ユリカは覇道を目指す!

名切沙也加

第1話 大魔王が現代に異世界転移して女子高生?

序章



1.大魔王サタンの最後



「と、とりあえず話を聞け! 確かに私はサタンだが人間に害をなそうとしたことは一度もない! いや、むしろ今は人間を助けている立場なのだ!」


「いや、悪魔の言うことなど一言も信用できるか! おとなしく討たれろ!」


 勇者の持つ剣は聖剣エクスキャリバー。たとえ大魔王とてその一太刀を浴びればひとたまりもない。


 そう、俺の名はアレクサンドル・アークラッセル・サタン。悪魔一族サタンの頭領であり、このアークランドの魔界を取り仕切る大魔王だ。が、俺はいたって平和主義者。もともとこのアークランドはその名の通りサタン一族の名門アークラッセル家が発展させてきた世界。その世界に三千年ほど前、地球という異世界から入植者たちがやってきた。迫害をうけた異教徒とのことでサタン一族はいろいろ世話を焼き、人間が居住できる環境をこの世界につくる。そこをベルシティと名付け人間たちを住まわせた。ベルシティは代々サタンの頭領が持つ結界石により、魔物の住む世界と分け隔てられ順調に発展してきた。そのうち魔物と人間との交流も始まり、いびつではあるが人々と魔物は対等な関係でうまくやってきた。


 が、それが百年ほど前に崩れ去った。ベルシティに魔物を敵対視する王朝が誕生したのだ。そして魔物たちを遠ざける政策をとるようになってきた。


 もちろん前魔王のガリウム・アークラッセル・サタンのおざなりな政策のせいもあるが、さすがにまずいと俺自身がガリウムを諭し次の魔王に俺が就任したのだ。が、隠居したガリウムは大魔女マーベラと組んでこの世界を再び魔物のものにしようと画策し始めた。


 そして俺を倒すため、ベルシティの王を騙して勇者を地球から召喚した。ベルシティに潜ませている俺の密偵がそれを知らせてくれたのだが、その名を花菱剛毅という。まだ若いながら抜群の体力知力でベルシティ周辺の魔物の巣窟をいくつも粉砕、殲滅したとのことだ。


なんの罪ない多くの魔物たちがその命をまっとうすることなく潰えたのだ。悲しい。魔物とて生き物。それをなんだと思っているのだ。ここは勇者を一気に屠るか。


 が、俺は平和主義者だ。何度も事の真相を知らせるためベルシティの王宮に使いを出したのだが、ことごとく討ち取られてしまった。



 そして今。大魔女マーベラの策略とも知らず、勇者は俺を討ち取りにきたのだ。



「どうやら聞く耳を持たないようだな。しかたがない。ならば私がそなたを討ち取ろう。覚悟!」



 俺はサタンの真の姿を顕現する。禍々しい羊の頭を持つ巨大な爬虫類。全身は鱗に覆われ、長い角としっぽを持つ。その手には大きな鎌が。



「正体を現したなサタン。俺の知っている悪魔そのものの姿だな。これで心置きなく剣を振れる」




 まあ、言っちゃ何だが魔力を体に通さない状態では俺の姿は通常の人間とほとんど変わらない。人間の姿のままでも九割方の魔法は使えるので問題ないが、なにぶんエクスキャリバーだ。触れるだけでも致命傷を負うこととなる。ここは最初から全力だ。


「かかってこい勇者よ。遠慮はいらないぞ!」



「ならば覚悟!」



 上段からエクスキャリバーが振り下ろされる。当然俺はそれを巨大な鎌で防ぐ。



ガキーーーーーーンッ!



 そして、その瞬間。俺の鎌が消えてしまった。



・・・どうして?


「フフフッ、この剣には地球の魔除けの護符がついているのだ。俺が地球から持ってきた近くの神社のお守りだ!」



「クッ、なんでそんなもので俺の魔力が無効化されるのだ!」


 聖剣は俺の肩口からはいり、心臓近くまで達している。が、まだまだだ。


 俺には驚異的な回復力がある。死んでいなければ回復できる。抜かれた剣の傷跡は瞬く間に埋まっていく。



「しぶとそうだな。ならもう一太刀!」


 今度は腹から背中ににズバッと剣が抜ける。普通なら致命傷だ。


「クソッ、俺が死んだらベルシティを守る結界石の魔力も消滅してしまう。死ぬわけにはいかないのだ!」


 こうなったらしかたがない。俺は最後の魔力を振り絞り勇者の住む世界へと転移することを決める。あんな小さな魔除けの護符程度で俺の魔力が無効化されるのだ。さぞ地球という所は魔力の根源たるマナに溢れた所なのだろう。ならば問題ない。すぐに俺はマナを使い回復することが出来る。


 俺は勇者剛毅の体を抱きしめると転移魔法を発動した。



 が、その時。



キュイーーーン キュイーーーン



 魔王城に緊急警報が鳴り響く。



『マーベラの放った壊滅の矢が接近! 壊滅の矢が接近! 至急非難されたし!』



 壊滅の矢。それはとてつもない破壊力と熱量をもったマーベラの最終兵器。この矢が落ちたところの周囲十キロは巨大なクレーターとともにその存在を消す。



「勇者よ! どうやら貴様も嵌められたようだな! 俺と一緒に消される所だぞ!」



「えっ! すると魔王! おまえの言っていたことは本当なのか!」



「聞くまでもないだろう! とりあえず転移だ! 間に合えば良いが・・・」



 そして転移の途中で俺は抱きしめた勇者剛毅に今回の事の経緯の記憶を転写する。



『やはり俺の真の敵は大魔女マーベラ?! じゃ、俺の行動はすべて人間にとってマイナスってこと!』



 ようやく理解してくれたようだが、時はすでに遅し。



いざ、地球へ!



 そして、俺は奈落の底に落ちる感覚を覚え、意識もなくなってしまった。



『だいぶ時間が経ったようだが、俺はちゃんと転生したのか?』


 意識は混濁しているが、視界はボンヤリではあるが、なんとか保たれている。



 明るくて白くて四角い部屋。アークランドにはなかった部屋だ。地球転生はどうやら成功したようだが、



『で、なんで俺は浮遊している。というか霊体だな俺。死んではいないようだが。いや死んでいるのか?』



 最悪なことにマーベラが放った壊滅の矢のせいで俺は肉体を失ってしまったようだ。やはり少しだけ間に合わなかった。が、まだ魂はある。なんとかなるはずだ。



 四角い部屋の天井らしきところで漂っていると、眼下には金髪碧眼の少女が眠っているのが解る。


 その少女の周りには父らしき男性と勇者剛毅もいる。そしてメイドらしき女性。さらに聖職者らしき老人もいる。


 みな沈痛な表情で暗い。なにか少女にあったのだろうか。


 見ているとその聖職者が、



「いよいよ最後のお別れの時です。皆様、今一度お手を取りお祈りください」



 勇者剛毅も含めみな泣いている。どういうことだ。


 そして剛毅が、



「ユリカ、ごめんよ。僕がいない間に大変なことになっていたなんて」



 父らしき人物が剛毅に声をかける。



「剛毅。もうユリカの魂は天に召されているかもしれない。いわゆる脳死というやつだ。事故直後からもう半年もこうなのだ。そろそろ見切りをつけないとな」



「で、でもなんで俺のいない間に! こんなことなら勇者になるんじゃなかった!」



「勇者?」



 父親らしき人物が怪訝そうな顔をする。



「まあ、おまえが行方不明の二年間のことは後でゆっくり聞かせて貰おう。それより今からユリカを看取るぞ」



「お嬢様を守れなくて申し訳ございません。私がついておりながら・・・」



 すらっとした黒髪ポニーテイルのメイドが崩れ落ちむせび泣く。



「芽依、見苦しいぞ。最後の時くらいしっかりするのだ」



「申し訳ありません。ご主人様」



 声では怒っているようだが、そのメイドにそっとハンカチを渡している。なかなかのナイスガイのようだ。


 そんなことより、どうやらこの少女は最後の時を迎えようとしているようだ。少女にはなにやら複雑な装置がつなげられている。おそらくこれで生命を維持しているのだろう。これは人間界で発明された機械というものだな。アークランドの人間界にも機械は発明されていて夏でも涼しい装置があったな。便利なものらしいが魔法には勝てないぞ。



 そして白衣の者がその装置のスイッチらしきものを動かそうとした。


 と、その時、



『助けて! 私はまだ生きている! 死んじゃいない!』



 その少女から俺の頭に直接声が聞こえてきた。念話だ。てっきり死んでいるのかとも思ったがそうではないようだ。状況からするに周囲の者は少女が死んだと思い見送ろうとしている。これはとんだ勘違いというものだ。人の命が掛かっているのに。


 さらに驚いたことに、その少女には俺の存在が解るようだ。



『そこにいるのでしょう。ならば助けて!』



『どうすれば良い。俺にできることなら助けるのもやぶさかではないが』



『私の中に飛び込んで! もう時間がないわ! すぐに!』



 白衣の者の手がスイッチを動かす。さっきから鳴っていたピッピッピッという音がピーーーーという単音に変わった。


 と、同時に俺は霊体?のまま少女の体に飛び込む。


 体が元の俺より小さいせいかちょっとギュギュッとした感じがするがなんとか潜り込めた。それより、



『グッグッグッェーーー! 苦しい! 息していないぞ!』



 どうやら心臓が止まっているようだ。これはいけない。俺は思いっきり息を吸い込むと残っているマナをすべて少女の体に注ぎ込む。そして自力で蘇生だ。


 肺に入った空気から酸素を分離し、それをそれを心臓に送り込む。細胞の一つ一つに細動をかけ、心臓の再始動だ。心臓が動けば脳にも血がいく。僅か残った少女の意識もそれで保てるだろう。


 俺はもう一度深呼吸をする。そして心臓は活発に始動しだした。




「ブファーーーーーーーーーーーーーーー! ふぅーーー間に合った」



 多少なりともアークランドの人間界で得た知識が役立ったようだ。人間界では医学というものが最近ではかなり発展していたものだ。



 俺は全身に血液が行き渡るのを感じる。そして俺の転移した少女は蘇生した。


 あたりを見回すとみんなあっけにとられたような顔をしている。



「えっ、お嬢様の髪が金髪から銀髪に? 目の色も青から赤?」



 芽依と呼ばれたメイドは俺というかこの少女の変貌ぶりにかなり驚いているようだ。


 そして、剛毅から、



「おまえ誰?」



 不思議な顔で尋ねられた。


 そこで俺は、



「勇者よ。できれば二人だけで話がしたい」




 その言葉で勇者剛毅はすべてを悟ったようだった。



 その後、俺はしばらく病院という施設で静養することとなった。病院というのはアークランドの療養所みたいなところらしい。あちらの世界では病気や怪我は魔法で治すのだが、こちらでは医学という技術をつかうらしい。これはアークランドの人間界にもあった技術だ。魔法に比べればかなり時間がかかるらしいが、人間にはこのほうが負担が少ないらしい。魔力の根源たるマナで回復させれば期間は短いが寿命が縮むと言われている。俺たちのような魔物であれば寿命は千年単位なので問題ないが、人間はせいぜい寿命が百年。その寿命が十年単位で縮むとあれば問題なのだろう。そんな理由でこの体には医学による回復のほうが望ましい。なので完全回復まではしばらくかかる。俺はこちらの世界の状況をこの少女の体を借り、静養中にしっかり把握することにした。




 勇者剛毅との二人だけの話はそれから三日ごとなった。


 ベッドの横の椅子に座る剛毅。


 VIP専用の病室ということで、魔王城のリビングにも匹敵する豪華さだ。


 剛毅は俺にオレンジジュースというものを飲ませようとしている。なにやら箱についた管のようなモノに口をつけ啜れというのだ。言われたとおりにすると甘い柑橘類の汁が出てきた。なかなかに美味しい。


 それを見ながら剛毅が、



「で、大魔王サタンが俺の妹のユリカに乗り移ったということだな」



「いや、今は間借りしている状況と言えよう」



 剛毅がこの世界に戻ってきたのは俺があの病室に漂っていた一週間前。突然、地球の自室のリビングに戻ったそうだ。当然魔王である俺も一緒だと思ったそうだが、側にはいなかった。


 剛毅の突然の帰還に家族はびっくりしたようであったが、なになら全体的に沈んだ雰囲気。なにがあったか聞いてみると妹のユリカが半年前に交通事故というものにあい瀕死の重傷をおったそうだ。そして意識がもどらないまま先の状況になる。脳死判定というものがおりたので生命維持装置を外すこととなった。そしてその処置が行われユリカの心臓が止まった瞬間に俺がユリカに乗り移ったというわけだ。


 心音が復活し、突然ユリカは蘇生する。


 ユリカの金髪はみるみるうちに銀髪となり、青白かった体は赤みを帯び健康的な色となった。そしてムックリ起き上がったユリカを見てみんなビックリしたそうだ。「ユリカじゃない」みんなそう思ったそうだが声に出したのは剛毅のみ。そしてそのユリカの目をみて確信したそうだ。「魔王サタンだな」と。元々のユリカの碧眼の瞳は魔王の赤い瞳へと変わっていたからだ。



「で、ユリカの魂は昇天してしまったのか?」



「心配するな。まだ頭の片隅にちゃんといる。今のところ一日五分程度覚醒するのが限界だが、あと五年もすれば魂の源たる霊素が回復し元に戻れる。それまでに俺は別の体を見つけてそちらに移る。何も問題ない」



「いや、男のおまえが女性の体に乗り移っている時点で問題だらけだろ」



「そうだな。問題だらけだ。さっそくトイレにいきたいのだが。実はもう我慢の限界だ。さっきも行ったのだが、なにやらたくさんスイッチがあって解らない。教えてくれるだろうか」



 こうして俺、大魔王アレクサンドル・アークラッセル・サタンは地球という惑星で花菱ユリカという少女に転生したのだ。いや、転移かな。


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