怖い話 2020
下降現状
曲がり角
「スクエアって知ってる?」
武田さんはそう言った。
スクエアとは、都市伝説の一つだ。
とある山荘に、遭難した四人が辿り着いた。外は寒く、暗い中の下山は不可能。夜明けまで起きている必要がある。
その中で、誰かが提案した。こうして、皆が起きていられるようにしようと。
部屋の四隅に一人ずつ陣取って座り、その中の予め決めた一人が、壁伝いに歩いて、他の人が居る位置まで行く。
そして座っている人の肩を叩き、代わりにそこに座る。肩を叩かれた人は、また次の人に向かって歩いていく。これを繰り返すことによって、定期的な刺激と次の人へとつなぐという使命感を用いて、皆が寝ないようにするというものだ。
この方法によって、四人は寝ないで夜を明かすことが出来たのだ。
しかし、下山してから四人のうちの一人が気付いた。
これは四人では出来ないのだ。
最初の一人がスタートした地点には、当然誰も居なくなる。なので、四人目の走者がバトンタッチする地点まで辿り着いても、誰にもタッチできず、そこで終了してしまう。
そこからさらに次の人間に繋ぐには、五人目が必要なのだ。
ならば、どうして遭難した四人は夜まで寝ずに居られたのか。参加した五人目は誰なのか。
そんな話が、スクエアというゲームとも儀式とも言うものだ。
「で、俺も登山とか好きなんだけど、まぁ同じような事になっちゃったわけだ」
武田さんは、斎藤さん、吉田さん、野上さんの四人で登山に行き、同じように吹雪で山荘に籠もることになったのだという。
眠るわけにはいかない。そういうわけで、スクエアを行うことにしたのだ。
提案した斎藤さんに向かって、吉田さんが反論したのだという。
それは、四人では出来ないはずだ、という当然の指摘だった。それに対して、斎藤さんが言ったのは、待っている人間が居ない角に来たら、そのまま曲がって次の角まで行けば、四人でだってスクエアは出来る、というものだった。
「俺も、それで問題ないと思ったんだ」
実際、どんな方法でもいいから、寝ないで夜を明かす必要があったのだ。
そうして、反論した吉田さんも納得したので、四人で四隅に散って、スクエアを行うことにした。
武田さんは、三番目の走者だったらしい。
「初めの何回かは、問題なく成立したんだ」
肩を叩かれたら立ち上がって、壁伝いに真っ直ぐに行って、次の人の肩を叩き、代わりに座る。
うとうとしながら、暗い中でやっているせいで、一体何度目か、いつが自分が二度走るのか、という感覚は曖昧になっていたという。
そして、何度目かの武田さんの手番。真っすぐ歩いて、角まで辿り着いたので、肩を叩こうとして気付いた。そこには誰も居ない。
なるほど、今回は自分が二回歩く番だったのか、そう重い、壁伝いに歩いて、次の隅で。肩をたたいて座る。
歩いて、座って、たまに曲がって。何だか、あたまがふらふらしてきたけれども、それでもこの行動を繰り返した。
本当に何度めかを忘れた頃。壁伝いに真っすぐ歩いて、肩を叩こうとして、そこには誰も居なかった。
「なんだ、今回は自分が角を曲がる番だったか、そう思って、曲がって次へ行ったんだ」
そうして、また隅に着いて、異変に気付いた。今度の隅にも、誰も居ないのだ。
あれ、おかしいんじゃないか? そう思ったものの、眠気のせいで、もしかしたらただ単に辿り着いていないだけかもしれないとも考えていた。
だから、壁伝いに歩き続けた。
何度も、何度も、いつまでも。
いつになったら、誰かの肩を叩けるんだろう。足取りはふらついて、目が霞んでくる。喉も乾いてきた。
いつまで、いつまで……
そうして歩いている内に、部屋が明るくなってきた。夜が明けたのだ。
ああ、終わった。そう考えて皆に声をかけようとして、武田さんは気付いた。
「誰も居なかったんだよ」
山荘には武田さん一人しか居なくなっていたのだ。まさか、自分を置いて皆先に出ていってしまったのだろうか。
そう考えて、外に出て、吹雪が収まった中をなんとか一人で下山した。
武田さんは帰ってくることが出来たのだ。
下山した武田さんは、斎藤さん、吉田さん、野上さんの三人が先に下山したのか、それとももしかしたらまた遭難してしまったのかを調べるために、連絡を取った。
「そうしたらさ、あいつら俺と一緒に山に登ったりしてないっていうんだよ」
そんな馬鹿な、そう思って、全員に連絡を取ってみたけれども、答えは変わらなかった。武田さんは一人で山に登った、そういう事のようだった。
冗談なような状況に首を捻りながら、武田さんは日常生活に戻ることにしたのだという。
だが、何かがおかしいのだという。
「なんかさ、違う気がするんだよ。ゴミ出しの曜日とか、テレビ番組の内容とか、コンビニのおにぎりの値段とかがさ……」
本当に些細なことだけれども、微妙なズレを感じる。こんな奴居たか? という人間が居たり、逆に居なかったりする。
「俺は本当に、山から帰ってこれたのか? もしかして、やってきてしまったんじゃないのか? あの曲がり角を曲がる時に、何かを間違えて……」
武田さんは首を横に振った。
……武田さんは、それ以降山に登っていないという。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます