鉄色標

チャッピー

プロローグ 新人類《ニューマン》

 光の消えた空で雨が激しく降り続いている。

 その雨は誰かの悲しみを代弁するようでもあり、お前たちの存在はその程度なのだと無価値さを告げる空の声のようでもあった。

 戦いの後の地獄があたり一面に広がっている。かろうじて原型をとどめた建物、燃え尽きた畑、若い男のうめき声、人型の炭に泣きつく子供。燻った鉄の巨人。

 旧い人類ヒューマンであれば、この光景に罪悪感かあるいは同情を覚えるのだろうか。そんな意味のないことを考えながら、あたりの見下し、獲物を逃さないために目を凝らす。

 アイビーの望遠レンズが僕の目とリンクしてズームをかけ、雨の中動く人影をとらえる。デバイスの引き金に指をかける。アイビーの鉄の指も手にしたライフルのトリガーにかかる。人に撃つには大きすぎるが、対人制圧用機銃は生憎と弾切れだ。

 もう警告は必要ない。警告に従わなかった結果がこの地獄なのだから。僕は地獄か世界一窮屈で安全な場所へのチケットを用意し、どちらが良いか紳士的に問いかけ、彼らは地獄を選んだ。ただそれだけの事だ。

 直接的に手を下したのは僕だし、その責任を放棄するつもりはないけれど、彼らの自由意志を尊重しただけのことだ。

 弾代とこれから起こるであろう善良な市民からのバッシングに憂鬱になりながら、迷いなくトリガーを引く。

 対D-roid用ライフルの巨大な弾丸は背を向ける男を周りの地面ごと容赦なく押しつぶした。

 目標の生体反応が消えるのを確認し、本部へコールをかけ、任務終了を伝える。まるで機械のように感情のない帰還許可を確認し、予定の合流ポイントへと向かう。


 ――新人類ニューマン


 それは現代社会において大多数の人を指す言葉だ。何百年か前に争いが絶えない人類がナノマシンを用いて善意を強化し共感力を高めた新たな人類を生み出そうとしたのが始まりだったらしい。身体能力も高く、いわゆる善人が多かったとハイスクールの歴史書には書かれている。

 ただ、彼らは善人でありすぎた。悪人が許容できなかった。旧人類ヒューマンがいつまでも悪を捨て去れなかったことに怒った。

 そんな新人類と旧人類も互いに絶滅一歩手前まで戦争をしたが、一人の新人類が当時の新人類の最高指導者を殺害し、和解の材料にしたという。

 真実かどうかも不明、真実だとしてもその経緯も謎といまだに歴史オタクが議論を交わす程度には謎の多い出来事だったようだ。情報化された後の社会でこれだけ謎が多い出来事はこれ以外にないという。

 今の新人類は旧人類と大戦争をおこすような仲ではないが、旧人類そのものやその血が入っている連中を見下すような新人類や、逆に希少になってしまった旧人類を保護しようなんて連中もいる。

 僕の仕事の依頼人は前者で旧人類を根絶やしにしたくて仕方ない連中だ。なんせ純粋な旧人類は病に弱い、ケガをしやすいというハンデから社会保障が必要になる。いつの時代も政府は金がかかるのは嫌なのだ。

 世論は聞いてる体で、でも金がかかるから処分したいというメンツと金を守るために僕らのような傭兵は駆り出される。非公式な兵隊が社会には必要だった。

 僕自身はそれに特に思うところはない。僕はこの生き方しか知らないし、それに不満もない。社会には殺しの需要があって、僕は殺しを提供する。旧人類に社会保障が必要で施設が建てられるのと全く同じに、社会的要請があって、僕は殺す。

 自分の手で殺すということに対して無責任なつもりはないけれど、殺しは仕事になる程度にはいまだに社会に必要とされているということだ。

 二つの人類について僕の気持ちを強いて言うなら自分は新人類でよかった。殺しでいちいち心を揺らさないで済む。という程度のものでしかない。

 合流ポイントで輸送機に乗り込み、アイビーとのリンクをカット。巨人の目から自分の目へと意識が戻り、全能感を惜しみながらハッチを出る。

 メカニック達にD-roidのデータメモリを渡し、ホームまでの仮宿となる休憩室へと向かう。

 輸送機は黒煙と雨を振り切り、新人類僕らの故郷へと発進した。平和で、ここのような血と火でできた地獄とは無縁な国、日本へ。 




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