


 その輪っかをつけると俺の顔立ちがよりはっきりとして美少女っぷりが上がったような気がした。元ユリカは将来、俺が魔王に戻ったら側仕えにしてもいいかなと思う。


『それはないから。それより早く出かけないと遅刻するわよ』


 まだ、元ユリカの意識が少し残っていたようだ。



 俺の乗ったリムジンは東京という巨大都市を西に向かう。ここの人口は周辺都市を合わせると二千万人に近いという。なんと一つの町だけでアークランドの全人口を上回るのだ。つくづくここは凄いなと思う。が、パイはデカいほど俺の野望は成し遂げやすいというものだ。やがてリムジンは西東京の乙女市にあるセント・アトレリア女学院へと到着する。そこにはアークランドのベルシティにある行政院に匹敵する煉瓦造りの重厚な建築物が五棟以上も建っていた。たかが女子供が通う学校でこのレベルだ。地球という巨大な世界は俺の想像を絶する規模であることがひしひしと感じられる。

 俺がリムジンから降り、女学院の門の前でたたずんでいると後ろから声を掛けられる。


「えっ、もしかしてユリカ?」


 振り返るとおかっぱという髪型の眼鏡をかけた少女がいた。俺は脳内のアーカイブで検索し、それがすぐに元ユリカの中学時代からの親友である田町詩織であることがわかった。


「ええっと、詩織?」


「ユリカ! 元気になったのね! でも髪とか目が?」


 田町詩織で間違いないようだ。元ユリカの卒業アルバムにあった人物はすべて記憶している。それに修学旅行とやらの写真でもユリカと一番一緒に写っていた人物でもある。

 俺は元ユリカによる設定を詩織に話す。


「事故のせいで寝たきりが続いていたし、それに特殊な治療法を行ったの。それで」


「理由は良いわ。それより無事に復帰できて本当に良かった。真知子や秋穂も喜ぶわ」


 真知子は桜井真知子。秋穂は田中秋穂。いずれも元ユリカの中学時代からの親友。

 残念ながら高等部のクラス分けではその二人は一緒にならなかった。高等部の玄関に張られたクラス分け表にみんな一喜一憂している。俺も当然、真知子や秋穂に会い感動の再開とやらでぐちゃぐちゃにされたが。詩織だけが一緒のクラスになり正直ほっとしている。それだけボロが出る確率が減るからな。


 俺が通うのはセントアトレリア女学院という伝統ある女学校らしい。アークランドにも学校はあるが、すべてギルドの訓練校といったものだ。読み書き計算といったものは家で教えるか、教会で早朝や土曜日の説法会の後に牧師から教わるのが普通だ。ま、俺たちみたいな魔物は完全記憶能力があるので本で読むだけですむが。

 ということで俺は産まれてから初めて学校というものに通うこととなった。いろいろ戸惑う面ばかりであるが、ここは元ユリカにできるだけ手伝ってもらうしかない。


 そしていよいよ教室というところに入る。机と椅子がずらりと並べられており俺としてはかなり不気味な環境であった。みんな同じ方向を向いており、正面には白い壁面があった。脳内アーカイブで探るとホワイトボードと言われるものらしい。そこに字や数式を書いて知識を伝達するらしいのだ。なんとも非効率なものだなと俺は思う。魔物は知識のやりとりを記憶石で行いそこから脳内に直接ダウンロードが出来るからだ。

 すでに座席の位置は決められているとのことで、そのホワイトボードに位置と名前が書かれていた。俺はど真ん中の一番前。詩織に聞くと一番忌避されるべき座席だそうだ。


「ユリカ、大変ね。居眠りもできないし」


 俺は勉強さえできれば問題ないと思うので思いっきり寝ようと思うが、この世界のルールではそうはいかないのだろう。

 やがてホームルームとかで、始業のチャイムとともに担任の先生が入ってくる。まだ二十代のうら若き女性。なかなかに美人で利口そうだ。後に側仕えになってもらいたいので住所と名前を聞かなくてはな。

 その担任に俺は注意される。


「花菱さん。足が開いてますわよ。ちゃんと閉じなさい」


 どうやら俺は男の癖で足を開いて座っていたようだ。さんざん芽依に訓練されていたのだが、いきなりボロが出てしまったようだ。そこに詩織からフォローが入る。


「あの、先生。花菱さんはあの事故から退院したばかりで、まだ体が万全ではないのです」


「あ、そうでしたね。これは失礼しました。花菱さん。無理のない姿勢でお願いしますわ」


 どうやら俺が大事故で入院していたことは周知の事実であるようだ。なにかあったらこの手で逃げるか。でも先は長い。やはりちゃんと女の子としてのマナーとかは身につけないとな。


 その後、講堂で始業式となる。

 はっきり言ってこれは退屈なものだった。国歌および校歌の斉唱。校長先生、教頭先生の長い挨拶。2名の高等部からの編入生の紹介。この二人は留学生だった。ヨーロッパからの交換留学生らしく、共に金髪碧眼。顔立ちの似た俺を見つけニッコリ微笑まれた。それから各学年主任からの注意事項等。にしてもこの女学院は先生、職員、生徒がすべて女性であったので興味を持っていたのだが、俺が期待するほどの美人はいなかった。あの留学生は別だが。そういうこともあり二時間ほどの式典で俺は寝そうになった。いや半分寝ていたか。隣の詩織が突いてくれなかったら熟睡していたところだった。


 その後、帰りのホームルームで俺の事情が説明され、進学出来た理由なども披露された。中学三年の後半の半年を学校を休んでいて何故進学できたかということだった。

 

「花菱さんは半年の入院中もしっかり勉強をしていらしたようですね。なんと高等部進学の学力確認試験ではすべての教科で満点でした。みんさんも花菱さんに負けないように勉学に励んでくださいね」


 と担任はのたまった。クラスの皆の目が点になっていたが、これは俺の完全記憶能力によるものだ。俺はすでに高等部の教科書については完全に暗記している。ま、丸暗記なので真の学力とは言い難いが普通のテストくらいなら満点はたやすい。そんなこともあり、俺はいきなり学級委員長に選ばれてしまった。これはおかしい。

 俺が入院中に読んだライトノベルという本では委員長とは黒髪ストレートの眼鏡っことやらがなるはずだと思っていたのだが。


 ま、そんなこともあったが、できるだけ元男で魔王であることがバレないようにおしとやかにふるまい、特に同級生からは違和感がなかったようでホッとする。

 だが、その後のトイレイベントで俺は大失敗をする。

 一緒にトイレに入った詩織が、


「あ、あれ来ちゃった。ね、ユリカ。あれ持っていない?」

 

 俺が、


「あれって何?」


 逆に不思議な顔をされた。


「ええっと、生理のことなんだけど・・・」


 詩織が顔を少し赤らめて言う。


「女性の生理。あ、メンスのことですね。それなら私は来ていないので」


 元ユリカによると正確には中三の事故にあう直前に初潮が来そうだったが、事故のショックでその後、来ていなかったようである。

 周りにいたクラスメートも不思議そうな顔をして俺を凝視する。俺はやらかしてしまったのか。が、その時、助け舟が入る。

 隣のクラスになった桜井真知子がトイレにいたのだった。


「私、ユリカの友達なんだけど。あの事故でかなり精神的、肉体的に影響があったはずよ。きっと止まっちゃってるのよね。ここは皆でユリカのことをもっと気遣ってあげようよ」


 その一言で詩織も気づいたのか、


「そ、そうよね。髪も目の色も変わっちゃったし。きっと内側もダメージを受けてるのよね。ごめんなさいユリカ」


 それで、その場は収まった。詩織には真知子が生理用品を貸していたようでホッとする。俺ももっと言動に気を付けないとな。が、女性の体に関することはなかなか難しい。もっと勉強せねば。そのためには元ユリカの覚醒時間をもっと長くしないといけない。何か良い方法はないものであろうか。マナの集積を待っていたのではまだ数年先になる。

 とりあえず当面の課題の一つとしておれは認識し記憶アーカイブの浅い層にそれをしまっておく。なにしろ俺にはこの世界での生きるすべに関してまだまだ学ばなければならない重要事項が目白押しだからだ。


 放課後。といっても今日は昼までなのでこれから食事だ。詩織や真知子、秋穂といったメンバーでアトレリア女学院の食堂に集まる。


「ようやく、メンバーが勢ぞろいって感じね。なんだか懐かしい感じもするわ」


 詩織の一言で場は打ち解ける。


「それより、今日はユリカの復帰祝いって感じね。ここは私のおごりで何か美味しいものを食べましょう」


 桜井真知子も外食系のチェーン店のオーナーの娘だ。田中秋穂もビジネスホテルチェーンのオーナーの娘。それぞれ裕福だ。例外は田町詩織。実は花菱自動車という花菱グループの下請け部品会社「田町マテックス」の社長の娘。この田町マテックスは現在倒産の危機にあることがわかっている。このことは昨日、元ユリカから同級生に関する最終レクチャーをされた時に解った。花菱のサーバーにアクセスするとそこには詳細な「田町マテックス」に関する情報がアップされていた。損益計算書と現時点での営業評価が記載されていたが内容はかなり深刻なものだった。花菱自動車の部品を作っていればそこそこの利益は上がって経営は安泰だったのだが、社長つまり詩織の父が欲を出した。少しでも売り上げを伸ばそうと工場の機械を使って「無水鍋」を制作し販売をはじめたのだ。が、元々販路はないし、しかも「無水鍋」に欠陥が見つかった。長時間火にかけるとヒビがはいるのだ。しかたなく一万個作った鍋は回収。資金繰りに行き詰まったようだ。銀行からの資金援助がなければ月末で不当たり手形を出すことが確実。つまり倒産。


『ね、あなた魔王なんでしょ。なんとか詩織を助けてよ。いえ、助けなさい』


 俺の意識に同調し、俺が田町詩織のことを考えているのが解ったのだろう。昼になり覚醒してきた元ユリカが俺に命令する。


『資金的には簡単に援助はできるが、もっと根本的なことを解決しないとな。とりあえず明日にでも詩織と二人でゆっくり話すことにしよう。今は情報集めだ』


 昼食はピザを頼み、みんなで和気藹々と食べた。明日からはフルタイムの授業とのことでその後解散。みな家路についた。


 屋敷に帰り着き、ビックリする。


「お帰りなさい。ユリカ。いえ、今はアークかしら。今日からお世話になるわ」


 リビングには清友麻衣子がいた。兄の剛毅も一緒だ。俺の頭に?マークがともるが、すぐに剛毅が説明してくれた。


「麻衣子さんとはすでに知り合いのようだね。でも今日は正式に紹介しよう。俺の婚約者だ。いや、もう嫁か。訳あって今日からこの屋敷に住むこととなる。それに俺が高校を卒業したらすぐに結婚式をあげることになっている。ま、お互いの両親が仕組んだことだけど、今はそれなりに納得しているし、俺は麻衣子さんが好きだし」


 剛毅の妹のユリカにちょっかいを出しておいて実はバイだったのかよ。いや、偽装なのか。そんなことを考えていると、


「先日はごめんなさいね。ついイタズラ心で襲ったりして。ね、提案だけどいっそ三人で仲良くってのはどう?」


「こらっ、麻衣子。おまえの性癖は知ってるけど、妹だけはかんべんな。たとえ今がアークだとしても」


 どうやら間違いなくバイである。それを公言してはばからないようだ。

 その後、二人から詳しく事情を聞く。もともとはライバルであつた花菱家と清友家。が、時代の趨勢には勝てず、将来はジリ貧になるのは確実。ならば、ここは名を捨て実を取ろうということで剛毅、麻衣子の父が画策した。二人を結婚させ、両家は一つになるのだと。互いがライバル企業グループといっても半分以上は分野が違うので統合は実入りの方がはるかに多いのもこの計画がすんなり進捗した理由だ。驚いたことに剛毅が十八になった時点で二人はすでに婚姻届を出しているそうだ。麻衣子が姉さん女房になるが、さっきの言動では剛毅は尻にしかれることもないだろう。


 そして、もう一つ。どうやら俺の仕掛けた装置のせいで、麻衣子の「ブラフマンファンド」は大損を出したらしい。そこで清く解散となったそうだ。それでも投資家には元本の三倍程度の資金が環流したので文句は出なかったそうだ。あのペントハウスも売り払い、身一つで花菱家に転がり込んできたと言うわけだ。そこで俺は一つの妙案を思いつく。せっかくなので俺の資産の一部を麻衣子に運用してもらおうと。資産のうち麻衣子に三百億円ほど預けることにした。


「大丈夫よ。四年で十倍以上にしてみせるわ。あなたの事情も聞いているので心配ないわ」


 剛毅は俺の素性をすべて麻衣子に話していたようだ。


「ええっと、本当は可愛らしいサキュバスとかじゃなくて大魔王サタンなんでしょ。その、出来れば本当の姿を見せて欲しいのだけど」


 俺はサタンの姿を顕現しようとするが躊躇する。これまで地球では魔力のコントロールがいまいちだったのであの忌々しいサタンの姿になっていたのだが今なら人間モードに調整できる。そして人間モードに化身。この世界では結構イケメンと言われているレベルのはずだ。


「あーー、デビューしたてのキアヌって感じね。私嫌いだわ」


 この世界の女性の感覚は実に複雑怪奇だと改めて知る俺であった。

 その後、元ユリカも顕現させて麻衣子に対面させる。今はまだ一〇分程度だが。元ユリカもあの一件で麻衣子に面識があった。そして麻衣子が元ユリカに平謝りしたのは言うまでもない。



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